死ぬのが嫌なので防御力に極振りしたいと思います 作:くぼさちや
次話も予約投稿済みなんで、6月も読んでくれるよって人は感想くだちゃい(●ꉺωꉺ●)
「な、なにが...?」
クエストクリアを伝えるシステムメッセージが頭上に表示される。そのことからサリーは一つの結論を導き出した。
「まさか、クエストの達成条件は殺した相手とのデュエルで相手に殺されること?」
厳密にはサリーは殺されていない。残りHPからして確実に死ぬであろう一撃がダメージ判定ギリギリのところで停止した。それによってシステムはこのまま攻撃を受ければ死に至るだけのダメージを受けたと認識した。
それがこのクエストのクリア条件だったのだ。
「あっ...あ........」
糸の切れた操り人形のように、サリーは力なくその場で膝をついた。
クエストクリアを知らせるシステムメッセージとともにクエスト報酬とドロップアイテムがリストに表示される。
その中に一つ、あるアイテムの名前を見てサリーは目を見開いた。
「《ダークリパルサー》......これって、フレッドが使ってた剣」
サリーはそれをストレージから取り出してみる。
氷塊を削り出してあつらえたかのような、刀身から持ち手まで全てが薄く透き通ったブルーの片手剣。間違いない。フレッドが愛用していた片手剣だ。
(重いな......)
両手にずっしりとした重みを感じてサリーは一瞬よろめいた。持ち上げるのが精一杯で、振り回すどころか、これを担いでフィールドを歩き回るのも難しそうだ。
たしかこれを装備するために必要なストレングス値が高すぎて盾を持てないんだと、困ったようにフレッドが話していたことを思い出す。
(決めた。PoHはこの剣で殺す。みんなの仇はフレッドの剣で晴らすんだ!)
○
教会の扉が開き、中からサリーが姿を現した。
頭上にあるカーソルはキリトと同じグリーン。それはつまりクエストを無事クリアしてきたことを意味しているが、死兵のようなサリーの表情から、キリトはなにかを感じ取った。
「終わったのか?」
キリトの問いに、サリーは黙って頷いて返す。
「行こう...」
そう言って来た道を引き返し、歩き出す。その隣を歩く、まるで魂が抜けてしまったかようなサリーの横顔にキリトはどう声をかけるべきか決めあぐねていたが、結局はなにも言えないまま時間だけが過ぎていく。
「...また、死にぞこなっちゃったよ」
やがて二人の拠点が遠目に確認できるようになった頃、突然サリーは口を開いた。表情相応にその声には力なく、今にも消え入りそうな声。しかしキリトにはその声がいやにはっきりと聞こえた。
「中でなにがあったんだ?」
「あたしが殺した、昔パーティメンバーだった男の子が出てきたの。声も姿も、装備だって死んだ日のままで、けど本物じゃなかった」
再びしばらくの沈黙。それを破ったのはまたしてもサリーだった。
「ねえ、あんたはさ、もし大切な人が誰かに殺されそうなとき、その誰かを殺してでも大切な人を守れる?」
「え?」
「それか身代わりでもいいわ。大切な人を守るために身代わりになって死ねるか、大事な仲間が間違いを犯したとき殺してでも仲間を止められるか、とにかく自分にとって大事だと思うもののために自分を含めて人を殺すことができるのかって話」
「......どうかな、そのときになってみないと」
「今のあたしはできない。できるつもりだったけど、結局最後の最後で覚悟が揺らぐ。あんたと戦ったときみたいにね。それでもあいつだけは......PoHだけは絶対に殺す。あたしの覚悟なんて関係ない。あいつだけは殺さなきゃいけないんだ」
そう話すサリーは自責と後悔と怒りが入り混じった、グチャグチャな顔だった。
サリーの問いにキリトはそのときにならないとわからない、と答えた。それはサリー自身痛いくらいによくわかることだった。《月と盾の紋章旗》の一員として、フレッドたちと一緒にPoHを殺す覚悟を決めた。その過程で他のオレンジプレイヤーを殺す覚悟も決めた。その覚悟に嘘はない。しかしオレンジが死んで、シゲルが死んで、最後に自分の刃でフレッドが死んだとき、気がついてしまったのだ。
人を殺すことの恐ろしさ、そして簡単に人の命が奪われてしまうこのゲームの恐ろしさにだ。
