スタンク素人の娘にはあえて手を出さない説 作:柳亭アンディー
絶対過去補完編くるだろうなあ……と思ってます。てか既にある?
翌日。メイドリーが酒場スペースで朝食をとっているところ、ヒーラが通りがかった。
「おはようございます。メイドリーさん」
「おはようございます、ヒーラさん」
メイドリーの声色は暗い。
「あの、大丈夫ですか? なんだか少し、元気がないように見えますが……」
「いえ、そんなこと。朝が少し弱いだけです」
早く会話を終わらせたいような雰囲気を持って、メイドリーは言う。
「珍しいですね、有翼人種で朝が弱いって。あ、ここに座ってもいいですか?」
「どうぞ」
「メイドリーさん」
「はい?」
「私、昨日、スタンクさんに告白しました」
メイドリーは飲みかけのコーヒーを噴き出した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょ、ゴホッ、エホッ」
水を飲んで喉を落ち着かせる。
「……どこがいいんですか。あのスケベの」
「昨日もちょっと言いましたけど、一番は、女の子を傷つけたくないと思ってる、優しいところです。あと、一緒にいて賑やかで楽しいし、強くて頼りになります」
「昨日も言いましたけど、よく分かりません。私は少なくとも、不快ですから。賑やかだったり、冒険者として優秀なのは分かってますけど」
「ふふ、やっぱり、そうなっちゃいますよね。……あ、メイドリーさんって好きな人はいないんですか?」
「い、いないですよ」
「そうなんですか? 昨日、酒場の様子を見ましたけど、メイドリーさん、男性のお客さんに大人気だったじゃないですか」
「別に好かれることに悪い気持ちを持ったりはしないですけど。でも、なんて言うか、私……そう言うことを考えるのが、嫌いなんです。なんか、汚く見えちゃって。大人の人と話すことが多いからなんとなく分かるんですけど、セットなんですよ。恋愛と、え、えっちなことが。それが、なんか」
「メイドリーさんって……乙女ですね」
「へっ!? な、何言ってるんですか」
「だってそれって、性欲抜きに愛して欲しいってことですよね?」
「そ、そう言うことに……なるのかな……」
「分かりますよ、その気持ち。男の人って、みんなエロいですもんね。私が好きなのか、私の外見が好きなのか、分からなくなる」
「そうそう! そうなんですよ! 所詮身体目当てでしょって思っちゃうと、もー無理なんです!」
「分かる分かる。私も昔……」
そうして女子トークに花が咲く一方。町の外れの森で、男たちもまたトークに花を咲かしていた。
「しかし、スタンクも隅におけねーなあ! あんな綺麗な碧眼銀髪ロング僧侶ちゃんに迫られるなんて!」
「うむ。それもかなりの実力者だな。釣り合いも良いんじゃないか。品性の釣り合いはまったくとれていないがな!」
「るせーよ!」
スタンクをからかうゼルもブルーズも、昨日のスタンクとヒーラの会話を聞いていたわけではない。
スタンクに惚れていることなど、ヒーラを一目見れば分かるのだ。
「やっぱり、そういうことですよね。スタンクさん、ヒーラさんとお付き合いしないんですか?」
あの普段は純なクリムですら、珍しくスタンクに対してからかい気味だ。
「だーっ! うるせえうるせえ! いいからとっとと依頼終わらせてレビューすっぞ!」
「いいじゃねーの。付き合っちゃえば。この活動にも理解あるみてーだし、マジで嫌になったら自分から身を引いてくれるぐらいには聡明そうな娘に見えたぞ?」
「でも、それだとよ……」
スタンクが口籠ると、何か察したようにゼルは笑みを浮かべた。
「やっぱ大人ぶっても30そこらはガキだなー。とっくに割り切ってます、みたいな面しといても、いざ本気で迫られるとそーゆー顔しちまう」
「ぐ……うるせ」
「そんな不安定さが、強さとかに繋がってくることもあるから短命種は面白いんだけどな。……スタンク、信念なんてのは曲げるもんだ。いや、曲げようにもそもそも形がない。時、場所、感情、あらゆる要素が重なって、形のようになった物を信念って名前つけて意味をつけてるだけ。要素が変われば、自然と形も変わる。そこにつける意味も、一定にはならない」
