Counter of the earth   作:坂下 千陰

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外伝 Mars_ranking 3

「……やばい、完ッ全に迷った。どこよここ? 」

 

 警報が鳴り響く施設内の一角。異常事態の発生は明らかであるが、そう呟いた人物の口調には差し迫った危機に対する恐怖も焦りの色すらも感じられなかった。ただ単に現状を把握していないだけなのか、把握して尚動じない程の胆力の持ち主なのか。

 ダークスーツを着用し、その上からこれも黒いロングコートを羽織った若い女性だった。背中の中程まで伸びている髪を無造作に纏め、化粧っ気は感じられないが、しかしその顔立ちは確実に美人の部類に入るであろう。

 

「あーもう! さっきから何かビービー鳴っててうるさいし目的地には辿り着かないし最悪なんだけど? 大体案内がいるからとか言ってたくせに誰も迎えに来なかったじゃん。くそー、あいつ帰ったら絶対シメてやるぅ! 」

 

 ぶつぶつ言いながら、彼女は取り敢えず今来た道を引き返そうと身を翻し

 

「───────へ? 」

 

 間の抜けた声が漏れる。振り向いたそこに"それ"はいた。

 

 黒光りする2メートル近い異形。人間のように見えるが、明らかに人間ではない。無機質な目、尾葉、頭部からは触覚が生えた化け物。生身の人間など紙を破るかのように容易く引き千切れる程の剛力を有し、かつ無条件で人間を殺しに来る存在。害虫の王、『テラフォーマー』。

 ここにいるのはそのクローンに過ぎないが、それでも充分な脅威だ。

 

「じょうじ! 」

 

 クローンは一声鳴くと、さも当然のように女性の頭を叩き割ろうと手刀を振り下ろした。

 

 ドン!!

 

 しかし、それよりも一瞬早くクローンの巨体が重い音を立てて後ろへ吹き飛ぶ。

 

「ふぇ、何? どうなってんの? 」

 

 そしてまた一瞬遅れて、クローンに蹴りを叩き込んだ人物も空中で体勢を整えて着地した。

 

「ふゥゥゥゥッ!! 」

 

 鋭く息を吐き、与一は背後の女性を庇うように立つと後ろを振り返らずに指示を飛ばす。

 

「この道を急いで戻れ! 二つ目の角を曲がると別のフロアへのゲートが見える。ロックがかかっているからパスコードを入力して中へ避難しろ!! コードは9581だ。他には何も考えるな、何も聞くな。 質問に答えている暇は無い。死にたくなかったら言う通りに動け!! 」

 

「りょ、了解です! 」

 

 弾かれたように女性は走り出した。理解が早いと言うよりは理解が追いついていないと言う方が正しいだろう。

 何となく生命の危険を感じる。ならば生存本能に従っておこう、とそれぐらいの感覚だ。そして現状ではそれが最善。与一としても避難を補助するのが精一杯だった。誰も見捨てる気は無いが、敵が敵だけに護りながらの戦闘は正直不可能だ。立ち上がろうとするクローンから目を離さず、脳内では既に次の一手を考える。

 いくつかの攻撃パターンを予測して迎撃態勢を整えておくのだ。

 

「……どうした、ゴキブリ野郎。そんなにさっきの人間が気になるか? 」

 

 しかし、起き上がったクローンの視線は今しがた自らに攻撃を加えた与一ではなくその背後に向けられていた。

 それは思考ではなく、判断だったのだろう。即ち、より殺しやすい方へと標的をシフトさせる。

 クローンは乱入者である与一ではなく、先程の女性を追いかけようと走り出した。

 

 しかし、

 

「それも予測の範囲内だ!! 」

 

 脇をすり抜ける一歩前で、与一は己の脚でクローンの脚を刈るように払う。

 

「フンッッ!! 」

 

 バランスを崩して倒れた所で頭を思いっきり踏み砕く。

 無駄がない、極めて流麗な動き。

 対象を効率良く破壊する事に焦点を置き、研鑽に研鑽を重ねた戦闘技術。

 敵は人間ではないが、人間の形をしている。その点で対抗する術はある。

 

「はぁッ、はぁッ、はぁッ……! 」

 

 与一はその場の壁にもたれかかるように背を預け、乱れた呼吸を整える。彼の後ろに動くものは無い。敵は悉く息の根を止めた。

 ある程度の戦果は得たと言っても良い。だが、もちろん此方も無傷で済んではいない。戦闘に次ぐ戦闘。体のあちこちから流血し、痛まない場所などなかった。恐らく数カ所は骨が折れているか罅が入っている。内臓へのダメージも看過出来ない。加えて極度な集中状態を維持し続けて来たために精神の消耗も激しく、体力はもはや限界。既に満身創痍だ。

 

「あの〜〜〜〜!! ちょっと聞きたいことがぁ! 」

 

「!? 」

 

