死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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57話「新人秘書シリカ」

 

「シリカちゃんを秘書にします!」

 

 シリカを連れて《血盟騎士団》のギルドホームに戻ったメイプルは、アスナとアルフレッドを前にすると開口一番にそう宣言した。

 堂々たる仁王立ちのメイプルに一瞬、お互いに顔を見合わせるアスナとアルフレッド。言いたいことはいくつもあるがまず聞いておくべきことが一つある。

 

「それより、この数日仕事をほっぽり出してどこに行ってたのか説明してもらえるかしら?」

 

 レイピアの如く鋭いアスナの視線が、容赦なくメイプルを突く。

 

「えーっと......執務続きだったから気晴らしがしたくて、フィールドに出て《ポイズンカプセル》を使った新技を試したらそのまま丘を転がって行っちゃって......気がついたら《迷いの森》でシリカちゃんを助けてた、みたいな感じ?」

 

 堂々たる仁王立ちは一瞬にして崩れ、あはは、と笑いながら頭を掻くメイプル。

 対するアスナは心底唾棄したようなため息をつき、隣に立っていたアルフレッドもよくシワの寄った眉間を指でもんでいる。こうしたことは、実は今回が初めてではなかった。

 これまでもメイプルはサボり癖もいえる放浪癖を発揮して何日か姿が見えないかと思えば、しばらくするとSAOでこれまで確認されたことのないスキルを身につけてしれっと帰ってくる。ということが何度かあった。

 しかし新たな団員候補を連れ帰ってきたのはさすがに今までにはない。

 

「一人で出歩くたびに付属品を増やして帰ってくるなぁーとは思っていたのだけど、そっか。今回は人かぁ...」

 

 メイプルの奔放ぶりにもいい加減慣れてきたと自負していたアスナだったが、そんなアスナの予想の斜め上の行動をいとも簡単に取って見せるのがメイプルだった。

 

「それで? 今回はどのように致しますかな? 奇妙なスキルとは違い、此度の付属品は隠蔽できる類ではないようですが......」

 

「いいわよ。今回みたいに勝手に逃げ出しちゃうこともあるから護衛の他に誰かお目付け役をつけようと思ってたし、シリカちゃんみたいな歳の近い同性の子ならむしろちょうどいいわ。それにこの子、メイプルちゃんよりしっかりしていそうだしね」

 

「ええーっ! それはそれでちょっとひどいよアスナぁ〜...」

 

「ひどいって...自分より一回りも二回りも歳下の子に秘書をさせようなんて言い出すメイプルちゃんに言われたくないわよ」

 

「うぐっ...!」

 

 アスナに痛いところを突かれて縮こまるメイプル。

 通り名が浸透していなかった時といい、化物じみたバイタリティを持つ割にはこの手の口撃に全くと言っていいほど防御耐性がなかった。

 

「な、なんにしても許可は降りたんだから、これでシリカちゃんも《血盟騎士団》の一員だよ! これからもよろしくね! シリカちゃん!」

 

「はい!」

 

 メイプルの言葉に元気よく頷くシリカ。

 

「これからはわたしのこと、お姉ちゃんって呼んでいいからね!」

 

「はい! ......はい?」

 

 メイプルの言葉に再度元気よく頷くシリカ。が、会話の脈絡がいきなりおかしくなったことに気づいて思わずそう聞き返した。

 対してメイプルはスライムのようにふにゃふにゃと緩んだ笑みを浮かべてシリカの腕をぎゅっと抱きしめる。

 

「やった〜! わたしってリアルじゃあ一人っ子だからさぁ。ずっとシリカちゃんみたいなかわいい妹がほしかったんだぁ〜!」

 

 その手を振りほどくこと自体、シリカのストレングス値をもってすれば簡単なことだ。しかしそんなことはメイプルの満面の笑顔が許さない。この無邪気な笑顔に対してNOと答えられないと感じた瞬間、シリカはメイプルと出会ってからここ数日の間に何度も思ったことを今一度思わずにはいられなかった。

 

(ああ、やっぱりいろいろ早まったかなぁ...?)

