Counter of the earth   作:坂下 千陰

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第十四話 strike

「………あんたは行かないの? 」

 

「私? 私は君達の護衛だもの。それにあの数相手にするのも面倒だしね、来たのを潰す方が簡単じゃない? 」

 

 イザベラの問いに、1人機内に残っていた美桜はマニキュアを塗った指に息を吹きかけながら外をちらりと見た。

 

「ま、ああいうゴリゴリな戦闘は肉体派に任せてさ。私達はのんびりしとこうよ、ガールズトークでもする? 」

 

 そのどこか気の抜けた飄々とした態度は自信か、はたまた油断か。しかし、こちらを見てにやりと笑ったその目にイザベラは背筋を震わせた。言うなれば本能から来る恐怖。遺伝子に刻まれた生物としての情報が軽い警報を発しているようだった。

 

「後10分もすれば終わると思うから、リラックスリラックス。私だってプロなんだからちゃんと周りは見えてるよ。何かあったら守ってあげるから安心しなさい」

 

 そう言われてからイザベラは、彼女の動きに一分の隙もない事に気付いた。ふざけたような口調ながら意識は全体に向いている。片手は既に懐に入れており、即座に対応出来るようにしている。イザベラは彼女の過去を知らないが、その動作一つ取っても明らかに戦いに慣れている事が分かった。

 

「ねぇ、あんたらって与一の部下なんだよね? 」

 

「うん、そうだよ。皆警察とか軍隊出身の戦闘屋。因みに私は元陸自。心強いでしょ? 私としても君達と無事に合流出来て良かったよ、なんか裏でごたごたしててさ、妨害とかあったし。もう言うけど、この計画一筋縄じゃないからね。色んな国が関わると色んな思惑が出る訳よ、全く面倒くさいったらありゃしない」

 

 重要事項を、まるで世間話のような気安さで喋る。イザベラのような一般クルーは、この計画が人類を救う計画だと信じて火星に来た。しかし、結局は人間が立てた計画である以上、どうしても人間の欲望とは切り離せないのだ。

 

「つー事で私達が火星に派遣されたの。裏切者をぶっ潰して本来の目的を達成しようってね。シンプルでしょ? でも最初はびっくりしたよ、なんせリーダーが未成年だったんだから。弟に従ってるようなものじゃん。まぁ、よいっちゃんが黒峰家の人間って分かったら納得できたけどね」

 

「……黒峰家? 与一の家ってそんなに凄い所なのか? 」

 

「正直半端じゃないよ。1000年前から存在するめちゃくちゃ古い武術家の一族で、常に日本の軍事の中枢に君臨し続けている。要は自衛隊(私たち)のトップってこと。それとは別に全世界に10万人の門下生がいるし、軍事関係にもコネクションがあるし、財力も権力も持っている漫画とかに出て来そうな家だよ。そこの現当主がよいっちゃん。そんなエリートが何でこの作戦に参加してるのかは分からないけどね。よっぽどの理由があるんでしょ」

 

「--少し喋りすぎですよ、花町さん」

 

 美桜がそこまで話したところで、凛とした声が遮った。

 

「おっと、エマちゃんか。思ったより早かったね、もう終わったの? 」

 

「いえ、取り逃がしました。やはり、ベースの相性とは一長一短のようですね。折角班長(チーフ)から任されたのに不甲斐ないです……」

 

 戻ってきたエマは美桜の問いかけに悔しさを滲ませながら伏し目がちに答えた。破れた袖から覗く白い腕には、幾つか傷が付き血が軽く流れている。全くの無傷という訳にはいかなかったようだ。

 

「ところで、そこの彼女に何か話されていたようですが余り人のプライバシーに立ち入るものではありませんよ」

 

「別にそんなつもりはないけどなぁ、て言うか私よいっちゃんが何でこの作戦に参加したのか知らないし」

 

「……ほう、そうでしたか。知らないんですか、なるほどなるほど」

 

「ん? 何々ちょっと笑っちゃってる? エマちゃんは知ってるのかな? 」

 

「えぇ、まぁ。上司の事を知ってこそ副官は務まるものですので」

 

 ですが、一区切り空けてエマは言う。

 

「決して面白い理由ではありません」

 

 その一言には、込められた言葉以上の何かを感じさせた。

 

「それ言っちゃうと、私達も大体面白い理由じゃないじゃん。全てを投げ打ってでも成し遂げなければならない事があるのは皆同じでしょ。私はよいっちゃんの事情になんて興味ないし。実際、大切なのは今何をすべきかだよね。過去は戻らないけど、未来ならどうにでも出来るんだよ 」

