死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
迷宮の名にふさわしく、平らな石を敷き詰めて作ったような通路は荒れていて、所々に走る亀裂から血管のように伸びたツタや木の根が壁や天井を這っている。
そんな道ではなくなろうとしている道を攻略組の面々はほとんど無言のまま列を組んで進んでいった。
しかし、そんな混沌の様相を呈していた荒れ道も入口のあった階だけで、そこから上の階に行くに従い、道はしっかりとした石が敷き詰められたものに変わり、やがては青銅色の金属板のようなものでしっかりと覆われるようになった。
左右の壁を見れば、等間隔に設置された結晶が青白く不気味な光を発して道を照らしている。
メイプルは息を呑んだ。
ボス部屋に近づいている。そんなふうに直感したのだった。
「見えてきたな」
たった一言だけ発したキリトの視線の先をメイプルも見る。
それは以前に四十九層で見たものと記憶する限りではデザインに違いのない、見上げるほどに大きな扉だった。
攻略組の一同は扉の前で足を止める。ここからは先へ進むのは、隊列を崩して陣形を整えてからだ。
「それじゃあ、俺は攻撃隊のパーティに戻るけど、本当に大丈夫か? 今ならまだ二軍の守備隊の誰かと交代することだって」
「その話、ここに来るまで何度もしたよ? わたしなら大丈夫だってば」
呆れ半分に答えるメイプルにキリトはなおも言葉を続けようとしたが、勢いをつけて背中から飛び降りたメイプルは、そのままキリトの背中を両手で押して、攻撃隊のパーティと思われる一団に混ぜさせる。
「それにキリトたちが早くボスの翼を壊してくれれば、守備隊のわたしたちは二軍の攻撃隊の人達と交代できるし、そしたらもう危なくないよ? だから頑張って!」
ボスの翼を壊したあと、防御特化のメイプルたち守備隊は二軍に控えている前衛職プレイヤーとスイッチ。包囲して一気にボスのHPを削り切るというのが最終的な作戦の着地点となる。
今回のボス攻略はモンスターの飛行能力さえ奪ってしまえば、通常のボス攻略と難度はあまり変わらない。変わらないのであれば守りに特化したメイプルたちは部屋の外に下がらせて、攻撃に秀でたプレイヤーに任せてしまえばいいというのがアスナの考えだ。
「わかったよ。そこまで言うならもう止めないけどさ、でも危なくなったら無理せず下がるんだぞ?」
ついに根負けしたキリトはメイプルに押されるがまま、攻撃隊のパーティに混ざっていく。
そんな背中を見てメイプルは思ったのだった。
(優しいなぁ...キリトは)
もちろん口になんて出せないけれど、心の底からそう思っていた。
前線を離れてまで付きっきりで面倒を見て、危険が迫ったときは誰よりも心配し、会議のときのように自分のために怒ってくれる。
だからこそ、さっきのように背負われているときはここぞとばかりに甘えたくなってしまう。
(今日も頑張ろう。頑張って、そのあとはキリトに頭を撫でてもらおう......ってダメダメ! わたしの方が歳上なんだから! うん、むしろわたしがキリトの頭を撫でてあげるくらいじゃないと!)
