ーー巨大有人宇宙艦『バグズ3号』改め、『アネックス1号』は1週間後火星へ
世界の科学技術の粋を尽くして造られた『アネックス計画』の要となるこの艦は、現在全機能の最終調整に入っていた。
そして、残り1週間という限られた時間の中で、乗組員達もまた最終調整のため各々のトレーニングに励んでいる。
UーNASA訓練棟地下の一画に設けられた射撃演習場は、長さ20メートル程の横長のテーブルを幾つかの薄い壁で仕切った8つのブースに区切られており、その最も奥、第8ブースに与一はいた。
金属レーンに吊り下げられた、人間の上半身を模した木製のターゲット迄の距離は、目算で30メートル前後。
丁度、弓道に置いての的までの距離と同等だ。
射撃演習場のこのブースだけは、与一本来の訓練に使用されていた。
「すぅ、」
短く息を吸って、止める。全ての感覚を指先に集中させ、目はただ的のみを見据える。本来、『弓道』とは的に正確に矢を射るだけではなく、矢を射る姿勢を含めて得点となるが彼の場合はより実戦向きな『弓術』を得意としているため、重きを置くのは正確さと威力。
ただ、《仕留める》ためだけに放つ。
ひゅんっと鋭く空気を裂く音の後に、木製の的の眉間の部分に風穴が開いた。削れた木屑が宙に舞う。
続けて、二射目は心臓に。
三射、四射と放つに連れて的は原形を留めなくなってきている。ひたすら矢を射る与一は全くの無表情だった。迅速に仕留めろとプログラミングされた銃座のように。その目は冷たく、空虚すら感じさせる程に。
五射、六射で的は上半分が砕けた。七、八、九、十、矢を射ると言うよりも例えるなら砲撃のようだ。命中したそばから豪快な破砕音が上がっている。十一、十二射で的は完全に砕け散った。跡形も無く、下に散らばっているのはその残骸だ。
「くっ、…はぁ、はぁ、はぁ……!」
全ての矢を射尽くすと、与一の表情が戻った。極度の集中状態だったことにより、その息は荒い。呼吸を止めていた時間は凡そ1分弱、それが今の彼が最大戦力を維持できる時間だった。
「ご苦労さん」
「!?」
後ろを振り向いた途端に声をかけられた与一は、咄嗟に弓を握り直した。身体に染み付いた癖はそう簡単には抜けない。当座の人物の顔を見てようやく力を抜いた。
「……小町艦長、何しに来たんですか?」
「あれ、何か冷たい! 遅めの反抗期か? 」
「邪魔しに来たのなら火急的速やかに回れ右して下さい。出口はそのまま真っ直ぐ行って左です。お疲れ様でした」
「ちょ、待って待って! 何でそんなに追い出そうとするの? おじさんのメンタル割ともやしだからね!」
与一の言葉で的確にハートを削られている大柄な中年男性。しかし、着ているスーツの上からでもその鍛え抜かれた筋肉が見て取れ、屈強な肉体はどっしりとした岩を連想させられる。
「まあいいや、ほれ」
小吉は、スーツのポケットから取り出したブラックコーヒーの缶を与一に放る。
「好きだろ、コーヒー。俺の奢りだよ」
「やれやれチョイスが甘いですね、80点」
「何ゆえ!? いつもコーヒー飲んでんじゃん! 」
「俺が好きなのはミルク入りの無糖です」
言いながらもプルタブを起こし、黒い液体を喉に流し込む。弓は脇に掛けていた。
「そう言えばわざわざありがとうございました。こんな特注のブース作ってもらって、まさかここまで来て弓を引けるとは思ってなかったです」
「ああ、別にいいぜそんな事。特注っつったって、あり合わせの部品で作った即席だしな。使い心地はどうだ? 」
「……実家を思い出しました」
静かに呟く。その一言にはどれほどの思いが籠もっているのか。
「悪かった、そんなつもりはなかったんだ」
小吉は、僅かに顔を歪ませる。この青年がどういう経緯でここに行き着いたのか、よく分かっているから分かり過ぎているから、彼には謝ることしか出来ない。
「気にしないで下さい、あれは事故だった。ただ単に運が悪かっただけなんです」
与一は薄く笑う。しかし、小吉は気付いていた。それが彼の精一杯の虚勢であることに。泣いてもいいのに、叫んでもいいのにただ必死に耐えていることに。小吉からすれば目の前の青年は“まだ”19歳なのだ。
「さて、と。それじゃあ俺は休憩取りに行くんでここらで上がります。後、コーヒーどうもでした」
それだけ言うと与一は弓を立て掛け、出口へ向かって歩き出す。ついでにそばにあったゴミ箱へ視線は向けずに手首のスナップをきかせて空き缶を投げ入れた。
性格無比なコントロールは、彼が手にした技術の賜物だ。
与一がドアを開けて出て行くのを見届けてから、小吉は懐からPDAを取り出し、改めて与一のプロフィールを眺め出した。
「……黒峰与一。『黒峰流弓術47代目当主』。確かに彼の
幾つか画面をスクロールさせた後、電源を切ったPDAを再び懐に仕舞う。ふと、先程与一が立て掛けた弓が目に入った。何の気なしに手に取り、矢を射るように弦を引く。否、引こうとした。
「おいおいマジか! 」
小吉の顔が驚愕に染まる。ぎりぎり、と張り詰めた弦は、鍛錬を重ねた小吉が弦を掴んだ状態から腕の筋肉全てを使ってようやく耳元に来る程の張力。とても指だけで引けるような代物ではない。
「あいつ、どんな腕力してんだよ…… 」
小吉の額には、冷や汗が浮かんでいた。