小荒井美波による必死の交渉が実を結んだのか利権が絡んだのかはわからないが、条件付きではあるが魔族保護活動の許可が下りた。
「ごめんなさいね、いろいろ条件が付いちゃったんだけど……」
「いや、問題ない。そもそも許可が下りただけで十分に驚いている。ありがとう」
魔族保護活動に従事する際ケイロンに課される条件として、GPSと逃走防止用の腕輪の装着が義務付けられた。
むしろ、この程度の条件で魔族との接触を許可されたことに驚きを禁じ得ない。
「まあ、ケイロンくんなら危ないことはしないだろうし、ガンッガン魔族を保護してきてちょうだい!」
「ああ。期待して待っていてほしい」
一月後。
魔族領域への立ち入りの申請から根回し、研究者たちやCATTからの調査依頼を考慮したルートの選定など一月かけて調整し、やっとのことで許可が下りたのだった。
領域での魔族の分布、特性の調査、生活基盤や人間との接触度合いの調査など驚くほどに各所からの調査依頼が渡される。
「活動の許可を得るためにはいろんなところを抱き込まなくちゃいけなくて……」
「いや、問題ない。許可を取るだけでも大変な労力だったろう。感謝しかない」
調査期間は一週間以内とされた。
当然人間の軍隊でも調査はしているのだろうが、調査などコストの許す限りどれだけしてもかまわないだろう。
それどころか、言い方を変えれば魔族一人に監視機材を付けて放り出すだけで勝手に調査して帰ってくるのだ。
よほど低コストでどうなったところで心が痛まないだろう。
そうした様々な思惑が絡んだ結果、今回の調査に許可が下りたのだろう。
「それでは、行ってくる。継続した許可が下りるよう結果を残しつつ無理のない調査を行う」
「ホントに話が早いわね。ついこの前まで文字が書けなかったとはとても思えないわ」
「保護責任者の教育が良かったのだろうな」
「手なんて全くかけさせてくれなかったくせに」
軽く挨拶を交わして出発する。
魔族領域は不整地が多いため、初めから飛翔して移動する。
魔族領域といっても、元々人間の町があったりといった場所である。
それが紛争の中で支配領域が変わっていき、紛争地近くや土地が荒れて住めなくなった人間が避難した結果、魔族しか住んでいないために魔族領域と言われている。
今回は浅層のみの調査となっている。
紛争が終結したとはいえ人間側にとって自分たちのすぐ隣で何が起こっているのか把握しておきたいのだろう。
今や絶滅寸前とまで言われる魔族だが、だからこそ数と動向、質を把握しておくことに意味がある。
飛びながら今後について計画を練る。
人間社会にだいぶ馴染んできた今、次に何をするべきか。
人間のために。
魔族のために。
家族のために。
平和のために。
さすがに人間側の領域に近いだけあり、魔族は少ない。
精々が街に残る物資を漁ることしかできない魔族だけで、それも群れにも入れないはぐれ魔族ばかりだった。
それらに接触を図り、魔族管理局か自治区へと行くように促す。
反応はそれほどに悪くはなく、話を聞いてくれる魔族は多かった。
魔族を纏めて管理することで魔族による犯罪や人間からの迫害を局限することもできる。
少なくとも人間側にとっては集中管理は益となる。
それを少しでも魔族側にも利益を回せるように立ち回るのが、ケイロンの仕事と言えるだろう。
魔族保護活動を初めて一年が過ぎた。
魔族の勧誘については積極的に話を聞いてもらえるようになってきた。
人魔紛争が終結してからの人間の組織的な攻撃がなくなったこともあり、人間に対する対応も軟化しているようだ。
組織化された魔族グループが自治区へと引きこもったことも影響しているだろう。
はぐれの魔族を減らして絶対数を増やす。
そんな活動を続けていたある日の夜。
夜を過ごす廃墟を決め、抜けた天井から星を見て休んでいたケイロン。
その特性の感知範囲に反応があった。
夜目が効くのか特殊な特性か、月明かりの中で速度を落とすことなく一直線にかなりの速度で近づいてくる。
その存在は抜けた天井からケイロンへ向けて戸惑うことなく攻撃を行う。
「ガア˝ア˝ア˝ア˝ア˝!」
「子供……暴走か」
魔獣化してなりふり構わず攻撃してくる子供。
子供にはよくあることで、魔獣化の制御ができず暴走してしまったのだろう。
