死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います   作:くぼさちや

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59話「サリーの本気」

「おいで、朧!」

 

 サリーの指に嵌められた指輪が夜闇のなかで強い光を放った。

 ただの光だったそれはやがて四足の形をなし、背中に紅白の水引を背負ったキツネのような小型モンスターが現れる。

 

「テイムモンスター? それもNWOのスキル......いや、アイテムか」

 

「あの子のこと知ってるんなら、別にNWOのスキルやアイテムを見るのは初めてじゃないんでしょ? 今まではこの世界のプレイヤーにNWOのスキルを見せるのはできるだけ避けてきたけど、あんたには関係ないし」

 

 サリーは手のひらをキリトに向けて構えた。

 

「覚悟しなよ。《ファイアーボール》!」

 

 その手のひらから赤い火花が散ったかと思うと、直径1メートルほどの炎球が一直線にキリトに迫った。

 

「はあっ!」

 

 それをキリトは横一線、防御系ソードスキル《スピニングシールド》で難なくかき消した。

 魔法スキルを使う相手との戦いは初めてであるキリトだが、遠距離攻撃はモンスターのブレス攻撃で慣れている。

 初級の魔法スキルでは牽制にもならない。

 

「こんなもんじゃないんだろ?」

 

 顔色ひとつ変えないキリトにサリーが驚いたのは一瞬だけ。すぐさまサリーの頬が好戦的につり上がる。

 

「もちろん...!」

 

 サリーは言葉を切ると、前傾姿勢で地面を蹴った。

 

「《超加速》!」

 

 サリーは再度《超加速》でスピードを底上げした。翻弄するように不規則な加速とサイドステップを織り交ぜた歩方はまるで稲妻のような軌道でキリトに迫る。

 

「《ファイヤーボール》! 《ウィンドカッター》!」

 

 サリーは魔法攻撃で牽制をかける。直線で迫る《ファイアーボール》と弧を描いて迫る《ウィンドカッター》の挟み撃ちだ。

 

「っ!」

 

 それに対してキリトは防ぐのではなく一直線に前に出た。《ファイアボール》を切り払い、《ウィンドカッター》を躱して一直線にサリーに向かって駆ける。

 サリーもそれを迎え撃つ気位でいた。

 相対して地を駆け、両者の距離は一瞬で縮まる。

 

「朧、《影分身》!」

 

 お互いが後一歩踏み込めば接近戦闘の間合いなる距離、そこで先手を取ったのはまたしてもサリーだった。

 ボイスコマンドとともに五人に分身したサリーがキリト真正面から、左右から、そして跳躍してキリトの頭上からそれぞれタイミングを合わせて斬りかかる。

 

 弓で矢を射るようにして引き絞ったキリトの刀身に黄色いライトエフェクトが帯びる。それは片手直剣の上位ソードスキル、《ヴォーパルストライク》の構えだ。

 

「はあああああああっ!」

 

 突き出された刀身が五体のうち一体の胴を貫く。

 技が命中した手応えはない。が、確かにキリトの《ヴォーパルストライク》はサリーの身を貫いていた。

 やがてその分身の姿は陽炎のように揺らめいて消える。

 

「ってことは、こっちは分身ってことか」

 

 ソードスキルを使った直後の隙をサリーは見逃さない。獲物を追い詰めた狼のように連携の取れた動きで一斉にキリトに襲いかかる。

 キリトはバックステップで距離を取りながらサリーの攻撃をしのいだ。常に二人以上との戦闘にならないよう立ち回り注意深く残り四人のサリーを観察する。

 

(全員の動きがバラバラだ。分身の一つ一つが独立して動いてるのか? だったら分身の動作はCPU任せのはず、なら不意打ちで意表を突いてきたのが本体だ!)

