あれから何年か経った。
人間からの監視は依然として継続されている。
一年や二年ではない時間が経ったが、撒いたと思っても気付けば監視の目がついていた。
人間の支配領域ではないはずだが、よほど重要視されているのか練度の高い兵隊が配置されているようだ。
ローレムやメリーとは何度か会ったが、お互い監視の目がついているため『孤児院』のメンバーとは一度も会えていない。
会いたいとは思うが、自分たちがやったことを無駄にしないためにここで会うわけにはいかない。
最近は自分たちの戦闘の時にも使用されたガス兵器が本格運用され始め、この国で魔族の勢力は徐々に劣勢となりつつある。
有利になって余裕ができてきたのか、人間勢力が幼かったり抵抗しない魔族を保護する流れとなってきている。
当然裏の目的も存在しているだろうが、
魔族全体としてはわからないが、争いを望まない側の考えからすればどちらかに趨勢が傾くのは悪くはないだろう。
あとはいかに上手く負けるのかだ。
目指すのは敗戦後の待遇の好条件化だろう。
このまま一人の魔族としてただ監視されながら生活しているのも生産性がない。
人間勢力との接触を図ることにした。
それも、ただ単純に監視に接触するわけではない。
最近活発に魔族と接触を行い、平和と保護を訴えている魔族の護衛を一人連れた人間の女がいる。
普通に考えれば護衛を連れているとはいえ魔族領域に足を踏み入れて
人間側の勢力圏に近く比較的に安全化されたとはいえ、魔族領域で、魔族に対し、「お前たちには勝ち目がないから抵抗をやめろ」と解釈できる言葉を投げかけ続けている。
自分の思う理想はあるのだろうが、自分たちの行動が客観視できないというのはどうだろうか。
普通に考えて頭のネジが外れているとしか思えない。
だが、マトモであればその理想に協力し、そうでないならそれはそれでやりようはある。
「……今日も話を聞いてくれる魔族は少なかったわね……」
「そうですな」
「まっ! こういうのは継続が命ってね! 話を聞いてくれる魔族もいないわけじゃないから、こういう地道な活動が後々目を出すのよ」
「……だといいがな」
「ッ! 誰!?」
音もなく気配もなく背後に現れる存在に対し誰何の声を上げる女。
それと同時に護衛の魔族が女を守ろうと攻撃を行う。
瞬間、その場所には何もなくなり、数メートル前方に再び現れる。
「ッ! 特性か!?」
言うが早いか魔獣化の深度を上げ、肘から鋭利な角のようなものを生やして特性を発動させようとする魔族。
「待ってガロン! 殺すつもりならさっきのでできてたはずよ! 話をする余地はあるわ!」
護衛を制止する様子をみて、ひとまずは合格と評価を下す。
ただ愚かなだけの人間では無いようだ。
「……初めまして。私は小荒井美波。今度新設される魔族管理局に異動予定の人間の役人、とでも言えばいいかしら。こっちは私の護衛のガロン」
二人は最大限の警戒をしながら目の前の魔族、そして周囲を警戒する。
「初めまして。自分はケイロン。しがない一人の魔族だ」
魔族を観察する。
年齢は十代前半だろうか。まだ幼さは残るが、それでも利発さは見て取れる。
特徴としては黒髪で、額から生える一本の白い角が目立つ。
背中から生える三対の黒い羽は古の宗教にある存在を彷彿とさせる。
服を着ているから全て見えるわけではないが、見えるところでは首から肩にかけて爬虫類の鱗のような肌質になっている。
特性は見てわかるものではないが、先程の行動から姿を消すか転移、または高速移動できる身体強化系だろうか。
そして軍の監視を引き連れている。つまりは過去何かを起こして未だに脅威対象として監視下に置かれていること。
観察を一瞬で終わらせ、今度は会話から情報を引き出そうと試みる。
「それで、私たちに何の用なのかしら? ケイロン君」