 聞こえて来た突然の大声。

 咄嗟に振り返り、声の主を確かめると与一は思わず舌打ちをした。視線の先、数10メートル程離れた所に逃げた筈の女性が走って戻って来ているのが見えたからだ。

 

 

「あんた馬鹿か! 状況見えてないのかよ! 早く逃げろって言ったろうが!? 」

 

 思わず怒鳴るも、次の瞬間その表情が凍る。

 

 カラン、と。

 

 女性のすぐ後ろに、天井から何かが落ちた。

 それは金属製の通風孔カバー。

 そして、黒光りする何かがちらりと見える。

 

 初めから考えておくべきだった。余りにも単純で直線的な行動パターンしか無かった為に見逃していた。

 

 --伏兵の可能性。

 

 ここから女性までは軽く2、30メートルは離れている。生身では間に合わない。

 手元にある切り札の内、必要なのは人間を超えるスピード。

 即ち、"蜘蛛"の特性(のうりょく)

 

 判断は一瞬だった、躊躇いはなかった。

 

 "人為変態"

 

 ガム状の変身薬を口の中に放り込み、噛み砕く。

 直後、腕の筋肉が膨張しスーツの袖を破った。手首には鋭い硬質の刃が、額には複数の目が顕現する。

 足元を踏み抜き、加速。次の瞬間には女性の背後に着地し剛腕を振り下ろそうとしたテラフォーマーの頭部が切断されていた。

 一拍遅れて、纏った空気が突風のように吹き抜ける。

 

「わっ、」

 

 その風に煽られて女性は尻餅をついた。

 

 ここまで、全てが数秒足らず。

 

「……えーと……? 」

 

 何が起きたのか、白昼夢でも見たかのような表情の女性は、与一の後ろ姿を見上げている。

 与一の今の姿は明らかに人間ではない、崩折れたテラフォーマーと合わせて2つの異形を見比べながら何を言おうか考えているようだ。

 

「……さっきも言ったが、今すぐここから離れろ。見た感じあんた外部の人間だろ? 現状、全てが最高機密だ。こいつの正体も俺の姿もな。だから全て忘れろ。あんたは何も見なかった。平穏な生活に戻りたいならそれが最善だ」

 

 与一はそれだけ言い残して、消えるようにその場を去る。

 やむを得なかったとは言え、蜘蛛への変態は悪手だった。このベース生物は、与一の細胞に無理矢理あてがったようなものだ。

 それ故に、身体への負担は通常の人為変態より遥かに高かった。外傷はある程度治癒するが、それを差し引いてもデメリットの方が確実に大きい。

 

 

 

「あー、行っちゃった。聞きたいことがあったのになぁ」

 

 与一が消えた方向を見ながら女性は残念そうに呟く。

 そして、諦めたように今来た道を戻ろうと踵を返した。

 

「ん?」

 

 振り向いたその先、まさに目の前。ソイツはいた。

 

 何の事はない、伏兵は一体では無かった。そこに立っていたのは地面に転がっている異形と全く同じ姿。

 感情を湛えない無機質な目が女性を捉える。

 先に降り立った同族が駆除されるのを見て、それは恐らく判断した。

 

 つまり、自分にとっての脅威が去るのを待ったのだ。

 

 今の女性を守るものはもうない。逃げる場所もない。そもそも、テラフォーマーの身体能力にただの人間は逃げる事すら叶わない。

 

「じょうッ!」

 

 テラフォーマーは女性の首を引き千切ろうと躊躇なく摑みかかる。

 

 与一にとって、これは間違いなく誤算だった。

 そして、

 

 --テラフォーマーにとっても同じく誤算だった。

 

「?」

 

 ぼとり、と伸ばしたその腕が床に落ちた。テラフォーマーに痛覚はない、それ故唐突に腕の感覚が失われた事に疑問を感じた。

 鋭利な刃物で切断されたように滑らかな断面を晒し、疑問はその動きを少しの間止める。

 

「……邪魔なんだけど? 」

 

 次の瞬間には、テラフォーマーの頭部は横に六当分され、それぞれがぼとぼとと床に落ちた。頭を失い、ぐらりとよろめく胴体に、その女性は巨大な鉤爪が生えた腕で貫手を叩き込むと手首を軽く捻った。胸部に風穴を開けられた胴体は既にただの肉塊と化し、そのまま崩れ落ちる。

 

「ったくもう、汚ったないなぁ、お腹空いてるんだから余計な仕事させないでよね。大体テストの後に顔合わせがあるって言うから来たのに、何なんだよもう! 明らかに連絡の不備じゃん! ジェイムスの奴、今夜は絶対回らないお寿司奢らせてやる、3人分は食べてやる。覚悟しろよ」

 

 

 女性は『ジェイムス』という人物に怒りの声を上げながら、手にこびりついたテラフォーマーの体液を拭い取ったハンカチを床に投げ捨ててから面倒くさそうに歩き始めた。

 

「あー、イライラする! 古賀博士の研究室はどこだーー!!」

 

 

 

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