アリスがテレサを連れてきて数日後。
ケイロン達は管理局へと戻り、美波に正直に事情を話していた。
アリスは人間に対する不信感を露わにしつつも会話は止めなかった。
「……なるほどね。わかったわ。在留許可証の発行手続きに入りましょう。それと密輸組織に対する対処も開始しましょうか。ケイロン、お願いできるかしら」
「ああ、了解した。今回の仕事でも何人か協力者を募って実績作りにしたいのだが」
「そうね。協力的な数人を選出して、実績を積んでもらいましょう」
魔族の管理局登用に積極的な美波は、管理局所属ではない魔族に対して仕事を斡旋して実績を積ませていた。
当然危険な任務も多く、人間が行けば十中八九死傷する任務ばかりではあるが、そこは魔族の身体能力と丈夫さ、そしてなによりもケイロンの危機管理能力を信用していた。
「警備部門からも一人連れていきたいのだが、大丈夫だろうか?」
いつも通り美波の後ろで睨みを利かせているガロンを見て疑問を投げかける。
「ふむ、誰だ?」
「テミスを連れていきたいのだが」
「なに? あの引きこもりをか」
「ああ、役に立つだろうからな」
「それはそうだが……年がら年中部屋から出ないのに急に外に出せるのか?」
「それは問題ない。昔からの付き合いだ。扱いはそれなりに心得ているさ」
「ふん。好きにしろ」
「了解した。ではテミスを補佐として連れて行こう。今回の基本方針だが……」
目の前で密輸組織への対策が決まっていく様子を息をのんで見守る二人であるが、訥々にガロンから声がかけられる。
「では密輸組織のやり口や規模などの聴取を行う。一人ずつついてこい」
「ちょっとガロン! そんな高圧的に言わないでちょうだい! せっかく協力してくれてるのにへそ曲げられちゃったらどうするのよ!」
「むぅ……」
ガロンは美波に強く出ることができずたじたじとなっている。
普段の凛々しい佇まいからは想像もできないような狼狽えようにアリスとテレサが呆気にとられている。
「ガロン氏は昔から美波には強く出られないのだ。尻に敷かれているとはまさにこのことだ」
「ケイロン!」
ガロンが怒鳴るが、美波に促されてアリスを伴って部屋をでていく。
「あの、ケイロンさん」
「どうした?」
「えと、在留許可証というのは、所得するのは簡単なものなのでしょうか?」
不安げな表情でテレサは質問する。
「いや、本来であれば面接や調査等で時間がかかる。それなりの数の検査を行い、そこで問題があれば在留許可証どころか保護観察まで一気に落ちる」
「私は役に立つことは何もしていないのですが、その、すぐに発行していただいてもよろしいものなのでしょうか?」
「それは心配することではない。それにこの数日、自分が君を観察して問題ないと判断した。無論、自分は報告しただけで正式に許可を出したのは美波だが」
そう言って、ケイロンは美波へと顔を向ける。
「ええ、大丈夫よ。ケイロンのことを信頼しているってのもあるけど、ここで話してみて問題ないと判断したから発行するの。何も汚いことはしていないわ」
じゃあ、ガロンが返ってくるまでに書類書いちゃいましょうか、と書類を持ち出して必要事項を記入していく。
「名前はテレサで、性別は女性。年齢は、じゅうに、と。え? 十二!?」
がばりと書類から顔を上げる美波。その目はテレサの一部へと向けられている。
青い肌でも映える白髪でもなく、その主張激しい一部分へと。無地の白いシャツだからこそ余計に目立つそれへ、美波の目は引き付けられていた。
「本当に十二歳?」
「……はい。あの、何か変でしょうか?」
「あ、いえ、ごめんなさい。何でもないわ。それじゃあ次ね。えっと、特性は?」
「特性は……ありません。……劣等種なので」
特性という言葉に反応したテレサは、少し言い淀んでから徐々に吹っ切れたように言葉を紡いだ。
「私は劣等種ですが、アリスさんは必要だと言ってくださいました。ですので、先程の教育? の後もアリスさんのもとで働くことを希望します」
「なるほどね。そういうことなら、特殊保護観察エリアじゃなくてアリスのところから通いで来てもらいましょうか」
