死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
こっちがほんとの最新話です
すいませんでした!!!!!
枝葉に覆われて、月明かりすら届かない森の中は恐ろしい程に暗かった。
ビーストテイマーの少女、シリカの短剣を持つ手がわずかに震え、呼吸が乱れる。これは疲れからではなく極度の緊張のせいだ。
「グォオオオオオオ!!」
「っ!」
疲労した精神に鞭を入れて、シリカは棍棒のひと振りを跳躍してかわす。しかし逃げた先が良くなかった。受身を取るともう何体かいた《ドランクエイプ》がシリカの目の前で棍棒を振り上げている。立て続けに攻撃に晒されるがそれもどうにかかわしてみせる。
「ピナっ!」
「きゅるっ!」
ちょうどシリカのテイムモンスターである《フェザー・リドラ》、ピナが持つスキル《ヒールブレス》のリキャストタイムが切れた頃合だった。ピナは回復のためにシリカのそばまで飛んでくると大きく口を開ける。
青白い輝きを放つ霧のようなブレスがシリカを包むとHPが回復した。スキルによって回復されたものの、それでもシリカの残りHPは半分より少し多い程度だ。ダメージに対して回復が全く追いついていない。であるならば、追いついていない分は回復アイテムで補うしかない。
そう思ってシリカはポケットの中を探るが、その手は何も掴むことができなかった。
(回復アイテムが...!)
どうやら完全に使い切ってしまったらしい。が、回復ができなかったことよりも、そのことへの動揺が致命的な隙になった。
視線がポケットに向いてしまっているうちに横薙ぎに振り払われた《ドランクエイプ》の棍棒が、棒立ちのシリカの身体を軽々と空中に打ち上げると、真後ろにあった木に背中から叩きつけられる。衝撃でシリカの手元から武器が落ちた。
「うっ...!!」
小さくうめき声をあげ、ずるずると背中を引きずるように地面に腰をつくシリカ。
視界の端では回復したばかりのHPバーが今の一撃で赤色を示す。あと一撃喰らえば死んでしまう。そんな警告をするかのように心臓の鼓動が高まっていく。先ほどの攻撃で武器を落としてしまったこともそれに拍車を掛けた。
シリカは慌てて失くした武器を探して左右を見回すが、その視線はすぐに真正面に固定された。防御する武器も持たない無防備なシリカに向けて《ドランクエイプ》の棍棒が振り上げられる。
「...っ!」
恐怖で身体がすくんだ。避けなければ死ぬ。それが分かっているのに動けなかった。
雄叫びを上げながら棍棒を高く振り上げる《ドランクエイプ》を前にしてシリカが反射的に目を閉じようとしたとき、空中で棍棒の前に飛び込んだ小さな影があった。
影はそのまま振り下ろされる棍棒に打たれて、グシャリという鈍い音とともに地面に叩きつけられる。
「...ピナ...?」
シリカを庇ってピナが盾になったのだ。一瞬、なにが起きたのかシリカにはわからなかったが、ピナの発する苦しげな鳴き声が耳に届いてようやく目の前の出来事に思考が追いついた。
「ピナ!」
すぐさま駆け寄ったシリカはピナを抱き寄せる。HPがゼロになり、シリカの腕の中でゆっくりと目を閉じたピナは床に落ちたガラス細工のようにポリゴンになって砕け散った。
空に登っていく青白い破片にまみれて、小さな尾羽がひとつ、シリカの手の中に収まる。その上に大粒の涙が落ちた。
「嫌だよ...ピナ、一人にしないで......」
そのとき背後に感じた明確な死の予感が、冷たいものになってシリカの全身を駆け巡る。
枝草を踏みしめるいくつかの足音。ゆっくりと振り返ったシリカの瞳には再び振り上げられた棍棒が映った。
「きゃああああ〜〜!」
森のなかを悲鳴がこだまする。しかしその悲鳴はシリカのものではなかった。
シリカは声のする方向、より正確に言えば真上に視線を向けると紫色の巨大な球体が回転しながら落ちてくる。
それが落下と同時に《ドランクエイプ》数体を押しつぶしながら球体が破裂すると、中から見知らぬ女性プレイヤーが紫色の粘液にまみれて姿を現した。
「ううう〜...痛みはないけど、目がぁ...目がぐるぐる回る〜......」
胸部にバラの装飾があしらわれた紫混ざりの黒い鎧に、これまた鎧と同じくらい黒い大盾、さらには腰に下げられた短剣も鞘や柄が黒い。しかしそんな全身黒ずくめの格好でも不思議とくどさを感じないバランスの取れたフルセット装備のプレイヤー、メイプルは尻餅をついたままフラフラと頭を揺らせている。
しかしそんな無防備な状態に構わず《ドランクエイプ》たちのタゲがメイプルに集まった。
「危ない!」
―――がちこんっ!
