Counter of the earth   作:坂下 千陰

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第十話 liar

  暗闇の底。対峙するのは第5班とテラフォーマーの軍勢。一度降り出した雨は、ますます雨足を強めながら地面を濡らしていた。

 

「その体、どうも突然変異とかじゃねえようだな? 恐らくは動物性蛋白質。大方20年前の『バグズ2号』の遺産でも奪ったんだろ? カイコガの養殖、か……。お前の腕に巻いている縄もその副産物ってところだな。全くお前らの知能には恐れ入るぜ。次から次へと技術を奪い、使いこなしていきやがる」

 

 ざりっ、と与一の足が砂を踏み込む。

 

「だがな、例えお前らがどれだけ進化しようともどれだけ俺たちを阻もうともやることは変わらない。俺は(・・)必ずワクチンを作り、地球に帰る。そのための障害は全力で叩き潰す!! 」

 

 怒号。直後、両腕の鋏角を構え踏み込んだ足を軸に、蜘蛛の瞬発力を駆使して一気に前方へと飛び出した。

 タイムリミットは5分しかない。それまでに目の前のテラフォーマーを倒した後、数100もの軍勢に囲まれたこの状況を打開する必要がある。

 

 与一にも少なからず焦りはあった。しかし、彼は冷静だった。

 

 バァンッ!

 

 地面が爆ぜる。その勢いのまま、両腕の鋏角を振るってテラフォーマーを切り裂く────────

 

 と見せかけてバックステップで素早く距離を取る。

 瞬間、目の前を凄まじい早さで黒い物が横切った。空気を裂いて唸るテラフォーマーの剛腕は、まともに食らえば一瞬で挽肉になりかねないほどの威力を感じさせた。

 

 俗に言う『筋肉達磨は動きが鈍い』。

 これは正しくない。実際、瞬発力には筋肉の増強が必要不可欠。蛋白質によって強化されたこのテラフォーマーはその点非常に厄介である。

 

 ゴキブリ特有の強固な外皮、スピード、生命力を兼ね備え、尚且つそこにパワーすらも上乗せさせた。

 まともにやりあっては勝率は限りなく低い。総合的なポテンシャルでは上回っている相手を降すにはテクニックの勝負。

 

 空を切った剛腕を、更に追撃とばかりに振りかぶるテラフォーマー。

 

「……ッ! 」

 

 二撃、三撃。ギリギリで身を捻り、躱す度にスーツの繊維が弾けて宙に舞う。擦るだけで肉が削られて血が垂れている。

 テラフォーマーは、ただ殺す。そこに高尚な理由は無い。

 本能なのか、明確な殺意を持ってなのか。

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

 与一は、バンッと地面を踏んで跳躍。バク宙の要領で大きく間合いを取り、息を整える。

 テラフォーマーには痛覚が無い。その上、疲れを知らない。防戦一方では此方が不利。ここまでの戦闘でゆうに2分は経っている。ただでさえ、時間のディスアドバンテージがある中で今の状況は非常にまずい。

 蜘蛛だからといって勝てる保証はないが、人間に戻ったらまず間違いなく死ぬ。

 運良く退避できたとしても、他の班員にこいつは任せられない。率直な話、イザベラでも殺されるだろう。

 敵の力量は良く理解した。戦力差は余りにも大きい。

 

 ならば、どうするか。

 

 数も力も勝る相手に、たった一つ勝てる武器があるとしたら。

 

 ーー恐怖を感じ、考え、対処する。

 

 与一は、横目でちらりとアドルフの方を伺う。元々群を抜いて制圧能力が高い『闇を裂く雷神(デンキウナギ)』の特性に加え、専用武器である『対テラフォーマー受電式スタン手裏剣“レイン・ハード”』により効率良く大多数を仕留めていた。もう暫くは持つ筈だ。

 次いで、5班の脱出機を。イザベラを護衛に置いておけば通常のテラフォーマーの襲撃程度なら退けられる。

 

「ふ──ッ、今度はこっちの番だ害虫(ゴキブリ)。人間の技術を見せてやるよッ! 」

 

 ここで初めて与一が攻勢に出た。地蜘蛛本来の特性は『穴を掘る』事。

 数多い蜘蛛の中でも、地蜘蛛ほど土を自在にする蜘蛛はいない。

 地を大きく蹴り上げて砂埃を起こし、テラフォーマーの視界を奪うとそのまま穴を掘る。

 