「落ち着け。話をしよう」
「ガアア˝ア˝アアア」
「通じないか……やむを得ない。少し我慢してほしい」
子供の攻撃を受け流してつんのめったところに肘を落とす。
這いつくばった子供の背中に膝を置いて圧力をかける。
徐々に圧を強めていき、子供の肺から空気を吐き出させる。
すぐに子供からの抵抗は無くなる。
肺を圧されて息ができず気を失ったのだろう。
背中から足を下ろして簡易の寝床に寝かせる。
「魔獣化が解除されない?」
子供を観察する。
気を失っていて呻き声のような寝息をする子供。
ところどころに血痕はあるが子供のものではないようだ。
歯はギザギザのが二列。
性別は女。
魔族の特徴である羽などは蝙蝠のような肌質。
よほど深深度の魔獣化しているのか、観察している間も解除される気配はなかった。
「グガア˝ア˝ア˝ア˝!」
「なっ」
あまりにも早い目覚めに虚を突かれるケイロン。
思わず腕で防御するが、それを噛みつかれる。
魔獣化が解けなかったためにダメージの回復が早かったのかと推測しながら少女へ対応する。
腕を振り上げて地面へと振り落とす。
何度か繰り返しても全く離れる気配がない。
さらには噛みついたそこから血を吸う動きが見られる。
「くっ! はな、せッ!」
ひと際大きく振り上げて下ろすケイロン。
動揺から隙が生まれ、それを本能から察した子供が突く。
噛みつく場所を腕から首筋へと変えてさらに血を吸われる。
「く、そ……すまないが、手加減はできないぞ!」
ケイロンは魔獣化の深度を深めて特性を発動し、風を操作して子供の周囲の空気を薄める。
血を吸うことに夢中で抵抗らしい抵抗もなく子供は意識を手放す。
床に倒れた子供は今度こそ魔獣化が解けて子供らしい寝息が聞こえてくる。
「く、ふらつく……。血を吸われすぎたか」
壁に背を預けてそのままずるずると腰を下ろす。
首筋に手を当ててみれば二列の無数の歯形がついているが、血はすでに止まっているようだ。
いや、単に血を吸われすぎただけか。
魔獣化を解いて息を吐きながら子供を見る。
幼いながらも恐ろしい身体能力。
魔獣化の深度だけでも天賦の才がある。これで特性を使っている様子がなかったのだから末恐ろしい。
いや、この深度こそが特性なのだろうか。
子供は心地よさそうな寝息を立てて寝ている。
定期的に暴走してしまうのか、又は何か条件があって暴走するのか調べる必要がある。
コンディション的に継続しての保護活動は無理だと判断するケイロンは、この子供を保護するために一度管理局へ戻る事にする。
明朝に子供を美波のところへと連れて戻る計画を立てつつ、疲れた体を押して特性による探知を発動させながら休憩に入る。
「ん、ぷぇ?」
子供が目を覚まし、寝ぼけ眼であたりを見回して確認する。
「ここ、どこ?」
「おはよう。目が覚めたか。食欲はあるか?」
声をかけながら簡易食料を差し出す。
「だ、だれ?」
「自分はケイロンという。魔族管理局の者だ。」
「かんり?」
「ああ、魔族のために生活環境を整えて提供する組織だ」
「へえ」
内容を全く理解できていない様子の子供を見て方針を変える。
「自分の名前はケイロンという。君の名前を教えてもらえるか?」
「えと……り、リゼット……」
「そうか。リゼット、よろしく頼む。食料は食べられるか?」
「えと……いらない……」
「そうか、では飲みものはどうだ」
コミュニケーションの一歩目を失敗したケイロン。
はぐれ魔族に対する鉄板の話題を拒絶され、次の一手をどうしようかと考える。
「あ、えと、リゼット、普通の食べ物、食べられない……」
「普通? というと、特別な何かを食べているということか?」
質問を聞いて、リゼットは申し訳なさそうにケイロンを指さす。
「ち」
「血?」
こくりと頷くリゼット。
なるほど、昨夜の暴走は空腹によるものかと予想を立てる。
そしてケイロンの血を少なからず吸うことで暴走が収まったということだろう。
魔族か人間の血を食料としているということと、今ここにいること。魔獣化の深度。
それだけでこのリゼットという少女がどういう経緯でここにいるのか予想がついてしまう。
「そうか。ではなおさら魔族管理局の保護下に入るべきだ。そこのサポートを受ければ、輸血用の血液なども手に入るだろう」
