Counter of the earth   作:坂下 千陰

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外伝です、少々長くなりそうなので2つに分けました。この話は本誌で読んだ事はあるのですが、記憶が定かではないので矛盾する点があると思います、ご了承下さい。


外伝 Mars_ranking

 ────────マーズ・ランキング。

 

 対テラフォーマー戦闘における捕獲、及び制圧能力を基準にアネックス1号全船員(クルー)を便宜上序列化したもの。その中でも上位陣、特に艦長を含めた主要加盟国から選抜された幹部(オフィサー)は最早人類側の兵器と呼んでも遜色ない。また、U-NASAは幹部(オフィサー)とランキング上位陣がいれば下位ランクの者を守りながら任務を遂行可能だと考えている。

 

 

 

 

 

「--電気鰻、タスマニアンキングクラブに大雀蜂、爆弾蟻に大蓑蛾……。流石に強力な生物(ベース)が揃っている」

 

 2619年、ワシントンD.C。U-NASA本部内研究棟に複数あるオフィスの一室。

 与一は、デスクに腰を預けるようにして何枚かのファイリングされた資料に目を通していた。

 

「あくまでもこれは非公式に、だ。間違っても外部に漏らしてくれるなよ。本来なら君に見せるだけでも懲罰物なんだ」

 

 そう言ったのは、この部屋の主であるセルフレームの眼鏡を掛けた東洋系の細身の女性。彼女は与一の隣で黙々とノートパソコンを叩き続けていた。

 

古賀真冬(こがまふゆ)

 

 次世代型のM.O手術(モザイク・オーガン・オペレーション)を研究する特殊セクションに所属する技術者で、与一の手術を担当した人物だ。実年齢は32歳だが、その顔付きは若々しくジャケットにジーンズというラフな服装も相まって大学生ぐらいにも見える。

 

「分かってますって、俺はここではただの一般クルー。過ぎた情報を漏らしてしまうと逆に俺が怪しまれますから」

 

 アネックス計画全クルーの簡単なプロフィールと、手術ベースが記載されたそのファイルはそれだけでも通常なら機密文書にあたる。

 そもそもアネックス計画自体が、詳細は完全に伏せられた極秘計画だ。

 

『火星由来の致死率100パーセントの特殊なウイルスが地球に蔓延する前に、根元である火星に向かいワクチンを採取する』

 

 公になれば全世界がパニックになる事は想像に難くない。だからこそ秘密裏に研究し、秘密裏に収束させる必要がある。

 

「しかしまぁ、手術ベースだけ見るならば君も相当に強力だがな。まさか、まだ実験段階にあった手術方式が最初の被験者で成功するとは思わなかった。理論上の成功確率は未だ10%以下だ。随分と分が悪いギャンブルに乗ったものだと感心しているよ。金も、地位もある君が何故この計画に参加したのかは興味の外だが、これで実用化までのルートを一気に短縮出来た。後はそうだな、せいぜい火星で死なないように頑張ってくれ」

 

 そこで古賀はノートパソコンを叩く手を止めて、傍のコーヒーカップからコーヒーを一口飲むと僅かに眉を顰める。

 

「……君が持って来るコーヒーは香りといいコクといい余り好きにはなれんな」

 

 その言葉に苦笑しながら、与一はファイルをデスクに置いた。

 

「コピ・ルアクに文句付ける人はなかなかいないんですがね……それ一杯で何10ドルすると思ってんですか」

 

「高価な物が美味いとは限らないだろう、大体コピ・ルアクが高価なのは味ではなくその希少性にある。私は元々が貧乏舌なものでね、コーヒーはインスタントでも充分に満足できる」

 

「なら次来るときは自販機の缶コーヒーでも持ってきますよ」

 

「そうしてくれ、ミルク入りの無糖ならなお良い」

 

 淡々と返す彼女の口調にも与一は慣れていた。機嫌が悪いという訳ではない。元から感情の起伏が少ないのだ。彼女を一言で表すとするなら冷静沈着なデータ至上主義者。その点で古賀は正しく科学者なのだろう。

 

「--さて、」

 

 作業を終えたのか、古賀はパソコンの電源を落とすとそこで初めて与一の目を見た。

 

「本題に入るとしよう。今回君を呼び出したのはその資料の件と、他に幾つかの連絡事項があるからだ」

 

「連絡事項、ですか? 」

 

「そうだな、まずはこれを見て欲しい」

 

 デスクの引き出しから大型のタブレット端末を取り出すと、スイッチを押して画面を与一の方へ向けた。

 

