Counter of the earth   作:坂下 千陰

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第十ニ話 purpose

 地表に青い太陽が昇る。火星で、最初の夜が明けたのだ。

 4班の脱出機に乗った5班のメンバーには、一応の損害は見られず全員無傷だと言えよう。にも関わらず、車内には重苦しい空気が充ちていた。

 彼らの視線は一箇所に注がれている。

 

 そこにあるのは、実に様々な感情。

 

『何故、自分たちを騙していたのか』

 

『この班に潜り込んだ目的は何だ』

 

 しかし、彼によって窮地を脱したのも事実。仮に、彼を敵と認識するならば自分たちを助ける理由が見当たらない。

 かと言って、信用出来るかどうかも分からない。少なくとも、彼のプロフィールに偽装があったこともまた事実なのだから。

 

 5班の班員はそういうジレンマに悩んでいた。与一に対してどう言葉をかけるべきか誰もが思案していた中、車内に電子音が響く。だが、この車自体に通信は入っていない。

 出処はもっと別の何か。

 

『───符丁(パス)の照合を求めます。“SNSK24685Z329”』

 

「“JSPD5423KK9”、状況を説明しろ」

 

『承認しました、黒峰班長(チーフ)。此方は現在火星の大気圏に突入、凡そ一時間後に着陸予定。現在時刻は地球時間で○六○○、○七○○時より5分以内の誤差でミッションを始めます』

 

「了解。所定のポイントにて合流する」

 

 涼やかな女性の声に応答する与一。床に直に座った彼は、耳に装着した通信機にて会話していた。先程の電子音もこの通信機の受信音だったのだろう。

 皆が与一を見つめる中、通信を切った彼は冷静に操縦席のアドルフの元へと向かう。

 

「アドルフさん」

 

「……何だ? 」

 

「進路の変更を願います。この地点より南西方面に50Km移動して下さい」

 

「今は、アネックス本艦に向かうのが最重要項目だが? 」

 

「俺を信じて下さい。そこで何もかも話します。俺の正体も、目的も。俺自身が信じられないのならば、俺の昨日の行動を信じて欲しい。俺は貴方方の敵ではない。敵にはならない。絶対に」

 

 黒峰与一に与えられた任務の一つ。

 

『裏切り者になり得る班の監視、及び粛清』

 

 第5班はその対象にはならない。それが彼の判断だった。《国》には様々な思惑があれど、《人》はその限りではない。

 ドイツ・南米第5班、『アドルフ・ラインハルト』。この人物は信頼に足る。そして、決して失ってはいけない人間。

 

 ならば、全ての障害は片っぱしから打ち砕く。

 その為には、合流しなければならない。

 新たな戦力と───黒峰与一の“部隊”と。

 

「…………………………………………」

 

「…………………………………………」

 

 両者共長い沈黙。ただでさえ感情を見せないアドルフの内面を推し量るのは難しい。

 

「あ〜〜〜〜もう! 何時まで見つめあってんだよそこの2人!!」

 

 突然の大声に、与一の心臓が跳ね上がった。

 一番後ろに座っていたイザベラがいつの間にか背後に立っている。

 

「こんな所でぐだぐだ言ったって先に進まないじゃん! アドルフ班長、私は与一を信じますよ。こいつが私達に隠し事をしていたとしても、私達は昨日与一に助けられました。こいつがいなかったら私達は全員死んでいたかも知れない。確かに嘘がありました。でも、与一は私達の恩人であることに間違いは無いです。班長だって本当は感謝してるんでしょ!? 素直になって下さいよ! 感情論が嫌だって言うんなら、今の私達にはこいつの技術が必要です! 加えて、戦力としても貴重な人材です! これなら納得出来ますか? 」

 

 思わぬ伏兵に与一も戸惑う。まさか、正面切って信じると言われるとは思ってもみなかった。

 故に、どうすれば良いのか分からない。謝るべきか、礼を言うべきか。

 

「イザベラ、お前……」

 

 振り向いたイザベラと目が合った。

 

 ーー続く言葉は何も無い。

 

 それよりも先に、警報音が鳴り響き出したからだ。

 人間の本能的な恐怖を煽るような低い振動音。

 先程の通信機からだった。

 

 与一の顔色が変わる。

 この音は、聞きたく無かった。強張る指で、受信スイッチを入れる。

 

 ──────緊急警報(コンディ・レッド)

 

 

『……班長(チーフ)、奴らです! テラフォーマーが……』

 

 ガガッ!

