───グラウンドβ
「で、マジでまったく知らねぇんか、キチガイ女の『個性』」
「俺が一緒にいた時は、個性の話は出なかったな」
「ケッ、使えねぇ」
舌打ちする爆豪をスルーして、俺は目の前の建物を見上げる。
1戦目のステージは、雄英の校舎に似たH型のビルだった。5階建ての2つの棟を、3階部分で空中回廊が繋いでいる。回廊は上半分が全面ガラス張り、棟には小窓が付いているので、3階以上から覗けば回廊の中も見えるだろう。
訓練前に先生から渡されたアイテムは2つ。
インカムの音声は、相棒以外にモニタールームにも届く仕組みで、観戦している先生たちにも会話が聞こえるようになっている。
「Dチームも、二手に分かれてると思うか?」
「順当にいきゃあな。俺らより時間があるとはいえ、このビルを15分で探し尽くすにゃ、ひっついてる訳にはいかねぇだろが」
「だよな」
今回のクリア条件の場合、1番理想的な手は敵を速攻で行動不能にし、強襲の可能性を消してから探索することだ。
1年の頃と同じように
まず、この小型ポーチ。複数入れる想定でこのサイズということは、対象自体はせいぜい掌大。そんな小さなもの、隠し場所ごと氷に埋もれちまう。しかも『繊細なもの』だから、紙や液体のような温度変化に弱い可能性もある。
さらにこのビル。見たまま、相棒と入り口で分かれると合流が3階でしかできない。相手の出方が分からない以上、単独行動は避けたいが、爆豪が言った通りこの広さを10分前後で探すには別行動が必要だ。それは相手も同じだろうが。
オーソドックスだが、二手に分かれて棟を1階から探索し、インカムで密に連絡を取り合いながら、途中で異常があれば回廊で合流する、スピード重視の作戦を立てた。下の階は機密物を先に見つけられているかもしれないが、サイズ的に見落としがないこともない。
たとえ戦闘になっても、お互い滅多なことがなければ単独で対処できるが故の作戦だが、気がかりなのは交埜の『個性』だった。
「さっき手を握ってみた感じ、鍛えちゃいるが緑谷や砂藤みたいな身体強化タイプの個性じゃねぇと思う」
「ポニテやB組のサイドテールみてぇな身体から出したり変化させるものでもねぇな。ヒーロースーツが邪魔になる。近くで見た分だと、防刃防弾の素材に似てやがった」
「あのゴーグルが補助アイテムっぽいよな。相澤先生みたいな目の個性か?」
「可能性はあるが、見てなきゃ発動しねぇもんなら、物陰で躱すなり爆破や氷で壁作るなりすりゃいい」
問題は、発動すればこちらが手を出せなくなる個性や、初見殺しのような個性の場合。
敵連合の黒霧や死柄木、あとは麗日の無重力がこれだ。
「キチガイ女が『触れたら終わり』のタイプなら、必ず接近戦に持ち込もうとしてくんだろ」
「なら交埜と遭遇しても、最初は近寄らずに様子見だな。近づこうとしてくるなら、距離とったまま迎撃か。ワープみてぇな移動系の個性ならどうする?」
「…………クソ連合のモヤみてぇに、弱点や発動条件があんだろ。発動させる前にぶっ殺すか、できなそうなら距離とって情報探っとけ」
もうすぐDチームが侵入して5分経つ。俺たちは推測をやめた。あまり身構えすぎても、いざという時フラットに対応できない。
別棟に向かう爆豪をちらりと見る。正直、得体の知れない相手がいるから、アイツが相棒で良かったと思う。個人的な賭けには巻きこむなとも思うが。
『敵チームが侵入して5分経ったよ。ヒーローチームも動いてくれ!』
インカムからオールマイトの声が流れる。
「行くぞ、爆心地」
『ハッ、ヘマすんじゃねぇぞ、ショート』
遠目に目配せし合い、入り口をくぐった。
◇◇◇
異変は、わりとすぐに発見した。
「爆心地」
『なんだ』
「お前の方、エレベーターの横の壁、壊されてねぇか?」
『ちょい待て。……あった。ここだけ崩れてんな。割れ方からして、耳の技だろ』
1階部分は、病院やオフィスビルによくあるような受付ホールだった。待ち合い用の長椅子と窓口以外にめぼしいものはなく、奥にエレベーターと階段がある。
その一部の壁面が、真新しく砕かれていた。
「多分ここ、フロアの案内図があったんだと思う」
『ハッ、情報工作と妨害かよ。抜かりねぇな』
制限時間が少ない中、できれば建物内の構造を把握したかったが、それを許してくれるほど相手は甘くないらしい。
仕方ないと割り切って、階段を上り(エレベーターはトラップがあるかもしれないので使わない)2階の探索を始める。探しながら周りに意識を向けるが、まだ物音一つしない。
ほどなくして、目的のものはあっけなく見つかった。
「……爆心地、機密物あったぞ」
『あ゛!?本物だろうな?』
「ああ……なるほど、目印か。分かりやすい」
名刺ケースぐらいの四角い物体だ。黒いビニールで密封されたそこには、『機密物!』という文字が書かれ、デカデカとオールマイトの顔シールが貼られている。持つと意外に重い。なんとなく緑谷が欲しがりそうだなと思った。
慎重にポーチへ入れながら、発見した部屋をぐるりと見渡す。
なにかのオフィスを模しているんだろうか、デスクが十数卓とロッカーがあるだけだ。機密物は鍵付きの棚に入っていた。
「…………?」
一瞬モヤッとした気分になるが、正体をつかむ前に消えてしまう。
『2階完了。次行く』
相棒の声に我に返る。与えられた時間は多くない。危険な感じはしないので、とりあえず探索を続行する。
