死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
それを公開してなかったのは先の展開で悩んでて、それ次第でつじつま合わなくなるのがこわかったんです。
というわけで最新話どーーん!
どうしてかはわからない。
フレッドは死んだ。間違いなくサリーが殺した。それはサリーのカーソルがオレンジに変わってしまったことからも疑いようのないことである。
しかし目の前にいる人物はフレッドそのもの。重々しいプレートアーマーと携えた青い氷細工のような片手用直剣、なによりいつもサリーに優しく語りかけてくれていた表情までもが鏡写しのようにそこにいた。
「なるほどね。自分が傷つけた相手ともう一度戦えってことか......最悪なクエストね」
サリーは一度抜けてしまった手にもう一度力を込める。強くツインダガーを握りながら、胸の奥から沸き上がってくる感情を無理やり封じ込めた。
大きく息を吸い、そして吐く。
「見かけだけ真似て、それで私が攻撃をためらうとでも?」
サリーはツインダガーを逆手に構えた。お互いがほとんど同時に地面を蹴り、フレッドとサリー、それぞれの刀身が交錯する。
先手を取ったのはサリー。真横に振るったダガーをフレッドは剣を縦に構えて防ぐ。その構えに合わせてサリーは切りつけた方とは反対の手に握ったダガーで下から上へと切り上げる。
「せあっ!」
フレッドの肩口をダメージエフェクトによる赤い軌跡が走ったが、フレッドは怯まず攻撃を仕掛けた。縦横無尽に振るわれる剣を防ぐことなく回避して見せるサリー。
(このフレッドは、偽物だ!)
たったそれだけの立会いで、サリーはそう確信した。
剣筋に意識が感じられない。相手の裏をかくどころかフレッドの動きには明らかな規則性があり、それはフレッドがフィールドでポップするモンスターと同じように一定のアルゴリズムに従って動いている証拠とも言えた。目の前にいるのは見た目やステータスこそフレッドそのものではあるが、フレッドとしての意識はない。
AIで動く人型のモンスターだと思えば、サリーの敵ではなかった。
「せあっ!」
フレッドの攻撃が空振りした瞬間、がら空きの胴体に二本のダガーが深々とフレッドの胸に突き刺さる。
「よし、このまま!」
「君と初めて会った日を覚えているかい?」
「っ!」
追撃を加えようとした瞬間、優しく、そして懐かしい声が聞こえた。
ダガーを引き抜いて一瞬でその場からサリーは飛び退く。
「......フレッド、フレッドなの?」
「あの日にだって二人ともこうなる覚悟は決めていたんだ。それは今日この時だって変わらないよ」
会話がまったく噛み合っていない。しかしサリーは思い出した。そのセリフはたしか《月と盾の紋章旗》が壊滅したあの日、本物のフレッドがサリーに言ったことだった。
「くっ...死んだ日の音声まで再生するとか、悪趣味ったらないわね」
強く、噛み締めた奥歯から軋むような音が鳴る。明確な怒りがサリーの瞳に宿った。
「サリー、君は《転移結晶》の準備をしてくれ。刺し違えてでも彼のことは殺すけど、はっきり言って勝ち目のある戦いじゃない。いつでも逃げられるように」
「うるさい...」
「僕たちは死ぬ覚悟でここに来たんだ。今さら安全策に逃げるなんて馬鹿けてる。違うかい?」
「うるさい!」
「僕はシゲルとオレンジを死なせてしまった挙句、最後には残った君を生かすために自ら死を選ぶような男だ。だから、そんな僕に付き合って君まで死ぬことはないよ」
「うるさい!! 偽物のその声で! 偽物のその顔で! 私の前に現れるなぁぁぁぁぁっ!!」
その姿を見てからずっと封じ込めていたはずの感情が、そのとき一気に吹き出した。吠えるようにサリーは叫んで、一直線にフレッドに向かって駆けた。振り上げられた二振りのダガーの刀身が、壁面の松明の光を反射して光る。
仲間の死を乗り越えたときも、サリーのために自らが死を選んだ時も、最期のその瞬間まで、いつだってフレッドの言葉は決意と優しさに満ちていた。
穏やかな声音で、サリーに語りかけていた。
それを汚すようなことをサリーは許すことができなかったのだ。
「はああああああああっ!」
