密輸組織のアジトだったところは現在、瓦礫の山となっている。
その周囲に魔族が数人取り囲むようにして展開し、密輸組織らしき人員の無力化を行っていた。
「ビックリしましたね、けーさん。まさか対魔族爆弾があるなんて」
「ああ。テミスが見つけてくれていなかったら何人か死んでいたかもしれない。やはりテミスを連れてきて正解だった」
「そんなこと言ったら被害を最小限にしたケイロンや怪我人を治療したメリーちゃんがいなかったら作戦に支障が出てたでしょ」
テミスは誇らしげに謙遜する。
「そうですよー。特にAD兵器なんてけーさんじゃなきゃどうにもできなかったし」
「たまたまだ。それで、ローレムは説得できたのか?」
「あー、ちょっと言い合いになっちゃいましたけどなんとか説得はできました! 私が人間の街で暮らしてみて、大丈夫そうならお姉ちゃんを呼びに戻るって作戦です!」
「なるほど。二人が納得しているのであれば問題ない。すぐにローレムを呼べるように自分も協力しよう」
「ローレムもこっちくるの!? てかメリー久しぶりだねー! ケイロンたら直前まで教えてくれなくてさー」
和気藹々と『孤児院』のメンバーで集まって会話をする。
密輸組織については制圧は完了している。現在は嗅覚が鋭い特性を持っている魔族を中心として証拠や
彼らには功績を重ねて、魔族管理局に入局するための実績を積んでもらわねばならないからだ。
「けーさん、私たちは手伝わなくても大丈夫なんですか?」
「ああ。彼らには自分が従順で有能であるということを管理局に示してもらうために働いてもらわねばならないからな」
「あたしやケイロンがやっちゃうと、あの人たちを魔族管理局に入れなくても仕事できちゃうじゃんってなっちゃうからね。あ、ちなみにメリーは皆の怪我を治したってことで実績は十分だからね」
決してさぼってるわけじゃないよ! とテミスは付け加える。
事実としてテミスは休んでいるように見えてもその働きぶりを監視しているし、周囲の警戒も行っている。
それはケイロンも同様で、特性による監視と索敵を継続して行っている。
「なるほど。でも索敵系の特性じゃない私が加わっても大した力にはなれなかったと思いますけど」
「メリー、いつも言っているが君は自分を過小評価しすぎだ。もっと自信をもってほしい」
「ありがとうございます、けーさん。お役に立てるよういっぱい頑張りますね」
はにかみながら笑顔を浮かべるメリー。
テミスはその表情やしぐさをみて何かを察したのか面白いものを見つけたという表情でメリーに近づいて小声で話しかける。
「お? もしかしてメリーちゃん、お?」
「へ? なんですかてみさん、どーしたんですか?」
「んー? あれー? いや、私の鍛えられた乙女センサーが反応したんだけど、あれー?」
鍛えられたと自信を持って言うテミスだが、それは二次元の教材を使用した独自の鍛錬法である。
信憑性のほどは推して知るべしというものである。
「どうやら終わったようだ。魔族は予定通り特観へ保護する。密輸組織の人間についても連行してしかるべき処置を行おう」
「あー、やっと仕事おわったー。やっとマンガとゲームができるぅー」
「まんが? げーむ? てみさんそれはどういったものなんですか?」
「おー、メリー気になっちゃう? 気になっちゃうのぉ? おねーさんが手取り足取り教えてあげましょうかぁ?」
テミスはメリーに詰め寄り、仲間を増やそうと自分の趣味についてのレクチャーを始めようとする。
「止めておけ、メリー。良く分からない趣味に染められてしまうぞ」
「なによケイロン。よくわからないってまだ理解できないの? 何度目かわからないけどもう一度教えてあげましょうか?」
いやな気配を察したケイロンは、今回連れてきた人員を指揮するためにテミスとメリーから離れる。
メリーは逃げるように離れるケイロンを珍しそうに見て、ケイロンを引かせるほどの趣味に若干の興味を示す。
「けーさんを怖がらせる趣味って……」
「おやおやおやぁー^^ どうやら興味あるみたいだねぇ? いいよいいよぉ帰ったらねっとり染めてあげるねぇ?」
ケイロンは二人のやり取りを特性で把握しながらも口を挿むことはしなかった。
あの洗脳ともとれるようなテミスの布教活動に巻き込まれることを恐れたからだ。
それに、本当の意味で楽しそうなテミスを見るのも久しぶりだったため、止めるのも憚られた。
