死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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58話「鬼ゲーマーの輪舞曲」

 月明かりに雲がかかると、草原の上を薄い影が差す。その暗闇に紛れるようにしてサリーが先手を取って動いた。

 数歩の助走の後に大きく跳躍、逆手に構えた二本の短剣が獲物に飛び掛かる獣の牙のように怪しく光る。

 しかし空中に飛んでしまえば攻撃は避けられない。それを狙ったキリトはソードスキル《ホリゾンタルアーク》で迎撃の体制を取った。

 

「せあっ!」

 

「《超加速》!」

 

 キリトが攻撃モーションに入った瞬間、跳躍中のサリーの速度が跳ね上がった。空中で落下速度が増し、キリトが剣を振り下ろす頃にはすでに着地。半ば滑るようにキリトの攻撃をかいくぐると、左右の短剣が弧を描いた。

 

「ぐっ!」

 

 二つの三日月のような剣影。

 それがキリトの肩口を削り、切り抜けてそのまま背後を取ると、返す刃がキリトの首筋へと伸びた。死角から迫ったサリーの斬撃をキリトは屈んで体勢を下げることで躱す。

 

「このっ!」

 

 そのままの体勢からキリトは飛び上がると、ねじるように身体に回転をかけて横一閃。ソードスキルを繰り出した。

 カウンターとばかりに振るったキリトの剣は、しかし際どいところで回避され、サリーの前髪を軽く揺らすにとどまる。

 

「今のを避けるのかよっ...!」

 

 手ごわい、とキリトは再確認した。

 始まる前からわかっていたことではあるが、サリーの反射神経と体捌きはキリトのそれを超えて高い水準にある。

 

「そっちこそ。今の攻撃の後によく反撃してこれたじゃない。噂通り強いよあんた!」

 

「そりゃどーも!」

 

 今度はキリトから接近して斬りかかる。

 片手用直剣の切っ先が届くギリギリの距離から、反撃の隙を与えない、強いながらもコンパクトな剣撃。

 手数でもスピードでも不利なキリトにとって短剣のリーチまで接近されることは敗北に直結する。サリーの攻撃が届かず、自分の攻撃は届く最も有利な間合いからキリトは攻撃を繰り返した。

 しかしそれで手をこまねくサリーではない。ひとつひとつの攻撃を正確に見切り、躱すと同時に前に出ては反撃する。

 

(こんな速さで動くプレイヤーはアスナ以外じゃあ初めてだ。油断してると、目の前にいるのに一瞬姿を見失いそうになる!)

 

 薄暗い草原の上で三つの刃が空を切り、時折ぶつかり合う。

 前回、サリーは持ち前のスピードでキリトを翻弄し、奇策で意表を突き続けて優位に回った。しかし今は互角とも言える攻防が続き、なによりサリーの意表を突いた攻撃にキリトは完璧ではないが対応し始めている。

 

(学習速度早いなぁ...《剣ノ舞》である程度ストレングスを上げてから勝負をつけるつもりだったけど、あんまり長引かせると負けそう。ここは一気にカタをつける!)

 

 嵐のような攻防が止み、どちらからともなく距離を取る。緊張で乱れていた呼吸をゆっくりと整えるとキリトは口を開いた。

 

「やっぱり強いな。アジリティも大したものだけど、なにより対人戦の駆け引きが尋常じゃない」

 

「なによ。また今まで何人殺してきたのか聞きたいわけ?」

 

「いや、今はもっと別の疑問があるかな」

 

 相手の行動を予測し、攻防の数手先まで見通して動くことができるプレイヤースキル。これは一定のアルゴリズムで行動するモンスターをいくら倒しても永遠に得ることはできない。自分と同じ人間、プレイヤーバーサスプレイヤー戦闘を積み重ねてこそ得られる代物だ。

 いったいどれだけのプレイヤーを殺せばそれほど対人戦に熟達できるのか、初めてサリーと戦ったときキリトはそう思っていた。

 しかし今は違う。

 

「PVPなんてこの世界じゃあ命懸けだ。いくら《ラフィン・コフィン》のメンバーだからって自分が命を落とすリスクのある戦いなんてそう何度も経験できるはずがない。だけど君の強さはその限界を超えてる......と思う。まるでゲームオーバーしても何度だってコンテニューできる普通のVRゲームで他のプレイヤーとさんざん戦ってきたような、そんな感じがするんだ」

 

(こいつ、いったいどこまで...!)

 

 たった二度のサリーとの戦いの中で、キリトはサリーの正体に気づきつつあった。さすがに確信こそないが、ある程度の予想はしているはずだ。そしてつい最近までメイプルと行動を共にしてきたキリトの予測は完璧に的を射たものだった。

 キリトはさらに言葉を続ける。

 

「New World Onlineっていうゲームを知ってるか? ここと同じ、フルダイブ型のVRMMOだ」

 

「なっ...!」

 

 サリーが知らないはずはない。なぜならそれはサリーやメイプルがもともといたゲームのタイトルだったのだから。

 

「そっか、君もそうなんだな」

 

 そしてサリーの驚いたような表情を見てキリトの予想が確信に変わる。

 ゲームの世界に囚われているSAOプレイヤーであれば知る由もない、SAOの正式サービス後に生まれたVRMMORPG。それが『New world online』、通称NWOだ。このアインクラッドでその名前を知っているプレイヤーはNWOから迷い込んだメイプルと、メイプルから話を聞いていたキリトの他にはいないはずだ。

 しかし、サリーはその名前を知っていた。

 それが意味する答えはひとつしかない。

 

「......仮に、あたしがあんたの言うNew World Onlineのプレイヤーだったとして、それがなに? あたしが別のゲームからこの世界に来たことと、今あんたを殺そうとしていることとはなにも関係ないわ」

 

「どうしても、やめる気はないんだな?」

 

「当然よ」

 

 サリーは大きく息を吸って、吐いた息を五分目で止めた。やや速くなった心臓の鼓動を感じながら、集中力を極限まで研ぎ澄ます。

 そんな様子からこれまでとは違った空気感をキリトも感じ取ったのだろう。剣を構え直し、切っ先をサリーに向ける。

 

(これから死んでいく相手にNWOのスキルを見られたって問題ない。だったらこんな殺し合い、とっとと決めてやる!)

 

「おいで、朧!」

 

 

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