「堂々と魔族領域において魔族に降伏を呼び掛けている人間の噂を耳にしてな。どんな酔狂な人間かと思い一目見にきたといえばいいのか」
「んなっ! 降伏を呼び掛けてる!? 誰が!?」
「ん? 違ったか? 魔族の目の前で人間が堂々と自分達の管理下に入れとは、なんとも豪胆で命知らずだと思ったのだが」
「ちがう、私はッ! 私たちはどうすれば前に進めるのか、新たな争いや差別を生まないためにッ!」
それから、小荒井美波による独白にも似た言葉をケイロンは聞いた。
途中から支離滅裂な、感情を抑えきれない理想のような言葉になっていったが、耳を傾けた。
時折言葉を返し、打てば返ってくるその言葉をまた聞いた。
小荒井美波の感情の爆発がひと段落着き、冷静になる。
「ご、ごめんなさいっ。こんなに話を真剣に聞いてくれたの初めてだったから……」
「いや、良い話を聞けた。どうやら伊達や酔狂ではなく、真剣に共生を求めていると判断するに十分だった。どうだろう、良ければ自分もその理想のために微力を尽くしたいのだが」
「っ! 協力してくれるの?」
「ああ。我流ではあるが、多少は戦闘の心得もある。迷惑にならないよう努力しよう」
「いえ、戦いの能力は疑ってないわ。さっきのでそれは十分に解ってる」
気付かれずに現れたのは特性か個人の技能によるものか。
それだけで戦闘能力は十分にあると判断することができるだろう。
「それで、一応確認させてほしいんだけど」
ちらりと護衛の魔族を見る。
「貴様を監視している存在がいるようだが」
「ああ、それか。何年か前に少々な。撒いたと思っても気付けばいるのだ。よほど腹に据えかねたらしい。厄介なことだ」
あっけらかんと言ってのけるケイロン。
だが、多少の損害程度では年単位に及ぶ長期間を軍が、危険と労力と精鋭を割いてまで監視をするとは思えない。
よほどのことをしたと考えるのが妥当だろう。
二人は目を合わせ、意思の疎通を図る。
「具体的には?」
これから協力してもらおうというのだ。
今後のためにも、まずはお互いを知ることからだろう。
次はこちらの番だとばかりに質問を繰り出す。
「何年も前の話だ。子供ばかりを集めて生活していたら人間の軍隊と争いになってな。追い返して残ったのがあいつらだ」
さらに詳しく説明を求める。
『孤児院』のこと。
若年の魔族は特性が安定しないこと。
戦闘向きでない魔族もまとめて互いに支え、補い合って生きてきたこと。
そして、それが襲撃されたこと。
「……そう」
今その『孤児院』にいないことから、それがどうなったのかは想像に難くない。
良くてちりぢり、悪くて全滅といったところか。
美波はより一層決意を固める。
少しでも同じような被害にあう魔族を減らすために。
「ありがとう。大体の事情はわかったわ。こめんなさいね、辛い話を……」
「昔のことだ。気にしないでほしい。それよりもこれからのことなのだが」
「それについては提案があるわ。私たちと一緒に行きましょう」
小荒井美波の提案はこうだ。
魔族・ケイロンを保護という形で連れ帰り、魔族収容施設へ収容。
各種聴取を行い、協力の意思があれば魔族管理局預かりとして徐々に社会貢献という枠組みで協力。
小荒井美波預かりとして徐々に行動範囲を拡大していくというものだ。
現状としてはケイロンには人間側に何のコネクションも持っておらず、人間側に食い込むにはこの提案に乗るしかない。
否やはなかった。
「よろしく頼む。それで、こいつらは納得するのか?」
周りに目を向ける。
美波にはケイロンを監視する兵士の場所はわからないが、おそらく正確にその場所を見ているのだろう。
「過去のことは言いっこなしってことで! 軍としては煮え湯を飲まされる形になるだろうけどね。軍単独で戦っても被害が出すぎるから手が出せないでしょうし」
「ん? 軍単体というと?」
「あら、知らない? CATTっていう公安の対魔組織があるんだけど、そこは保護した魔族にも協力を要請してるの」