横薙ぎのひと振りを掻い潜り、ガラ空きの胴体を瞬く間に三度切りつける。赤いダメージエフェクトが目の前でほとばしり、フレッドのHPが削られた。それに抵抗するかのようにフレッドも剣を振るうがサリーには当たらない。それどころか避け際にすらサリーは左右のダガーを振るい、休む間もなく切りつける。
そんな体の隅から隅までを細切れにするような激しい斬撃の連続、フレッドの全身はダメージエフェクトによって赤く染まる。
「《パワーアタック》!」
スキルを使って破壊力のこもった一撃を見舞う。それによってフレッドは背中から後ろに倒れ込んだ。
ダメージによるノックバックだ。しばらくの間フレッドは攻撃することも攻撃を避けることもできない無防備な状態。その隙をサリーは逃さなかった。地を駆けて跳躍し、フレッドの脳天目掛けて逆手に構えたダガーを振り下ろす。
「これで終わりに...!」
『君みたいな強いプレイヤーが入ってくれると頼もしい。どうかな?』
『俺たちの陣形はいつものとおりで、サリーは隙をうかがって側面から攻撃してくれ』
『あのとき君が来てくれなかったら、僕たち三人の誓いは永遠に叶えられないままだっただろう。少なくとも僕は死んでいた。二度目のチャンスを得ることができたのはサリー、君のおかげなんだ』
『皆、敵はPoHだけじゃない。彼が取りまとめているオレンジプレイヤーも含めて、これから行く場所はこの四人以外全員敵だ。きっと大勢殺す事になる。どんな結果になっても今までのような日常には二度と戻れないだろう。覚悟はいいかい?』
『すまない。でもやつらから君を助けるにはこうする以外の方法を見つけられなかった』
「...っ!」
そのダガーの切っ先がフレッドの眉間のわずか数センチというところでぴたりと静止した。この一撃を決めれば勝てる。しかしその瞬間にサリーは思い出してしまったのだ。
フレッドと過ごした濃密な時間、そして最期の瞬間に見せた、優しく満足そうな笑顔を。
(できない......)
サリーは怯えるようにしてその場から後ずさった。
やがてノックバックから立ち直ったフレッドは再び剣を構え、ソードスキルを繰り出した。それをサリーは避ける。が、反撃はしなかった。
「......っ!」
反撃しようとダガーを振りかぶりはした。が、そこまでだ。その切っ先は振り下ろされないまま止まってしまう。そして隙を逃したサリーはフレッドの攻撃を避け続ける。その繰り返しだった。
「すまない......」
「っ!」
サリーの身体がいっそう強ばった。その隙を突いてか、あるいはまったくの偶然か、ソードスキルを発動させたフレッドの片手剣が、サリーの身体を真一文字に切りつける。
その衝撃でサリーの体は飛び、後方の壁に叩きつけられた。
「もう...あんたのことは殺せないよ」
PoHのように狂うこともできず、正体を知られたキリトを殺すこともできず、そして今、偽物だとわかっているフレッドを殺すことも、ためらった末できなかった。自分にはそれだけの覚悟がないのだと知ってしまった。
だからサリーには殺せない。
サリーの手からこぼれるようにツインダガーが落ちた。せまる攻撃を避けようとすらせず棒立ちのまま、一切の抵抗をやめた。
(これで、よかったのかもしれない......)
追撃を加えようと、剣を振り上げたフレッドがサリーのすぐ目の前にまで迫ってきている。
サリーはちらりと自身のHPバーを確認した。レッドゾーンまで削られた今の状態でこれをまともに喰らえばまず助からない。
しかしそれでいいとサリーは思った。
どんな状況であったにせよ、フレッドを殺したのは自分だ。ならば今ここで、偽物とはいえフレッドの手にかかって終わるのも悪くないと、そんな風にサリーは思ってしまった。
(ごめんキリト。いろいろ手伝ってくれたけど、やっぱあたしダメみたいだ)
大上段に振り上げられた片手剣をぼんやりと見つめると、サリーは観念したかのように目を閉じた。
「.........」
しかしその剣はいつになっても振り下ろされない。不思議に思ってサリーは閉じていた瞳を恐る恐る開いた。
剣先はサリーの額の数センチ先で止まっている。かと思えばまるでHPが全損したモンスターのようにグラフィックが歪み、ポリゴンとなって砕け散った。