「ぐひゅひゅ。あたし色に染めてぇ、二度と普通に戻れないように腐らせてあげるねぇ?」
「あはは、お手柔らかに?」
やはり無理やりにでも止めた方がいいのかもしれない……。
「良くやってくれたわ。さすがね、ケイロン」
保護した魔族の手続きも終わり、搬送した密輸組織の人間についてもしかるべき機関に引き渡した。
魔族管理局としてはできることは終わり、一息ついた状況である。
「保護した魔族については特観で社会順応プログラムで徐々に人間社会に馴染んでいってもらいましょう。で、密輸組織のことなんだけど」
「ああ。対魔族爆弾だけでなくAD兵器の存在も確認した。CATTないしその関連組織が関わっている可能性がある」
AD兵器。
魔族紛争を終結へ導いた決定的な兵器である。
その効果は、魔族が体に取り込むと魔族の特徴である特性と魔獣化が一定時間使えなくなるというものだ。
人間には一切害はなく、特性が使えなくなった魔族は多少力の強いだけの烏合の衆となり果てる。
これによってゲリラ戦のようなものを行っていた魔族は各個撃破され、主要な抵抗集団は悉く全滅させたれた。
それだけ圧倒的な戦果を生み出すAD兵器が、国家所属でもない、ましてや非合法組織が所持しているとは俄かには信じられなかった。
戦闘後の回収されなかった不発弾を回収したという話であればいいが、どこかからの横流しであった場合はまた話が違ってくる。
人魔紛争が終了し、人魔共生を掲げる魔族管理局、そして魔族の自分としては、このような火種にしかならないものはどうにかしておきたい。
「ちょっとCATTに探りを入れてみようかしら」
「CATTも一枚岩でないだろうからな。信用できるところから探りを入れるのはいいかもしれない。もし狙われたとしてもガロン氏や自分がいる。安心してほしい」
「ええ、信頼してるわ。ついでに探りを入れた人の安全も確保できる?」
「直接的な護衛ではないが、接触を図った人間をテミスに監視してもらおう。何かしら動きがあればすぐに行動できるようにしておこう」
CATT側の協力者は貴重だ。
魔族排斥を掲げるところの人間は損得勘定を考えない者が多い。
損か得かとかそういうものではなく魔族を減らせるか減らせないのかというところで考えるために前提が違ってくる。
今回の協力者はCATTに居ながらに魔族に同情的らしい。その感情を利用させてもらうとのことだ。
「接触は私一人で行くわ。ケイロンがいると何かと目立つからね」
「それは許容できない。何度も言っているだろう、君は自分の価値を自覚してくれ。自分も特性の範囲内で護衛するし、ガロン氏も何かあれば君だけでも連れて逃げられるようにしてもらう」
「そうね、ありがとう。じゃあアポ取ったらまた連絡するわ。あ、そういえばメリーちゃんって子のことなんだけど」
ここで、密輸組織壊滅の功として魔族管理局での協力員として魔族管理局で働くことになったメリーのことに話題が移る。
「特性の万能細胞ってもう少し詳しく教えてもらえる? 魔族の怪我を治したっていうのは報告書で見たけど、いまいち想像がつかないんだけど」
「ふむ、どう説明すればいいのか。メリーはその特性によって魔族の外傷の治療のみならず手術に似たようなこともできる。『孤児院』のころに見たが、今思えば設備も道具もなしでリスクなしはまさに反則級の特性だな」
美波はケイロンの説明を聞いて驚きを隠せないでいた。
さらに聞けば手足の欠損どころか、生きてさえいればあらゆる外傷を治療できるとのことであった。
つくづく魔族の特性は何でも有りだとは思っていたが、彼女の特性はその最たるものだろう。
専門的な知識を持っていない美波でさえ、その特性を研究すれば人類や魔族にとって途方もない利益になると想像できた。
それだけに、その扱いには細心の注意を払わざるを得ない存在だと美波は理解した。
「……もし人間にも治療効果があるんなら、とんでもない存在になるわね」
「それは理解している。故にどんな手を使ってでもメリーを手中に収めたがる存在がでても不思議ではない。テミスや自分で最優先に監視を行う」
「そうね。魔族管理局経由で研究協力してガス抜きもしていきましょう。無茶をしなくても待てば何とかなるのなら無茶をする連中も減るでしょうし」
「ああ、頼む」
美波との今後の方針の相談のあと、管理局内のメリーの部屋に向かっていた。
今回の大きな方針としては、CATTに圧力をかけて魔族の被害を少しでも減らさせる。