 

 そして、美桜は唇の端を軽く曲げて笑う。

 

「よし、シリアスモードはここでお終い。エマちゃんもおいでよ、一緒にお喋りしよ? まずは、エマちゃんがよいっちゃんの事をどう思っているのか! ! 」

 

「な、何を言っているんですか!? 」

 

 

 

 ─────────同日、U-NASA日本支局。

 

「しばらくだったな、七星君 」

 

 来客用の応接室。革張りのソファに座るスーツ姿の初老の男性は、テーブルを挟んで向かい側に座る蛭間七星を見てそう言った。

 男性は恐らく還暦は過ぎているようだが、その体は無駄のない筋肉で覆われているのが服の上からでも見て取れる。立ち居振る舞いに隙がなく、鋭い目付きは猛禽類を思わせた。

 

「はい、お久しぶりです。しかし、事前にご連絡下されば出迎えにあがりましたものを。突然ですので驚きました」

 

「それはすまなかった、まぁ用件は2つだ。直ぐに済む」

 

 男性は、出されたティーカップの紅茶を一口飲んでから手元の鞄から一冊のファイルを取り出した。

 

「1つ目はこれだ。君に頼まれていた“戦力”の件だが、取り敢えず此方からは10人出そう。詳しい情報はこのファイルに記載されている」

 

「!? ……ご協力に感謝します。これ程の人材はなかなかいない」

 

「私が直に選抜した、腕は保障する」

 

 手渡されたファイルを一瞥した七星の表情が一瞬で変わった。特殊な状況に対応出来る(・・・・・・・・・・・)エキスパートは限られている。これで万全を期したという訳ではないが、ある程度は凌げるだろう。

 

「2つ目の用件だが、あいつ(・・・)は上手く立ち回れているか? どうもあいつは昔から腹芸が苦手な奴でな。全く嘘がつけない。パワーゲームにはいささか役者不足だろう 」

 

「逆に言うならば、彼は嘘を極端に嫌う。裏切者の存在が明確であるこの作戦上寧ろ適任だと思います。卓越した戦闘力、柔軟な思考力、あの若さでこの2つを手にしているとは流石の英才教育という事ですか?」

 

「ふん、まだまだあいつは未熟者だ。感情論で物事を考える節がある。まったく、そのように育てた覚えはないんだがな」

 

 切り捨てるような発言ながらも、男性の顔に浮かぶのは苦笑い。鋭い目付きも若干柔らかくなり、口で言う程に憎らしくは無いのだろう。

 

「それでも、彼の技術は貴重なものです。人間性も含め申し分ない。後は、どうにか生きて帰ってきてくれれば……! 」

 

 七星は手を組み合わせて、眉間に皺を寄せる。ただでさえ達成率が低いミッション、少なからず死者も出るだろう。

 しかし、尽くせる手は尽くした。もう、天命を待つしかないのだ。

 

「安心しろ、あいつは必ず帰ってくる。そうしなければならない理由があるからな。第一この私が全てを叩き込んだ男だぞ。この程度で死んで貰っては一族の名折れだ」

 

 ふんっと鼻で笑うと、紅茶を一気に飲み干して男性は立ち上がった。

 

「それではな、用は済んだ。私は帰らせて頂こう」

 

「お送りいたします、黒峰統合幕僚長」

 

「元、だ七星君。今はしがない隠居に過ぎん。とはいえ不肖の馬鹿孫が何の断りもなく火星に行ったせいで、当主としての業務は私に降りかかってきたがな。しかし、問題はあのニュートンの一族が既に動き出している事だ。300年も前に袂は分かったがしつこいのは今も昔も変わらんな」

 

 その時、男性の鋭い目付きが一瞬だけますます鋭くなりまた元に戻った。僅かな表情の変化を七星は見逃さない。

 

 相当苛ついておられるようだ、と心の中で呟いた七星は先に立って応接室のドアを開けた。

 

「どうぞ」

 

「あぁ、ありがとう。--七星君」

 

「はい? 」

 

 応えた七星に、男性はにやりと笑ってこう告げた。

 

何かあったら(・・・・・・)私にも声をかけてくれ。最近デスクワークが多くてな、いかんせん体が鈍って仕方がない」

 

「ありがとうございます、頼りにしていますよ秋水さん」

 

 七星も苦笑しながらそう返す。

 

 初老の男性の名は『黒峰秋水(くろみねしゅうすい)

 

 ──────────黒峰家先々代当主。

 

そして、戦を極めし黒峰一族の現総帥。

 

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