 数度砂埃を上げて視界を覆いつつ出来たのは、急造の落とし穴だが地蜘蛛の性質はそれだけでは無い。

 

 砂が収まりテラフォーマーの姿が見えた瞬間を見計らい、蜘蛛の瞬発力を最大限に使って足元に転がっていた石を数個蹴り飛ばす。

 挑発も兼ねた威嚇射撃だ。

 

「来い、来いよ。そのまま真っ直ぐだ。俺はここにいるぜ」

 

 タイムリミットが迫る中、これがテラフォーマーを仕留める最後の機会。

 

 与一を見つけたテラフォーマーは一歩、もう一歩と近づく。罠の可能性を警戒するよりも、人間を殺すという本能の方が強いようだ。

 

 異常なまでの人間に対する敵対心。それが、今この場においてはプラスに働く要素となっている。

 

「じ…じぎ、じじょ…」

 

 だが、動きが止まった。

 

 人体など、その一撃をもって粉々に粉砕できる剛腕。振り抜けば捕らえられる距離までテラフォーマーは来た。そこで、奴は一つの疑問を持つことになる。

 何故、この人間(虫ケラ)は一歩も動こうとしないのか。先程はちょこまかと小うるさく跳ね回っていたにも関わらずここにきて、なお落ち着いているのはどういう訳か。

 なまじ人に近付いた為に、害虫(テラフォーマー)達は知能を得た。小賢しくも、状況を分析する力を手に入れた。

 

 だからこそ、殺すよりも先に閃いてしまった。

 

 何かは分からないが何かがある、と。

 

 テラフォーマーが次に取った行動は───

 

 バン!!

 

「なっ、……!? 」

 

 その場で上空へと跳躍()んだ。

 それは“思考”ではなくただの“判断”に過ぎない。

 このまま近付けば何かが起きる、かと言って退く訳も無い。ピンポイントでこの人間のみを殺すにはどうすれば良いか。

 しかし、その判断は最も的確に穴を突いた。

 

 与一が造りだしたのは落とし穴。もちろん、対象が地面に立っていないとそれは機能しない。

 

「ちッ、読まれたか」

 

 あらゆる戦闘の中で、人間が最も対処し辛いのは空からの攻撃。上空は完全な死角に入る上に、気付いた所で防ぎようがないからだ。

 加えて間が悪い事に─────

 

「がッ、……ごふっ!? 」

 

 ───タイムリミット

 

 身体が拒絶反応を起こし、口から鮮血が迸る。

 体調を考慮した上で、時間には多少の差異はあれどせいぜいもって後2、30秒程だろうか。

 更には、上空から飛来するテラフォーマー。重力と自身の体重もあいまって、その拳の威力は絶大なものとなっているだろう。

 

「じょうじ!! 」

 

 テラフォーマーに感情は存在しないが、その声はある種の勝利の確信を感じさせた。

 躊躇いなく振り降ろされる黒腕。耐久力、防御力に優れたベースではない与一に取って当たれば即ち死だ。

 吐血により、態勢が崩れた与一。回避ももう間に合わない。

 

 ボッ!!

 

 空気が爆ぜ、テラフォーマーの拳が与一を捕らえた。

 

 

 ───ギチィ

 

「ーー馬鹿じゃねェのか? 」

 

「じょ!? 」

 

 その腕が、与一の頭上で静止している。疑問に思ったテラフォーマーの視線の先には、幾重にも蜘蛛の糸が巻き付けられた己の腕。知っての通り、蜘蛛が紡ぎ出す糸は非常に強靭。鉛筆程の太さに撚り合わすとジェット機ですら繋ぎ止めると言われる。

 だが、その勢いを完全に殺す事は出来なかった。糸を持つ与一の右腕は、筋繊維がズタズタに裂かれている。

 

「はぁ、はぁ…ふ───ッ! 不思議そうだなゴキブリ? お前の判断は半分正解だ。俺の落とし穴を避けるために跳躍()び上がった所まではな」

 

 右腕を庇うように左腕を添えて、右足を軸に身体を半回転。その遠心力を利用して、

 

「オラァ!! 」

 

 先程、掘った落とし穴に頭から投げ入れる。糸に引っ張られたテラフォーマーの腕は、その勢いのまま肘から千切れた。

 そして、先述した通り地蜘蛛の性質は穴を掘るだけではない。彼らは掘った穴に自らの糸を用いた袋状の巣を作る。

 同様、与一はこの穴にも糸を張り巡らせていたのだ。

 

