戦闘訓練、決着。そして舞台の裏側です。
「イヤホン=ジャック!!!」
「!!」
その声が聞こえた時、タイムアップまで、すでに10秒を切っていた。あと数秒、たった数秒保てばいい。でもあの爆豪を相手にして、そのわずかな時間も守りきれるとは、正直思えなかった。
時間がやけにゆっくり感じられる中、唐突に、訓練開始前のことがよぎった。
───私ばかり危険すぎる?……まぁ、ボコボコにされるかもしれませんね、確かに。
この作戦の発案者であるレアから、彼女の『役割』を話された時のこと。
それが適任であると理解していても、1人で爆豪と轟を相手取ってもらうことに後ろめたさを感じていたウチに、彼女は軽く笑って言った。
───キョウカは、自分だけ安全圏にいるような気持ちかもしれませんが、実際は逆なんですよ。
爆豪の右掌から、火花がほとばしる。
───仲間に任せて自分が最後に残るということは、裏を返せば、敵がそれを突破してきた時に、必ず1人で戦わなければいけないということです。
腕が折れていると思えないくらいのスピードで、爆豪が飛ぶ。
───私は、キョウカがいると分かっているから、思いっきり動けます。だからギリギリまで、私があの2人の相手をします。……それでも突破されたら。そこからがキョウカの本番です。
「勝ぁぁぁぁぁつ!!!!!」
───私たちは、あの2人より弱いかもしれません。でもそれは、勝つのに
打撲痕と血が滲んだ左腕が、ウチへ伸びる。
───最後の砦は任せましたよ、イヤホン=ジャック。
これで負けたら、あの子にあわせる顔がないでしょうが!!!
固まった頭を急速フル回転。
ここまで繰り返し考えた、爆豪の戦闘力、ウチの手札、訓練のルールとクリア条件を反復する。
迎え撃つには火力負け。障壁にできる物も手近にない。身を挺して守りを固めても、爆破で吹っ飛ばされる。
攻めても守っても勝てないなら。
目の前に迫った手を、崩れ落ちるように床に伏せて、ギリギリ避ける。すぐ傍で、次手で仕留めようと、爆豪が手足を振り上げる気配。でも顔は上げない。そのまま右手の甲を床に押しつける。唯一攻撃性のある、ウチの必殺技。
最大限に増幅した音を、飛ばす。
「『ハートビートファズ』!!」
直線に向けた衝撃波は、
そのまま、最後の機密物を懐に抱きこんで、身を投げた。
「あ゛ぁ゛!?」
ブォン、と空振りする音と、爆豪の驚いたような叫び声が遠くなる。
歪に開いたトンネルは、A組の中で小柄なウチでも、身を縮めないと通れないくらいの大きさしかない。突き出たコンクリートや鉄筋に身体がぶつかる。
機密物を庇うような体勢で落ちたせいで、きれいに着地はできなかったけど、勢いのまま転がって衝撃を受け流す。あちこち痛い、でもあのトンネルの小ささなら、爆豪もすぐには通れないはず……!
階段に向かって走り出そうとした瞬間、目の前の天井が轟音を立てて崩れ落ちた。
「逃がすかぁ!!!」
爆豪が、同じように爆破で上のフロアの床をブチ抜いたのだ。ただ追ってくるのではなく、ウチの逃走経路を潰すように。
無慈悲に手が伸びてくる。少しでも距離を開けようとのけ反ったせいで、尻餅をついた。あと数センチで捕まる、その時───
BEEEEEEEE!!!
