死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
突発的といっていいほどの勢いで開始された、メイプルとアスナの決闘。
この決闘はアスナの調理、実食が済んだあと、続いてメイプルが調理を始め、実食し、勝敗の判定を行うといったルールだった。
司会進行役のアルフレッドの合図とともに、アスナはスキル欄から《調理》スキルをセレクト。習得したレシピの中からひとつを選んで、手持ちの食材アイテムをアイテムストレージからオブジェクト化させる。
取り出したのはブロック肉に野菜類、そしてアスナが独自に調合した再現調味料だ。
「ほほう、特に変わった食材はないようですな。調理器具は鍋。これをどう見られますかな? 団長殿」
「こういうのはあまり得意ではないのだがね」
驚くほどに、そつなく司会をこなすアルフレッドにヒースクリフは苦笑するが、アスナの手慣れた様子をじっと見るとおもむろに口を開く。
「動きに無駄がないのは普段から作り馴れている証拠だ。大いに期待できる。話によると、彼女はリアルでも料理を嗜むそうだが、見たところその腕はこの世界でも存分に発揮されているようだ」
「なるほど、審査員の期待も十分のようです。それではメイプル殿のご友人にして情報屋、アルゴ殿のご意見を聞いて参りましょうぞ」
アルフレッドに促されるまま、審査員であるアルゴは視線をアスナの方に向けたまま答える。
「アスナの《料理》スキルの熟練度については詳しい情報はないナ」
「つまり、どれ程の腕前を持っているかは未知数であると?」
「そうと言えばそうダ。けどオレっちは相当高いレベルだと睨んでる。まあ、ギャラももらっていることだし、サービスでひとつ情報を提供してもいいダロ」
そんな実況が続くなか、アスナは手にした包丁で食材アイテムを軽く叩くようにして当てた。肉の塊や野菜がライトエフェクトを発すると、一瞬にして一口サイズの形にオブジェクトが変化する。
それを決まった順番に鍋の中に入れていき、調味料を一振。そんなタイミングを見計らったようにアルゴは言葉を続けた。
「閃光のアスナはアインクラッド内の全調味料を解析して、現実にある醤油なんかの調味料を完全に再現することに成功している」
「なんと!」
アルゴの言葉に驚いたのは、なにも司会のアルフレッドに限ったことではない。その場にいた観客席のプレイヤー全てがその情報にどよめきを隠せなかった。
なにせ醤油や味噌などといった現実世界の調味料は既存のアイテムでは存在しない。あるとすればアスナのようにアイテムを掛け合わせて独自に調合するしかない。
「アインクラッドに存在する百種類以上の調味料、それらが持つ味覚再生エンジンへのパラメータを元に現実の味を再現する。尋常じゃない手間と時間、そして料理に対する情熱がなきゃ到底できっこない作業ダ。そしてその挑戦の連続で培った《料理》スキルの熟練度がいったいどれ程のもんカ、実食が楽しみだナ」
頬の三本髭をつり上げて楽しげに笑うアルゴ。
隣でそんな解説を聞いていたキリトは、うなじを手でさすりながらため息をつく。
(なんか、いよいよ本格的に料理勝負っぽくなってきたぞ...?)
会場全体で期待の渦が巻き起こる中、アスナは鍋を調理台のオーブンに入れた。
数秒ほどして鍋の中身が煮えたぎるようなエフェクトを見せると、立ち上った湯気に隠れて現実のものと寸分違わない見た目のビーフシチューが完成する。
「完成しました。《スモークバッファロー》のシチューです」
三人の前にそれぞれ並べられた料理から立ちのぼる湯気に、自然と食欲がそそられる。キリトはスプーンでそれをすくい、口に運んだ。
(お、おお...!)
