爆豪勝己のお嫁さん(予定)   作:海底のくじら

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お久しぶりです。
前話の投稿直後から色々なことがあって、執筆できない状況が続き、気づけば1年以上経ってしまいました。それでも頂いた感想と、日々見にきてくれる誰かに励まされ、続きを投稿することができました。
最近原作が辛い展開なので、小休止にフフッと笑ってもらえれば本望です。

今話の時間軸は前話の少し前。それではどうぞ!

【追記】少しタイトルを変更しました。


おふくろの味は人それぞれ

「それではー、第〇〇回!A組女子パジャマパーティの開催だぁぁぁ!!」

「イエェーイ!!」

 

ジュースを掲げて叫んだアタシに、葉隠がノリノリで返し、他の女子もグラスをかち合わせる。

 

今日も今日とてハードな授業を乗り越えた2-A女子は、アタシの部屋で女子会をしていた。お菓子を食べながら皆で駄弁る時間は楽しい。女子が夜に甘いものを食べていいのかって?そんなヤボなこと言うお口は溶かしちゃうぞっ☆

 

それに今日は、新メンバーも増えているのだ。

 

「はいレアさん、私おすすめのカモミールティーですわ」

「ケロ、百ちゃんの淹れてくれるお茶はとってもおいしいのよ」

「お茶請けのお菓子もおいしいんよー。あっ、これも食べてみて!」

「わ、ありがとうございます」

 

そう、桜と一緒に超大型台風も連れてきた噂の編入生、交埜レアである。

 

同じ女子のアタシすら一瞬見惚れるほど、モデルみたいなチョー美人。ホワホワとお茶を楽しんでいる姿すら輝いて見える。ヤオモモ達と並んでいると完全に目の保養だ。例え着ているのが胸元に「酒池肉林」と描かれた緑谷並みのTシャツだろうが絵になってるからすごい。でも服の選び方は後でちゃんと教えようと思う。

 

そんなことを考えながら、注目!と手を叩いた。

 

「今日は最重要案件を話し合います!」

「最重要案件?」

 

首をかしげる皆に、ズビシッ!と指をつきつける。

 

「ずばり!───爆豪とレアの親密度をどう上げるかだよ!!」

 

もぐもぐと口を動かしていたレアがきょとんとした。

 

 

この子が編入してきた日、アタシは内心……いやちょっと出ちゃってたけど、大いに歓喜した。

だって恋愛事とはほど遠い(麗日と緑谷がちょっと怪しいけど)ヒーロー科で?あんなびっくり告白に立ち会わされるとは思わないじゃん?しかも、あのツンギレ狂犬モードを通常装備してる爆豪に!!どこの少女マンガかと思ったよね!

 

A組きっての恋愛番長(自称)、この芦戸三奈が、そんなアオハルを見逃せる訳がない。むしろ全身全霊で後押ししたい!あわよくばLOVEな話を毎日供給できるのでは!?

 

 

そんな期待を木っ端微塵にしたのが、目の前で首をかしげている美女の皮を被ったキチガイである。

 

 

「私、ゼロくんと仲良くなれてますけど……」

「「「それはない」」」

「えっ!?」

「なんでそんなまさか!みたいな顔してんの?むしろ今までどこに仲良くなる要素があったの??」

 

心底不思議そうな表情で、レアが指を折って数え始める。

 

「朝は一緒にロードワークして」

 

「いつの間にか爆豪くんの後ろにおるって聞いたんやけど…」

「しかも毎日コース変えてるのに気づくといる恐怖」

「最後はどちらが先に寮に着くかデッドレースになってますわ」

 

「昼は一緒にご飯食べて」

 

「この前男子と同じテーブルになった時ね……組み手の訓練について話したやつ……」

「美女から憂げに落とされる『昨日ゼロくんに押し倒されましたけど、やっぱりマウント取られると逃げられないですね』」

「凍りつく食堂の空気……突き刺さる視線……」

「『言い方ぁ!!!』って叫ぶ爆豪ちゃんにちょっと同情しちゃったわ……」

 

「放課後は一緒に自主練して」

 

「レアの挑発に爆豪くんが乗った時のだね!」

「そして始まる血みどろ(比喩じゃない)のバトル」

「敵顔で笑いながら肋骨を蹴り折った爆豪さんも爆豪さんですが、躊躇いなく目潰しのカウンターを入れたレアさんが怖かったです」

「最後は明後日の方向に飛ばされた爆破で訓練場半壊……相澤先生ガチギレしとった……」

 

「ほら!すっごく仲良くなってるじゃないですか!」

「「「どこが?」」」

「えっ!?」

 

理解不能という顔をしたいのはこっちである。

本気で爆豪と仲良くなれてると思う神経がわからない。アメリカではこれが普通のアプローチなの?

