Counter of the earth   作:坂下 千陰

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第七話 stand

 ーー貴方の技術(ちから)必要()る。

 

 黒峰与一宛に、UーNASA日本支局から手紙が届いたのが一週間前の事。そして今日、指定された高級ホテルのレストランに出向いた与一の前に現れた男性は、席に着くやいなやそう言った。

 

「は? 」

 

「まずは挨拶からさせて頂きたい。ーー遠路はるばるご足労頂き申し訳ありません。私は、日本国航空自衛隊三等空佐蛭間七星(ひるましちせい)。与一さん、これから貴方に話す事は重要機密となっているため、他言無用でお願いします」

 

 UーNASAは米国に本部を置く世界有数の宇宙開発機関。そんな所から呼ばれる理由は到底思い当たらない。その上に、自衛隊まで絡んできているとなるとどうにもきな臭いものがあった。

 

「……さて、与一さん。貴方の事は少々調べさせて頂きました。全世界10万人の門下生を抱える武道の名門黒峰家の47代目当主であり、〝東洋の白い死神〟と評された伝説の狙撃兵(スナイパー)黒峰逸人(くろみねいつひと)一等陸佐を父に持つ。自身も、生まれた時から武術、取り分け弓術の英才教育を受け、高校時代は全国大会で幾度も優勝を果たした。その後、防衛大学校に首席で入学したが僅か1年で退学。そしてその理由はーー 」

 

「……もういい」

 

 ぴりぴりとした空気を纏った与一は、七星の言葉を手で遮った。その顔は、不快感を無理やり押し込めたような怜悧な怒りを帯びている。

 

「茨城くんだりまで人を呼びつけ、唐突に貴方の技術(ちから)が要るとか訳の分からない事を言った挙句には、プライバシーを無視した昔話か? 下らない前置きは要らない、とっとと目的を言え」

 

 鋭い目つきで、与一は七星を睨め付けた。気が弱い者なら直ぐにその場から逃げ出しかねないプレッシャーだ。

 

「……分かりました。用件は2つ、1つは先程述べたように貴方の戦闘技術(ちから)が必要であるということ。そして、もう1つ」

 

 その圧力を一身に浴びながらも、七星は眉一つ動かさず淡々と話していく。ここで、一度区切るように間を空け、改めて与一を真っ直ぐ見てから言葉を続けた。

 

「貴方の姉を救えるかも知れません」

 

「!? 」

 

「ここからが機密事項ですが、調べた結果貴方の姉はAE(エイリアンエンジン)ウイルスと呼ばれる火星由来の特殊なDNAウイルスに感染しています。今の状況なら、このウイルスによる致死率は100%。既に、死者も出始めました。地球全土に感染が拡がるのもそう遠い事では無いでしょう。非常に危険な状態である、と言えます」

 

「………………」

 

「もう一度言います、黒峰与一さん。貴方が大学を辞めたのは看病に徹するためでしょう? 我々に協力して頂けるのならば、持てる技術の全てを使ってワクチンが作成されるまで貴方の姉の命を繋ぐ事を約束します。日本(われわれ)には、貴方のような人材が要る」

 

 七星の眼差しは固い覚悟を湛えていた。良くも悪くも日本という国を心底大事に思っているのだろう。

 黒峰与一と蛭間七星。2人の間を数秒の沈黙が支配した。

 

「……約束は守って貰う」

 

 与一の言葉に、七星は揺らぎない声音で応える。

 

「必ず」

 

「……分かった。俺は何をすれば良い? 」

 

「貴方にやって頂きたい事は3つあります」

 

 そう言って、指を1本立てる。

 

「1つ目、ある手術を受けた後火星へ出発()ぶ事。詳しくはまた後日お話ししますが、この時点で既に命を掛けることになります」

 

 そして、2本目の指を伸ばす。

 

「2つ目、我々が独自に選抜した部隊を率いる事。貴方にはその前準備として、火星での先兵になって頂く」

 

 最後の指を立てて、

 

「3つ目、そしてこれが最も重要な内容となります。本計画に置いて、貴方にはーーーー」

 

 全てを話し終わるのを待って、与一は口を開く。

 

「了解した」

 

 たった一言。しかしその一言で充分だった。この計画には、彼の命を掛ける価値がある。

 

 

 

 

 

「あれ? 何でイザベラがここにいんの? 」

 

「それはこっちの台詞だよ。あんた1班の所属だろ? 」

 

「………………」

 

「………………」

 

「ああああああ!! 行くとこ間違ったァァあああああああ!! 」

 

 プランδの発動により、各班分かれての行動へと移ったアネックス艦内。部屋に戻り、必要な物を装備してから急いで戻って来たのだが、一斉に移動する100人近い人間の波に飲まれて気が付いたら隣にイザベラがいた。

 

「どうりで艦長とかマルコスとかがいねえ訳だ!? よし、今からでも遅くない。じゃあ俺は1班に戻るから! 健闘を祈っておく、頑張れ!!」

 

