Counter of the earth   作:坂下 千陰

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第二話 who is she?

「あー、終わったぁ!」

 

 課されたトレーニングプログラムを終了させた与一は、食堂のテーブルに勢いよく突っ伏した。傍らに置かれていたコップの中の水がその振動に軽く揺れる。

 

「駄目だ。全然駄目だ。体力が戻らん。自分で思っている以上に体って鈍ってるもんだねえ、やれやれだよ……」

 

  独り言を言いながらコップの水を飲み干し、更に氷をがりがりと噛み砕きながら思考を巡らせる。

 

  戦力の分析。

 

  それは与一の任務において、重要なファクターを占める。特に、先程行われていた模擬戦闘訓練は貴重な情報を与えてくれた。尤も自分のトレーニングを行いながら盗み見た程度の情報だが。

 

「……それにしても、流石上位ランカーの連中は戦い慣れてんなぁ。まぁ、幹部陣とかは殆ど軍人らしいし戦闘のプロッつっても過言じゃないか。特に、一番気にしないといけないのが、あのドイツの幹部乗組員(オフィサー)か……、確かアドルフとか言ったっけ? 」

 

「そうだよ、アドルフ・ラインハルト」

 

「そうそう、そんな名前……、?」

 

 突然横合いから聞こえた声。それに対して、反射的に与一は答えた。そして一拍の間の後、

 

「はぁ!? お前誰? つーか何で俺の隣にいるんだ!」

 

「うるっさいなぁ、ここは食堂だよ? 私が何処に座ろうと勝手だろ」

 

 その声の主である褐色の少女は、喧しそうに眉を顰めながら与一の方を向いた。ふわりと微かにフルーツのような甘い香りが鼻をくすぐる。

 

「んで? うちの班長がどうかした? 」

 

「いや、別にこっちの話…ん? うちの班長? ……ふぅん、じゃあお前5班か。てことはエヴァのチームメイトって訳だ」

 

 第3次火星開発計画『アネックス計画』の人員は、世界各国から集められた補充兵(クルー)を、更に国ごとに分けた6つの班で構成されている。

 

 即ちーー

 

 日米合同第1班

 

 日米合同第2班

 

 ロシア・北欧第3班

 

 中国・アジア第4班

 

 ドイツ・南米第5班

 

 ヨーロッパ・アフリカ第6班

 

 そして、それぞれの班に選抜された幹部乗組員(オフィサー)が長として就く。

 

  今までとは比べ物にならない大規模な火星開発。そもそも、『手術』や『戦闘』などの不穏な単語(ワード)があるのは何故か。

  第3次と言うからには1次と2次は存在した。そして、そのどれもが失敗に終わった。

 21世紀に始動したこの計画の元に、火星に放たれた2種類の生物、ゴキブリと苔。それから26世紀の現代まで凡そ500年。その間に火星の過酷な環境を要因として、3億年の間その姿を変えなかったゴキブリは異常な進化を遂げた。

 

 人間並みに巨大化し、しかし強固な外皮、瞬発力、生命力など昆虫であった名残りはそのままに。そして、本能的に人間を殺す存在。

 

 通称、《テラフォーマー》

 

  一度目は、ただ虫を捕まえにいく感覚だった。

  二度目は、改造手術までしたが情報が足りなかった。

 

  結果、前者は乗組員全滅。後者は15人中生存者はたったの2人。

 

  ならば、今度こそは。

 

  成功させなければならない。備えを完全に、人類を未知のウイルスから救うために。そのためには、世界が協力する必要がある。故に、今回のミッションは首脳6ヶ国が主導で行われている。

 

  ーー表向きは、だが……

 

「あんた与一だろ、フルネームは黒峰与一だったっけ? エヴァが言ってたよ、新しい日本人の補充兵(クルー)が来たって」

 

「そうだけど、そういうお前は? 俺に何か用事でもあるのか?」

 

  探るような視線を与一は見せる。迂闊だった。先程の独り言を聞かれたくらいでどうにかなるとまでは思わないが知られないに越したことはない。少しでも外部に漏れたら、与一の任務はそれだけで破綻してしまう。それ故の警戒だ。

 

「私はイザベラ、イザベラ・R・レオン。特にこれといって用は無いよ。ただ、エヴァが言ってた日本人ってのがどんな奴か気になっただけ」

 

「ふぅん、それで感想は?」

 

「別に、これと言って普通だね。上から下まで何も変わりばえしない、平凡が服着て歩いてるって感じ」

 

「……はっきりと物を言うタイプだなお前。良いか、日本には本音と建前って言葉がーー」

 

「ただ、」

 

 与一は、何時ぞやのマルコスに対して放ったように日本の『極意』をイザベラに説こうとしたが、当のイザベラはあっさりと断ち切り、

 

「良い眼をしてる。何かを決意して、覚悟をしているようなそんな眼だ。軟弱な日本人にしては今時珍しいね」

 

 与一の肩を叩き、そう言った。

 

「言いたいことはそれだけだよ、じゃあ私はこの後トレーニングがあるから」

 

 イザベラは自分の食器を持つ。そのまま席を立ち、出口の方へ向かって行った。

 

 微かに甘い香りを残して。

 

「イザベラ、ねぇ……」

 

 今回与一が注視すべきはドイツ・南米第5班。火星のテラフォーマーに対抗するための手術『MO手術(モザイクオーガンオペレーション)』を開発した先進国、ドイツが有するチーム。聞いた話によれば、並行して独自の研究も行なっているらしい。

 

 いずれにせよ接触は避けられなかったが、このタイミングでエヴァ以外の班員とコンタクトを取る事になるとは思わなかった。まぁ、外堀は埋めておくに越したことはないが。

 

「この計画には裏切り者がいる可能性がある、だったっけ? 確かにきな臭い話だわ。ドイツ班……、どう動くかによるけど出来れば戦闘は避けたいね……」

 

  与一は、食堂から出て行くイザベラの後ろ姿を視界に入れつつ、静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

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