「丁度今から始まるようだ」

 

 モニターの中で無数に区切られた映像は、リアルタイムで行われている何かを撮影している。

 

「これは、テラフォーマー……? 」

 

「U-NASAが研究用に保管しているクローンだ。火星のテラフォーマーより数段パワーは落としてある。とは言っても充分脅威である事には変わりないがな」

 

 そこに映し出された物は2つ。1つは火星の巨大殺人ゴキブリ、通称テラフォーマー。黒光りする甲皮に無機質な目、触覚、尻には尾葉。昆虫であった名残を残しつつ、人間大にまで進化したそれは独特の嫌悪感を沸き立たせる。

 

「それと、人間か? 」

 

 もう1つはテラフォーマーとそれぞれ対峙する人間達。誰1人面識は無いが、身に付けている制服から全員アネックスクルーで間違い無いだろう。

 

「彼らは先日行われた体力テストで、アネックスクルーの上位30人に選ばれた人材だ。手術ベース、及び個体の基礎能力を考慮してアネックス1号の戦闘員として活動する事になっている」

 

 映像の中では、各々が既に人為変態を始めていた。翼が生える者、牙が生える者、腕が肥大化する者。実に多種多様な様相である。

 20年前の昆虫の遺伝子を組み込む旧式人体改造手術、通称『バグズ手術』の一歩先。昆虫のみならず地球に存在する全生物をベースに使用可能な新方式、『M.O手術』を受けた彼らは様々な特性(とくしゅのうりょく)を有している。『昆虫型』は更に固く、強力に。それ以外のベース生物も昆虫型の強みを残したまま、其々の能力を使用できるようになった。

 

「そして、今から行われるのが彼らがどこまで戦えるかを見る実戦テスト。この結果を元にマーズ・ランキングの順位を決定していく」

 

「マーズ・ランキング? 」

 

 マーズ・ランキング。聞き慣れない単語に与一は眉を顰めた。

 

「ああ、そう言えば君は知らなかったな。正しくは、火星環境下における対テラフォーマー制圧能力のランキング、略してM.A.R.S.ランキングだ。アネックスクルー総員100名を対象に訓練プログラム、シミュレーションの結果等を判断基準として順位づける。あくまでも便宜上序列化したものだが、ある程度の能力値の目安としては分かりやすいだろう」

 

「つまり、数字が上になればなるほど強い、と? 」

 

「少し違う。測られるのは制圧能力であって戦闘能力ではない。サンプルは生け捕りが基本だからな、ただ殺してしまえば良いというわけではない。逆に言えば、ランキングが低くとも戦闘能力が高い者もいる。過度に強力なベースが使用されていれば、このケースが当てはまる」

 

 --過度に強力なベース。

 

 それを聞いて、与一は真っ先にミッシェル副長を思い浮かべた。彼女の手術に使用されたベース生物は爆弾蟻。殺傷能力は群を抜くものがあるが、生かして捕らえることは苦手分野だろう。

 

「君のテストはまた後日行う。これを見て予習でもしておくといい」

 

 画面の中のテラフォーマーは、火星にいるものとは違う。あくまでも人工的に造られたクローンである。そう理解していても、やはり嫌悪感は変わらない。それは本能に遺伝子レベルで刻まれた敵対関係。

 奴らは人間を殺す。

 理由はなく、意味もなく、ただ殺す。

 

 地球の人間は思いもよらない。普段何も考えずに殺している害虫が、寧ろ襲ってくるなどと。

 地球の人間は知る由もない。火星には悪魔がいる。イカれた進化を遂げた害虫の王(テラフォーマー)が。

 

「いくら戦闘要員とはいえ、急に実戦形式にして大丈夫なんですか? 中には民間出身者もいるでしょうに」

 

「万が一の時に備えて、テラフォーマーの胸部には小型の爆弾が仕込まれている。貴重なM.O手術者を訓練で失う訳にはいかないからな」

 

 ──────それは最低限の安全は確保された戦闘。

 

 但し。

 

 決められたフィールドで決められた通りに進んだらの話だ。

 

「!?」

 

 画面にノイズが走るのと、オフィス内に警報が鳴り響くのは殆ど同じだった。

 独特の重低音が脅威を表す。明らかに異常事態だ。

 

「--これは? 」

 

「……まずい、テラフォーマーのクローンが複数体放たれている!」

 

 咄嗟にタブレットを使用し、いくつかの監視カメラの映像を確認していた古賀が叫んだ。

 