ふんす、そんな鼻息とともに密かな決意を心に固めて、メイプルは攻略戦の開始を待った。
○
ボス戦前の装備の付け替え、および陣形の整列が終わった。
アスナが会議で提示した陣形がそのままプレイヤーによって再現され、先頭では守備隊の統率を担うヒースクリフがボス部屋に続く扉に手を掛けた。
重い開閉音に、緊張を感じずにはいられない。
キリトは背にした片手用直剣を引き抜いた。アタッカーとして陣形の中間に立つと、前衛に並ぶメイプルに視線を移した。
(大丈夫、守備隊にはヒースクリフだっているんだ。メイプルだってボスが相手でも防御じゃそうそう押し負けない)
戦闘が始まる直前になってもなお、キリトは自分にそう言い聞かせる。それでも不安は拭えない。
攻略組はそのままの陣形を保ったまま、少しづつ部屋の奥へと歩みを進める。周囲はもちろん、上空にも警戒の視線を向けた。
そしてヒースクリフの声が部屋に響く。
「見つけたぞ。総員、前方に警戒!」
その声に反応して、キリトは前方、ボス部屋の最奥を見据えた。
重い、地鳴りのような足音が聞こえる。
やがてはっきりと姿を現したそれは、情報通りドラゴン系のモンスター。黒い堅固な鱗に、強靭な爪。その巨大な体躯を蝙蝠のような翼がはためき、むき出しになった牙の隙間からは赤い炎が火の粉を散らせながら漏れ出ている。
「...っ!」
その眼光に射抜かれてメイプルは委縮した。
それはメイプルだけではない。その場にいた他の攻略組メンバーですらその凶暴ないで立ちに一瞬動きを止めていた。
「来るぞ!」
そんなキリトの言葉の意味をメイプルは瞬時に理解できなかった。
突然キリトはメイプルの身体にタックルを入れて突き飛ばすと、さっきまでメイプルが立っていた場所を火炎放射が走り、石造りの床をいとも簡単に溶かし、えぐっていく。
「今、予備動作がなかったよ...?」
「いや、攻撃の直前に目が赤く光ってた。おそらくあれがブレス攻撃前のモーションだ」
「えぇ! たったそれだけ!?」
キリトとメイプルの間でそんなやり取りが成されている中、《タイラント・ザ・ドラグリオン》は左右一対の翼を羽ばたかせて飛び立つ。
今放たれたブレスの速度を考えると、攻撃を見てから防御の態勢を取っても間に合わない。常に誰かがボスの目を見続けて的確に号令をかけなければ防御の対応は不可能に近いだろう。
「アスナくん、君は後衛に下がりたまえ。全体の指揮を任せる」
「了解!」
ヒースクリフの声掛けに反応したアスナは、羽のように軽やかなバックステップで一気に後衛に下がると、周囲を見渡してレイドメンバーの立ち位置を確認する。
そして目の前でボスモンスターが攻撃モーションの入ったことを見とめると、つかさず声を張り上げた。
「守備隊! 対ブレス防御! 後衛部隊は回復準備を急いで!」
アスナがそう言い終えると、メイプルたち守備隊が横一列に並んで盾を構える。すると間髪入れずにボスの口から放たれたブレス攻撃が大盾による壁と衝突する。
「うっぐぅ~っ!」
最初に放った熱線とは違う、火炎放射とも熱風ともとれるような範囲の広いブレス攻撃。
衝撃に耐えながら、呻くように声をあげるメイプル。やがてボスのブレス攻撃が途切れると、守備隊の一同は自身のHPバーに視線を移した。
「え、うそ!」
見てみると、メイプルのHPが減っていた。
この攻撃で受けたダメージは本当に僅か、しかし盾越しに攻撃を受けたメイプルのHPに僅かとはいえ、確かなダメージが通ったのだった。
それは同じく並んで攻撃を受けた他の守備隊メンバーも同じだったようで、中には今の一撃で半損近くまでダメージを負ったものもいるようだった。
しかしそれも後衛の支援部隊によってすぐさまアイテムで回復される。
幸い、半損以上のダメージを受けたプレイヤーはいない。つまりそれは同等の攻撃も二度までならギリギリ耐えられるということだ。
それからもボスの攻撃は続く。その全てを守備隊が引き受けて、負ったダメージは後衛支援隊がその都度回復を行っていく。
やがて羽ばたいていた翼がゆっくりと動きを止めていき、《タイラント・ザ・ドラグリオン》の巨躯が地上に降り立った。
それは攻守交替の合図。今度はキリトたち攻略組が攻めに転じる番であった。
「守備隊は後退! 攻撃隊は前進してボスモンスターを包囲! 攻撃を翼に集中させて!」
「了解!」
アスナの号令にいち早く反応したのはキリトだった。守備隊の脇をすり抜けて一直線にボスに切りかかる。
「ぐっ...!」
翼と刃が衝突して、甲高い音と弾かれるような手応えを感じた。
(ダメージは通っているけど、硬いな。ボスを甘く見ていたわけじゃなかったけど、この耐久値設定は反則だろ)
牙や爪による攻撃を警戒しながら、着実にダメージを蓄積させていく。
しかしキリトを含め、残ったプレイヤーが一斉に左右の翼に群がって攻撃を加えてもやはり一度の猛攻で壊れる様子はない。
そしてボスが地上に降り立ってから一分が過ぎた頃、再び巨大な翼が羽ばたき始める。
「全員下がれ! 風圧に巻き込まれんぞ!」
リンドの号令でキリトを含めた攻撃隊が一斉に距離を取る。それとほとんど時を同じくしてボスは地上から飛び上がった。