「分かってるつもりだ、んなこと……」
「だったら、俺が何言いたいかも分かるだろ?」
ジジイエルフめ、とスタンクは心の中で悪態をついた。
メイドリーはツタに頼まれて、食材の買い出しで街へ来ていた。隣には、なぜかヒーラもいる。
「お手伝いなんて、良かったのに」
「泊まらせてもらってる立場ですから。できるかぎり、メイドリーさんの助けになりたいんです。それに……最近のスタンクさんの様子も聞きたいですから」
「……そっちが本題なんじゃないですか?」
「そんなこと。メイドリーさんのことも知りたいですから」
「私のこと、ね……」
それも結局スタンクに通じているのでは、とも思いつつ、まあ一人で行くよりは賑やかな分ましか、と思うことにした。
二人は世間話をしながら、商店街の奥へと進んでいく。女将に頼まれた食材は特定の行商人しか扱っていない物で、その行商人は通りの表には出てこない。奥の奥のそのまた奥、人目につかないところで密かに商いをしている。
(だいぶ狭くて暗い感じの道になってきたわね……)
裏路地を女二人で歩く。時折通りすがる種族も、悪魔系、闇属性系が増えてきた印象がある。
「いつもこういう風にメイドリーさんが買いに行ってるんですか?」
ヒーラが聞く。
「はい。でも、この食材を買いに行かされたのは初めてですね。普段は例のバカどもに行かせてました」
「やっぱりそういうことなんですね。メイドリーさん、今日は私がいるので大丈夫ですけど、次からもスタンクさんたちに任せてやってくださいね」
「ああ、ヒーラさんが来てくれたのって、そういう……ありがとうございます。でもいくら治安が悪いと言ったって、私は飛べますし、昼間ですし。別に大丈夫だと思うんですけどね」
「油断しちゃダメですよ。今まですれ違った方の何人かは、本職の方でしたので」
「本職って……スタンクもそうですけど、どうして分かるんですか? やっぱり経験ですか?」
「そうですね。経験の中身を言語化するとすれば……歩き方一つでわかりますよ。どこから攻撃が来ても対応できるような重心の置き方だとか、武器を隠し持っている動きだとか。一流になるとそれさえ隠すようになるので、ほとんど見分けがつかなくなってきますけどね」
「へえ……」(そういえばスタンクも同じようなことを言ってたっけ)
メイドリーは想起する。まだスタンクと出会って間もない時のことだ。
「姉ちゃん、クラーケンチャーハンおねがい!」
「はいはーい!」
食酒亭にふらりと現れた、名前も知らない人間の冒険者。
「どうぞ! クラーケンチャーハンです!」
「ありがとな! お、思ったよりクラーケン部分が多いな」
「みなさんたくさん食べてくれるので、サービスですよ。お口に合うと良いんですけれど」
「いや嬉しい! 気がきくねえ。お姉ちゃん名前なんていうんだい?」
「メイドリーっていいます」
「メイドリーちゃんか。可愛い名前だな! ……おお、うめえ! ここで食う飯と酒は最高だな! そしてメイドリーちゃんも最高の可愛さ!」
好きなだけ飲み食いし、仲間と騒ぎつつ、自分のような店員にも気さくに話しかける。まるで世界を我がものとしているかのような奔放な振る舞いは、メイドリーにとって惹かれるものであった。
「もー、思ってもないでしょー」
「いや、本当に思ってるぜ?」
「ハイハイ、分かりました分かりました」
「あはは、スタンク相手にされてないでやんの」
スタンクの隣に座るハーフリングの若者が笑う。
メイドリーも釣られて笑いながら、厨房へと戻る。
(おにーさん、スタンクって言うんだ)
「おい、姉ちゃん!」
そのとき、スタンクとはまた別の野太い、そして攻撃的な声がメイドリーにかけられた。
「ハイハイ、なんでしょう?」
「このギョーザ一個足りないんだけど」
ハイエナ系獣人の集団だった。
「……あ、本当ですね。申し訳ございません! 今からもう一度焼いてもらいますので!」
