死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
長かったここまで(汗)
皆さんお待たせしました~
一本道を挟んだ左右には咲き誇る色とりどりの花畑。上を見上げればそこには快晴の空。ときおり山間から吹く風が地面に積もった花びらを巻き上げて、抜けるように澄んだ青い空へと押し上げていく。
そんな穏やかな景色を突っ切って、一つの黒い鈍重な影が道の真ん中に根を張る巨大な植物型モンスターに向かっていく。
「やあああーっ! 《シールドアタック》!」
メイプルは大盾を押し付けるようにして飛びつくと打撃属性のダメージがヒット。その攻撃でモンスターは《スタン》状態に陥ると花弁に包まれた胚珠が露わになる。
「今だよ! シリカちゃん!」
「はい!」
メイプルの合図を受けて、つかさずシリカは短剣のソードスキル《ファッドエッジ》を発動して弱点である胚珠に斬りかかった。攻撃する度、全ての斬撃にクリティカル判定を示すダメージエフェクトが発生する。
そして最後の連撃を受けると同時にモンスターのHPがゼロになった。
舞い上がる花びらに混じって割れたガラスのようなエフェクトが空に溶けて消えていく。
「勝ちました~!」
「やったねシリカちゃん!」
武器を鞘に納めてハイタッチ。
二人がいるのは四十七層のフィールドダンジョン。通称フラワーガーデンとも呼ばれているこの層はプレイヤーが生活する街からモンスターのポップするフィールドにいたるまで、とにかく花壇や花畑で覆われている階層だった。それはふたりの歩くフィールドダンジョンも例外ではなく、見渡す限り花畑という景色がどこまでも広がっている。
ダンジョンといってもほとんどが一本道という単調なものだったが、それは迷う心配がない反面、モンスターのポップ次第では一瞬で挟み撃ちに合う危険もあるフィールドだった。
ましてシリカにとってここのモンスターはこれまで戦ってきたどの敵より高レベル。そんなモンスターにいきなり挟み撃ちに合えばさすがに平静は保てない、そうメイプルは考えていたのだが実際は違った。
まだ小学生か、せいぜい中学生そこそこの年端もいかない女の子のはずなのに、これまで過酷なアインクラッドで戦ってきただけあって非常時のキモの据わり方が違う。事実ここに来るまでメイプルに助けられながらではあるものの、高レベルのモンスターを相手に立ち回り、難なく狩れているのだ。
「まだまだ一人じゃ恐いですけどね。早くメイプルさんみたいに強くなりたいです! いつまでも助けてもらってばかりじゃあ申し訳ないですし」
そう言ってシリカは照れたように笑った。
「シリカちゃんならあっという間に強くなれるよ! それに、わたしだって初心者のころはキリトにたくさん助けてもらったよ!」
シリカとて、このデスゲームにログインしてから一年以上アインクラッドに囚われているのだから初心者ということはない。が、とりあえず聞き流すことにする。
「キリトさんって、そういえば前にも話してた人ですよね?」
キリト、それは《迷いの森》にいたときにも一度出た名前だったと、シリカは記憶していた。名前からして男の人であろうことは想像がつく。
「どんな人だったんですか?」
「うふふ...うっふふふふふ」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑うメイプル。その笑みを見てシリカは直感的に理解した。
この話は絶対に長くなると。
「キリトはね、ものすっごぉぉぉ~っくかっこいいんだよ!」
メイプルこの上なく上機嫌な様子で話を始める。
初めて出会った日のこと、初めて一緒に戦ったときのこと、レベル上げの日々、ボス戦、多くの戦いで数え切れないくらい助けられ、傍で支えられてきたこと。そうして一緒に行動する中でいろいろなキリトの一面を知っていった。
少し癖のある黒髪、細身に見えて意外と男の子っぽくしっかりしている腕、戦う時の年不相応なほど張り詰めた顔、寝ている時の年相応の少年のような寝顔、夜を編み込んだように冷めた瞳、そしてそれがメイプルの前ではときおり優しく、暖かくなる瞬間がある。それを数ヶ月の間、メイプルは隣で見続けていた。
見続けて、無意識のうちに惹かれていた。
そしてそれを意識できたのはつい最近のことだ。
「まあそれだけ守ってもらってるからさ、感謝してもしきれないんだ。今は事情があって会えないんだけど、でもいつかまた......」
こうしている今でさえキリトのお膳立てしてもらった血盟騎士団の団員という立場に守られている。その事は伏せて話をしたが、それでもメイプルがどれほどキリトを慕っているかは十分に伝わったらしい。
「なんだか、メイプルさんが羨ましいです。こんな世界でもそこまで誰かを好きになれるなんて......」
―――ボン!!