ふむ。とケイロンは考える。
単純に考えれば裏切りと取れる行為であるが、事はそう単純ではない。
魔族という枠組みでいえば確かにそうだが、魔族はそれだけでまとまれる程単純な種族ではない
魔族同士でも争いはするし、元々同族意識も薄い個人主義ばかりだ。裏切りと揶揄するのも都合がいい話だろう。
「そのCATTから自分へ
「正直、それはわからないわ。戦時下ではCATTの指揮下で
「そうか。それでは精々役に立つところをアピールしていくこととしよう」
駆り出されるといえばその通りだろうが、逆に言えば鉄火場へのチケットを用意してもらえるということだ。
危険な、人間だけでは被害が出すぎる事案に対しての出動要請であれば、強特性の魔族の前に行くことができる。
ふと頭に浮かぶ、炎熱系特性で無双する魔族が浮かぶ。
他にも、それこそ『孤児院』の生き残りが見つかって討伐部隊が編成された場合、矢面に立って
不利益だけではないということだ。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。周りにアピールする必要もあるから一応拘束、安全化させてね」
そう言って手錠をかける美波。
魔族を人間用の手錠ごときでどうにかできるとも思えないが、こういうのは見た目が重要なのだ。
そのままケイロンを連れて歩き始める美波。
前にガロン、間に美波。最後にケイロンが手錠をかけた手を引かれて歩く。
少し歩いて横を通り過ぎようとしたところで、藪がガサリと揺れて中から人が出てくる。
「止まれ。我々は軍の特殊作戦部隊だ。その魔族は軍に甚大な被害を齎した危険魔族だ。身柄をこちらに渡してもらいたい」
迷彩に身を包み、顔もドウランで塗り、枝で偽装してシルエットすらも判りづらくなっている。
目の前に立って話していても気を抜けば見失いそうなほどに、偽装が完璧にできていた。
「お断りします。彼は魔族管理局へ保護を求めてきた魔族です。すでに我々が身柄を保護している以上、そちらに渡す必要はないと判断します」
「それは一管理局員が判断できる事項ではない。こちらは上の命令を受けて」
「口をはさんで申し訳ないが。自分はこの人物だから保護を求めたのだ。それが軍に渡るというのなら、自分にも考えがある」
魔獣化の深度を上げて翼が徐々に色を失い白く、目の黒白が入れ替わって白角が黒へと変化していく。
「待って! ここで争ったらもう!」
説得しようとする美波の耳元で囁くように『安心してほしい。威嚇だ』とケイロンの声が響く。
近寄った形跡もない上に他を見渡しても聞こえた様子がないことから、おそらく特性によるものだと判断する。
「くそっ、動くな! ADガスを用意しろ!」
「それが効かないのは承知していると理解していたが、まだ試したりないのか?」
空気が震える。
威圧か殺気か特性か。ケイロンから発せられる圧力がだんだんと強くなる。
「大人しく保護されようというのだ。貴様らは黙ってみていろ。余計なことをすれば、わかるだろう?」
緑の兵士たちは震え、戦意を喪失したのか向けていた銃を降ろして頭を下へ向ける。
先任らしき者だけが憎々しげに表情を歪め、部下に指示を出して藪の向こうへと消えていく。
それをしばらく見ていたケイロンは魔獣化を解き、ため息を吐く。
「ちょっと! なんで私を信じて見ててくれなかったの!?」
「君の立場ではあちらの強権でどうにもならなそうだと判断した。それに、自分が君以外の人間を警戒して従わないと思わせた方が後の交渉にも役立つと判断したのだが」
「……っ! くっ! もういいっ、いくわよ!」
言いたいことをいくつも飲み込み、機嫌を損ねて再び手錠を引いて歩き出す。
心なしか先ほどよりも強く手が握られている気がしながら、ケイロンは何も言わず美波に手を引かれて歩いていく。