「いやいやちょい待ち。もう出発なんだってば。今から班に戻る時間なんてないよ 」

 

「じゃあどうしろと!? 」

 

「乗ればいいじゃん」

 

「何に? 」

 

「これに」

 

 イザベラは5班の脱出機を親指で指して、さも当たり前のように言った。

 

「無理だろ! つーか、別の班に迷惑はかけらんないし。今からダッシュで戻るよ」

 

「良いって、あんた1人増えたぐらいどってことないよ。あたしと班長で守ってやるから」

 

「……班長って、あそこにいるさっきから冷たい目線で俺をじーっと睨んでいる人? 」

 

「そう、あんたをじーっと睨んでいる人」

 

「心なしか殺意のような物まで感じるんだが」

 

「それは気のせい。うちの班長は優しいから」

 

「…………良いから早く乗れ」

 

 ぼそり、とアドルフは無愛想に呟いた。その声色には諦めが浮かんでいる。口元は、立てたコートの襟で隠れていて表情はよく分からないが、どうやら見た目通りの冷血な人間ではないようだ。

 

「あれ、与一君? 」

 

「よぉエヴァ、さっきぶり。色々あってこの班と行動する事にしたから。事情は聞くな」

 

「要は迷子だよ」

 

「はははっ、黙ってろ」

 

「ーーとっとと席に着け」

 

 アドルフのため息交じりな指示に従い、取り敢えず一番後ろの席に与一は座る。

 ほぼ同時に、格納庫のハッチが開いた。脱出機はこれより6方向へ射出された後、また本艦へ集合となる。

 

 ドウッッ!!

 

 爆音をあげて急加速する脱出機。生じるソニックブームが未だ執念深く外面に張り付いていた無数のテラフォーマーをばらばらに引き裂いた。

 

「う、おおおおおおおォォッッ!! 」

 

 強烈なGに、内臓が潰されるような不快な感覚が与一を襲う。

 

「おおおォォッッ、……おぇっ」

 

 胃の中身がシェイクされ、そろそろリバースしそうになってきた段階で着陸の態勢に入る脱出機。機体の後部からパラシュートが二つ、スピードを殺す為に開かれた。

 がりがりと地面を引っ掻くように、更に1km程進み漸く止まる。

 

「……薬、薬を飲まないと……出る」

 

 与一は呻きながら青い顔でポケットを探り、取り出したプラスチックケースから錠剤を数粒急いで飲み下した。

 

「ふぅ、……この即効性やっぱりすげぇな」

 

「何それ? 」

 

 いつの間にか隣に立っていたイザベラが、ケースを指差して聞く。

 

「ん? 生命線(ライフライン)

 

「ふーん」

 

「……興味無いなら聞くなよ」

 

「いや、ちょっと気になっただけーー」

 

『こちらは、日米合同第2班ミッシェル・K・デイヴス! 各班着陸成功の旨報告せよ! 』

 

 前方の操縦席から、通信音が聞こえる。各班連絡を取り合い、アネックス本艦を目指すのがプランδ。

 5班は戦力面から考えても、早めに他班と合流しておきたいところだ。

 しかし、ここは悪魔の縄張り。

『火星』

 戦を暗示する凶星である。

 

「あー、アドルフ班長? 」

 

「……何だ? 」

 

 外を見た与一はアドルフに話しかけた。アドルフとの最初の会話は、非常に味気ないただの現状報告となる。

 

「ヤツらです」

 

 全方位から、高速脱出機を囲むようににじり寄ってくる無数のテラフォーマー。

 その数凡そ30。

待ち伏せされていたとしか思えないタイミングだった。余りにも動きが速すぎる。

 

「完全に俺らの動きがばれてますね、どうしましょう? 」

 

「イザベラ」

 

「はい」

 

「迎撃するぞ。薬を使()って、俺と一緒に出ろ。非戦闘員は機内に待機、お前は……」

 

 そこで、アドルフは与一に視線を移した。

 

「何かあった時の為に、ここにいろ」

 

 それだけ言い残して、2人は車外に出る。

 

「何かあった時の為、か」

 

 その後ろ姿を眺めながら、与一はポケットの中のケースを指で触れつつ呟いた。

 実質、戦闘要員はあの2人のみ。他の者は不安そうな表情を浮かべてただシートに座っているだけだ。

 その中で、新参者の与一に留守を頼む理由。

 深い意味はないのか、或いはーー

 

「……これ、ばれてるんじゃね? 」

 

 黒峰与一(くろみねよいち)

 

 国籍 日本

 

 20歳 179cm 82kg

 

 MO手術(モザイクオーガンオペレーション) 〝節足動物型〟

 

 ──────地蜘蛛

 

 

『マーズ・ランキング』78位

 

 ドイツ・南米第5班、潜入完了。

 

 

 

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