 

「だって日本人は古来より拳で殴り合う、もしくは身一つで果し合いをすれば、どんな相手でも仲良くなれるんですよね?」

なんて??

アメリカ(あっち)にいる友達が言ってました。日本の学生は、ステゴロ世界最強を決めるために東京ドームの地下闘技場で戦ったり、強者に会うためにわざわざ外国の監獄に潜りこんだりするって。そうして拳を交わし合った相手と、最後に必ず絆が生まれるんだって」

「どちらの世界の話ですか…?*1

「そんなヤツいてたまるか!いたとしても仲良くなれるのは切島くらいだよ!!」

 

切島へのとんだ風評被害である。

 

「アメリカの日本人への常識ってそんな感じなん…?」

「いや、ほら、類は友を呼ぶって言うじゃん。レアの友達がアレなだけだよきっと」

「ケロォ……」

 

馬に蹴られたくない静観派の女子も含め、全員が悟った。

 

この子を放置するのは(周りの人間にとって)危険だと。

まじめに首をつっこまないと、後々馬どころか爆撃を受けるのは自分たちであると。

 

誰からとも知れず、(未だに不思議そうな顔をしてる元凶を除く)アタシたちはテーブル越しに円陣を組んだ。

 

「(アタシたちの被害を防ぐために)レアと爆豪を(常識的に)仲良くさせるぞー!!」

「「「おー!!!」」」

「???」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「では行ってきます!」

「がんばれ」

「渾身のやつ作ってきてね!」

 

「それで『爆豪の誕生日に旨いもの作ろう』ってなったのね……」

「そ!」

 

現在地、A組寮内ダイニング。

女子一同の声援を受け、意気揚々とキッチンへ向かうレアを見る瀬呂に、グッとサムズアップする。

 

考えた結果、決まったのは『数日後に迫る爆豪の誕生日パーティーで何かしよう』ということだった。

 

寮制になって誰が言い出したのか、A組では月末に1回、誕生月のクラスメイトをまとめて祝うパーティーをやっている。パーティーと言ってもそこは一学生。ちょっと豪華な料理を作ったり、全員で少しずつカンパして買ったプレゼントを渡したりと、ささやかなイベントだ。

そして今は4月。偶然にも今月誕生日なのは爆豪だけなので、必然的にソロで祝うことになる(本人はそんなもんいらん、せめて5月組とまとめろと主張していたが、引かない上鳴たちに押し切られた。皆、何かにかこつけて騒ぎたいお年頃なのである)。

A組女子はそこに目をつけたのだ。

 

「個人的にプレゼント渡すのはダメなの?」

「だって爆豪だよ?雑貨とかこだわり強そうだし。皆で買ったものなら、なんやかんや言いつつ受け取ってくれるだろうけど、レアが個人的に選んで渡そうとしたら、最悪爆破されそう」

「あー、うん……鬼畜の所業だけど否定できないんだよな……」

 

遠い目をする瀬呂。そう、爆豪にとってヒーロー関連を除いたレアは、いわばUMA。まずは警戒心を解いてもらわないといけないのだ。

 

「王道の料理、しかも唯一クリパで爆豪を餌付けできた砂藤のお墨付きならいけるでしょ!みみっちいから自分のために出されたご飯は残さないだろうし。という訳で、よろしくシュガーマン!」

「責任重大だなぁ」

「……えーっと、僕らも呼ばれたのはなんでかな……?」

「緑谷と切島は味見兼、爆豪の新旧好み判定役に抜擢しました!」

「なるほどな、そういうことなら任せとけ!」

 

苦笑する砂藤に並んで座る緑谷と切島が、我が意を得たりと頷く。半ば強引にひっぱってきたにも関わらず、文句も言わず協力してくれる良いやつらである(ちなみに瀬呂はたまたま切島と一緒にいたので付いてきた)。……本当になんでレアは爆豪を選んじゃったんだろ……。

 

「交埜は何作るんだ?」

「カレーだよ!爆豪くん、辛いもの好きでしょ?食堂でもよく食べてるし!」

「パーティーまでもう時間もないしね。学生(ウチら)の予算的にも1番無難にいこうかって」

「ああ、それなら後付けで辛さも変えられるし、トッピング次第でアレンジもできるな」

 

砂藤が玄人っぽくうんうん納得してるけど、ぶっちゃけアタシは、手作り料理で胃袋をつかんじゃえ!っていう下心しかなかったりする。

 

「これで、かっちゃんと交埜さんが少しでも仲良くしてくれたらいいなぁ……」

「だーいじょぶだって!きっと上手くいくよ!」

 

まったく心配性だなー、と緑谷の背中をバシバシ叩く。シュガーマンだっているのだ。何も心配することなんて無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───そう思ってた数十分前の自分をぶん殴りたい。

 

なぜかって?