 

 メイプルの腕の中でわしゃわしゃと頭を撫でられながら《血盟騎士団》の新メンバーシリカは、その小さな胸の中にタマムシ色の不安を感じたのだった。

 

 

 

 

 月明かり以外に明かりらしい明かりもない闇の中。

 草木も眠るような草原のフィールドを外套姿の小柄な人影が芝生を蹴立てて駆けている。その足取りには僅かに疲労と焦りが感じられた。

 風が外套を撫でるたびにフードの奥に大海のような青い装備と焦げ茶色の髪がわずかに覗けて見え、顔つきから見て取れる年の頃は十代半ばといったところだろう。

 

「Pohの計画通り、《タイタンズ・ハンド》のメンバーは全員監獄送りかぁ。恐ろしいったらないわね」

 

 その外套の少女、サリーはPohの指示で《タイタンズ・ハンド》がシリカたちを追い、そしてメイプルによって捕縛されるまでの一部始終を見ていた。

 そう、見ていたのだ。

 このアインクラッドでメイプルが、本庄楓が生きていることを、この世界に来てようやくその目で確認することが叶った。

 

「楓......ようやく見つけられたのにあたし、どんな顔してあんたの前に立てばいいのかわかんないよ」

 

 そのとき、《ラフィン・コフィン》のアジトへと戻るサリーの力ない足取りが不意に止まった。

 風が草原の芝生と所々にそびえ立つ木の枝を揺らし、さざめきにも似た音を立てる。その音に紛れて気づくのが遅れた。

 

「.........」

 

 気配が一つ、近くに潜んでいる。

 

「そこに隠れてこっちを伺ってる人、出てきなさいよ」

 

 近くにあった木に向かってサリーは言い放つ。

 

「あんたなんだろ? 《タイタンズ・ハンド》に《シルバーフラグス》を襲うよう仕向けたのは」

 

(...っ!? こいつ...)

 

 隠れていた木から背を離して現れたのは、見たことのある顔だった。それどころか、一度剣を交えて戦っている相手。

 自分とそれほど年の離れていないであろう、均整の取れた顔立ちの少年。装備は夜のトバリを切り取ったような深く黒いロングコートに、たすき掛けにした革ベルトに片手直剣を固定して下げている。

 以前《ラフィン・コフィン》から脱走を企てたとき、早とちりから襲いかかってしまった相手だ。

 

「この前のソロプレイヤー。確か名前は、キリト?」

 

「知ってるなら、自己紹介はいらないな」

 

 ジョニー・ブラックによってラフコフのアジトに連れ戻されたあと、サリーはメンバーが話している内容から、目の前にいるプレイヤーについていくつかのことは耳にしていた。

 元βテスターであり、第一層ボス攻略戦から今に至るまでアインクラッド攻略の最前線をソロで潜り、攻略組として戦い続けている猛者。

 《黒の剣士》キリト。

 

「フィールドで偶然あたしを見かけてついて来た......なわけないか。いろいろお見通しみたいね」

 

「ああ、なにせ俺が今まで探していたのは《タイタンズ・ハンド》じゃなく、あんただったんだからな」

 

「......どういうこと?」

 

「最前線の転移門広場で俺は《シルバーフラグス》のリーダーから自分のギルドを壊滅させられたオレンジギルドのメンバーを捕まえて欲しいと依頼を受けた。調べてみればすぐにロザリアというプレイヤーにたどり着いたよ。そいつがリーダーを務めるオレンジギルド《タイタンズ・ハンド》についても情報を得られた。けどほとんど偶然、彼らと接触するフードのプレイヤー、君を見つけた」

 

 キリトはそこから今回の一件が《タイタンズ・ハンド》だけで実行されたのではないと予想した。おそらく別のギルドないしは個人が事件の裏で糸を引いている。そこでキリトはあえてロザリアを含めた《タイタンズ・ハンド》との直接的な接触は避け、メンバーの監視を始めた。

 そしてメイプルとロザリア率いる《タイタンズ・ハンド》の戦いを木の陰で伺っていたサリーの存在を、キリトは遠巻きから《索敵》スキルで発見したのだ。

 

「なるほどね......」

 

 じっと目を閉じたサリーは集中力を高めた。意図的に呼吸速度を早めて思考回路を戦闘モードにしていく。

 サリーのアジリティをもってすればこのままキリトから逃げ切ることもできるだろう。しかしそうもいかない事情がサリーにはあった。四十七層にいたときから索敵されていたということは、どこかしらのタイミングで間違いなく素顔を見られている。

 

「あんたから逃げるのは簡単。だけど今回の件で顔を見られた以上は、こっちもただでは帰せないのよね」

 

 サリーは戦闘の邪魔になると判断して装備していた外套を脱ぎ捨てた。

 前回戦った時は素顔を見られないために外套を装備したまま戦ったが、顔を知られた今はもうその必要はない。腰から下げた二本のダガーをゆっくりと引き抜いて構えの姿勢をとると戦意をむき出しにしてサリーはキリトを見る。

 しかしそれはキリトも同様だった。

 膝を曲げ、姿勢を浅く沈めている。すでに背中に掛けていた片手直剣は引き抜かれていて、右手に持ったそれを身体の後ろに隠すように構えていた。

 

「本気か?」

 

「当然」

 

 サリーは頬を釣り上げ、好戦的に笑う。

 

「かかってきなさいよ。攻略組の間じゃアンタ《黒の剣士》って呼ばれてるんでしょ?」

 

 

 

 

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