メリーには苦労を掛けるが研究に協力してメリー及び魔族の地位の向上だろうか。
そのためには協力者を不慮の事故に合わないようにさせ、メリーの警護に万全を期す。
メリーが馴染んだならローレムを迎えにも行かなければならない。
ローレムは制御こそ難しいが、その戦力は魔族を見渡しても比類ない存在だ。常識さえ教え込めばきっと力になってくれるだろう。
管理局の戦力を拡充し、CATTとの政争の抑止力として必要不可欠だ。
メリーの部屋の前に立ち、ノックする。
「はーい。あ、けーさん! どうしたんですか?」
「足りない物は無いかと思ってな。良ければ買い物に行こう」
「買い物ですか!? やったー!」
特に準備をするものもないようで、メリーはそのまま部屋を出てケイロンの手を引く。
「メリー、部屋の鍵はかけたか?」
「へ? 鍵?」
どうやら鍵をかけるという行為がわからないらしい。
「鍵とは、自分の住処としている場所に他人が入らないようにすることだ。そうすることで自分の大切なものを守ることができる」
「へ? でも勝手に入られるから意味ないんじゃ?」
「……メリー、ここでは鍵のかかっている部屋に勝手に入ることは基本的にない。鍵のある扉以外から入るのはマナー違反とされ、人間はそれを守っているからだ」
「へ、そうなんですか?」
「それに物を盗られたとしても、人間の公的機関がその犯人を捕まえてくれる」
他にも、とケイロンは電話やメールでは教え切れていなかった日常生活するうえで不便の無いように常識とされていることを説明していく。
街を歩いていてもあれはなんだ、これはなんだと何に対しても興味を示すメリーにケイロンは一つ一つ丁寧に説明をしていく。
まだ街を歩く魔族は珍しく奇異の目が向けられるが、そんなものは気にならないと二人で歩く。
傍から見れば最早カップルにしか見えない。
ケイロンはただひたすら連れまわされる形ではあったが、その表情は戸惑いつつも満更ではないものであった。
「ふぃー。すみませんけーさん、こんなに買ってもらっちゃって」
「いや、どうせ使い道のない給料だ。仲間のために仕えたんだから満足さ」
買い物を終え、メリーの部屋の前まで荷物を運んだケイロン。
「ほんと、昔に比べたら夢みたいですね」
「魔族がこうして普通に生活できる日が来るとはな」
「はやくおねーちゃんや他のみんなもこういう生活できたらいいのにですね」
ローレムもそうだが、未だ『孤児院』の多くは人間社会には入らずにいる。
『孤児院』のころから使っているいくつかの拠点に隠れて生活していたり、『自治区』で生活したりだ。
発見の危険性を局限するためということもあるが、それぞれの特性が最も活かせる場所で過ごしていたりもしている。
「そのために魔族が住みやすいように関係改善と魔族のイメージアップに努めよう」
「はいっ! 頑張りましょうっ」
二人は決意を新たに明日から頑張ろうということになり、その日は解散となった。
「それで、本当にやるのか?」
「黙って指示されたとおりに行動しろ。誰のおかげでおこうして生きていられると思っているんだ」
「だからと言って、せっかく増やした構成員を減らすこともないだろう」
「だから便宜を図っているだろう! 魔導塊だって渡したんだ、命令には従ってもらう!」
懐からスイッチのようなものを取り出して脅迫するように見せる。
それを見せられた男はやれやれと手を挙げて首を左右に振り、降参という意思を見せる。
「それを出されては何も言えないではないか。わかったよ。だが、作戦参加のメンバーは選ばせてもらうそ?」
「命令が遂行できるのであれば誰でもいい」
「ふう。俺たちはあくまで対等の関係だと思っていたんだがなあ」
部屋から去りながらそう漏らす魔族の男。
一方的に言い渡された命令をどう遂行するかを考えながら、彼はその場を去る。
出る魔族を見ながら悪態を着く人間の男が残った。
「くそ、管理局め。あいつらがここまで大きくならなければこのような手段をとることもなかったのだがな……」
独り言のように漏らす。
「魔族の信用下落、管理局への牽制、特殊な特性の魔族の略取。それによるCATTへの予算増額。フフ、この作戦が成功すればCATTへの利益は計り知れない……。うまくやれよ、クラウン」
男は静かに立ち上がり、静かに部屋を後にする。
自身の出世する未来を想像しながら。