最上階は、おそらくキチガイ女がやったのだろう、デスクやらイスやら邪魔くせぇ物が廊下に散乱していた。
その中で悠然と立つアイツを鼻で笑って、質問?と吐き捨てる。
「動揺するとでも思ってたんか?脳内花畑女。移動系だろ、無限に使えねぇような条件付きの。あとは直接ブチのめして吐かせてやるよ」
「あら、もう大体割れてるんですね。さすが雄英生と言うべきでしょうか?」
「抜かせクソキチガイが……」
このインカムは音をよく拾う。轟とは奇襲直前まで状況を伝え合っていたから、なおさらインカムの向こうに意識を向けていた。
なのに野郎が声を上げるまで、妙な音も聞こえず、特に異常を感じなかった。だからセメントスみてぇに、場所そのものを変化させるもんじゃねぇ。
後衛向きで、幻惑・念力・拘束系でない。だが一瞬だけ確実に轟の対応力を上回る力と言ったら、移動系の可能性が1番高かった。前触れもなく別の場所に飛ばされたら、プロヒーローだって動き出すのにタイムラグができる。
チートみてぇな個性だが、発動にはそれなりの条件があるはずだ。でなきゃ俺も轟も、そもそもビルに入れねぇか身動きとれねぇようにさせられてるはずだ。ワープか何かで移動に時間がかからねぇなら、リスク背負って俺たちに機密物を集めさせる理由もない。
別棟にいる轟を倒したのにこっちにいるってことは、自分自身を移動できるのは確実。
機密物を奪うにしろ、あの気絶野郎を叩き起こしに行くにしろ、まずはコイツをぶっ殺すか個性の発動条件を見つけなきゃならねぇ。
「本当に凄いなぁと思ってますよ?予想通り私たちが探さなかった分の機密物も持ってきてくれましたし」
そう言いながら、キチガイ女は左腰に付けている、2つの保管ポーチを見せる。1つは轟から奪ったやつだろう。ご丁寧にオールマイトシールを隙間からチラ見せしてきやがった。
そろそろ仕掛けるために、挑発に乗ってやることにする。
「マジで舐めてんなぁ……?その余裕ヅラ引っぺがしてやるよ」
「あはは、本当ですか?じゃあ」
すい、と自然な動きで、キチガイ女がゴーグルをかけ、すぐ傍にあったデスクに手をつく。
「スタートで」
次の瞬間、デスクが消えた。
同時に周りが陰る。反射的に頭上へ爆破。デスクの破片が落ちてくるが無視して走る……鼻先に、間髪入れず蛍光灯をブン投げてきやがった。
左手で振り払ったが一瞬意識が逸れた。バックステップで下がったアイツが触れたイスとデスクが消える。もう一度頭上に爆破し、奴を追走、さらに一発喰らわせようとして───その近くに倒れる紅白頭を発見し、目を見開いた。
なんでここにいんだてめぇ!
このゴチャゴチャした物のせいで見えなかったのかよ!
とっさに爆破を
ワッと声を上げた奴を走る勢いのまま殴り抜こうとしたが、ウィービングで沈むように躱された。腕を振り抜いた勢いで反転、即座に後ろへ追爆するが、わずかに遅く、距離が開く。
牽制の意味でも爆破を続けながら、倒れたままの轟の状態をざっと確認する。
偽物かと思ったが、どうやら本物の半分野郎のようだ。大きな傷は特にねぇ。本当に気絶しているだけらしい。いっそ健やかなぐらいの面が腹立つ。
だが、なぜキチガイ女がコイツまでここに連れてきたのかが分からねぇ。人質のつもりだったのか?
