死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
うわー長かった
小説なら二万文字なんて一日で終わるのに論文だともう終わりが見えない
そんなこんなで43話です(笑)
普段はアスナの傍付きを務める老齢のプレイヤー、アルフレッドは団員の一人を連れて自身の執務室からギルドホームの門前に向かっていた。
中世の執事が身に着けているような燕尾服に似た造形の服に、軽装のプレートメイルと皮手袋を装備していて、フェイスアクセサリーには片眼鏡をかけている。
その姿は還暦を過ぎた彼の年齢もあいまって、まるで本物の老執事のような貫禄すら感じられた。
「それで? その女性プレイヤーというのは今も?」
「はい、門番のクラディールが対応しています。」
「ふむ」
アルフレッドは白んだ顎の髭をひと撫でして、考え込むような姿勢を取る。
話の概要はすでに伝達訳のメンバーを通じてアルフレッドの耳に入っていた。
SAO最強と謳われるギルドだけあって血盟騎士団の入団希望のプレイヤーは数を増す一方だ。しかし団員との決闘を希望、それも副団長である閃光のアスナに決闘を挑みにくるプレイヤーなどこれまで一人としていない。
「......それにしても門番はクラディールですか。あれはやや素行に難のある男ですから、変に騒ぎ立てていないといいのですがね」
そう言って外へと通じる扉を開け放つと、目の前に映った光景にアルフレッドは眉をひそめた。
「帰れと言ってるだろ!」
「帰りません!」
一歩も引かず、門番のクラディールと対当するメイプル。それを見ている周りのプレイヤーの視線など気にも留めていない様子で、当然アルフレッドが来たことにも二人は気づいていないようだった。
それどころか、ヒートアップした熱はまさに一触即発といった様子で、門番のクラディールに至ってはすでに背にした両手剣の柄に片手を添えている。
「貴様ぁ...!」
「何事かねクラディール?」
そんなクラディールが背中の両手剣を抜きかけたところで、アルフレッドのしがれた声音が二人の間に割って入った。
「はっ、これはアルフレッド様。実はこいつがアスナ様に決闘を申し込むと言って聞かないのです」
「事情は把握しています。それを引き留めるのが門番であるあなたの役割ですからね。しかし来訪者を前に大声で怒鳴り上げ、あまつさえ武器に手をかけるとは何事かと聞いているのです」
細く、鋭い視線がクラディールを射抜いた。そんな視線に気圧されたように黙り込んだクラディールにアルフレッドはさらに言葉を続ける。
「もっと穏便な対応はいくらでもあったはず。それをあろうことか我らのギルドホームの前でここまで騒ぎを広げるというのは些か目に余ります。あなたも血盟騎士団の一員ならギルドの品位を貶めるような振る舞いはおやめなさい」
「しかしこいつが.........っ!」
反論しようとしたクラディールだったが、アルフレッドにそう言われたことでようやく周囲の状況に気が付いたようだ。
騒ぎを聞きつけた野次馬がそれなりの数集まってきていて、血盟騎士団のギルドホームの前はちょっとした騒動になっている。これだけのプレイヤーが見ている前でもし武器を抜いていたらどうなっていただろうか。
たとえ圏内でダメージを受けることがないとはいえ、血盟騎士団への心証が悪いのは間違いない。
「......申し訳ございません」
そう言って深く頭を下げるクラディールから今度はメイプルに向き直る。
「まずは部下の非礼をお詫びしたい。私はアスナ様の傍付きを務めているアルフレッドと申します。しかし決闘とはあまり穏やかではありませんな。それに貴方が手にお持ちなのは?」
メイプルは口の端をつり上げた。
そしてその質問を待っていたとばかりに意気揚々と答えてみせる。
「フライパンです!」
「......フライパンですか」
この世界に来てアバターの身体を得てからというもの、老体の不便さをまったくと言っていいほど感じなくなったアルフレッドだったが、ここにきてやけに目元に疲れを感じて、しわの寄った目頭をもんだ。
「とにかくここでは目立ちます。詳しい事情はホームの中でお聞かせいただければ」
「その必要はないわ。あなたの決闘の申し込み、受けて立ちます」
そのよく通る、透き通った声はメイプルを含め、その場にいた誰もが知っていた。
「アスナ様......」
「対応ありがとう、アルフ。あとは私に任せて構わないわ」
「よろしいので? 五十層の迷宮区探索を含め、お忙しい身では?」
「大丈夫よ。もうほとんどマッピングが済んでるもの。もうボス部屋が見つかるのは時間の問題だわ。それよりも」
アスナはメイプルの方を見た。その手に握るフライパンが生み出す料理の恐ろしさはアスナ自身も目の当たりにしている。
(メイプルちゃんがあんな料理を作るようになっちゃったのも、もとはといえば私に原因が......無きにしも非ずだし、ここは正面から戦って料理の腕自覚してもらうわ。それがせめてもの誠意だもの!)