「……なるほど、色々疑問点はありますが取りあえずは事態の収拾が最優先ですね」

 

 それだけで生物兵器となるクローンを保有する以上は、管理体制もガチガチのセキュリティーで縛られている。

 奴らが自発的に脱走したとは考えにくい。

 残る原因はつまり、人為的な工作。

 

「対応は? 今行っているテストを中止してアネックスクルーに応援を頼むのはどうです? 」

 

 現状、もっともベターな解決方法を与一は提示した。

 実験を行っているのは戦闘員。彼らなら対抗策に成り得る。

 

「残念ながらその案は却下だ……」

 

 古賀は、苦虫を噛み潰したような厳しい表情でタブレットから顔を上げた。

 

「クローンに仕込んだ爆弾が起動しないようだ。この実験は中止できない、彼らは最後まで戦うしかない」

 

 次々に起こる不測の事態。思考を巡らし有効な一手を探る。このままでは確実に死人が出る。もしも、U-NASAの敷地からクローンが脱走すればそれこそ大惨事だ。何とかここでケリをつけなければならない。

 

「軍隊に救援を要請している。多少時間はかかるがやむを得ない。少々の犠牲には目を瞑ろう」

 

「--古賀さん、薬はありますか? 」

 

「まさか、君が行くつもりか? 止めておけ、リスクが高すぎる。君の存在はまだ明かすべきではない。多くは知らされていないが君にはアネックス計画でやることがあるんだろう? その為に手術も極秘に行ったんだ。大人しくここで救援を待て。ここならテラフォーマーの襲撃にも耐えられる。危険を犯して迎撃に行くのは、非合理的だ」

 

「しかし、……」

 

 与一に続ける言葉はない。正論と言えば正論。天秤にかけるにはデメリットの方が大きすぎた。

 

「……まぁ、ここまでが建前の話だ。どうせどれだけ言ったところで君は行くのだろう? 昔からそうだったからな」

 

 ため息を吐きながら、古賀はデスクに取り付けられていたボタンを押す。

 オフィスの角から微かに機械音がし、壁の一部がせり上がると中にはロッカーのようなものがあった。

 

「薬はあるにはあるが出来れば使うな。必要以上に体に負担をかける必要はない。これを持っていけ、今日君を呼んだ目的はそもそもこいつだ」

 

 入っていたのは一丁のクロスボウ。その隣の銀色のケースには専用の矢が詰まっている。

 

「名は、弓張月。君の特性を最大限に活用できるよう幾つかのギミックが施されている。君の為に造られた君専用の武器だ。試用も兼ねてこいつを使え」

 

 手にとってみれば異様に馴染む。自分の為に造られたとは正に言ったものだ。恐らく、サイズも重量も本体の構成も緻密な計算が成されているのだろう。本来なら与一の得意な得物は和弓だが、対テラフォーマー戦闘においては嵩張る上に威力も足りない。しかし、彼は修練を重ねたお陰で大抵の武器なら扱える。そこで専用武器を比較的弓に近いものにしたのはU-NASA側の配慮だった。

 

「薬は2種類渡しておく。だが、あくまでもこれは最終手段だ。そして、使うにしてももう一つのベースは避けろ。あれはまだ体に馴染んではいない。基本はその武器と、己の技術のみで戦え。君にとっては決して不可能な話では無い筈だ」

 

 手渡された薬は一つはカプセル。もう一つはガム状の物。それぞれ植物型と節足動物型だ。

 

「いいか、30分だ。30分以内に状況を終了させろ。監視カメラの類はこちらで停止させておく。隠密行動を念頭に置き、最重要項目は脱走したテラフォーマーの抹殺。誰にも姿を見られずに、例え見られたとしても顔を覚えられないように」

 

「了解しました」

 

 2種類の薬を懐に入れ、腰に矢を入れたホルダーを装着してクロスボウを手に取った。

 U-NASAのセキュリティシステムを騙せるリミットは30分。

 短期決戦の即時制圧だ。

 

「はぁ、全くもって不本意だ。君はもっと賢く生きるべきだよ。だが仕方ないな、君をそういう風にしたのは私にも原因がある」

 

 苦笑いを浮かべ、古賀は真っ直ぐ与一を見つめた。

 

「そうですね、先生(・・)にはお世話になりました」

 

 それに答えるように与一も薄く笑う。

 

「やれやれ、厄介な教え子を持ったものだよ。それでは、」

 

 そこで一拍空け、

 

「--戦闘行動を許可する」

 

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