爆破を一旦止めて様子を見る。アイツの周りには、武器になりそうなデケェ物は特にない。奴もこちらの様子をうかがっているようだ。
さっきの動きから見て、触れたものを瞬間移動するのか。
キチガイ女から目を離さないまま、気絶野郎を背に庇いつつ叫ぶ。
「起きろやクソ舐めプ野郎!!こんなとこでなに呑気に寝てんだ、ぶっ殺すぞ!!!」
───瞬間、目の前のキチガイ女が、
視覚情報を頭が理解するより先に、後ろから右腕を引っ張られる。さらに踏ん張った足を払われ、下方にバランスを崩す。必然低くなった首に肩車をするように足が絡み、自重で前転した身体を背中から床に叩きつけられ、
ボギッ、
「ッガ、あ゛ぁぁア、ア゛ア゛!!!??」
左手は奴の右足で押さえられ、左足で首に絞め技をかけられるが、根性で右掌から爆破。それを読んでいたのか、火力が上がる前にあっさり放される。また距離を取ったアイツを睨みながら、右腕に触れる。
完全に折れていた。
「何が後衛だクソが!バリバリ前衛じゃねーか!!」
「やだなぁ、『個性は何だ』って聞いたのは
いけしゃあしゃあと抜かすクソキチガイに、頭の血管がブチ切れそうになる。
だが、ようやく奴の『個性』が分かった。
「『交換』か……!」
「
思わず舌打ちする。最初に蛍光灯をブン投げられたところで気づくべきだった。さっきのイスやデスクは、天井に設置してあったそれと交換したのだ。
「まぁでも、確かに紛らわしかったですね。お詫びにもう少し教えましょう。私の個性は『
そう言ってキチガイ女は、顔の前に人差し指を立てた。
「1つ目。交換できる対象は、無生物と無生物、もしくは生物と生物に限ります。無生物と生物はできません」
中指が立つ。
「2つ目。生物を交換する時は、対象に前もって触れておかなければいけません。自分以外に、1番最近右手と左手で触れた2人までが上限です。一定時間内であれば、触れた対象が視認できない距離にいても交換できます」
薬指がゆっくり持ち上がる。
「3つ目。無生物は、視認できるものしか交換できません」
その代わり、と足元に落ちていたデスクの破片を拾って、奴が俺を見る。
「視認さえできれば、触れなくても交換できます」
突然腰から重みが消え、同時にアイツの手の中にポーチが現れる。言わずもがな、俺の保管ポーチだ。交換されたデスクの破片が、足元に落ちてぶつかる音が響く。
「さて、そろそろタイムアップですが……どうしましょうか?」
機密物はすべて敵の手の中。相棒は行動不能。
誰が見ても詰みの状況だろう───普通であれば。
ここにいるのは、爆豪勝己である。
「…………なるほどなぁ。最初にわざわざ触る動作を見せやがったのはブラフで、そのご丁寧に長ったらしい解説も、時間稼ぎの1つってか」
「ふふふ、分かってて付き合ってくれるところも好きですよ」
「……ところでよぉ」
膝をついていた体勢をゆるめ、ゆっくりと立ち上がる。決して眼前の敵にバレないように、さりげなく左の籠手を確認しながら。
そして、こちらを見つめる女に、口角を上げて教えてやる。
「てめぇが俺から獲ったソレは、
次の瞬間、ポーチの中に仕込んでいた手榴弾が爆発するのと同時に、右の爆破のみで飛ぶ。折れていても、直進するだけなら手首だけ動けば十分。
寸前でポーチを手放したが、余波を食らってバランスを崩したアイツの顔面めがけて、左掌を振りかぶった。
BOOOM!!!