〇
「......で、どうしてこういうことになったのかしら?」
「はて、こういうこととは? 意味が分かりかねますな」
「この催しもののことよ!」
それは決闘が決まった翌日のこと、アスナは目前に広がる光景を指差して言った。
アスナとアルフレッド。二人がいたのはコロセウムの中央、そこには仮設した調理台が二セットずつ設置されていた。
調理台の他にもレンガで形作られたオーブンに、石窯やグリルといった設備が一通り揃えられていて、どんな料理を作るにしても不足のないものだった。
その傍には《審査員席》とかかれた席が三つ。さらにコロセウムを囲むドーナツ状の観客席には見渡す限り隙間なく大勢のプレイヤーが熱狂を上げていて、これから始まる決闘を今か今かと待ちわびているようだった。
そしてなにより目を見張るのはアスナの指差す先、空中に投影された大型のシステムメッセージには達筆な筆字で『食戟』と書かれていたのだ。
「確かに時間を割くのに問題ないとは言ったわ。ええ言いましたとも......でも、だからといってこれはやりすぎよ」
「実務班にこうした企画の好きな男がいましてな。なんでも、とあるアニメーション作品の料理対決の様式をそのまま採用したとのことです」
アスナとメイプルの間で決闘の取り決めが行われたのが昨日の正午のこと。それを聞き付けた血盟騎士団の組織運営を担うギルドメンバーがこれ見よがしに大々的な催し物としてイベント化したのだ。
プレイヤーへの告知や会場の確保、筐体のセッティング。全てが急ごしらえの間に合わせにも関わらず、満員御礼の集客を得られたのも、ひとえに血盟騎士団の紅一点、閃光のアスナと、かつてアインクラッドで唯一のメイドプレイヤーとして名を馳せたメイプルというビックネームが揃ったからこそといえた。
「なにか準備してたのは知ってたけど、まさか昨日の今日でこんなに大がかりなことになっているだなんて......」
アスナは脱力したように額に手を当てる。
そんな様子のアスナとは対極的に、メイプルはというと。
「しゅぼーーー...ぶしゅーーー...」
まるで暗黒面に染まったかのような呼気で集中力を高めていた。
それも当然というべきか、実食する審査員は本決闘の主催ギルドである血盟騎士団、その団長のヒースクリフ。グルメ情報にも抜かりのない情報屋のアルゴ。そしてなにより、なぜか引っ張り出されてきた漆黒のソロプレイヤー、キリトの姿がそこにあったのだから。
気合いは十分。そんなメイプルがアスナの視線に気がつくと、ニヤリと挑戦的な笑みを浮かべて、なぜかフライ返しのシャドーをして見せる。
「はぁ~...」
アスナは今日何度目かのため息をついた。
「せめてキリトくんが審査員じゃなかったら、それならメイプルちゃんだってあんなに張り切らずに済んだのになぁ......」
「メイプル本人の希望だったらしいな。まあ、こうなったら以上どうしようもないだろ?」
そう言って審査員席から歩み寄ってきたキリトはどこか楽観的な面持ちで、それが少々、当事者であるアスナの癪に触った。
「もう、呑気なこと言わないでよ。他人事だと思って......」
「他人事だと思うか?」
妙に清々しい表情で笑うキリト。
この決闘において審査員としてメイプルの手料理の実食を義務付けられたキリトは諦めの先にある、ある種の境地に立っていた。
「後の事を気にしても仕方がないから、今この瞬間だけを見ることにしてるんだよ」
哀愁すら感じられるキリトの瞳はここではないどこか遠くを見据えているようだった。
アスナとメイプル。どっちが勝とうが負けようが、審査員としてメイプルの料理を食べなければならない未来に変わりはない。それを理解した上で、なおかつ受け入れたが故の余裕の笑みだった。
○
やがて勝負の開始時刻が間近に迫ると、アスナとメイプルは調理台に。キリトとアルゴ、そしてヒースクリフは審査員席につく。
するとそのタイミングを見計らったように、アルフレッドが軽く咳払いをすると、大きく声を張り上げた。
「東! 我らが血盟騎士団副団長! 閃光のアスナ!」
「はい」
静かに、それでいて確かなアスナの返事。
「西! カフェ《めいぷるどりーみん》のカリスマメイド! メイプル!」
「はい!」
「え、その肩書きでいくのか?」
そんなキリトの冷静な突っ込みは客席の歓声にかき消された。
「それでは、調理開始!!」