それからさらにいくつかの事項に記入していき、在留許可証の書類の記入は終わる。
記入後、美波はテレサへ今までどう過ごしてきたのかなどの雑談を行っていると、アリスがガロンと共に戻ってくる。
「次はお前だ、来い」
「ガロン! テレサちゃんまだ十二歳なのよ!? もっと優しく接して!」
美波に怒鳴られながら今度はテレサを連れていくガロン。
戻ってきたアリスはケイロンへと顔を向ける。
「で、テレサとはどんな話をしてたんだ?」
両目を眼帯で隠していても特性で二人の位置を正確に把握して話しかけてくるアリス。
「テレサのプロフィールを確認し、今後どう人間社会に馴染んでいきたいのかという雑談を少々した程度だ」
「へえ。そりゃあウチも是非とも聞いておきたいね」
「ああ。彼女は君の店で働きたいとのことだ。安心しろ、君は大層好かれているぞ」
「……ッ! ば、黙れお前!」
言われた言葉を理解した途端顔を紅潮させるアリス。
「あら、普段はツンツンしているのに可愛い反応もするのね」
その普段は見れない表情に、美波はつい素直な感想を漏らしてしまう。
「うるせぇ! 爆発させんぞ!」
「物騒ね!?」
アリスも人間とは上辺だけの付き合いをしてきたはずだが、美波にはそれなりに打ち解けてきたようで軽口を言い合えるようになっている。
良い傾向といえるだろう。
それからテレサが戻るまで軽口や雑談が続けられ、アリスと美波の仲はより深まったようだ。
数日後。
「テレサの在留許可証ができたわ」
美波は事務所に入ってくるなりケイロンに封筒を手渡した。
「今日はテレサへの教習がある日だろう、その時に渡すのではいけないのか?」
「……いえ、急に心配になっちゃって。まだテレサちゃんからよそよそしく接されるから、ケイロンからの方がいいのかなって」
「君は人を前にすると積極的になるのに裏で考えすぎてしまう節がある。気にするな。彼女も君と仲良くなるきっかけを探していたぞ」
「ホント!?」
「ああ。では、自分はテミスを連れて密輸組織の調査を実施しよう」
「そうね。人身売買までするような非人道組織だからね。徹底的にやっちゃって」
「了解した」
美波と会話を終えて部屋を出る。
歩を特観方向へ向けて進む。向かう先は特殊保護観察エリア。『孤児院』時代からのメンバーである、とある魔族の住居とする部屋へと向かう。
数十分後。部屋の前へ立ち、携帯を取り出して目的の人間に電話をかける。
しばらくして、電話に出る相手。
『もしもーし。今から寝るところなんだけど』
「……前から言っていただろう。調査に出るぞ。支度をしろ」
『いやー、そうしたいんだけど、昨日新作のカプ思いついちゃって描いてたからもう眠くて眠くて』
「……預かっている本を燃やしても「すぐいきます」
言い終わるのと扉が開くのはほぼ同時だった。
なんだかんだと文句を言いいながらも準備をしていたようだ。長い付き合いなだけある。
「冗談なんだから早く返してよ。ベロニカさんに貸す約束してるんだから」
「ベロニカ氏をお前の訳の分からない趣味に巻き込むな」
「失礼な! 私が人間社会に馴染むうえで最も参考にした資料たちにそんなこと言わないでよ! もう一回BLの良さについて徹夜で語りましょうか?」
「……どうしてそんなふうになってしまったんだ……」
テミスは、『孤児院』時代からの古い付き合いだ。
最初はどこで出会っただろうか。それすらも思い出せない程、『孤児院』と呼ばれるようになる以前から彼女はいた。
当時を思い出すに、彼女は特性からくる他人への不信感で妙に壁を作っていたように思う。
それが『孤児院』の群れの仲間と過ごすうちにそのメンバーには心を開くようになっていった。
当時はテミスに趣味といえるものはなく、今日の天気はどうだのどのあたりに動物がいただのその特性で感知したものを教えてくれるだけだったのに、気付けば男同士の恋愛にうつつを抜かすようになっていた。
人間社会に連れてきて、教育を受けだしたころからだろうか。
学習と称して書籍や映像媒体を見るまでは良かった。
それが気付けば部屋をでることが少なくなり、その手のものばかりを見るようになり、インターネットを駆使して同好の士やらネットゲームに興じるようになっていた。
