豎壽沒で分かる!FGO 作:現役の若い化石
「もしもしッ、警察ですか!? ひ、人が──」
感情の揺れ動く錯乱寸前の言葉が耳朶を叩いた。それは離散してゆく意識を一瞬ではあるけれども、確かに繋ぎ止める鎖の役目を果たした。
一抹の疑問が湧き起こる。どうして警察なのだろうか。
己が死を否応なしに宣告された気分だった。救急車を呼ぶまでもなく、この命は世界によって定められた道筋を辿るかのような。
光帯が一粒の涙を零した日、藤丸立香は死んだのだ。
▽
三月になったばかりのある日、藤色の髪をした少女は姿を現した。
「こんにちは、身体の具合は大丈夫ですか先輩」
小柄な来訪者は扉口に立って、微笑みながら恒例の挨拶をする。
下校途中に立ち寄ったのであろう、彼女は学園の制服に革製の鞄という出で立ちをしていた。
「これ、冷蔵庫に入れておきますね」
傍らまでやってくると、丁寧な仕草で学生鞄から取り出したビニール袋を掲げて見せる。先輩の好きなストロベリーですよ、と付け加えて。
備え付けの冷蔵庫へ封入する様子を流し見ていれば、僅かに覗けたパッケージは確かにイチゴが描かれていた。
成る程、心優しい後輩だと感心する。お見舞いの品であるストロベリーのアイスはコンビニで買える品物だが、学生の懐具合だと嗜好品に分類される筈だった。
「ありがとう、えぇっと、確か」
「マシュ、ですよ先輩」
瞼を閉ざしたのは一瞬だが、寂寥感のある微笑みを湛えた姿は胸に突き刺さる。
「マシュ・キリエライトです、藤丸立香先輩」
忘却の彼方へ旅立った己の記憶がもどかしい。慕ってくれる後輩の名前すら満足に思い出すことが出来ないのだ。彼女は、マシュはこちらの名前を淀みなく言えたのに。
「ごめんなさい、私、どうも自分に関係のある記憶は中々思い出せなくて」
「そんな、先輩は悪くないんです。大丈夫です、私は毎日こうして先輩のお見舞いに来ますから」
両手を包む温もりが俯きかけた立香の面を上げる。視界に広がる後輩は慈しむように、物わかりの悪い幼子へ諭す教師を彷彿とさせた口調で告げる。
「少しずつ、私のことを心に記憶していきましょうね、先輩」
「うん、ありがとうマシュさん」
「マシュ、でいいですよ先輩。ふふっ、それも忘れたんですか?」
わざとらしく瞳を下げて、それでも口調は正反対の色を込めてマシュは笑う。釣られて立香の表情からも翳りが消えてゆく。
後輩という単語の知識は存在するが、心はマシュ・キリエライトの名を記憶していない。当然だった。それでも毎日のように病室を訪れてくれる現実は直視していた。
見舞客の為に備え付けられた丸椅子へ腰かけた後輩は、今日も講義を聞かせてくれるという。
学園で受けるような授業ではなく、マシュ・キリエライトという個人の記憶に存在する藤丸立香がどのような人物であったか語られる。
肉体だけが世界の理に抗って生命活動を続ける紛い物にとって、それは他者の認識によって自己を成立させるために必要不可欠な儀式でもあった。
知識は残り、藤丸立香を構成したあらゆるモノは消失していたのだ。魂の抜けた骸、一般的に浸透している言葉を用いるならば記憶喪失が当てはまる。
「ですから、どんなに絶望的な状況でも先輩だけは前を向いて諦めることはなかったんです」
「そこまで褒められると照れちゃう、何て言えたらいんだけどさ。私、まるで漫画の主人公みたいだね。諦めが悪くて世界を救っちゃう、みたいな」
「本当に先輩は世界を救った英雄かもしれませんよ?」
「あはは、いくら記憶喪失の私でも英雄は嘘だってわかるよ」
年端もいかない学生が世界を救う英雄になれるのは、それこそ物語の世界でしかないのだから。
今の立香にとって必要なのはストロベリーのアイスが好物であり、悲観することなく前向きな性格であったらしい過去の自分についてだった。