アタシの目の前には、レア特製の『カレー』があるんだけどね?

 

声がするんだよね。

 

アタシも最初は幻聴だと思ったよ。てか幻聴であれと思ったよ。でも本当に声がするの。山型に盛られた『カレー』の中から、明らかに「……ォォォ゛オ゛エ゛ァァア゛……」って断末魔みたいな声が聞こえるの。

 

なんの声かって?アタシも目を凝らしてみたよ?

でも見えないの。だってルーが銀色だから。メタリックに光るシルバーカラーだから。なんか見覚えあるなーと思ったけど思い出した。小学校の図工でやった、はんだ付けで見た色だわ。

 

だったらルー(っぽいナニカ)をかき分けろと思うじゃん?

でもできないの。だって固形だから。スプーンを立てようとするとガリガリ音がして削れるような山型のルー(っぽい固形のナニカ)がお米*2の上に乗ってるんだよ。カレーのルーって液体じゃなかったっけ?いつの間に固形が常識になったの?

しかもそのナニカから、ところどころ歪な物体が飛び出してる。たぶん具材だと思いたいけど、アタシは近所のスーパーでショッキングブルーやピンクの食材なんて見たことない。

 

冷や汗を浮かべながら、念のため、一縷の望みをかけて、ニコニコ笑ってるレアに聞いてみた。

 

「……ごめん、何作るんだったかド忘れしちゃったんだけど、コレって」

「カレーライスです!せっかくなのでシーフード風にしてみたんですよ」

集合!!!

 

オールマイトもびっくりのスピードで、レア以外の全員がリビングスペースに駆けこんだ。

顔色を真っ青にした耳郎が、震える声でつぶやく。

 

「ヤバい。これは予想してなかった」

「誰か交埜に料理ができるか聞いてなかったのか……!?」

「聞いてたよ!そしたら『アメリカでも何度か人に作ったことあるんで大丈夫です』ってドヤ顔で言ってたんだよ……!」

「マジ?アレを??呪物(アレ)食べられるのアメリカ人??」

「銀の反射するカレーなんて俺も聞いたことないんだが??」

「た、食べたことある人がいるならワンチャンいける……?」

「切島!アンタならいけるでしょ!ほら、胃壁を硬化させれば!!」

「んな解毒(物理)(無茶)できるか!!!」

 

「皆さんどうしましたー?冷めちゃいますよー?」

 

聞こえたレアの声に、切島の肩がびっくぅと跳ねる。怯える全員の顔(女子にいたってはもはや涙目である)を見渡し、そっと何かを覚悟した顔でダイニングへ引き返した。アタシたちも勇気を振り絞ってそれに続く。さっきのは幻覚だったかもしれないと一瞬思ったけど、アタシ達のSAN値(正気)を削った『カレー』は、変わらずテーブルに置かれていた。

 

おそるおそるスプーンで『カレー』をくりぬく(誤字にあらず)。中までしっかり光る銀色です。絶望しかない。

最後の抵抗とばかりに、切島がちっちゃい声で聞いた。

 

「ち、ちなみにさ、レアちゃん……味見ってした……?」

「もちろん!安心してください」

 

───味見したんだ!!!???

───ちゃんと食べれるものなんだね!!??見た目がショッキングなだけで!

───だよね!あんな一発アウトな見た目のモノ、本当にヤバかったら出さないよね!!

 

無言で交わされるアイコンタクト(この間0.001秒)。この時ほど全員の心が一致した瞬間はないと思う。

ほっとして滲んできた涙をぬぐいながら、スプーンを口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……この後の具体的な描写は思春期の少年少女のために割愛するが、これだけは言っておこう。

 

将来有望な有精卵たちは、空に羽ばたく前に、もっと遠い場所(さらに向こう)へプルスウルトラしかけた、と。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「色々言いたいことはあるけど、レアの舌ってどうなってんの?

