Counter of the earth   作:坂下 千陰

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今回は、急造により文書が荒いです。


第九話 let's roll

 火星の夜が深まって行く。

 次第に濃くなる闇の中を、5班の脱出機は疾走していた。火星の環境はこの500年間で随分と地球に近付いた。厚い雲に覆われた空からは、少し前から雨が降り出していた。

 そうなるとただでさえ暗い中で、ますます視界は悪くなってしまう。

 

「アドルフさん、もうかなり進みました。今日はここまでにしてそろそろ夜営に徹するべきでは? 」

 

 操縦しているアドルフの後ろに立っていた与一は、そう提案した。一応周りを監視する役目に徹していたのだが、アドルフの特性(のうりょく)の前には殆ど意味がない。脱出機に搭載されているレーダーですら、右に左に移動させた後一瞬遅れて障害物の存在を知らせる程だった。しかしながら、索敵から攻撃まで圧倒的な汎用性と制圧力を誇る彼とて人間だ。体力にも限界がある。それ故の判断だった。

 

「……あぁ、そうだな。最後にもう一回飛んで、適当な所を見つけ次第そこで休息を取る」

 

 雨足が段々と強くなっている。天井を叩く雨粒の音が響く中、与一は奇妙な胸騒ぎを覚えていた。嫌な予感とでも言うのか、生物としての原始的な本能が危機を察しているかのような奥底からくる不安感。

 

 そして、それはーーーー

 

離陸()ぶぞ、全員掴まってろ─── ン!? くそっ、何でだよッ!! 」

 

 最悪な形で的中する事になる。

 

 ギリギリでレーダーが捉えたのは巨大な影。4班が使用していた筈の脱出機。5班の脱出機を目掛けて恐らく人為的に激突してきたものだろう。外面に衝撃が走る。突然の不意打ちにコントロールを失った脱出機は、何とか態勢を立て直そうとしたアドルフの努力も虚しく、そのままのスピードで近くの巨大な穴へと転がり落ちた。

 

「うわァァああああああああああああああ!! 」

 

 交錯する悲鳴。目まぐるしく天地が入れ替わる機内。

 凄まじい勢いのまま、底にぶつかり漸く動きが止まる。

 

 ーー先手を取られた。

 

 与一の思考は瞬時にそこへ行き着いた。

 

「クソが、ここまでダイレクトに来やがるか……!」

 

 こめかみに血管を浮かび上がらせながら、この底へ叩き落とした四班の脱出機を見上げた。

 ポケットのケースを指で探り、薬を取り出す。

 

 あの4班の脱出機を操縦した者が、予想通りだった場合は先手必勝。

 迷わず、殺す。

 予想が外れていた場合は、後手必殺。

 様子を見て、対策を講じる。

 

 バァンッ!!

 

 脱出機に動きがあった。屋根を破り、現れたのは全身が異常に発達した筋肉で覆われた一般的なテラフォーマーよりも一回り巨大なテラフォーマー。両腕には縄が3本ずつ巻きつけられている。

 

 敵は、人間の裏切り者(・・・・・・・)火器を得たゴキブリ(・・・・・・・・・)か。

 

 予想は後者が正しかったようだ。

 

「チッ、……」

 

 だとしても、悠長に構えられる訳では無い。ここは暗い穴の底。逃げ場は潰され、地の利は(ゴキブリ)にある。

 つまり、奴らの次の行動はーーーー

 

 ドン! ドン!