 

 キリトを中心に円を描くように移動して攻め入る隙を伺うサリー、ときおり回転方向を変えたりスピードに緩急をつけたりするなどして、キリトの死角を取れるよう翻弄してくる。

 そこでキリトはあえて、死角である背後に分身の一体が移動するのを見逃した。

 

「はあっ!」 

 

「そこだ!」

 

 わざとキリトが作った隙を突いて背後から迫ったサリーを、キリトは横一線に切り払った。

 完全に意表を突いたつもりでいたサリーは回避しきれず、黒い刃がサリーの腹を捉える。しかし霞でも斬ったように刀身から伝わるはずの手応えが全く感じられず、刃はサリーの身体をすり抜けていく。

 

(っ! こいつも分身っ!)

 

 そこへ間髪いれずサリーの分身が三体、キリトに襲いかかった。

 

(三方向から同時に...! 一人は本体のはず、くそ!)

 

 よみが外れた以上、再度見極めが必要だがすでに分身を含め三人ともダガーの刃がキリトに届くところまで接近を許してしまっている。

 そんな状況でキリトに取れる手段は多くはない。

 

「はあああああっ!!」

 

 キリトは重心を低く構えた。刀身が緑色のライトエフェクトを帯びると、片手直剣の水平四連撃技《ホリゾンタル・スクエア》がサリーを一掃する。

 三人のうち一人は本体、であるはずだった。しかし三人いたそのどれもが、なんの手応えもなく消失したのだ。 

 

「な、に...?」

 

 驚いたような声がキリトから漏れたが、それは倒した五人全てが分身だったことに対してではない。

 不意に剣を持つキリトの右手に衝撃を受けて、握っていた剣を落としたからだ。

 見ればサリーの持つツインダガーの片割れがキリトの右腕に深々と突き刺さっている。それによって発生したダメージが《武器落とし》をシステム的に引き出した。

 そして暗闇に紛れ、猛スピードで突進してきたサリーの本体が体当たりでキリトをノックバック。そのまま背中から地面に横たわったキリトに跨って片一本のダガーを喉元に突き立てた。

 

「くっ...まさか五人とも分身だったのか?」

 

「いいえ、あんたが最初にソードスキルで斬ったのは間違いなく本体のあたしよ? 《蜃気楼》っていってね。実際のあたしの位置とあんたが見ているあたしの位置にラグを生じさせるスキルなの。それで最初に攻撃した私を分身だとあんたに思い込ませた」

 

 サリーはダガーを逆手に構え直す。

 スキルの効果のせいか、サリーの姿は未だ輪郭がおぼろ気だ。しかし切っ先を向けられた刃の先端はやけにはっきりとキリトには見えた。

 

「終わりよ」

 

 そう言ってトドメを刺そうと振り上げたサリーの手が、止まる。

 人を殺す。その許されない行為を土壇場になってサリーは躊躇した。一度躊躇してしまえばそう簡単に刃を振り下ろすことはできない。しかし顔を見られたキリトをこのまま野放しにしておけない。

 

(...っ! 覚悟決めなさいよ! ここでこいつを殺さないとあたしは......!)

 

 そんな迷いを振り切ろうと奥歯を噛み締めて、サリーは再び震える短剣に力を込める。

 

「君には人を殺せない」

 

「っ!」

 

 キリトを殺すことへの躊躇を一瞬で見抜かれ、サリーの身体が驚いたようにびくりと震えた。

 携えた片手直剣と同じ真っ黒なキリトの瞳に動揺を隠せないでいた自分の姿が映るほどの近い距離。人の肘から指先ほどの刃渡りしかないサリーのダガーが

 

「こうやって剣を交えてはっきりわかったよ。君は進んで人を殺せるような人間じゃない。ラフコフにいるのもなにか事情があるんだろ?」

 

「違う...」

 

 即座にそう答えるサリーに構わず、キリトはなおも言葉を続ける。命を狙われた相手にしているとは思えないほど穏やかな声音だった。

 

「もし君がラフコフを抜けたいと本気で思うなら、手を貸せると思う。俺はソロだ。自由に動けるし、アインクラッドのどこにいたって怪しまれない。誰とコンビを組んでいようが気にも留められない。隠れ蓑にはうってつけだろ?」