 

やっと腹痛が落ち着いた僕は、ダイニングで仁王立ちする芦戸さんを見た。いつも明るい表情の人が真顔になると怖い。

そんな彼女の前に正座した(させられた)交埜さんは、眉を下げてしゅんとしている。

 

「ごめんなさい……皆さんのお口に合いませんでしたか?」

 

ソファでぐったりもたれていた全員が、全力で首を縦に振る。交埜さんがますます子犬のような表情になるけど、今回ばかりは1ミクロンも罪悪感が湧かない。上げて落とされたダメージはデカかった。小さい頃亡くなったひいおばあちゃんが、川の向こうで手をふっていたのが見えた。他の皆も大体同じ感じだろう。

 

そばにあるテーブルに視線を移す。その上にはキッチンに残っていた、交埜さんが「料理に使った」と言うものが並べられている*3

 

根菜の切れ端(皮付き)は分かる。イカの足先、エビの頭部(殻は残ってなかった)、昆布……まぁセーフ。でも首から血を流す魚の胴体が残っているのは何で?頭だけ入れちゃったの?なんかヌメッとした黒っぽい物体のかけら。梅雨ちゃんが「これ海で見たことあるわ。ナマコよ」って言ってた。むしろよく近所のスーパーに売ってたね?

 

調味料は、数種類のカレールー、唐辛子、香辛料?っぽい粉末がいくつか、酢、プロテイン、こどもび〇る。絶対カレーに必要ない液体が3つ入ってるよね?特にこども〇ぃる。主犯は「魚介の生臭さをとるために白ワインとか使うじゃないですか。でもまだ未成年なんで、その代用に……」って供述してるけど、百歩譲っても500ml丸々1本入れる理由にはならないよ?

 

あと調理器具に混じってた荒縄と金槌(何かの液体付き)は、何に使ったのか聞くのが怖すぎて気づかなかったことにしている。

 

「レアの味覚もキチガイだってのは分かった。でもね?普通、あんな色になったら食べられるものじゃないなって思わない?」

 

……今思えば、いくら味見してたからってあんな見た目のモノを食べようと考えた僕らも正気を失ってたな……。

 

「そうなんですか?Momの料理は大体あんな色でしたけど」

「まさかのメシマズ母子(一子相伝)っ……!!」

「誰か止める人はいなかったの!?」

「……そういえば、食べる前にいつもDad(ダディ)が1度下げて、また持ってきた時は色が変わってたような」

「それ絶対お父さんが安全なご飯と入れかえてたよね??」

「けど、ジョンはいつもおいしいって言ってくれましたよ!」

「ジョン……?誰?」

「アメリカの友達です。私がご飯を作ると、『君の料理が食べれるなら本望だよ』って、笑って泣きながら食べてました。よくお腹を下しやすい人でしたけど」

「「「ジョーーーン!!!!!」」」

 

僕たちは海の向こうのまだ見ぬ英雄を想って泣いた。オールマイト並みに心から尊敬させてほしい。切島くんも「漢だ……ジョンは漢の中の漢だぜ……!」ってむせび泣いてる。

 

「……なぁ、どうする?やっぱ爆豪には、個別にプレゼントでも渡す?呪物(コレ)は食べさせらんないだろ?」

 

言外に、誕生日を命日にする訳にはいかねーし、という瀬呂くんの副音声が聞こえる。いくらタフネスの塊のかっちゃんとは言え、これを食べたらNo.1ヒーローに上りつめる前に天に昇ってしまう。

 

「……私は、皆でレアちゃんの料理を完成させてあげたいわ」

「! 梅雨ちゃん……」

「そんなに凝ったものでなくていいのよ。アレンジも加えない、普通のカレーでいいの」

 

まだ少し青い顔で座っていた梅雨ちゃんが、それでも真剣に話す。

 

「やっぱり自分を想って作られたご飯って、とっても温かく感じるでしょう?大変かもしれないけど、爆豪ちゃんと仲良くなれる1番ステキなプレゼントだと思うの」

 

それに。

 

「このまま放置したら、いつか一般人が犠牲に(取り返しがつかなく)なりそうで……」

「「「確かに!!」」」

 

「そんなにダメですか……?」と首を傾げる交埜さんの未来を想像して震える。彼女自身だけならまだしも、どこかのヒーロー事務所が食中毒で壊滅、なんてニュースが流れた日は終わりである。

 

「よし。うまくできるか分からんが、俺なりにがんばって教えるからな!」

「……なら、胃の硬化(味見)は俺の仕事だな」

「き、切島くん……!?」

「爆豪へのプレゼントなら、なおさら半端なものは作れねぇだろ。尊い犠牲(ジョン)のためにも最後まで付き合うぜ!!」

 

ドンと胸を叩く2人のなんと頼もしいことか。

心強い味方の姿に、しょんぼりしていた交埜さんがぐっと顔を上げる。

 

「サトウくん、キリシマくん……ありがとうございます!私、ゼロくんにおいしいって絶対言ってもらえるように頑張ります!!」

 

 

そして、僕たちによる仁義なき料理教室が始まった!!

