Counter of the earth   作:坂下 千陰

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第十一話 ignition

 ──────それは、机上の空論の筈だった。理論的には可能かも知れないが、ただでさえ低い成功率。試す材料は腐る程有るが、“数打てば当たる”を実現するにはコスト面の問題がある。

 

 馬鹿げている、あり得ない。

 

 そう思われていた。“彼”が現れるまでは───────

 

 

 

 

「第2ラウンドだ、ゴキブリ共」

 

 噛み砕いたのは“カプセル”。それは、今までの“蜘蛛”では無かった。増してや節足動物ですら無い。

 

 《植物型》

 

 多種多様な生物の特性を操る事が出来るMO手術の中でも、非常に珍しいベースである。

 与一の顔には、薄緑色の線が縦に数本浮かび上がった。手の甲には鋭い棘が生え、髪の毛は逆立ちこれも薄緑色に変化している。

 

「ぐっ……!」

 

 ズボァッ!!

 

 失われた右腕に意識を集中させると、同じように棘が生えた新しい腕が顕現する。

 2、3回握り調子を確かめてから前を向く。何事も無かったかのように。

 

 ──────有毒植物

 

 地球上に存在する植物は、凡そ30万種。

 その中に、他生物に害を及ぼす種が確かに在る。

 外敵への対抗策として、彼等は苛烈なまでの毒性を自らに宿した。

 時には、命すらも容易に刈り取る程に。

 

 その植物が有する毒性はストロファンチジン

 

 しかし、薬と毒は表裏一体。その植物に含まれる成分は、強心剤の原料にもなる。

 

 ──────世界4大矢毒に名を連ね、サバンナの王者(ゾウ)ですら瞬時に心臓を停止させる驚異的な力。

 

 それでいてその毒は種子にしか宿らず、抽出方法は現地のごく限られた人々しか知らないと言われる。

 本来の防衛機能である毒性を、何故自由に発揮出来ないのか。

 地球に燃え盛る200万種の生命の焔は、かくも奇妙な進化を遂げるものだ。

 

 アフリカ原産、キョウチクトウ科キンリュウカ属

 

 ──────ストロファンツス・グラツス

 

 凡そ数秒で対象を葬り去る死神である。

 

「悪いが、この特性(のうりょく)は捕獲には向かないんでねーー」

 

 此方を無言で見据えるアドルフの気配を背後に感じながら、1体、また1体と目前のテラフォーマーの数が瞬く間に増えて行く。

 与一を危険だと感じたのか、それとも単純にアドルフよりも簡単に攻略出来ると考えたのか。

 テラフォーマーの考えは人間には分からない。

 故に、簡潔に目的のみを述べる。

 

 

「ーー纏めて殲滅(ころ)す」

 

 ──────『古老の兵装(ストロファンツス)』、掃討

 

 

「じょう!! 」

 

 テラフォーマーの目的も、もちろん与一を殺す事である。

 一声鳴いて、一斉に走り出す。その数ざっと10体。

 自分に向かってくる群れに対して、与一は無言で背中のバックパックに手を伸ばした。

 

 彼本来の“武装”を完了させる為に。

 

 取り出したのは彼の“専用武器”。

 

 黒峰与一を黒峰与一たらしめるその武器は一丁のクロスボウ。腕に仕込んでいた物とは射程もサイズも威力も段違い。精々が暗器レベルであれ程の戦果を挙げていたにも関わらず、与一の本領はこれから始まる。

 腰には専用の矢を入れたホルダーを装着し、右腕でクロスボウを構えた。

 

 対テラフォーマー弾頭転換式クロスボウ

 名を、『弓張月』

 

 工夫もひねりもなくただ突っ込んで来るだけのテラフォーマーの群れを前に、与一は薄く嗤った。それは殺意に満ちた冷たい笑みだ。

 彼自身は基本的に善人ではあるが、別段穏やかな人間では無い。一瞬だけ、凶暴性を垣間見せながら右手で構えたクロスボウの引き金を引く。

 ヒュンッ!

 鋭い風切り音と共に矢が射出された。

 

 狙ったのは食道下神経節。ここを破壊すればテラフォーマーは動きを止める。が、彼の特性はそれだけでは終わらない。

 

 ーー必ず殺す。

 

「じょっ! 」

 

 先頭の一体が自らの胸部に穿たれた穴を見た直後、白目を向いてその巨体は崩れ落ちた。

 

 2、3、4、5。

 

 連射機能を備えたクロスボウにより張られた弾幕は、瞬く間にその矢の本数分だけテラフォーマーを討ち取っていく。

 

「ターゲットが向こうから勝手に来るってんだから、こんなイージーな狙撃ゲームも無いな」

 

 殺戮に特化した非常に強力な特性に、それを最大限に活かす武器、そしてその武器を自在に操る技術。

 今の彼にテラフォーマーの10体や20体程度大した脅威にはならない。

 

「イザベラァ!! 」

 

「!? 」

 

 半ば呆然と成り行きを見ていたイザベラは、与一の声に弾かれるように反応した。

 

「3分だ! 3分で他の班員(みんな)を4班の脱出機まで連れて行け!! お前の特性(のうりょく)なら出来るだろ!! 色々腑に落ちないだろうが、事情諸々は後で話す! 今は急いで安全な場所へ移動しろ!! 」