最近では、受信する側から発信する側へとなったようである。
「見えない画面の向こうの人との会話とか楽しくって、趣味とか聞いてたら私もこんな趣味になっちゃってた」
彼女の特性は“千里眼”である。
360°、数十キロから数百キロに渡って知覚できる彼女の特性は、こと偵察や監視、情報収集においては無類の強さを誇る。
さらには会話ができる程の近距離においては簡単な感情が読み取れるというのだから厄介この上ない。
戦闘能力についてもその“千里眼”の能力を遺憾なく発揮するものでそれなりに戦える。
「じゃあ行こう。密輸組織の拠点ならもう見つけてるから」
この引きこもって好きなことをしつつも仕事をしっかりと熟しているところが、ガロン氏は気に入らない様子でいつも何も言えずに青筋を浮かべて睨んでいる。
「その真面目なところをしっかりと態度でも出していればガロン氏も厳しい顔はしないだろうに」
「ガロン氏!? 相も変わらずガロンさんと仲良さそうだねケイロン!」
「何を言っている……というかお前はいつも見ているのではないのか?」
「見なきゃいけない対象がいっぱいいるのに自分の趣味のために仕事のクオリティ落とせる訳ないじゃない! ふぁあああ! 王道はガロ×ケイ!? いえでもケイ×ガロも捨てがたい!」
「この発作さえなければ……」
仕事は真面目に熟すテミスで、そこは全幅の信頼を置いている。
彼女のモットーとするところは自分のことを言い訳にやらなければいけないことのクオリティを下げないことだ。
テミスは“千里眼”の特性を持っているが、それをうまく扱えるか否かは普段からどう扱っているかに左右される。
身近な例を出すとすればアリスは自身の能力を十全に発揮するために普段から視界を制限して生活している。
視界と特性を並列使用しているとあまりの情報量に処理しきれず頭痛を誘発するという理由もあるが、普段から特性を使用して感覚に慣れておくというのが最大の理由だろう。
ケイロン自身も、普段から特性を発動して周囲の状況を把握に努めている。その甲斐あってか無意識で発動している特性の感知範囲は以前と比べて確実に拡大していた。
「あぁあ私はどちらを推せば……まずは美波さんとベロニカさんに意見を聞いてそれから」
「テミス、いい加減にしておかないと」
「まずは協力者達と合流。顔合わせと頭合わせをしてから班分けでしょ? 合流場所は魔族領域の、『自治区』に迷惑をかけないですむ場所って言ったらあの双子大岩のところかな? 目を見なくてもわかるよ」
「……お前は本当に。趣味さえなければ有能で仕方がないのだが」
「女は一つくらい欠点があった方がミステリアスでモテるって知らないの? 特にあたしなんて美人は特に」
「昔に比べれば話すようにもなったな。今の方が話しやすい」
「もう! 昔の話はしないで! あの頃はちょっと他人が信じられなかっただけなんだから!」
テミスは赤面してぷんすかと頬を膨らませる。
現状を見るに、昔のように一人も信じられなかった時に比べれば多少はマシになったということだろうか。
願わくば、彼女が信じられる人間をもっと増やして人並み以上に幸福な人生を歩んでもらいたいと思う。
彼女もケイロンの『家族』であり、愛しい家族には最大限の幸福を得てもらいたいからだ。
「では細かな質問があれば道中で聞こう」
「りょうかいー。じゃあガロン氏との関係を深めつつある昨今ですが嘘ですごめんなさいホントえとえと今回の協力者のプロフィールと特性教えて」
『孤児院』の初期メンバー、テミス。
ケイロンの堪忍袋を最も刺激し、最も把握している。
昔は特性が制御できず常に心まで見えてしまい、人を信じられずにいた。
今もどれだけ制限しても目を合わせれば読めてしまう。
悪意のない『孤児院』の無邪気な子供達、そこを守護するケイロン達の素直な心に徐々に心を開く。
『孤児院』のメンバーを家族のように感じている。
特性の“千里眼”は無意識下では任意の場所を視界の端に複数、画面のように表示できる。
魔獣化して特性の強度を上げればさらに見える距離、数が増える。