これといって隠し味もなければ、特別な盛りつけがされている訳でもない。食材に使った《スモークバッファロー》も大して珍しいモンスターではなく、食材アイテムも比較的高確率でドロップする代物だ。
そんなどこででも見るような至ってシンプルなビーフシチュー。
しかし、そうであったからこそ、それは食した誰もの心を打った。
「ほほう、これは驚いた」
「ダロ? ヒースクリフの旦那。まあオレっちも食べたのは初めてだけどナ。キー坊はどうだ?」
「ああすごいな、確かにこれは......」
この世界に来てから久しく食べることができなかった現実世界の料理。そのビーフシチューの味が完全に再現されていたのである。
口に含んだ瞬間、舌先から全身に溶け込んでいくように多幸感が広がっていく。シンプルだからこそ、心から素直に「うまい」と思える味だった。
率直に、キリトは思っていたことを口にする。
「まあ、もともとわかっていたことではあるけど、これじゃあメイプルに勝ち目ないんじゃないか?」
「まだわからないゾ? 勝敗はメイプルの料理を食べてみてからダ」
「いやこれは、もう勝負あっただろう」
「アルゴくんの言うとおりだ。勝負は最後までわからないものだよ」
そんなキリトを制するようにヒースクリフが言う。
(そりゃあんたはメイプルの料理を知らないからそんなこと言えるんだろうけどさ......というか、アルゴはなんだかんだ言って知ってるだろ!)
という思いは心の中に留めることにして。キリトは黙って目の前のシチューを完食すべく、再度スプーンを握ったのだった。
○
これに勝てるはずがない。勝負は決まった。そんな声が観客席の至るところから聞こえてくる。
それが会場に存在する、あるものに気がついて、徐々に、徐々に、消えていく。
「しゅぼー...ぷしゅー...」
質量の塊のようなプレッシャーが、コロセウムの中央から発せられている。その源である禍々しく、怪しげな呼気で深呼吸をするメイプルに会場全体から視線が集まっていた。
未だメイプルの瞳に、諦めの色は見られない。
すると陽炎のようにゆらりとした動きでメイプルはアイテムストレージを開いた。装備品の項目からいくつかのアイテムを選択すると、《装備》のボタンを押す。
「おおおおおおおおーっ!」
その姿に、会場のボルテージが一気に上昇した。
それはまごう事なきメイド服。
「お給仕スタイル、猫耳モード!」
メイプルの頭の上で黒い猫耳がピンと立った。
それはまごう事なきメイド服。
しかしそれは圧倒的な存在感で、会場の空気を一瞬にして味方につけたのだった。
「それでは続いて、メイプル殿の調理に移ります」
アルフレッドのアナウンスに審査員であるキリトですら固唾を飲む。
「調理開始!」
「せああああーーーっ!」
ボス攻略にでも挑んでいるかのように気声をあげて、大上段から振り下ろした包丁でキャベツに似た野菜を断つ。
それはアスナのようにシステムによって簡略化された料理ではない。現実のそれと全く同じような手順を踏んだ、メイプルの料理方法だった。
まな板にぶつかる包丁の刃がリズミカルに音を奏でながら野菜を細切れにし、千切りになったそれを皿に盛り付け。続いてたっぷりと油を浸したフライパンを調理台に乗せて加熱させると、メイプルはあるものを取り出した。
「あれは...わかったぞ揚げ物だ!」
キリトは思わず声をあげた。
新たに取り出したのは二枚のトレー。スチール製のように銀色をしたそれには、内一つには白い粉、もう一つには油を切るためのものと思われる薄い紙が敷かれていた。
メイプルは油を加熱している間に、調味料を混ぜたボウルの中へ均等な大きさに切り分けた肉を投下。丁寧に揉みこんで下味をつけると、粉の入ったトレーに移して上から満遍なく粉をまぶしていく。そうやって切った肉の全てが雪化粧のように真っ白に染まる頃、加熱していたフライパンの内壁から小さな泡が立ち始めた。
「よし! 頃合だね!」
メイプルは一つずつ丁寧に肉を油の中へと入れていく。すると中の油が一気に大きく、そして激しく泡立った。煮えたぎる油の音はそれだけで観客の食欲をそそる。それは審査員であるキリトも例外ではない。
「これで...完成!」
メイプルは油の底できつね色に染まったそれがライトエフェクトを発したことを確認した。すぐさま中身を網で掬って先ほど作ったサラダの上に豪快に盛り合わせる。
すると徐々に消えていくライトエフェクトの向こうから虹色の発色が垣間見えた。
メイプル作。
最終的にスープ状になった
「いや、うんわかってた。わかってはいたけどさ」
キリトは心底から唾棄したように審査員席に突っ伏した。
「なんでなんだ...? 途中まで、というか盛り付ける寸前まではちゃんと唐揚げだったじゃないか......」
網ですくって盛り付けたはずなのにどうして液状なのか、どうしてこんな極彩色と化したのか、そもそも先に完成していたはずのサラダはどこへ行ったのか。
それら疑問の一切を許さないほど、その調理は禍々しく邪気を発していた。
(おいアルゴ、どうするんだよこれ......)