「いやいや……もう一度やればいいとでも思ってんの?」
「いえ、そんなことはございません。ギョーザの分のご料金は引かせて頂きますので」
しまった……嫌な絡み方をしてくる客だ。嫌な気持ちを覚えつつ、メイドリーもプロである。反省している素振りを見せつつも、毅然として答える。
「いやいや、それだけじゃ足りないっしょ? 俺ら不愉快に思ってんのよ。そっちのテーブルではヘラヘラしてサービスとかしてさ。こっちは雑に扱って。店員だったらお客様は平等に扱うべきじゃないですかあ? その分の慰謝料は払ってくれねーの?」
「そう思わせてしまったのでしたら、こちらの不手際を謝ります。皆様方にもサービスで餃子を追加致しますので……」
「もういーから早く焼いて来いって。ちゃんと平等にしてくれるかはこれから決めるから」
「……ギョーザ二皿分、お願いしま……」
メイドリーがそう言いかけたところ、ハイエナ獣人の顔に、ばしゃっと水がかけられた。
「おい……お前か」
更に声色に威圧を増させるハイエナ獣人。ゆっくりと立ち上がり、スタンクの前に立つ。スタンクは座っているから、見下ろす状態だ。他のハイエナ獣人たちも、スタンクを取り囲む。
スタンクと同席しているハーフリングと犬系獣人は、我関せずで酒を飲み続けている。
「喧嘩売ってんのか? あ?」
「死にてえのか」
スタンクは彼らの言葉を意に介していないように、クラーケンチャーハンを食べている。
「おい! 聞いてんのか!」
1人が痺れを切らし、椅子を蹴ろうとする。が、スタンクに上体を押され、後頭部からひっくり返った。
「ぐあっ!」
「てめえっ!」
別のハイエナ獣人により向けられた拳は、パシッと掌で掴まれる。そして、握り締められる。
「ぐっ、うっ、おい、はな、はなせ、あ、まじで放してくださいごめんなさい!」
スタンクはぱっと手を放す。
「てめえ……」
スタンクによって攻撃されていない1人は、ショートソードを抜いた。周囲がざわつく。
「へへ……動くなよ……?」
「おう」
「死ねやっ!」
ショートソードが、スタンクの左腕目がけて振るわれる。
「きゃあああああっ!」
悲鳴を上げるメイドリー。
ガキン、と。金属音。
「な、動いてないだろ?」
スタンクはマントの下に隠れていた右腕を出した。その手にはスプーン。
「ほれ」
スタンクは呆気に取られるハイエナ獣人の額にスプーンを投げつけた。
「あっつ」
その衝撃に、ショートソードを持ったハイエナ獣人は倒れた。
「酒場は楽しく過ごす場だ。ちんけなクレーム垂れて空気乱すんじゃねーぞ。分かったらとっとと出てけ。文句があるなら、このスタンク様がいつでも受け付けるぜ」
「く、クソッ!」
「お、おい。確かスタンクって、最近伝説の魔竜を討伐したあの……」
「な、サキュバス店巡りが趣味の最強剣士って、こいつのことか!?」
「す、すみませんでしたッッ!」
ハイエナ獣人たちは頭を下げ、店から逃げ去っていった。
「あ、あの。ありがとうございます!」
礼を言うメイドリー。
「ああいや、それより悪い、スプーン少し傷ついちまった。多めに料金払うから許してくれ」
「そんなの、全然大丈夫ですよ! お怪我はありませんか!?」
「へーきへーき。大したことない奴らだったしな。しかし、空気悪くなっちまったな。よーし、この場にいるやつ全員に、この最強剣士スタンク様からビール一杯オゴリだ!」
盛り上がる食酒亭内。
この時、メイドリーは思った。
なんて素敵な人なのだろうと。
強くて、楽しくて、優しい。
スタンクはこののち、食酒亭の常連となっていくのだが、このファーストコンタクトのイメージが打ち崩されるのに、そう時間はかからなかった。
(あのあと、どうしてスプーンで受け止めたのかって聞いたら、ハイエナ獣人たちの体つきや体捌きで大した腕がないと分かっていたから、舐めプして実力差を見せつけたかった……とかなんとか言ってたっけ。)
メイドリーが思い出に浸っている最中、二人の目指す先から、有翼人種が歩いてきた。種族はハゲタカ系有翼人だろうか。漆黒の毛並みに禍々しさを感じる。できれば関わりたくない……などとメイドリーが考えていると、