「…………チッ」
「……あっ、ぶないですね。今のはヒヤッとしました」
左手に残ったゴーグルの残骸を投げ捨てる。
直撃ギリギリで、とっさに俺と位置を交換しやがった。だが無傷じゃねぇ。クラスの連中が騒いでいた顔は煤けて、頬や鼻に擦り傷ができている。隠れていた金色の眼に、ほんの少し焦燥を浮かべているのが、心底愉快だった。
「移動系の個性っつー予想してて、何も対策してねぇ訳ねぇだろ、バァァァアカ!!」
「上がってくるのが速かったんで、そんな時間なかったと思ってましたが……どこかに隠し直しましたか」
「ハッ、さぁて、どこだろうなぁ?」
「……だそうです、イヤホン=ジャック。すみませんが探索はお任せします」
この場に唯一いない耳に、キチガイ女が指示を出す。俺が隠した機密物を見つけなければ、コイツらはクリアできない。条件は俺たちも一緒だが、当然俺は隠し場所を知っている。キチガイ女のポーチを速攻で奪い、最後の機密物を探しにくる耳からも奪えば、ヒーローチームの逆転勝ちだ。
「てめぇの個性も割れてんだ。秒でノしてやる」
「……気力と機動力を潰すために、利き腕折ったはずなんですけど……痛くないんですか?」
心底不思議そうな顔をする奴に、さっき以上に口角を上げてやる。
痛ぇに決まってる。爆破の衝撃がモロに骨に響いて、内側から焼きごてを当てられてるみてぇだ。
だがな。
「───俺は、オールマイトを超えるヒーローになるんだよ」
だから
「たかが腕1本!折ったくらいで!!」
どんなに劣勢でも
「この俺に、勝った気になってんじゃねぇ!!!」
最後まで倒れねぇ!!!
「…………!」
目を見開いたアイツの表情が、変わる。
「……失礼しました、
ヘラヘラした愛想笑いじゃねぇ。
獲物を前にした猛禽類の、獰猛な笑みだ。
「このトレーディ、最後まで全力でお相手しましょう」
フラットに、だがこれまで以上に隙なく構えた好敵手が、クイ、と指を動かした。
「Come on, HERO. 」
爆破で正面から加速。
受け流そうとするトレーディの目の前で下に爆破。衝突寸前で奴を飛び越え、背後に着地。そのまま低く鳩尾を殴ろうとするが、ハンドスプリングで躱され、後ろ足で腕を蹴り上げられる。
その姿勢から、横顔目がけて飛んできた蹴りをスウェーで躱しつつ爆破。トレーディはまたハンドスプリングで回避しながら、何かを投げつけてきた。
思わず反射で打ち払うと、ボールのようなそれがパン、と破裂する。中から飛び散ったのは無数の……ビー玉?
「『
その瞬間、俺に降り注いだビー玉が、フロア内に散乱していたデスクやイス、ロッカー……その他のガラクタに入れ替わった。
「ぐ、っ!!!!!」
ゼロ距離で放たれたそれに容赦なく身体を打たれるが、
「やれ!!!」
間髪入れず、伏した轟の傍に着地したトレーディの下半身が、床面に凍結され、突出した氷がインカムを弾き飛ばす。
驚愕の表情で轟を見下ろすアイツから、俺への意識がわずかに逸れる。それで十分。
左の籠手に貯めていた汗を圧縮───放出。
瞬きより速く、ガラクタの山を振り切って飛んだ。すれ違いざま、保管ポーチをもぎ取ると、瞬時に俺とトレーディの間に天井まで埋め尽くす氷壁ができあがる。
「行け爆心地!」
「当たり前だ寝坊野郎!!」
壁の向こうから背に投げられた声に吠え返して、発射の勢いのまま階段の壁を蹴り、下のフロアへ。
4階の廊下、俺が最後に入った部屋の前───いた。
「イヤホン=ジャック!!!」
「!!」
耳の手には、最後の機密物があった。驚きはしねぇ。索敵・探索が得意なコイツなら、とっさの隠し場所を探し当てるなんざ、朝飯前だろう。
だから最後まで容赦しねぇ。
絶対に、獲る。
右で爆速ターボ。激痛が走るが、それだけだ。
左手を耳に伸ばす。
絶対に
「勝ぁぁぁぁぁつ!!!!!」