 

 

リベンジ1回目。固形のルーが液体になった。色は鈍い銀色だった。

材料は野菜、お肉、市販のカレールー、香辛料が少しだけだったはずなのに、僕らがちょっと目を離した隙にかき混ぜる鍋の中の色が変わっていた。なぜ……。

でも固形から液体になったと、切島くんが漢らしく味見した。トイレから30分出てこなかった。

 

 

リベンジ2回目。今度は普通の茶色になった。しかもちゃんと液体である。

高まる期待の中、ふと鍋の中を覗いた僕は見た。ルーにぷかりと浮かぶ、ム〇クの叫びのような表情を貼り付けたニンジンを。

僕が止める前に、スプーンが切島くんの口の中に消える。……その後5分ほど硬直していた彼曰く、舌になにかの刺激を感じてから記憶がないそうだ。ちなみにルーの中をもう一度探してみたけど、あの人面ニンジンは忽然と消えていた。僕の見間違いだったのだろうか……。

 

 

リベンジ3回目。僕のホラーじみた必死の説得により、具材はすべてみじん切りにされた。

できあがったものは、ドライカレーのようにドロッとしている。見た目はバッチリだった。皿に盛った瞬間、ルーをかけられた米がジュッと音を立てて溶けなければ完璧だったよ。

目からハイライトが消えた切島くんが味見しようとしたのを、芦戸さんが「やめて切島!アタシが悪かったからやめて!!」って泣きながら止めてた。最終的に殴って気絶させた。

 

 

リベンジn回目……

 

 

「無理じゃね?」

 

数時間前のようにソファに倒れ伏し、瀬呂くんがついに言った。正直僕もそう思う。だって普通の食材と普通の手順なのに、普通のカレーができない。むしろ見た目がまともになった分、殺傷力が上がっていくのだ。交埜さんは、絶対カレーが作れない呪いにでもかかってるの?天与呪縛かな?

 

皆の心が折れそうになった時、砂藤くんがふいに尋ねた。

 

「なぁ交埜。交埜の母さんの料理で、父さんが下げる前(リテイクなし)で旨かったものってないのか?」

「リテイクなしでですか……?」

「どうした砂藤」

「いや、今回カレーを選んだのは、爆豪が辛い物好きっていうのもあるだろうけど、米文化の日本人にとって身近で簡単な料理だからだろ。けど、そもそもアメリカ育ちでパン文化の交埜は、カレー自体慣れてないんじゃないか?だから、『旨い』のラインもイマイチ分かってない」

「「「おお……」」」

「だったら、メシマズ(同じ腕前)の交埜の母さんが作れて、旨い味も覚えてる料理があればイケるんじゃないかと思ってよ」

「「「おお……!!」」」

「まぁ……無かったら詰んでるけど」

「「「ぉぉ……」」」

 

一喜一憂する僕たちの横でうーんと考えていた交埜さんが、あ、と声を上げる。

 

「どうだ!?」

「何かあったの!?」

「多分……『Empanada』はDadよりMomが上手だったと思います」

「えむぱ……何?」

「『エンパナーダ』でしょうか?確か南米のお料理だった気がします」

 

さすが八百万さん。ネットでエンパナーダと検索してみる。

 

「餃子型のミートパイみたいだ」

「レアのお母さんがよく作ってたの?」

「Momの出身が南米だったので……おやつ代わりに出てくることもありましたね。中の具材は薄味にして、色んなソースを付けて食べるのが一般的なんですけど、うちはあらかじめ甘辛く浸けた具にチーズを入れてました」

「へぇ……それなら菓子(パイ)と同じ感覚で俺も教えられるな。作ってみるか?」

「はい!」

 

材料は、中に入れるひき肉(男子向けに多め)や玉ねぎ他数種類の野菜、共用に備えてあったとけるチーズ、カレーにも使ったスパイスとソース類。パイ生地に必要なものは、砂藤くんの製菓材のおすそ分けだ。

 