そんな視線を隣にいるであろうアルゴに送る。しかしそこにはアルゴの姿はなく、間を挟んで座っていたヒースクリフと目が合った。
ヒースクリフは青い顔をしている。おそらく、自分も似たよった表情をしているのだろうなと、キリトは思った。
当然だ。目の前にある料理は、おおよそ食べ物の呈すら成していない。そしてその味の恐ろしさをキリトは身をもって知っている。
「......ギブアップって、ダメか?」
本日の勝敗、アスナの勝利。
○
「まぁ~けぇ~だあぁぁ~~~~」
決闘中の熱気がすっかり消え失せたコロセウムの真ん中で、泣きつくメイプルの頭を撫でながらアルゴはため息をついた。
「お疲れサン。まあ結果は最初からわかってたけどナ」
「ちょっとは慰めてよぉ~!」
涙声で悲痛に叫ぶメイプルの頭を、とりあえず撫で続ける。
アルゴが人知れず審査員席から逃げ出し、観客に混ざってキリトとヒースクリフが液状料理に悶絶する様を面白おかしく見物していたのは、かれこれ一時間ほど前のこと。
その後、意識を失ったキリトとヒースクリフが外に運ばれていき、決闘はアスナの勝利で終結。
そのまま観客に混ざってコロセウムを後にすればよかったものの、決闘を終えてから虚ろな表情でコロセウムに残るメイプルを見て、どうにもいたたまれなくなってしまったのが運の尽きだった。
「ぶええぇええぇええぇぇん!」
アルゴはなおも、メイプルの頭を撫で続ける。
「そもそもなんで決闘なんか仕掛けたんダ?」
「キリトにだけは『美味しいよ。さすがだな』って褒めてほしかったんだよぉ~!」
アルゴは吹き出しそうになるのをグッとこらえた。
(いやいや、オマエさんそれってどう考えても......)
もはや隠す気すらないのではないかと思えるメイプルの言葉に、アルゴは一つの確信を持った。
しかし、どんな情報にも裏付けはあって損はない。だからこそ、確実に、簡潔に、聞くべきことを聞いた。
「なあ」
「うん?」
「惚れたんダロ? キー坊に」
「んなっ...!」
こみ上げたなにかがメイプルの首から上を真っ赤に染めると、爆発したように顔から熱気を発した。
「な、なにおいってるのかなぁ〜、へんだなぁ〜アルゴは、あはは、はははは...は......は」
そんなメイプルの乾いた笑い声が、誰もいなくなったコロセウムの中央で響きわたる。それがどんどん萎んでいき、最後にはひきつったメイプルの笑みだけが残る。
「.........」
そしてしばらくの沈黙。
「......どうしてわかっちゃったの?」
「あれで隠してるつもりだったのカ?」
そんなメイプルの様子が可笑しくて、アルゴは耐えるのをあきらめて笑った。
「あっはっはっはっは!」
これ以上ないというほどに、大きな声を出して笑ったのだった。
さーて気を引き締めろ俺
次からシリアス入れんぞー