2人とも3階まで探し終えたところで、先ほどの違和感の正体が分かった。
『…………不自然だな』
「やっぱりお前もそう思うか」
『ああ。
3階までで発見した機密物は、爆豪が1つ、俺が2つ。
そのどれもが、分かりにくいが頑張って探せば見つけられるような場所に隠されていた。フロアの案内図をご丁寧に砕いていくほど慎重な相手が、3回も取りこぼすことなどあるだろうか。まして、敵の1人は探索が得意な耳郎なのだ。
『トラップでも仕掛けてんのかと思ったが……そもそも探した形跡がねぇ』
「こっちもだ。短時間で次に行くなら、引き出しとかロッカーは開けたままにしとけばいいのに、全部閉じられてた」
この訓練のクリア条件は、『タイムアップ時にすべての機密物を持っている』こと。ということは。
『端から、俺たちが集めたもんを奪うつもりだってかぁ……!?舐めてんなぁオイ!!』
「落ち着け。まぁでも、多分そうだろうな」
正直俺もイラッとしないこともないが、爆豪がキレまくっているので、逆に冷静になれた。
敵の2人だって、俺たちの戦闘力を知らないわけじゃない。正面突破はまずない。そんなことができるなら、俺たちが突入した時点で潰しておけばいい。そうせずに泳がせたのなら、後から確実に対象を奪える作戦───それができる交埜の『個性』があるんだろう。
「こういう時に有利な個性なら、念力か拘束系か?もし洗脳系だったら厄介だな」
『俺はてめぇでも容赦なくブチのめす』
「先に言っておくが、俺もお前が洗脳されたら手加減できねぇぞ」
『俺がそんなヘマするかボケ!洗脳にも条件があんだろ』
「心操は、あいつの言葉に応じるのが条件だったよな。とりあえず交埜に会ってもしゃべらなきゃいいか」
『……接触と有効範囲もあるかもしんねぇ。見つけても近づくんじゃねぇぞ』
「分かった」
回廊で合流するべきかと思ったが、集まったところを一網打尽にされる可能性があるので、そのまま探索を続けることにした。
4階の資料室らしき部屋に入ると、一目で今までと違うことが分かった。棚の扉や引き出しが開けっ放しになっている。やはり下の階はわざと探さなかったのだろう。念のため見ていくと、奥の保管庫に、何かが入っていた形跡があった。
もうここに機密物はないだろう。部屋を出て、インカムで相棒に状況を伝えた。あっちも同じ様子らしい。
警戒しながら歩いていると、
「は?」
現状を把握しようと、反射的に振り向いて。
衝撃に痛みを感じる前に、何も分からなくなった。
◇◇◇
『は?』
突然マヌケな声をあげた野郎に尋ねるより早く、バシッと重く湿った音が聞こえた。
組手でよく聞く、肉を肉でぶっ叩いた、つまり打撃音だ。
「ショート!?」
返事はない。
探索の手を止め、静かなインカムの向こう側に意識を集中する。ずり、と引きずるような音が聞こえた気がしたが、すぐにそんなこと頭からふっとんだ。
『───
反射的に怒鳴りそうになったのを、寸前で殺す。言うまでもない。俺の神経を逆撫でする、あのキチガイ女の声だった。
『皆に教えてもらいましたけど、バクシンチって、
訓練前と変わらない明るい声が薄気味悪い。
気絶させられたのかどうかは分からねぇが、この女の個性で轟は無力化されたんだろう。俺には劣るが、あの野郎は反射神経も頭のキレも悪くねぇ。それなのに遅れをとったってことは、アイツを一瞬で混乱させる何かをしたはずだ。
『黙ってちゃ寂しいですよ。せっかくですから、何かお話ししましょう?最近あった良いこと?好きなヒーロー?それとも、』
『私の個性について?』
ぐっと奥歯を噛みしめる。こっちの心理を分かってて言ってやがる。最高にイラつくが、確かに今何よりも欲しい情報だった。だが俺から声は出さねぇ。
『もしかして、声が個性の発動条件かもって思ってます?操るタイプの個性に多いですもんね』
大丈夫、と軽い調子でキチガイ女が続ける。
『私の個性は、洗脳や支配系じゃないです。会話が条件でもありません。欺くことは好きですが、嘘をつくのは嫌いなので本当ですよ。まぁ簡単に信じてもらえるとは思いませんが』
……普通、欺くことが好きな奴に安心なんてできるはずもねぇが、嘘じゃねぇというのは直感的に分かった。経験上、そういう勘がはずれたことはない。
「…………なら答えろ。てめぇの個性は何だ」
『Oh、信じてくれるんですか?……さすがに正解は教えられませんけど、どっちかと言えば後衛タイプですね』
「幻惑系か?」
『いいえ』
「念力または拘束系か?」
『どちらでもありません』
部屋から廊下に出る。
話し始めてから、インカムの向こうで動く気配はない。4階の窓から外を覗く。50mほどの空中回廊に人影は見えなかった。
「てめぇと耳……イヤホン=ジャックは、今同じ棟にいるか」
『いいえ』
「てめぇらは、いくつ機密物を持ってる?」
『ショートが持っていた分も含めて、6つですね』
「そうかよ!」
その言葉と同時に、爆破で一気に廊下を走り抜ける。
俺が持っている機密物は1つ。つまりコイツらが持っているもんを奪えればコンプリート。いちいち室内を探さずに済むし、時間があまりねぇから逆に好都合だ。
ここまで誰にも会わなかった。階段とエレベーターはフロアの片側のみだから、入れ違いは不可。キチガイ女は轟と一緒。となると、この先には耳がいるはずだ。
階段を瞬く間に駆け上がる。
「速いですね、バクシンチ。もう質問はいいんですか?」