「嬢ちゃんたちこんなとこで何してんの?」
と、ハゲタカ有翼人は話しかけてきた。
「あ、えっと……」
突然のことにメイドリーが動揺していると、ヒーラはハゲタカ有翼人からメイドリーを庇うように立ち位置を調整しながら、足を早めた。
「ちょっとちょっと、無視しないでよー」
ハゲタカ有翼人の手がヒーラの肩を掴むが、ヒーラはそれをさり気なく跳ね除ける。
「おいおいおい! 無視すんなって!」
ハゲタカ有翼人は進行方向まで回り込む。
「だめだろ〜? 女の子二人でこんなところに来ちゃあ。悪い奴らに襲われちまうぜ? 俺がガードしてやるよ」
「結構です」
ヒーラはそれだけ言って、通り過ぎようとする。
「待てって」
再度肩を掴もうとしてきた手を、ヒーラは払い除ける。あまりに一瞬のことだったのでよく見えなかったが、何かしらの技を用いたのだろう。ハゲタカ有翼人は驚きの声をあげ、後退した。
「てめ、すかしてんじゃねーよアマがッ!」
「ひッ」
身を竦めるメイドリー。飛べばすぐに逃げられるとタカを括っていたが、同じ有翼人であれば論外。しかも見た目の雰囲気の恐ろしさも伴って、攻撃的な発言、そして急速な接近。怯えぬ道理はなかった。
「待て!」
その時、聞き慣れた声がどこかでした。
「ぐぎゃあっ!?」
バチバチ! と電撃が炸裂する。ハゲタカ有翼人は黒こげになって、煙をあげながら倒れ伏した。
「へ?」
メイドリーが状況を掴めずに目をぱちくりさせていると、すぐそばに剣を持ったスタンクが息を荒げていることに気がついた。
「スタンクさん? どうしたんですか?」
「俺は、メイドリーちゃんとヒーラが二人で悪魔の商人のところに行ったってツタから聞いて……」
「心配してくれていたんですね?」
ヒーラが蠱惑的な笑みを浮かべる。
「……そうなの?」
「当たり前だろ! こんなところ女の子二人で歩くところじゃねえっつの! 多少遅れても俺らにやらせとく仕事なんだよ! くそ、ツタのやつ、帰ったら文句言ってやる」
こんなに焦っているスタンクを見たのは、メイドリーは初めてのことだった。
「でも、問題なく対処できましたよ? 私あれから、さらに強くなったので」
やはり、ヒーラの魔法らしかった。
「そういう問題じゃねえっての! しかも今回はメイドリーちゃんつきだったしな」
「……本当に心配して来てくれたんだ」
「え? いやまあ、確かにそうだが……ああ、もういい、もういい。とっとと用を済ませて帰るぞ」
スタンクはずかずかと目的地の方へ歩き出した。まさか、照れているのだろうか。
「スタンクさん、ありがとうございます。こんなに必死になって来て頂いて……嬉しいです」
「あー、お前にはほんと調子狂わされるな……」
メイドリーの中で、スタンクの姿が、初めて会った時のものと重なる。
「……あ、りがと……」
すっかり彼に対して言わなくなった言葉を、久しぶりに絞り出す。
「ん?」
「ひ、ヒーラさんありがとうございます! 助かりました!」
「ふふ、どういたしまして」
……あれ。
「まったく、俺はくたびれ損だよ」
「……ま、一応来てくれたんだし、あんたにもお礼言っといてあげる」
「どーいたしまして。メイドリー、危なさが分かったと思うからもうここには二度と来るなよ?」
「わ、分かってるわよ……」
……おかしいな。
「でもま、無事で良かった」
「っ」
おかしい。
おかしいおかしいおかしい。
ぐっと胸を押さえる。
(なんでこんなにドキドキするわけ!?)
その原因は先ほど経験した恐怖でないことだけは確かだった。苦しい。けれどその真ん中には甘みのある心地。
それは初めて会った時と似ていてるが、それよりももっと震度の大きな揺れで。
(っあ、やばい!?)
びくん、と羽が震える。「あれ」が来てしまった。しかもかつてないほど急激に、我慢できないほどに。
たまらずに、座り込む。
「メイドリー!?」
「メイドリーさん!?」
涙目で、二人を見上げる。
こんなの、絶対に、おかしい。