「え、今の音なんですか?」
間近で聞こえた謎の爆発音にシリカは反射的に腰のダガーに手を伸ばす。しかしその音の正体はすぐにわかった。真っ赤になったメイプルの顔が、なにやら蒸気を発している。さっきのはそれが爆発的に吹き出した音だろう。
「す、好きとかちちち違っ......なうん」
「なうん?」
恥ずかしさのあまり、すっかり日本語を忘却したメイプル。
(そっか、そんなにその人が好きなんだ)
メイプルがキリトに対してどんな感情を抱いているのか、これほど深く理解できる反応はない。それが羨ましくもあり、けれどどこかおかしくてシリカは笑った。
「わ、笑わなくたっていいのに!」
「笑ってなんてないですよ?」
「うそだー! 絶対今笑ってたー!」
〇
フィールドダンジョンを進んだ最奥に《思い出の丘》と呼ばれる場所はあった。ここまでずっと続いていた道が途切れていて、ダンジョンの終着点を示すように四本のオブジェクトに囲まれた腰ほどの高さの石柱があった。
シリカが近づくと、石柱の断面が金色に輝きだす。その中央の窪みから新芽が芽吹いて茎を伸ばし、やがてその先端で膨らんだつぼみが開くとまるで日光のように温かな光が花弁から漏れた。
「これが蘇生アイテムの《プネウマの花》...!」
「やったねシリカちゃん! これでピナちゃんを生き返らせることができるよ!」
「はい...!」
シリカはそう一言だけ言って奥歯を噛み締めた。これ以上話をすれば涙声になることが自分でもわかったからだ。
「ここはまだ危ないから、街に帰ったら生き返らせてあげよう。蘇生の猶予までまだまだ時間があるからね」
そう言って来た道を振り返ったメイプルは首をかしげて足を止めた。
遠くの花畑の中でなにかが光って見えた。それが次の瞬間には一直線にメイプルへと飛んでいき、脳天を直撃する。
「ん?」
それは長さ10センチほどのピックだった。メイプルの高いバイタリティによって刺さるに至らなかったそれが二人の足元に落ちると、日の光を反射して鈍く光る。
「えーっと、これって確か......」
「《投擲スキル》とはいえノーダメージなんて、ずいぶんとバイタリティ補正の高い防具じゃないの。これは高く売れそうだわ」
ピックの飛んできたところとは別の場所から赤毛の女性プレイヤーが現れる。どこか怪しげで嫌味のある声の主を、メイプルとシリカの二人はよく知っていた。
「ロザリアさん...!」
十字槍を手に携えたロザリアは笑っている。が、友好的な印象は欠片も見られない。そもそも不意打ちでピックを放ってきたあたり、敵意があるのは明らかだ。
「おめでとうシリカ。首尾よく《プネウマの花》を手に入れられたみたいでなによりだわ。じゃあ早速花を渡してもらおうかしら」
「な、なにを言ってるんですか...?」
「シリカちゃん下がって!」
メイプルは大盾を構えて、シリカを庇うように前に出る。
「この人、たぶん犯罪者ギルドの人だよ」
「犯罪者ギルド...? でも、ロザリアさんのカーソルはオレンジじゃないですよ?」
「きっと実行犯が別にいるんだよ。グリーンカーソルだって油断させておびき寄せて、隠れているオレンジカーソルの仲間に襲わせるって手口のギルドがあるって聞いたことがあるの。たしか名前は《タイタンズハンド》!」
「あら、ご存知のようで光栄だわ」
「そんな...じゃあ私たちのパーティにいたのも...!」
「ええその通り。アンタたちの戦力を確認して、手に入れたお金やアイテムが貯まった後に食ってあげるつもりだったのに、一番楽しみだった獲物のアンタが抜けちゃうんだもの。誤算だったわ」
ロザリアはちらりと舌を出す。
「まあ、その後レアアイテムを取りに行くって言うじゃない? だったらそれを手に入れてから溜め込んだアイテムも根こそぎいただいちゃおうって計画よ。隣にいる大盾使い諸ともねぇ」
そう言ってロザリアは指を鳴らした。
「...っ!」
それを合図に左右の花畑から現れたプレイヤーの数にシリカの表情が青ざめる。パッと見ただけでも10人以上はいる。そしてその全員の頭上にはオレンジ色のカーソルが表示されていた。
ここは逃げ道のない一本道。背後は行き止まりで、しかも道を挟む左右の花畑はプレイヤーが潜むには絶好の隠れ場所になる。シリカは今になってここがPKを行うのに最適とも言えるロケーションであったことに気がついた。
「逃げましょうメイプルさん! 数が多すぎます!」
「大丈夫だよ。シリカちゃんはそこで見てて? わたしがやっつけてあげるから!」