『TIME UP ! そこまで!!』
館内のスピーカーから、けたたましいベルの音とオールマイトの声がした。
◇◇◇
訓練終了の合図に、動きを急停止する。
目の前の耳を、苦々しい気持ちで見下ろした。俺の腰にはキチガイ女から獲ったポーチ。耳は少なくとも、俺が隠していた機密物を持っている。
「ちっ……引き分けかよクソが…………」
そう舌打ちした俺を、へたりこんだ耳がゆっくりと見上げて───ニヤリと笑った。
笑みの意味が読めず、思わず怪訝な顔になる。
「……なに笑っとんだ」
「…………本当に引き分けかな?」
「あ゛?なに言って……」
猛烈に嫌な予感がした。
痛む腕を無視して、腰に引っかけていたポーチを引きちぎる勢いで開ける。
中に入っていたのは機密物……くらいの、コンクリート片。
1つだけ、黒いテープでコーティングされ、本物に貼られていたオールマイトシールを貼り直されているものがあった。
ゆっくり耳に視線を戻す。耳が手に持っていた機密物を床に置いて、自分のポーチを開ける。
1つだけシールが貼られていないが、本物の残り6つがそろっていた。
───本当に凄いなぁと思ってますよ?予想通り私たちが探さなかった分の機密物も持ってきてくれましたし。
つまり。
キチガイ女の最初の会話も、戦闘前にわざわざポーチの中身をチラ見せしてきやがったのも、奴が機密物を持っていると思わせるブラフで。
そもそもキチガイ女との戦闘自体が、機密物を全部持った耳から俺たちをギリギリまで引き剥がす作戦の内だった、と。
ブルブル身体を震わせる俺に、担任の声が降ってくる。
『というわけで……1戦目は、敵チームの勝ちだ』
「~~~っ、クッソがぁぁぁぁぁああ!!!!!!」
◇◇◇
相澤先生の指示で轟くんとかっちゃんが保健室に連れていかれるのを尻目に、モニタールームは熱狂していた。
「おいおいおい、耳郎とレアちゃん勝っちまったぜ!」
「正直、轟と爆豪相手じゃ逃げるのもキツいと思ってたけど……」
「Dチームが上手く策に嵌めていったわね」
上鳴くんたちの言う通り、正直僕たちのほとんどがAチームの勝利を予想していた。まさかのどんでん返しに、皆驚きを隠せないでいる。
「レアちゃんの『交換』もすごいなぁ……。瞬間移動みたいなこともできるんや」
はぁ~、と麗日さんが隣で感嘆している。頷いて、でも、と僕は続ける。
「1番すごいのは、普通なら「やるはずがない」「あり得ない」って考える裏をかいて、最後まで目的を悟らせなかったことだと思う」
───約15分前 敵チーム侵入直後
『それではイヤホン=ジャック、作戦通りに』
『了解』
そうインカムで連絡を取り合いながら、Dチームは二手に分かれて棟に入った。1階は受付ホールのようで、2人は特に探索することなく階段へと向かう。
エレベーターの前を通った時、耳郎さんが交埜さんに話しかける。
『トレーディ、エレベーターのとこにフロアの案内図がある』
『こちらもありました。……あの2人に構造を把握されると、予定より早く上がってこられるかもしれないので、壊しておきましょうか』
『そうだね。ウチは音で砕けるけど、そっちは自力で壊せる?』
『いえ、難しいですね。イヤホン=ジャック、
『OK』
耳郎さん側の案内図を壊した後、2人の位置が入れ替わった。それを見たモニタールームでは、驚きの声が上がる。
「なに今の!レアちゃんの個性?」
「瞬間移動か?」
「いや、交埜くんはさっき『交換する』と言っていたから、『入れ替える』個性ではないか?」
僕たちが話し合っている間に2人はもう1つの案内図も砕き、どんどん階を上がっていく。
なぜか2階と3階はスルーして、4階から部屋を物色し始めた。
「2階と3階は探さないのか?」
「確かに機密性の高いものは、上階で管理するのが一般的ですが……下の階に機密物が無いとは限りませんわ」
「可能性の高い所から探そうってことかも」
ステージになったビルは、1つのフロアに部屋が2~3室あった。短時間に1人で探し回るのは大変そうだけど、2人ともこういうのが得意なのか、隠せそうな場所を絞って素早く機密物を見つけていく。
『こちらでは、2つ機密物を発見しました。そちらは?』
『ウチも2つ。それほど難しくない隠し方だったし、探し漏れはないはず。残りは下3階のどっかだと思う』
『そうですね。そろそろヒーローチームが突入してきますから、準備しましょう』
そう伝え合うと、2人は窓からそっと外の様子を伺い出した。どうやら、轟くんとかっちゃんがどう侵入するか確認しているらしい。
『……やっぱり二手に分かれるみたいだね。こっちの棟に轟が入った。今からそっち行くよ』
『はい。一応気をつけて』
耳郎さんが交埜さんがいる棟に移動を始める。かっちゃんと轟くんは、2階の部屋を物色している。仮に廊下の窓から空中回廊を見上げても、3階より下では中が見えないから、耳郎さんが通っていることには気づけないだろう。
耳郎さんが移動している間、交埜さんは5階の部屋にあった物を、廊下に出し始めた。デスクやロッカーなど大型の物は、室内にあった小物を適当にばらまき、それと入れ替えるように配置していく。彼女の個性は『交換』で間違いないらしい。