 

 そこまで聞こえた所で、通信が途絶えた。外部から強制的に切られたようだ。恐らくは機器が破壊されたのだろう。

 

「どういうことだ……? 」

 

 時間から考えて、彼らは現在火星熱圏上部付近に居るはずだ。

 先のアネックス1号の件と比べても不可解。あの時は、恐らくは手引きする者がいたのだろう。

 だが、今回は違う。日本主導の極秘任務だ。

 

 何らかの手段を用いて奴ら(テラフォーマー)が乗り込んだか、又はさらなる裏切り者の存在か。

 いずれにせよ、一刻も早く合流地点に向かう必要が出来た。

 最悪の可能性も考慮に入れなければならない。

 火星(ここ)では、命の価値など紙切れ同然なのだから。

 一秒後には死んでいる。それはあり得ない話ではないのだ。

 

 思考を次の段階(ステージ)へ。

 もしも、彼らが全滅した場合は信頼出来る他班と合流しアネックス本艦へ急行する。

 

 ──────アネックス計画には裏切り者がいる。

 

 これは、既に予想は出来ていた。

 裏切るとすれば何処かすらも、もう分かっていた。

 

 だが、対処する事が出来ない。糾弾する事も出来ない。決定的な証拠が無かった。

 それに何よりも、地球で殴り合えば核戦争(せんそう)が起きる。力の差は歴然。かつての大国アメリカは、日本は、余りにも力を失い過ぎた。

 

 火星で何かが起きるなら、火星で食い止めるしかない。表向きは国同士が協力し合う事になっている。そこで何が起きようと地球で問題とはならない。

 裏切りが成功しようとしまいとだ。

 

 アネックス1号が打ち上げられた翌日。日本の種子島宇宙センターは気象衛星(・・・・)を打ち上げていた。

 

 

 

 

「この辺りの筈だが……」

 

 与一は岩場に立ち、双眼鏡で上空を見上げていた。一方的に通信が切られて数10分が経過している。そろそろ肉眼で確認出来る筈だ。傍らにはイザベラ。他の班員は、近くに止めた脱出機内に待機させてその護衛にアドルフが就いている。

 

「……見えた」

 

 始め小さな点ぐらいだったものが段々と細部が見える程に大きくなっていく。

 つまり、飛んでいるのではなく落ちている。しかし、外側には目立った外傷は無い。

 

「あれは……緊急補助システムが作動しているな」

 

 それは、メインエンジンに支障をきたした場合に自動で減速、着陸する為のシステム。

 

「うわぁ……」

 

 イザベラが感嘆の声を挙げた。もう双眼鏡が必要ない高度にまで達している。

 

 UーNASA日本支局所属、超高速有人宇宙艦『太刀風』

 

 耐久力を捨て、スピードに特化した全体的にシャープなそのフォルムは何処となく日本刀の刃に似ていた。

 

「イザベラ、薬を離すなよ」

 

 艦を目前にして、与一は硬い声でそう言った。通信の内容は、テラフォーマーからの襲撃を示した。

 確実に、この艦の中に奴らがいる。

 緊急補助システムの性能により、『太刀風』は静かに地に降り立った。巻き上げる風が与一とイザベラの髪を煽る。

 

 ガスが抜ける音を立て、側面にあるエアロックがゆっくりと開いていく。

 与一は、ポケットからケースを取り出した。

 イザベラも注射器を右手に握り締めている。

 

 数秒か、或いはもっと短い時間だったかも知れない。

 

「あーあ、全く偉い目に遭いましたね」

 

「同感、ゴキブリの汚い汁が付いた。早く洗いたい」

 

「いやぁ、疲れたねえ? 」

 

「あんた何もやってねえだろ! 」

 

 聞こえてきたのは人間の声。見えたのは複数の人影。

 そして、外に出て来たのは7人の人間だった。その内の何人かはテラフォーマーの死骸を抱えている。

 頭を叩き潰されたもの、全身を引き裂かれたもの、口から涎を垂らして事切れているもの等様々だ。

 それらを打ち捨てて、全員が与一の前に整列した。真ん中にいた欧米系の若い女性が一歩前に進み出る。

 

「黒峰班長(チーフ)、現在時刻は○七○五。日米合同戦略的特殊行動部隊『第0班(スカッド・ゼロ)』。当刻より、ミッションを開始します」

 

 流麗な声は、あの通信機から聞こえていた声だった。

 日本が主導し、アメリカが人材を提供した。限りある力の中で、最大限に効果を発揮させるための対抗策。日米合同の精鋭7名は、全員が戦闘員だ。

 彼等こそが、もう一つの勢力。

 

 この時点で、火星のパワーバランスは大きく変化した。

 

 

 

 

 




なかなかに時間がかかりました。ここでちょっと区切りをおきまして、次回は番外編にします。与一の高校時代を書くつもりです。それと久しぶりにオリジナル小説を執筆しようかなと思っています。異能バトルものが好きでして、多分題材はそれになるでしょう。
ではでは、また次回に。
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