 

「あたしは、別に......ギルド抜けたい訳じゃ」

 

 そんな否定の言葉にもうまく力が入らない。

 キリトの言葉を一つ一つを吟味するように考える。考え込んだ末、サリーは猛烈に大きなため息をついた。

 

「あーもう。あんたの言葉を聞いて迷っちゃってる時点で誤魔化しとか効かないわよね」

 

 観念したようにキリトの上から降りたサリーは二本のダガーを腰の鞘に納めると、未だ地面に背中をつけたままだったキリトに手を差し出した。

 

「そういえばまだ名乗ってなかったよね。サリーよ。よろしく《黒の剣士》さん」

 

「えっと......その呼び方はやめてくれないか? 厨二っぽいっていうか、なんだか背中のあたりがムズムズするんだ」

 

 キリトはやや心地悪そうにしながらも、サリーの手を取って立ち上がる。するとどこか遠くからモンスターの遠吠えが聞こえた。

 夜のフィールドにポップするモンスターのレベルは比較的高く設定されている。しかし明け方まで待つにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 

「それで、このあとはどうするつもり? 知ってるとは思うけど、オレンジカーソルの私は街の中には入れないわよ」

 

「二十四層のフィールドにかなり広い安全地帯があるんだけど、そこにはいくつかプレイヤーが購入できるホームオブジェクトがある。カルマ回復クエストをクリアするまではそこを拠点にするつもりだよ。お世辞にも治安がいいとは言えないけど」

 

「気にしないわ。ラフコフのアジトより治安の悪い場所なんてないでしょ?」

 

「まあ......うん、それもそうか」

 

 慣れたものよ、と言わんばかりに鼻を鳴らして歩きだしたサリーはふと思い出したかのように、とんでもない事実を口にした。

 

「そうだ、ちなみにあんたに《タイタンズ・ハンド》を牢獄送りにしてくれって頼んだ《シルバーフラグス》のリーダー。あれ、あたしたちの仲間だから」

 

「......は?」

 

 なんとも間の抜けた声が、キリトの口から漏れた。

 

「もともと《タイタンズ・ハンド》の稼ぎをそっくり頂くための計画だったのよね。特にあのロザリアさんって人、やりたい放題でこっちの幹部の反感買ってたみたいだし。けど全員殺しちゃったら所持してるアイテムは回収できても、ギルドホームに溜め込んだお金やアイテムは回収できないでしょ? だからラフコフのメンバーを一人《タイタンズ・ハンド》に潜り込ませて、全滅したギルドの生き残りを名乗って有力プレイヤーに捕縛を依頼、で、全員が捕まって繰り上がりでギルマスになった仲間が金庫の中身を根こそぎ........って、あれ?」

 

「なっ........あ、あ......」

 

 説明するサリーをよそに、キリトは完全に言葉を失った。

 放心、と書いた立て札と手頃な空き缶でもそばに置いておけば、もの好きがお金を投げ入れていきそうなほど、キリトは絵に描いたように放心していた。

 それだけこの過酷な世界には常軌を逸した輩がいて、これまでアインクラッドの最前線を走り続けてきたキリトですら思いも寄らないようなことを平気で思いつくのだ。

 

「あんたが相手にしようとしてるPohってそういうプレイヤーよ。そんな恐ろしい奴だって知ってもあんたはあたしを守ってくれる?」

 

 上目遣いに加えてイタズラっぽい笑みを浮かべるサリーに、さすがにキリトはたじろいだが咳払いを一つ。平静と取り繕ってから堂々、とは言えない語気で答えた。

 

「も、もちろん...」

 

「クスッ...」

 

 そんなキリトの様子に、サリーは思わず笑った。

 さっきまでの氷像のような冷静な顔とはうって変わり、動揺を隠そうと必死な今のキリトの表情は年相応の少年で、可愛らしいとすらサリーは思ったのだった。

 

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