作り方は、普通のミートパイとほとんど変わらない。みじん切りした野菜と肉を炒めた後、調味料を入れて煮つめる。辛い物好きのかっちゃんのために味付けしたから全体的に赤っぽいけど、見た目はドロリと固めのミートソースだ。これをチーズと一緒に、餃子を作るみたいにパイ生地で包む。

皆でやってみたけど、色んな形になって案外楽しい。交埜さんは、今までの惨劇がなんだったかのように、きれいなくし形を作っていた。

(ちなみに僕は生地が破けて、生地を重ねて補強していったら、片側が異常に膨らんだ水風船みたいになった)

 

溶き卵を塗り、オーブンで焼くこと数十分。

こんがりとキツネ色に色づいた、ここにきて初めておいしそうな匂いのする料理ができあがった。

 

「「「……!」」」

 

期待が高まるけど、まだ安心できない。皆、さっきの硫酸カレーを忘れていないからだ。

それぞれ自分が手に取ったものを、ひっくり返したり、生地を割ってみたり、隅から隅まで異常がないかチェックしている(交埜さんのは、作った当人の感覚が信じられないからと、芦戸さんが代わりにチェックしていた)。

 

───そうして、十分に検分を行った後。

 

「……いただきます……!」

 

僕は、エンパナーダを口にいれた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「「「誕生日おめでとー!!!」」」

「……ケッ」

 

パン、という音と、ひらひら吹き荒れる紙吹雪。

4月末、インターン再開を控えたGW前の最後の休日に、A組恒例の誕生パーティーが開催されていた。

 

「ほらほら、かっちゃーん!せっかくのバースデーパーチーなのに、主役が仏頂面すんなよー!」

「なにがパーチーだボケ。単にてめぇらが月一でバカ騒ぎしてぇだけだろうが」

「ゔっ……そんなことないってぇ!!」

 

5月生まれの奴らと一緒にすればいいものを。まぁ、俺の好きなもん/激辛料理が多くなるのは悪くねぇが。

笑いながら金色の紙でできた王冠を被せてくるアホ面に肘打ちをお見舞いしていると、常闇が近づいてきた。

 

「爆豪」

「あ?」

「誕生日おめでとう。全員からのプレゼントだ。受け取れ」

 

ダークシャドウが「オメデトー!」と言って、ラッピングされた箱を渡してくる。

 

「……闇の魔道具(クリスマス)の時みてぇなもんじゃねぇだろうな?」

「……なぜか全員に却下された」

「却下するに決まってんだろ」

「そんな怪しいもんじゃないって……。イヤホンだよ、ワイヤレスの。この前、今使ってるのが調子悪いって言ってただろ?ちょっとお高い、音質はかなり良いやつだぜ!」

 

耳郎もおすすめのメーカーだしな!と念押しするアホ面の後ろで、耳が同意するように手を振った。音楽好きの耳がそう言うなら、本当に良いやつなんだろう。

 

「……ありがたく使ってやる」

「あいかわらずの上から目線!」

「素直に『ありがとう』って言えばいいのに!……いや、それはそれで気持ち悪いかもしれん」

「ぶっ殺すぞ丸顔」

 

やいのやいのと騒がしい奴らを放って、手近な麻婆豆腐に手を伸ばそうとすると、「あー!」と黒目が叫んだ。

 

「待って待って、爆豪!」

「あ゛ぁ?」

「最初に食べてほしいものがあるの!」

 

ほら、レア!というセリフとともに、女子の中からキチガイ女が押し出されてくる。

なぜか緊張に強張った面で。

 

「……ゼ、ゼロくん」

「……ぁんだよ?」

「誕生日おめでとうございます……あの、辛い物が好きって聞いて、料理を作ってみたんです。食べてみてもらえませんか……?」

 

美女の……手料理……!?と一部異常にざわつく野郎どもを睨んでいると、目の前に小さなバスケットが置かれた。

くし形で手ぐらいのサイズのパイが数個、彩り用のパセリとともに白い敷紙の上に並べられている。

 

「なんだこれ」

「エンパナーダっていう、私の家でよく食べてたパイです」

「……薬盛ってんじゃねぇだろうな……」

「「爆豪てめぇゴラアアァァァ!!!!」」

「爆豪くん!君のために交埜くんが作ってくれたんだぞ。なんてことを言うんだ!!」

 

羨望と怨嗟の叫びを上げ、尻尾たちに取り押さえられるアホ面とブドウ頭。メガネはクソ真面目に怒りを表してくるが、俺は間違ったことを言ってるつもりはねぇ。

 