そうシリカが叫んだ時にはメイプルの頭頂部に棍棒が振り下ろされていた。そして鉄と鉄が衝突したような、おおよそ人の頭から聞こえる音とは思えないような重々しい音が暗い森に響き渡る。
「ちょ...ちょっとおさるさん! タイムタイム! 今頭叩かれたら余計に目が回っちゃうからぁ〜! うわわわわ〜〜!」
頭を抱えながら数体の《ドランクエイプ》に袋叩きにされるメイプル。しかしHPの減少はなく、やがて体勢と平衡感覚を立て直してのろのろと立ち上がったメイプルは短剣を掲げて叫ぶ。
「もう許してあげないぞー! 《ヒドラ》!」
紫色の三つ首が《ドランクエイプ》に押し寄せると、まるで濁流のようにフィールドの奥へとそのまま押し流していった。やがて遥か後方に立つ巨木に背中から衝突してHPが全損。薄暗闇の向こうでモンスターの破壊エフェクトだけがシリカとメイプルの目に映った。
〇
「ねえ君、襲われてたみたいだったけど大丈夫?」
腰が抜けたまま動けないでいたシリカは、どうにか首だけを動かして頷いてみせる。
メイプルはそんなシリカのそばまで駆け寄ると、両手を広げてすっと息を吸った。
「《身捧ぐ慈愛》!」
暗い森の中を眩い光が照らした。メイプルのボイスコマンドによってスキルが発動すると、その背中から純白の翼が伸び、黒かった髪は金色に、瞳の色は青く染まった。頭上にはひときわ強い光を放つ光輪が浮いている。
「きれい......」
そんな言葉がシリカの口から意図せず漏れた。
絵画の中に描かれているような荘厳な美しさは天使としか形容できない。そんな姿に見とれていると、視界の端で全損寸前だったHPがみるみる回復していく。
「ふう~、これで大丈夫だよ!」
メイプルはシリカのHPを完全に回復すると、スキルを解く。再び暗闇と静寂に沈んだ森の中で、シリカの手の中にある尾羽だけが小さく光を灯している。
「最近手に入れたばっかりのスキルだったけど、うまくいってよかったよ」
そう言ってメイプルは汗をかかないはずのアバターの額を拳の裏で拭って見せる。
一方でシリカは何も言わずに、ピナが残した尾羽を抱えていた。
「......その羽って、もしかして」
「......ピナです」
シリカは声を絞り出すようにして答える。その一言だけで、メイプルは何が起こったのか察しがついた。プレイヤーの持つテイムモンスターが死んだらどうなるのか、知識の上では知っている。
「そっか、ビーストテイマーだったんだね。ごめんね、もう少し早く駆けつけてあげられたらピナちゃんも助けられたかもしれないのに......」
シリカは依然として光の灯った小さな羽を抱きしめるようにして抱えている。
抱えたまま、泣いていた。
「いいえ...あたしがバカだったんです。一人でも森を抜けられるって思い上がっていたから......ありがとうございます。助けてくれて......」
嗚咽をこらえながら、どうにかそれだけを口にする。どうにかそれだけを口にして、あとは垣を切ったように声を上げて泣き出した。
「ピナ...ぴなあああああ!!」
「な、ななな、泣かないで! 大丈夫! 大丈夫だから! その子、テイムモンスターだよね? ならテイムモンスター用の蘇生アイテムを使えば大丈夫! まだ助けられるよ!」
「っ!? ピナを生き返らせる方法があるんですか!?」
泣き出したシリカに大慌てでメイプルは声をかける。その言葉にシリカは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて叫んでいた。
「ええーっと確かあそこは...四十七層だったかな。お花がいっぱいある層なんだけど、そこにある《思い出の丘》で手に入るお花のアイテムでテイムモンスターを蘇生させられるって話をキリトさん...友達から聞いたことがあるんだ。アイテムの名前までは聞いてないけど、テイムモンスターが死んじゃってから三日以内だったら蘇生できたはずだよ」
メイプルは以前レベル上げのためにその層を訪れたとき、キリトがそんな話をしていたことを思い出した。フィールドの景色もそうだが、あのときはフィールドモンスターをテイムできるという話を初めて聞いたということもあって当時の会話はそれなりにはっきりと記憶に残っていたのだ。
「四十七層...それも三日以内だなんて、今の私じゃそんな......」
話を聞いたシリカの顔が曇った。今いる三十五層から十二も上の階層だ。今いるこの層のフィールドですらソロで死にかけたというのに、とても三日でたどり着けるとは思えない。
そのまま再び泣きそうになるシリカを見てメイプルは慌てて言葉を続けた。
「だ、大丈夫! わたしも一緒に行ってあげるから!」
ふんす、と鼻息を上げて力強く言うメイプル。
「わたし、バイタリティには自信があるんだ! だからシリカちゃんのことを守りながら《思い出の丘》まで連れて行ってあげる!」
そんなメイプルを見てシリカは率直に、裏表のない笑顔だと思った。
殺伐としたSAOの世界で、なにも敵はモンスターだけではない。プレイヤー同士の騙し騙されは日常茶飯事であるし、まして年端もいかないシリカにとっては街の中の生活だって過酷そのものだった。それでも今、目の前にある日だまりのような温かい笑顔にはどこか気を許してしまう魅力があった。
「よろしくお願いします」
その笑顔を信じてみようと思った。
ぺこりと頭を下げ、シリカは言った。
「決まり! じゃあ早くこんなところ抜け出して、街に戻ろうか!」
そう言ってすたすたと歩き始めるメイプルは数歩の歩みの後に、ふと足を止めた。シリカは不思議に思って首をかしげる。その理由はメイプルが足を止めたことに対してではなく、歩き始めたその数歩が驚くほどに遅かったからだ。
「あのさ、シリカちゃん。お願いがあるんだけど笑わないで聞いてくれるかな?」
「はい? なんですか?」
照れたように頭をかきながら、そして今しがたシリカが信じようと思ったあの日だまりのような笑顔を浮かべて、
「おんぶしてくれないかな?」
そんなことをのたまった。
「.........え?」
意味がわからない。といった表情でポカンと口を開けるシリカ。そこへさらにメイプルは言葉を重ねる。
「あはは、実はわたしアジリティのステータスがゼロでさ......ここまでは転がってきたから早かったんだけど、歩いて帰ろうとすると朝までかかっちゃうかも」
もし自分と出会わなかったらこの人はいったいどうやって帰るつもりだったんだろうか、という疑問をうっかりでも口に出してしまわないようにシリカは開いた口を閉じる。
信じてみよう...というのは少し早まった決断だったのではないだろうかと、そうシリカは思わずにはいられなかった。