あの缶詰。
おはよう。目を開け、起き上がる。
カーテンと窓は開けない。
外は危険だから。
メールを開く。
「おはよう、良い朝か?」
見知った仲間が返事をくれる。今日も元気そうで何よりだ。
くだらない地球戦争が起きて、最悪な兵器がどんどん使われて。植物は枯れて、動物は骨になった。異常な病気が蔓延して、一部の大人はどうしてそうなったのか言い合いをしていたが、人の勝手な行いが招いた結果としか言いようがない。
俺たちはそれぞれ部屋へ押し込まれ、何年後かに開かれる扉を見つめていた。
期間限定の安全。
その期間分は食料もある。
じゃあ、その後は?
扉が開かれた先にあるのは光か闇か。
時々思う。俺のいる世界は缶詰じゃないかと。
密閉されて完成された空間。
蓋を開けば腐敗が始まる。
缶詰の中は時間が止まっているんだ。
缶詰の蓋が外から開かれるとき。
その隙間から射し込むものは何なんだろう。
「缶詰だよ」
ある友人にその考えをメールした。その返答がこれだった。
そいつは言う。
部屋へ押し込まれた時点で自分達は缶詰なんだと。
何か違和感を感じた。俺が言ったのはただの比喩だったはず。
でも、そいつは違うことを言っている。
「缶詰にされているボクたちの年齢って結構若いでしょ?」
「ああ。」
「若いものより古いものの方が傷みやすくない?」
「食べ物か?それはそうだろ?」
「じゃあ、古いものを先に食べないとね。」
「若い方はどうするんだ?」
「保管しとけばいいよ。ある程度調理して加熱して、密封すれば保存がきく。」
「缶詰か。」
「缶詰だよ。」
「俺たちの話じゃなかったのか?」
「ボクたちもそうなんだよ。」
意味が解らなかった。こいつは何を言っているんだ?
そいつは詳しい話を始めた。
ボクさ。今のとこに入れられる前から引きこもりだったんだ。外には怖くて出られなかった。でもね、やっぱり外には楽しいこととか嬉しいことがいっぱい溢れてるんだって思いたかったんだ。だから、いつもネットで最新のニュースとかをチェックしてたんだ。
今はかなり制限されてるけどさ、ほんとはもっともっと面白いサイトとかあったんだよ?
でもあるとき…ボクが部屋へ入れられた日なんだけど。多分みんなもおんなじ日だと思う。
直前までネットでニュース見てたんだ。
君も知ってるだろ?
戦争があって、兵器をバカみたいに使って、環境が最悪になって、病気が蔓延した。
だから、ボクたちみたいな健康な若者は一定期間安全を保証して、未来の地球を託そうって話。
あれね、途中からウソ。
環境は最悪になったけど、変な病気は出てない。
その代わりにね、変な生き物が出てきたんだ。
変な生き物?
うん。初めはどっかの国の人が襲われたってニュースだった。UMAだ、宇宙人だって騒がれたみたいだけど、結局分かんなかった。
特徴は「光っている」。それだけ。
光っている?生き物か?それ。
うーん…多分。
そのニュースの内容がさ…襲われたっていうか食われたってやつだった。
食われた?
うん。見てた人がいたんだって。っていうか…撮影してたらしくて。その人も食われたらしいんだけど…
そういう映像ってアウトでしょ?テレビにもネットにも映らない。だから、このニュースは嘘っぱちだって言われたんだ。
でも、その後も同じようなニュースが続いてさ。多発し過ぎてニュースにも出ないの。世界各地でそんなことがあるみたいで…
で、途中から変なことになってきた。
変なこと?そいつが巨大化したとかか?
怪獣じゃん!そうだったらまだよかったかもね。
ニュースが流れなくなったんだ。
は?
ニュースだけじゃない。生放送の番組も、オタクの掲示板も、動画系は全部かな。つまり、今の状態になったんだ。
制限されたんだろ?
初めはボクもそう思ったんだ。でも違った。他愛もない内容のものも全部写らなくなった。
誰か言ってたよ。
写らなくなったのって、大人が管理してるやつだ、って。
はっきりそうとは言えないよ?
だって、その頃もうボクたちこの部屋だったんだもん。でもね、多分…多分だよ?
大人たち、みんな食べられちゃったんじゃないかな?
おい!世界の人口どんだけだと思ってるんだよ?!
でも!そいつがそいつらだったら?
…一匹じゃないのか?
特徴は光ってるってだけ。
同じやつかはわかるはずないよ
ねえ?他の人からメール来てる?
メール?
俺はタブレットを確認した。通知は
5件。
5件?俺がこいつと話し始めてから3時間は経ってるだろ?少なくないか?
「通知入ってるけどなんか少ない?」
俺は返信を送った後、通知の入っているアドレスからのメールを見た。
「扉を開けるので外に出てって連絡来た」
「扉、開いたんだけど。なんか外眩しくね?」
「え?外出れるの?」
「外d」
「なにこれ」
扉が開く?俺のところにはそんな連絡入っていないぞ?どういうことだ?
ぴこん♪
「ヤバくね?」
「隠れろ」
「きけn」
眩しい?
さっきの話を思い出す。
メールの通知は更に減った。
光っている謎の生物
人を食べる
おい、まさか
俺はさっきまで話してたやつにメールを急いで送った。
「まだいるか?」
返事はすぐに返ってきた。
「いるよ」
他のやつからのメールを見させたんだったら、こいつの方も状況は俺と同じはず。
「さっきまでの話、本当か?」
「うん」
こいつが言っていた『自分たちは缶詰だ』という言葉。
缶詰の中には、食べ物が入っている。
「俺たちをここに入れたのは人なのか?」
「違う。その時、もう大人はいなかったんだと思う。だって、
誰も見ていないでしょ?」
ぴこん♪
通知、1件。
内容
「タスケテ」
例えば、俺たちの世界が缶詰という形だったら
その中に入っているのは「俺たち」という可能性。蓋が開けられ光と希望に満ち溢れた世界はどんなに素晴らしいだろう。
外の世界に憧れを抱いていた俺は、外には光が溢れているのだと夢見ていた。
蓋の隙間から、扉の隙間からの光は希望。
そう、思っていたかった。
ぴこん♪
通知が1件入った。
只今より扉を開けるので、外へ出てください。
そう書かれていた。
俺はメールを送った。
多分、最後のやりとりになるだろう。
「外へ出ろってさ」
「ボクの方もだよ。
器用だよね。こうやってメール送って油断させるなんてさ」
「缶詰だったな」
「ほらね。言ったでしょ?
じゃね」
「じゃな」
もう逃げられないんだろう。
がちゃりと扉が開く音がする。その隙間からは、眩い光が溢れている。
缶詰の中から見た外の光は希望なんかではなく、絶望だった。
最後の保存食であった缶詰を食べきると、その光たちはどこかへ帰っていった。
世界は静かに夜を迎えようとしている。
誰もいない、静寂の夜を迎えようとしている。