「キチガイ女の常識をどっかに置いてきた行動(今までの所業)を忘れたんかクソメガネ!どうあっても目的のために手段を選ばねぇタイプの人種だろが!!」

「そうだとしても、いきなり疑ってかかるのは失礼だろう!」

「そうですよ。今回はちゃんと食材だけ使いましたよ!」

「やっぱり何も間違ってねぇじゃねぇか」

 

キチガイ女のヤバさに改めて戦慄していると、ポンと肩を叩かれる。振り向くと、歴戦の戦士みてぇな顔をした瀬呂が。

 

「大丈夫だ、爆豪。お前にヤバいもんは食わせねぇよ……」

「俺も一緒に作ったからな。怪しいところはないぜ」

「僕たちでちゃんと味見もしたから!安心してかっちゃん」

「オ゛ォ゛イゴラこの裏切り者どもがああぁぁぁぁ!!!美女とマンツーでたんまり旨い手料理を堪能しましたってかぁ!!??なめてんじゃェブベァッッッッ」

 

タラコとクソデクの言葉に拘束をぶち破って飛びかかった性欲の権化の頬を、一切の容赦なく黒目の裏拳が打ち抜いた。錐揉みしながら宙を舞う汚ねぇブドウ。

 

「手料理がそんな甘いものだと思うなよ峰田ぁ……!」

「そうだよ!キッチンは戦場なんだからね!?」

「味!見た目!そして何より安全性!」

「先人たちが危険をかえりみず、安心して食べられるように研鑽と研究を積み上げてきて、現代の料理というものはできているんですわ!本当にっ……ほんとうに、ここまで、っ、くるのにっ、どれだけっ…………!」

「泣くなヤオモモッ……!!」

「ケロ……もう思い出さなくていいのよ、百ちゃん。ピンチは皆で乗り越えたもの」

「……………な、なんだてめぇら…………」

 

いきなり号泣し出した女子と瀬呂たちにドン引きしていると、同じく顔面を色んな汁でベショベショにした(汚ねぇ)切島が、満面の笑みでサムズアップしてきた。

 

「レアちゃんがお前のためにって、一生懸命考えて作ったんだ。俺たちも手伝った。ぜーったい、安全だって保証するからよ!だから爆豪、食べてみてくんねぇか?」

「お願いします、ゼロくん……!」

 

いつの間にか共有スペースは静まり返っている。どこか不安げな、だが真剣な目でもう一度懇願してくるキチガイ女。それを一睨みして、チッと軽く舌打ちしてから、バスケットの中からパイを1つ取る。異常がないかひっくり返して確認して、一口かじった。

 

パリパリと砕ける香ばしい生地。強く歯を立てると、中に詰まっていた肉汁と具がジュワリとあふれ出す。噛み切ろうとして、みょんと口元と残りのパイを橋渡しするチーズを、零れないように慌てて口の中に収める。トロトロの熱いチーズと細かく刻まれ煮こまれた肉と野菜が、スパイスの効いた辛いソースと絡まって、舌をピリピリと刺す。ほんのり甘い生地がアクセントとなって味覚をさらに刺激した。

 

ごくん。

 

「…………」

 

俺をじっと見つめる視線がうぜぇ。

 

「チッ…………悪くねぇ」

「……!」

 

「「「ょおぉぉっしゃあぁぁ!!!!!」」

「うるせぇ!!!!!」

 

旨いとは一言も言ってねぇだろうが!と叫ぶも、もはや誰も聞いちゃいねぇ。キチガイ女は、浮かれた女子どもに抱き着かれて笑っている。

 

「完璧主義のかっちゃんの『悪くねぇ』は『すごくおいしい』ってことだよ!良かったね交埜さ「死ねやクソデクゥ!!!」

「はい、嬉しいです!」

「サプライズ大成功~!ほらほら皆、祝杯あげるよ!」

 

 

それじゃあ、爆豪の誕生日とサプライズ成功を祝って!

 

 

「「「かんぱーい!!!」」」

「聞けや!!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「あ、ゼロくんいた」

「あ?」

 

大体メシを食べ尽くし、騒いでいる奴らを放って中庭で涼んでいると、キチガイ女が現れた。

 

「そろそろシメのケーキ出すそうですよ」

「ああ?てめぇらだけで食ってろ。そしてデブれ」

「主役が食べなくてどうするんですか……。あと他の女の子には絶対言っちゃだめですよそれ」

 

足音も立てずに隣に来ると、俺の手元をチラリと見る。

 

エンパナーダ(それ)、気に入ってくれたんですね」

「勘違いすんなボケ。残すとメガネや切島がうぜぇからだ」

「……他の人用に作った辛さ控えめのもこっそり食べてたくせに……」

「お゛っ、はぁ゛あ゛!!??」

 