耳郎さんが合流する頃には、廊下は所々にバリケードが張られたような状態になっていた。
『スゴ。よくこんな短時間に運び出せたね』
『私の十八番ですから。で、これがこちらで見つけた分です』
そう言うと、交埜さんは自分が見つけた機密物をすべて耳郎さんに渡した。そして自前のウェストポーチから、機密物と同じくらいのコンクリート片と、黒いテーピングテープを取り出す。
『? それ、さっき砕いた壁面?』
『はい。ちょっと『疑似餌』を作っとこうかと思いまして。機密物のシールを1枚剥がしてもらえますか?』
『…………はーん、なるほど。了解』
コンクリート片にテープを巻きつける交埜さんの横で、耳郎さんがしゃがみこんでオールマイトシールを剥がしていく。ジャックを床に刺しているところを見ると、同時に下の階の様子も探っているようだ。耳郎さんなら、ごく普通のビルの1階や2階、隔てていても余裕で聴こえるだろう。
この時点で、轟くんとかっちゃんは3階を探し終わりつつあった。
そうこうしている内に、機密物モドキができあがる。近くで見ると粗が目立つんだろうけど、遠隔カメラでぱっと見る限り、本物と見分けをつけるのが難しかった。
交埜さんは自分の保管ポーチにモドキと、別のコンクリート片を数個入れる。
その時、AチームがDチームの思惑に気づいたのか、かっちゃんがキレた声をあげた。
───端から、俺たちが集めたもんを奪うつもりだってかぁ……!?舐めてんなぁオイ!!……
───落ち着け。まぁでも、多分そうだろうな……
『……あ、爆豪たちも、ウチらが後で獲ることに気づいたっぽい』
『さすが。合流しそうですか?』
『…………いや、分かれたまま上がってくる。レアの個性を相当警戒してるから、一網打尽にされないための対策かな』
『好都合ですね。……3分切りましたし、そろそろ仕掛けましょう』
かっちゃんが4階の探索を始めたのを音で確認した後、2人はフロアの突き当たりに縦列で並んだ。耳郎さんが壁と交埜さんに挟まれる形で立っている。
『打ち合わせ通り、10秒後にこちらへ戻しますから、機密物の押収をお願いします。終わったらまた交換するので合図してください』
『OK、ウチとは話せないんだよね?ならインカムを2回叩くから、それが合図で』
コンコン、と耳郎さんが自分のインカムを小突く。
『分かりました。……トドロキくんが残りの機密物を全部持ってれば1番いいんですけど』
『4〜5階も別々の棟に散らばってたし、爆豪も1つは持ってると思うよ。隠し方も超難しい訳じゃないから、あの2人なら見落としもないだろうし』
『ですよねぇ……カツキから獲るのはできるだけギリギリにします。最後まで私に引きつけておきたいですし、機密物を持ってないことも知られたくないので』
『うん。トレーディと爆豪が会敵したら、戻って下のフロアに待機してるから』
『はい。何かあった時は頼みますね、イヤホン=ジャック』
にっこりと笑う交埜さんに、耳郎さんは少し緊張した顔で笑い返すと、振り返って壁に向き直った。交埜さんが、まるで組み手を始めるように、軽く構える。
『それじゃ───始めましょう』
───瞬間、耳郎さんが別棟にいた轟くんに変わった。
『は?』
呆然とした声をあげた轟くんは、壁の方を向いている。彼からすれば、突然目の前が壁になったように思うだろう。
当然のごとく、現状を確認しようと轟くんが振り向こうとして、
交埜さんは一切の容赦なく、その顔に回し蹴りをぶち込んだ。
「「「えええええええ!!!??」」」
あまりに衝撃的な映像に、僕らは絶叫してしまった。だって轟くんの顔だよ!?あの10人中10人がイケメンと言う王子様フェイスを!足蹴に!!しかも戦闘用の強化シューズじゃないかなアレ!!?
───ショート!?……
かっちゃんが
米神にヒットしたのか、声をあげる間もなく気絶した轟くんが崩れ落ちる前に、交埜さんが身体の下に潜りこんで支える。そのまま少し引きずって、物陰にそっと横たえた。そして彼のインカムを奪う。
轟くんの強制召喚から、ちょうど10秒───交埜さんが耳郎さんに変わった。
『─── Hi, Darling. それともバクシンチって呼んだ方がいいですか?』
さっきは耳郎さんが、最初は轟くんがいた別棟で、今度は交埜さんがかっちゃんに話しかけ始める。
一方耳郎さんは、倒れる轟くんのポーチを手早く外すと、中身を自分のポーチに移し、代わりにまたコンクリート片を入れる。それをデスクの上に置くと、その横に、ジャックで【2】と小さく刻んだ。
───なら答えろ。てめぇの個性は何だ………
かっちゃんと交埜さんの会話が続く中、耳郎さんがインカムをコツコツと小突く。
次の瞬間、彼女がいた場所に交埜さんが現れた。もちろん
交埜さんは、置かれたコンクリート片入りのポーチを腰に着けた。
───てめぇとイヤホン=ジャックは、今同じ棟にいるか……
『いいえ』
───てめぇらは、いくつ機密物を持ってる?……
交埜さんは、チラッとデスクに刻まれた【2】───轟くんが持っていた機密物の数を見る。
『ショートが持っていた分も含めて、6つですね』
そうして、かっちゃんと交埜さんはエンカウントした。
さて皆さん。違和感には気づきましたか?