死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
にゃおおおおおおおおおんおんおんおんおん!!!
......というわけで、56話です。
ロザリア率いるオレンジギルド《タイタンズ・ハンド》を撃退し、無事に街へ戻ったシリカとメイプルの二人は、宿屋のベッドに腰を下ろすと安堵にそっと息を漏らした。
「それにしてもびっくりしました。あの《血盟騎士団》のメンバーだなんて、やっぱりメイプルさんはすごいです。私なんかじゃあ、何年たっても入れないですよ。普段は装備の色デフォルトにしてるんですか?」
「あはは、ホントはダメなんだけどね。けど《血盟騎士団》の装備カラーリングって街にいてもフィールドにいても目立つんだもん。だから遊びに行ったりするときなんかにこっそりね。そんなことより!」
メイプルは勢いよくその場から立ち上がった。
「いろいろ大変なことになっちゃったけど、なにはともあれこれで目的は達成だね! 早くピナちゃんを呼び戻してあげようよ!」
「はい!」
シリカはアイテムストレージを開くと人差し指をスライドさせてアイテム項目をスクロールさせた。やがて見つ けたアイテム《ピナの心》をオブジェクト化する 。続いて今度は《プネウマの花》をタッチして《使用》を選ぶと同じくオブジェクト化された《プネウマの花》がシリカの手の中に納まった。
「......」
シリカは緊張した面持ちで二つのアイテムを合わせる。すると眩いほどに強いライトエフェクトが部屋中を包んだ。やがて光のシルエットが小さな羽から飛龍の形に変わる。
「きゅるる〜!」
「...っ!」
今まで何度聞いたかわからない。ピナの鳴き声がした。
光が収まると、そこには青い羽毛に覆われた小さなドラゴン、ピナがリスのようなつぶらな瞳を開いてマスターであるシリカのことを見上げていた。
「...っ! ピナぁ...! よかった...! もう会えないかと思った。ホントに、ホントによかった......」
気が付けばシリカの瞳からは大粒の涙が溢れていた。会えないでいた期間はほんの二日間だ。しかしもう二度とピナには会えないかもしれないという恐怖と隣り合わせだったシリカにとってはこれ以上なく長い二日間だった。一度は死に別れて、再会した一人と一匹はお互いに抱きしめ合い、喜びを分かち合う。
やがてゆっくりとすすり泣く呼吸を落ち着けてピナを腕の中から離すと、シリカはメイプルの方を見た。
「ほらピナ、この人はメイプルさん。私のことを助けてくれて、ピナを生き返らせるのにも協力してくれたんだよ!」
そんなシリカの言葉を理解したのか、ピナは羽を広げてシリカの手の中から飛び上がると二人の周りを一周飛んでからメイプルの肩に着地した。
「初めましてピナちゃん。うわーふわふわだぁー!」
肩に乗せたままピナの羽毛を撫で、ほおずりしながらメイプルは感触を堪能する。それがくすぐったいのかピナは鳴き声を上げたが、嫌がる様子もなくメイプルに身をゆだねていた。
「ピナもメイプルさんに感謝してるんだと思います」
この世界ではロザリアのように軽々しく人の命を奪うプレイヤーもいれば、キリトのようにギルドのメンバー全員を目の前で失ったプレイヤーもいる。しかしそんなアインクラッドでもシリカはメイプルと出会い、一度は失った大切な友達の命を救うことができた。たとえそれがAIで動くシステム的な存在であってもシリカにとっては関係のないことだった。
二人と一匹の笑い声が小さな宿の部屋に満ち、ひと時の暖かな時間が過ぎていった。
〇
「それで、これからシリカちゃんはどうするの?」
「しばらくは第一層の街でほとぼりが冷めるまで隠れてようかと思います。私のレベルで出歩ける階層の中では一番広いところなので......」
シリカはピナを腕の中に抱えながら言った。
部屋には先ほどまでと比べて少し重たい空気が流れていた。
というのも、メイプルの使った《回廊結晶》によって黒鉄宮に送られた《タイタンズ・ハンド》のメンバーはNPCである衛兵によって全員が捕縛された。しかしただ一人、後方から指示を出していたことでメイプルの捕縛戦術から逃れていたロザリアは他の《タイタンズ・ハンド》のメンバーを置き去りにして《転移結晶》で逃げたのだ。
「メイプルさんのギルドでも、探してくれることにはなったんですよね?」
「うん。一応わたしのギルドにも報告したけどプレイヤーの名前と性別くらいしかわからないから、どうなるかはわからないなぁ......」
「そう、ですか......」
シリカはそのまま俯いてしまう。
不安があるのは当然だ。《タイタンズ・ハンド》は壊滅したとはいえ、リーダーのロザリアは逃げたまま今も行方をくらましている。しかもグリーンカーソルなら圏内の街に入ることはもちろん、善良なプレイヤーと同様に転移広場の門を使って自由に他の階層を行き来できる。
今回の件でシリカは間違いなくロザリアに目をつけられたことだろう。これまでのようにどこのギルドにも属さず、フレンドとパーティを組みながらソロプレイヤーとして生きていくのはあまりに危険なことだった。
「えっと...」
メイプルはどうシリカに声をかけようか考えていたが、結局はかける言葉を見つけられないまま時間が過ぎていってやがては声をかけるタイミングすら掴めなくなっていく。
そんな沈黙を破って言葉を発したのはシリカだった。
「メイプルさんにはほんとにどれだけお礼を言っても足りないくらい助けていただきました。これからは私一人でも十分頑張れます。それにピナも一緒ですから」
シリカはその場から立ち上がると、メイプルに向かって笑ってみせた。
(ああそっか、そうだったんだ......)
その簡単に消えてしまいそうなシリカの薄い笑顔を見てメイプルは気がついた。
(あのときのわたしは、キリトの目にはこんなふうに映ってたんだね)
メイプルも同じようなことをキリトに言ったことがある。
SAOに来てしまったその日、フィールドで出会ったキリトに連れられてやって来た四十八層の宿屋で、十分助けてもらったと、もう一人でも大丈夫だと。なんの根拠もなく、この世界で生きていくことへの不安も無視してメイプルはキリトに笑って言った。
自分がそうだったからこそ、今のシリカの心根がわかってしまった。
ならばメイプルの取るべき行動はたった一つだった。
「大丈夫! わたしにいい考えがあるんだ!」
「いい考え、ですか?」
「うん! いつまたロザリアさんが襲って来るかもわからないでしょ? 《はじまりの街》で隠れてても安全とは限らないし、そんなシリカちゃんの悩みをスパっと解決するとっておきの妙案があるのだ!」
敵がどこにいるのかわからないから何もできない。というのは言い訳にもならない。
かつてキリトがアインクラッドに迷い込んでしまったばかりのメイプルにそうしたように、オレンジプレイヤーによって危険に晒されたシリカに手を差し伸べることができるのであれば、そうしてあげたいと切に思ったのだ。