「……別れの挨拶、か」
3日は忽ちのうちに過ぎて行った。今の与一が身に付けているのは7層の合成繊維からなるアンダースーツにプロテクター、白と青を基調としたロングコート。『アネックス1号』の乗組員に支給された制服姿だ。首に下げたドッグタグのチェーンを弄びながら、
「お前はどうなんだ与一?」
ドアを挟んで反対側の壁に同じように寄りかかっていた女性が与一に問い掛けた。
ミッシェル・K・デイヴス。火星探索チーム副長兼日米合同第2班の班長であり、とある事情から『
「そんなもんいないっすよ。寧ろ、俺が一方的に別れを告げられたっつー感じですね」
それは嘘だった。何も好き好んで弱みを見せる必要はない。
「……そうか、私はお前がどんな過去を持って、何故ここにいるのか知らない。どうやら、艦長はある程度知っているようだがな。だから、お前に対して偉そうに言えることなどないが、一つだけ言っておくぞ」
ミッシェルは眼鏡を指で押し上げて、
「自分の過去が、他人を疎外する理由にはならない」
「!?」
与一の目が見開かれる。無意識の内に拳を握り締めた。
「この一ヶ月、お前を見ていて分かったよ。お前はいつも必ずと言っていい程1人で行動していた。食事も、訓練も、休憩を取る時も。誰かと話している時も、心の底から会話を楽しんでいない。壁を作ってんだよお前は。良いか、私達は仲間だ。それに、今回の任務はチームプレーが重要視される。お前が何を思っているのか私は知らない。だが、今のお前は“仲間”を否定している。周りを頼れ、お前には燈やマルコス、アレックス、シーラ、エヴァや艦長、それに私もいる。他にも多くのチームメイトがいるんだ。全てを1人でやり遂げられると思うな」
握り締めた拳を緩ませた与一は、そのままズルズルと尻餅をついた。
見透かされていた。確かに、燈達といるのは楽しかったが心の何処かではそれを否定していた。結局は一人なのだと達観していた。上っ面だけだったのだ。今までに感じたことのない衝撃は、彼の脳髄を貫き心の奥底まで染みて行った。
「すみませんでした、副長……」
「ふっ、別に謝る必要はない。どうやら話は終わったみたいだぞ」
彼女の鋭敏な聴覚は、病室内での会話が聞こえていたようだ。数秒空いてドアから燈が出てきた。
「あん? どうしたんだ与一、床に座り込んでよ」
出てきてすぐに、燈は与一の姿に気付く。
「何でもねーよ、ただあまりの有難い話に腰が抜けただけだ」
「?」
理解を求めて、ミッシェルの方を向いても彼女は曖昧に微笑するだけで何も言わない。
「挨拶は済ませたか燈」
そして、話題を変えるようにミッシェルは燈に話し掛ける。
「……はい」
「厳しいことを言うようだが、あまり希望的観測はするな。ただでさえ過酷な火星の任務だ、無事ウイルスのサンプルが取れたところで研究が成功し、更にワクチンが間に合う保証もない」
改めて告げられた残酷な内容。だが、燈にとってはとうの昔に覚悟していた事だった。
「……分かってます。それでも、俺はーーこの悲しみの元を断つ。そうすればやり直せるかも知れない。
ただ、前を見据える。強い意思が宿ったその瞳に映るのは燃え盛る生命の焰。
カツンカツンと複数の足音が彼らの後ろから近付いてくる。
「そしてそれはーー」
マルコス、アレックス、シーラ、エヴァ、そして与一が燈とミッシェルと共に歩きだした。
「仲間の誰もがそう思っている筈だ」
燈は後ろを見ずに握り拳を挙げる。それが、出陣の合図のようにーー
「何の話?」
マルコスの声に、
「ん?自分なりの勝利宣言じゃねえの? わざわざ格好良い事言おうとするからちょっと引くわ俺」
与一が答える。
「違うわ!!」
ーーーー巨大有人宇宙艦『アネックス1号』
西暦2620年3月4日、地球を発つ。
同日、ワシントンにて。
「そうか、無事発ったか
黒いスーツを着た部下から報告を受けた『アネックス計画』副司令官
「もしもし兄ちゃん? ーーあぁ、
既にある程度の目星は付けている。裏切るとすれば何処か。火星で奴らは必ず動きだすだろう、本来遺伝する筈がないモザイク・オーガンを始めから体に宿した奇跡の子である『
対策は万全とは言えないが人員は配備した。そのために、本来は定員が100人であったところに滑り込ませたのだ。
『アネックス1号』の101人目。同時に、日本独自の計画の先兵。彼は確かに本任務のメインである対テラフォーマーの生け捕りという面には向かない。
だが、ベース生物など抜きにして対人間という面で見るならば彼の技術は最大限に戦果を得ることが出来るだろう。
「頼んだぞ、黒峰与一…………!」
電話を切り、七星は目を閉じる。与一を投入させることを含め、日本とアメリカを合同チームにすること。今の日本が出来る工作は余りにも少ない。
「うぼおえええええええッッ!」
「おーい、大丈夫か? 」
「今、話し……かけるな……、おええええッ!」
件の与一と言えば、そんな七星の思いがあるとも知らずに絶賛宇宙酔い中であったが。