「あたしさ、《月と盾の紋章旗》ってギルドのメンバーだったの。メンバーは少なかったけど、あたしがこの世界に来て初めてできた居場所だった」
それからサリーはこの世界に来てからのことをキリトに話した。
友達を探してこのSAOの世界に迷い込んだこと。《月と盾の紋章旗》としてPoHを殺す計画に自ら望んで参加したこと。それによってギルドはサリーを残して全滅し、残されたサリーは《ラフィン・コフィン》に強制的に入らされたこと。そしてPoHのもとで人が死ぬようないくつかの悪事にも加担させられていたこと。
フレッドを自分の手で殺してしまったことも含め、全てをキリトに話した。
「そんなことがあったのか...」
サリーが全てを話し終わる頃には拠点に到着。今は部屋のベッドに二人で腰掛けながら話を続けていた。日は暮れかけて、窓から差すオレンジ色の光がふたりの顔を照らしていた。
キリトは思う。目の前にいるサリーはまさしく、あのクリスマスイブの夜の自分と同じだ。仲間を死なせた自責の念が、サリーの心そのものがサリー自身を苦しめている。
重たすぎる罪の意識があって、それを裁いてくれる相手すら残らず全てを失った。そしてその心のどこかで自分の罪に相応しい罰を求めているのだ。
「なんか、今日は疲れちゃったな」
窓の外の景色に眩しげに目を細めながら呟く。心なしかサリーの目が濡れているように見えたのは、だいぶ日が傾き、色の付き始めた光に照らされていたからだけではないだろう。
そんなサリーにメイプルにしてもらったことと同じことはできない。だからキリトはキリトなりに、自分にできる精一杯を考えた。
「その罪の意識は多分、一生消えないよ。他になにか違った選択肢もあったのかもしれない。けどどうしたって酷だよ。状況を考えればどうしようもなかったことだと思う。だから他の誰がこの話を聞いたって誰もサリーの罪を裁いてはくれない。裁いてくれないなら自分で許すしかないんだ」
キリトはなおも言葉を続ける。
「俺の所属してたギルドも、俺一人を残して全員死んだ。ダンジョン探索中にトラップに引っかかって俺を除いた4人が死んで、残ったのは俺と探索に参加してなかったリーダーの二人だけ。けどそいつも仲間たちが死んだショックに耐えられなくて、俺の目の前で自殺した」
キリトは《月夜の黒猫団》のリーダーだったケイタの最後の言葉を思い出す。
『ビーターのお前が! 僕らに関わる資格なんてなかったんだ!』
「死ぬほど堪えた。だからいつ死んでもおかしくないようなレベリングも平気で繰り返したよ。でもそれは間違ってたって今なら思う。さっき、サリーは『死にぞこなった』って言ったろ? サリーが《ラフィン・コフィン》に復讐しようとしても俺は止めないよ。けど復讐を隠れ蓑に自殺行為としか言えないような戦い方をするなら俺はきみを止める。誰かに殺されたり、無茶して死ねば罰になるって考えてるなら、大間違いだ」
「ふぅーん、そう。そっか」
興味なさそうに相槌を打つサリー。興味のないふりをして、その言葉は確かにサリーの心に響いていた。
サリーは隣に座っていたキリトのそばに身を寄せると、肩に寄りかかるようにしてコツン、と額を当てた。キリトが息を飲んだことすらわかるような距離で、サリーは再び口を開く。
「......止めるっていうけど、あたしはいつまであんたのとこにいていいの?」
「君がラフコフに戻りたいとか言わない限りは、かな?」
「つまり、死が二人を分かつまで、って?」
「こ、言葉の裏をかかないで文面通りに言うなら、そうだよ。約束しただろ? サリーが《ラフィンコフィン》から逃げるのを手伝うってさ。だからもしサリーが命を狙われるようなことが...というか、多分もう狙われてるだろうな。当然そういう奴等からも俺はきみを守るよ」
そう話すキリトは少し照れている。
わずかに顔と視線を反らせながら言うその表情が思いのほか可愛らしかったので、サリーの口元からクスリと笑みが漏れた。
サリーはそっとキリトの胸から顔を離すと、指先でちょんと、キリトの鼻先をつついた。
「年下のくせに、ナマイキ」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそんなことを口にするサリーの瞳は、普段通りの生気を取り戻していた。