 

 銃声が響き、5班の脱出機に穴が空いた。アドルフは、その特性(のうりょく)により次にどうなるか察知したようだがもう遅い。これで逃げる手段も失った。

 

「……アドルフさん、囲まれました」

 

 与一は、静かにそう言った。何処からともなく現れたテラフォーマーの軍勢が、徐々に包囲網を形作り始めている。その数ざっと見ただけでも凡そ300体。これまでの襲撃とは規模が完全に違う。あれは奴らに取って戦闘ではなく、威力偵察だったのだろう。

 

 つまり、ここからが本番。

 

 外敵を駆逐する為の殲滅戦の始まりだ。

 

「イザベラ、お前のやることは一つで良い。あの危険運転の木偶の坊から脱出機を奪え。与一はその援護だ。あちらのどう考えてもオーバーキルな奴らは俺が相手しよう」

 

「うすっ」

 

「了解」

 

「……反撃()くぞ」

 

 その言葉を合図に三者が動いた。

 迫り来る悪魔の軍勢、迎え討つのはたったの3人。

 単純な数で考えるならば、300対3という圧倒的な不利。物量ではまず敵わない。

 

 だが。

 

 その3人とは『アドルフ・ラインハルト』『イザベラ・R・レオン』そして、『黒峰与一』。ドイツ班が誇る精鋭に、類稀なる戦闘技術を有する後衛。

 

 アドルフが粉末を吸引し、イザベラは首筋に注射器を刺す。

 その身体は、人間の物から別の生物の物へと変化を始めた。

 

『人為変態』

 

 先進国ドイツが完成させたテラフォーマーへの対抗技術。

 人類の英知の結晶が、黒き悪魔共を打ち砕く。

 

「待ってな、良い子で」

 

 不安気なエヴァの頭をくしゃくしゃと掻き回し、イザベラは上を見据える。

 急がなければならない。いくらアドルフが対多数戦に特化した特性(のうりょく)だったとしても万能ではない。少しでも早く、確実に障害を取り去る。

 そんな軽い焦燥に駆られたイザベラの肩を掴む者がいた。

 

「落ち着けよ、冷静に考えろ。奴は、今までのテラフォーマーとは様子が違う。直線的に突っ込んだら()られるぞ」

 

「……分かってるよ」

 

「まずは様子見だ。俺が仕掛ける」

 

 黒峰与一のプロフィール上ベースとなった生物の名は地蜘蛛である。

 確かに、この生物は攻撃的な性格ではない。特筆すべき能力も持たない至って地味な生物であると言えるだろう。

 だとしても、彼は蜘蛛。当然その瞬発力、敏捷性は凄まじく、決して戦闘に向かない物ではない。

 にも関わらず、マーズランキングは78位と下位に設定されているのは何故か。

 

 本来、『MO手術』とは人間の細胞を全く異なる別の生物のそれへと強制的に組み替える技術だ。また、個々の細胞に適合する生物はそれぞれ違う。多種多様な生物をパッチテストのように選別した後、手術は行われる。

 その結果、黒峰与一の細胞に適合するベースは地蜘蛛だったと言う訳だがここである問題が発生した。彼に取って地蜘蛛ですら比較的適合率が高かった(・・・・・・・・・・・)というだけだったのだ。

 

 この突如浮上したトラブルにより、彼の変化していられる時間は極端に短い。

 

 たったの5分。

 

 これを超えると、彼の身体は拒絶反応を起こす。本来の薬の効果時間に関わらず、5分を超えた時点で自らに“中和剤”を打ち、生身の身体に戻らなければならない(・・・・・・・・・・・・・・・・)。5分間だけの蜘蛛の特性。

 

 それ故の78位。

 

 取り出したガム状の薬をがりりと噛み砕いた瞬間から、その姿は変化を始める。

 膨張する筋肉にスーツの袖は破られ、額には複数の目が形作られる。腕にはそれぞれ1本ずつ手首から硬質な刃が生えた。

 

『鋏角』

 

 地蜘蛛のそれは異様に発達しており、時として自らの腹を切り裂いてしまう程に巨大。通称、【サムライグモ】と呼ばれる所以だ。

 すぅっ、と短く鋭い呼吸の後、前を見据える。

 件のゴキブリは、此方の出方を伺うかのようにその場から動こうとしない。

 

「出遅れはしたが、次は地球側(おれたち)のターンだ。行くぞ害虫、5分だけ相手してやるよ」

 

 

 ──────『地に伏せし侍(ジグモ)」、臨戦

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