 

 武器の理論(セオリー)は、歴史上頻繁に切り替わってきた。

 単純な話、間合いが広いものが有利になる。

 素手よりも棍棒、棍棒よりも刀、刀よりも槍。

 

 そして、槍よりも弓。

 

 圧倒的なリーチから敵を一方的に殺戮出来るその兵器は、銃火器が発明されるまで戦場を思う様蹂躙してきた。

 それ故に、『弓術』とは如何に素早く正確に対象を仕留められるかに重きを置いて発展してきた武術だ。

 

「そろそろ時間稼ぎは充分か……」

 

 与一は手早く矢を装填し直すとそう呟いた。

 最初からこの数相手に勝てるとは思っていない。目的は鏖殺ではなく、脱出。

 アドルフの特性は自らも感電する諸刃の剣だ。そう多用は出来ないし、長時間の戦闘は不得手だろう。

 他の班員はイザベラに避難させた。後は、アドルフと共にここを脱出する。

 

「………ッ! 」

 

 死ぬ事を恐れないテラフォーマーは、退く事を知らない。殺しても殺しても次から次へと襲いかかる。手術で強化されているとは言え此方の体力も無限では無い。疲労は確実に蓄積されていく。その集中力が揺らいだ一瞬の隙をついて、1体が迫る。

 斃したテラフォーマーの真後ろに隠れていたのだろう。

 

 加えて、そのタイミングでーー

 

 カチンッ

 

 矢が切れた。

 

 目算で装填していたため、ここでズレが生じてしまったのだ。

 好機とばかりに一瞬で距離を詰め、顔面目掛けて腕を突き出す。

 しかし、その先に与一はいなかった。

 

「近距離なら弓は役に立たないとでも思ったか? 」

 

 声は横から聞こえる。単純な足捌きの一つだが、熟練者が行うとまるで消えたように見える。テラフォーマーからすれば、自分の真横に相手が一瞬で移動したように思っただろう。

 

「じょ! 」

 

「遅ッ、せえ!! 」

 

 テラフォーマーが右腕を突き出す前に、ホルダーから取り出した矢をそのまま突き立てる。内包された毒は、遺憾なくその猛威を奮った。

 口から泡を吹いて倒れるテラフォーマー。

 

「『黒峰家』」は、戦の世を生き延びる為に技の研鑽を欠かさなかった。近付かれたぐらいで死ぬようなら意味がない。寧ろ、近付かれた分当てやすくなるだけだ」

 

 弓術をベースにありとあらゆる武術を取り込み、昇華させたのが黒峰式武術。10万人の頂点は伊達ではない。

 死屍累々。

 夥しい数のテラフォーマーが、与一の周りに転がっていた。

 その全てが死体だった。この特性を出した以上、生け捕りなど甘い事にはならない。

 対テラフォーマー、そして対人戦闘を前提としたベースは、確実に対象の息の根を止める。

 

「アドルフさん!! 」

 

 与一は、未だ戦闘を続けるアドルフの元へと走る。

 振り向いた彼の視線が、怜悧に与一を射抜いた。

 そこに浮かぶのは疑念。だが、それも当然。与一とて、この状況ですんなりと信用されるとは思っていない。

 それでも。

 

「俺と一緒にここを脱出して下さい!! 他の班員(みんな)は上に避難させてます。恐らく襲撃はこれで終わりじゃない。直ぐに第2陣が来るでしょう。時間が無い! 」

 

「……お前が、俺の班に潜り込んだ目的は何だ? 」

 

 接近してきたテラフォーマーに電撃を纏わせた拳を打ち込み、殴り飛ばしながらアドルフはそこで始めて口を開いた。

 答え次第では、今すぐ殺す。その目はそう言っていた。

 

「……あなたと他の班員を死なせないためです」

 

 その言葉には、少しの揺らぎも無い。

 その心には、何の偽りも無い。

 

 ーー必ず、仲間と共に生きて帰還(かえ)る。

 

「……分かった、行くぞ」

 

 与一の言葉を、彼がどう受け取ったのかは分からない。

 だが、少なくともその目からは既に殺意が消えていた。

 

 

 

 

 

 

 同日、アメリカ合衆国ワシントンD.C.

 

「……そろそろ火星で最初の1日が終わる頃か。彼ら(・・)の動きはどうなっている?」

 

「通信によりますと既に火星を目視出来る距離にあるそうです。恐らく、後数時間程かと」

 

「そうか、何とか合流出来そうだな。間に合えば良いが……」

 

「火星での事は、彼らに任せるしかありません。我々は我々のやるべきことを」

 

 会話する人影は、正面に見えるドアの前で止まった。

 

「分かっている。ここから先は俺の出番だ」

 

「それでは参りましょうか、総理(・・)

 

 開かれたドアの先は、地球上でのもう1つの戦場。

 そこには、既に5人の人間が座っていた。

 

「───さて、プランδだそうで」

 

 一人が口を開く。

 

 ドイツ、中国、アメリカ、ロシア、ローマ連邦、そして日本。

 

 各国の首脳が顔を揃え、血を見ることがない最もクリーンな殺し合いが始まる。

 

 

 

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