「そして、お前がそこに犬神家の一族宜しく突き刺さってんのは俺“自身”に近付いたからだ。真っ正面からかち合おうが、空から攻めようが俺に取っては同じなんだよ。最終的に触れさえすれば一本()れる」

 

 

 それは、彼の技術(のうりょく)特性(のうりょく)が合わさる事で始めて行使出来る戦闘術。

 糸で絡め取り、動きを止めた後捩じ伏せる。上下左右どこから攻めようとも、彼に死角は無い。

 

「言ったろ? 人間の技術を見せてやるってな」

 

「じ、ぎ……ぎぃぃぃぃ!! 」

 

 どれだけ暴れようとも糸は切れず、寧ろその分だけ絡みつく。

 

「じ、じじじじじ……」

 

 全く身動きが取れないテラフォーマー。動作が緩慢になり、やがて止まった。彼の脳内は今の状況をどう捉えているのか、分かる術は無い。

 

 ──────サンプル1体、捕獲。

 

 

「取り敢えずお前はそこで化石みてえに固まってろ、目障りだ」

 

 それだけ言い捨てて、与一は懐から注射器を取り出した。昆虫型用の薬に似ているがこれが“中和剤”。

 そのまま首筋に突き立てて薬液を注入すると、徐々にその体が人間の物へと変化していく。

 

「あー、痛てて。くそっ、利き腕がやられたか」

 

 血が滴る右腕には力が入らず、だらんと垂れていた。左腕で支えながらアドルフやイザベラの様子を見るために後ろを振り向く。

 

「あ? 」

 

 戦いは終わってはいなかった。今、ここには数百ものテラフォーマーが存在する。1体倒した所で奴らには関係ない。アドルフが撃ち漏らした1体が与一の背後に迫っていた。振り向いた瞬間、与一はテラフォーマーと目が合う。余りにも無機質な目だ。与一が人間に戻ったタイミングを狙ったのかどうかは分からないが、奴らにとって人間は殺すべき存在。

 

 そこから先は多量に分泌されるアドレナリンの影響か、全てが与一の目にはスローモーションに見えた。テラフォーマーの動きも、自分の動きも。垂直に振り降ろされる手刀。頭から両断するつもりなのだろうか。恐るべきは、与一の反射神経。コンマ数秒で咄嗟に身を捻り、回避行動に移る。

 結果だけ述べるならば、致命傷は避け得た。

 

 しかし、

 

「与一ぃぃぃぃぃぃぃ!! 」

 

 その右腕を犠牲にして。

与一の姿を見たイザベラが悲鳴を上げた。エヴァも青ざめた顔で口に手を当てている。5班の面々も皆、冷静さを欠きパニックに陥っているようだ。

 

「…………………!! 」

 

 宙を舞う自分の右腕を視界に収めながらも、与一は冷静だった。続いて止血の為に左腕で脇の下の血管を思い切り押さえる。右腕は肘から下が切断されていた。

 

「じょうじ」

 

「全く、次から次へとちょっとラブコールが熱烈すぎやしないか? 」

 

 軽口を叩くも、耐え難い激痛は容赦ない。冷や汗がその額を流れ落ちる。

 

「与一!! 今助けにーー」

 

「来るな!! 」

 

 イザベラの声を遮るように与一は怒鳴った。

 

「お前が抜けたら誰がエヴァ達を守るんだ!? お前はそこにいろ、絶対に俺に何が起きようとも自分達の安全を最優先に考えろ!! 」

 

「与一君!」

 

 エヴァの悲痛な叫び声も聞こえたが、今度は反応しない。既に、視線は目前のテラフォーマーを捉えている。

 

「……黙ってろよ、何とかするさ」

 

 

 ぼそりと呟いた与一は残った左腕をポケットに突っ込む。

 

「悪いな、皆……」

 

 ──────最早、隠し通す意味はない。

 

「手負いの俺なら殺れるってか? 害虫風情が舐めるなよ……」

 

 取り出した物を口に放り込み、思い切り噛み砕くと再びその身体が変化を始める。

 

 その姿は当然ながら人間ではなかった。

 だが、その姿は蜘蛛でもなかった。

 

「生憎と、俺の命はそんなに容易くはない」

 

 人類対害虫。

 その戦況は今、この瞬間に間違いなく変わった。

 

 

 

 

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