「ふえ?」
「……君を安心して暮らせる場所に案内しよう。ついてきてくれるか?」
良く分かっていない状態であるが、敵意を感じなかったために素直に頷くリゼット。
元の場所に帰りたいか、など野暮なことは聞かない。帰ったところで同じような状況になるのは目に見えているからだ、
魔族においては、このような子供は珍しくはない。手に負えない、役に立たない者は例え肉親であろうと排斥されるのだから。
誘拐犯のような気持にならなくはないが、『孤児院』時代も味わった感覚であるため目を瞑る。
戻ってからの対応については美波に任せれば悪いようにはされないだろう。
最悪、処分されるとなればなんとでも理由を付けて『孤児院』に連れて行けばいいだろう。それくらいは上手くやる。やってみせる。
「それでは、移動しようか」
「あ、えと、リゼットお日様苦手で……」
「苦手?」
「うん、お日様当たると痛くて熱くて、まっかっかになっちゃうの」
血を吸う、日に弱い。
人間の創作書物の吸血鬼が頭に浮かぶ。
であれば日中は日陰で過ごし、日没後すぐに動けば朝までには着くだろう。
午前中は親睦を深め、午後から日没まで仮眠。日没から移動と予定を組み立てる。
そうと決まれば、元来子供好きであるケイロンである。
不器用ながらも親睦を深めようと会話を試みる。
リゼットも人見知りこそするが、一度心を開けばその底抜けに明るく深く考えない性格で意外とケイロンとの会話は弾んだ。
午前中で話は切り上げ、日が傾いても当たらないように寝床を作って食事をしてリゼットに多少の血を与えて眠りにつく。
日没の少し前に起きて出発の準備を整え、完全に日が落ちてからリゼットを起こす。
「リゼット。そろそろ出発しよう」
「ん、ふぇ」
寝ぼけ眼をこすりながらリゼットは起きる。
そのままケイロンに抱き抱えられて再び眠りにつく。
日中は太陽があって動けないのに夜も寝て過ごすとはこれ如何に。
子供だからいいかと納得する。
リゼットを抱きかかえ、魔族管理局方向に向けて飛ぶ。
時々休憩を挟みながら、日出までにそれなりの余裕をもって着くことができた。
休憩を取ってから報告書を作成し、美波の出勤を待って報告に向かう。
「おはようケイロン君。帰ってたのね」
「おはよう美波。今朝方な。今回の報告書だ。目を通してほしい」
「あら、早いわね」
「時間があったのでな。それと報告書にも書いたが、保護者のいない子供を一名保護してきた。詳しくは報告書に書いてある」
「わかったわ。その子、今は?」
「自分の部屋で寝かせている。とりあえず検査が終わるまでE棟の一室に入ってもらい、検査が終わり次第新規に建設した棟へ入居してもらおう」
「そうね。手続きの書類を作るわ」
「もう作ってある。確認してほしい」
「本当、手のかからない子に育ったわね……」
ちょっとくらい手をかけさせてくれてもいいのに、とため息を吐く美波。
書類を確認し、不備がないことを確かめる。
「大丈夫みたいね。ところでこの報告書にある保護した子なのだけれど、この食事が血液っていうのは本当?」
「恐らくな。暴走状態から自分の血を摂取して収まった。確認は必要だろうが、その時は自分かガロン氏がそばにいるときにしてくれ。この子の魔獣化はかなり強力だ」
「それは、人間側の管理下に置けたら将来有望ということかしら」
「そうしておけば保護申請も通りやすいだろう。戦力化するかどうかはこの子の意思を尊重してほしいが」
「それはもちろんよ。私の目が黒いうちは勝手なことはさせないわ。こんな小さな子だもの、保護しないほうがおかしいわ」
「ああ、よろしく頼む」
「ええ、任せてちょうだい。人魔共存のためにも、この子は悪いようにはしないわ」
気合を入れ、上への報告の仕方を考えだす美波。
後のことは美波へと任せ、休むために部屋を出るケイロン。
血を出しすぎたためだろう、ケイロンはその顔に少なくない疲労を滲ませている。
ベロニカへの受診も考えたが、リゼットの不利になる記録は残すべきではないと判断する。
目覚めればリゼットの様子を見に行こうと決め、許可が下りた後のリゼットの部屋や次の活動予定を考えながらケイロンは移動を開始するのだった。