思わずBOM、と掌を爆発させる。キチガイ女は俺から目線を外し、夜空を見上げた。今日は新月だ。

 

「でも作った甲斐があります。皆さんにも、すごく協力してもらいましたし」

「……んで、アイツらがあんなに泣くんだよ。てめぇ何した?」

「ただカレーを作っただけですよ?イマイチ上手くいかなくて、サトウくんの提案でエンパナーダに変わりましたけど」

「…………」

 

なんだか寒気がしたので、後でタラコに何があったか確認することにする。

 

「あと、東京ドームの地下には秘密闘技場って無いんですね」

「は?」

「日本人は果し合いで絆を深めるというのも間違いらしいです」

「は??」

 

なのでやり直します。

そう言って、キチガイ女はさっき爆発させた俺の左手を、両手で包む。コイツの意味不明な言葉に呆然としていた俺は、抵抗できなかった。

 

細く、柔くて、小さな傷が多い手だった。

 

 

「……誕生日、おめでとうございます。ゼロくんと出会えて、私は嬉しい。───生まれてきてくれて、本当にありがとう」

 

大好きです。

 

 

暗い夜の中、ゆらゆらと輝く2つの満月が笑う。

 

「 、」

 

俺は。

 

右手に持っていた食いかけのエンパナーダを、目の前の口に突っこんだ。

 

「ゥン゛ッッッグ!!!??」

 

俺専用に調節されたそれ(辛さMAX)に悶絶するキチガイ女を置き去りにして、室内に戻る。

 

「あ、かっちゃーん!お前絶対ロウソク消さないだろうから、先にケーキ切り分けたぞ……ってどうした?外そんなに暑かった?」

「あ゛!!?」

「ゆでダコみてーに顔真っ赤になっグブベッ!!??」

「死ね!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向こうで上鳴くんたちと騒ぐ爆豪くんを見て、祝いの席でも相変わらずだな、と額を押さえる。隣で共にケーキを切り分けていた尾白くんが苦笑する。

 

「いつも通りで逆に安心するけどね。ケーキ食べたら解散にしようか」

「そうだな!明日も学校だ。祝いの席とはいえ、羽目を外しすぎるのはいけない」

「そうだね……。そういえばこのケーキ、飯田も一緒に作ったんだっけ?」

「うむ、砂藤くんは他の料理も監督していたからな!分量が重要なケーキ作りを手伝ってほしいと、クリーム作りを任せてくれた」

「はは、飯田はキッチリかっちりしてるもんな」

「だが、この人数だ。いかんせん量が多くてな」

 

 

「だから、たまたま通りかかった交埜くんに、かき混ぜるのを手伝ってもらったんだ!きっとおいしいぞ!」

*1
『個性』が存在しないのに個人で国家の軍事力に匹敵する最強の父親とかが出てくるヤベー世界である

*2
予備に冷凍してたのをレンチンしただけなのでレアの手は入ってない

*3
残らず使われたものもあるが、それが何だったのかは永遠の謎である




別名: 誕生パーティー集団昏倒事件

この後、警備ロボから通報を受けた相澤先生が駆けつけるので皆無事です。そしてレアはキッチン出禁になります。

◆プロフィール

交埜レア 「個性:交換」
母の得意料理だったものだけはマトモに作れる。というかそれ以外の料理すべてが、ことごとくクトゥル○の神々に奉納するようなナニカになる。アメリカに日本の漫画オタクな友人がいる。
プロヒになった後、料理番組で放送事故を起こす。

爆豪勝己 「個性:爆破」
後に昏倒者第1号になった。嫁の家の味は気に入った模様。だがそれ以外は絶対に作らせないし、結婚する時に「家で料理したら別れる」と宣言する。夫婦の料理担当はこの人。

芦戸三奈 「個性:酸」
元気いっぱいの超陽キャ。自称『恋愛番長』。でも初恋はまだ。
実はちゃんと仲間として爆豪のことも考えてて、この苛烈な男を素面で好きだと言える相手(レア)とくっついてほしいなー、と思ったりしてる。

切島鋭児郎 「個性:硬化」
仲間のために身体をマジで張った漢。しばらくカレーが食べられなくなる弊害があったが、ゆくゆくは解毒(物理)を会得する。

ジョン(愛称)
今回のMVP。レアの料理()を(他者の分も)すべて笑顔で完食してきた英雄。内科のドクターは親友。

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