今は救急車で運ばれる独歩の無念を晴らすために範馬親子の欲した女子を「地上最強の生物」へぶつけるしかない。
「フフフッ、この瞬間を待ちわびたッッ」
今宵、この闘技場にて仕合う者達は勇次郎の雄叫びを聞き付けてきたのか。格闘者の入場する通路にて観戦しようと集まっているではないか。
あの鎬紅葉ですら勇次郎と女子の戦いを生唾を飲んで期待している。
「カァアッ!!!」
ゴオォォンッ!!という仕合開始のゴングを鳴らせば独歩との戦いにて熱を帯びた肉体を過熱させるように彼女へ飛び掛かり、あの子の胴より太い腕を彼女に向かって叩き付ける。
しかし、すでに彼女は勇次郎の腕を踏み台として闘技場の天井まで飛び上がり、照明を固定する鉄管を蹴り潰して勇次郎へと蹴りを放ったが、それでも勇次郎の常人では考えられない野性の勘は突撃槍のような直下蹴りを避けずに容易く受け止めてみせた。
「ククッ、自分から飛び込んでくるのはな。この範馬勇次郎が恋しくて仕方無かったか?」
「ぐぅ、ゴホッッ」
突如、あの子の口から尋常ではない量の血潮が吐き出された。観客も闘士も範馬勇次郎すら腕を抱え込んだ鯖折りの体勢で硬直している。
「ケホッ、叢雲"三連"」
次の瞬間、あの子が血脂によって抜けた左手を勇次郎の顔面と喉元に叩き込んだ。ワシでは視認することすら不可能な打突ッ!!!
数十年間、あらゆる格闘技を見てきた。しかし、あのような技法を見たことも聞いたこともない。やはり、あの子へ独歩の仇討ちを頼んだのは間違いではなかった。
「紅人流"釣瓶落とし"」
彼女は勇次郎の拘束を引き剥がし、両の手を手すり代わりに零距離ドロップキックを放ち、僅かに仰け反った勇次郎の左足を払いのけ、顎を手のひらで叩くように押し倒した。
「き、キタァァーーーーッ!!!」
ワシってば年甲斐もなく叫んでしまうほど歓喜してしていた。あの「地上最強の生物」が地面へ抵抗することも出来ず叩き付けられたんじゃ、興奮せん方が可笑しいに決まっとる!!
そんなことを考えた瞬間、あの子の身体が場外まで吹き飛ばされた。よく見れば勇次郎の蹴りが決まっており、倒したのではなく蹴るために後ろへ倒れたとしか思えなくなった。
「フッ、クァーハッハッハッ!!これほど最高の気分は久しぶりだァッッッ!!!」
勇次郎は鬼の哭く貌をさらけ出しており、あの子はフラフラと覚束無い足取りで闘技場の中へ戻ってきた。ゆらり、ゆらり、もはや立つだけで精一杯なのにワシの願いを叶えるために立ち上がってくれた。
なんと、なんと良い子なんじゃあっ!!!
あの子は顔も上げず勇次郎の胸板へ倒れるように辿り着いた瞬間、肉体の限界を越えた活動を拒否するように後ろへ身体を傾かせ、思いっきり勇次郎の顎先に頭突きをブチかました!!!!
「…びっ…ビルマの鉄槌…うらぁ…」
勇次郎は頭突きで座り込むように倒れており、あの子はピクリとも動かなくなった。勇次郎を警戒しながら闘技場の中へ入ってきた加藤は彼女を抱き締め、あの子を傷付けぬように医務室へと向かって駆け出してしまった。
くうぅぅ~~っ、若いってええのう!!
「き、キサマァ!!虫けらの分際で俺の御馳走を横取りするとはどういうつもりだァッッッ!!!!」
ワシは勇次郎の叫び声を遮るように仕合終了のゴングを鳴らす指示を審判へと送り、荒れ狂う勇次郎を抑えるために次回まであの子に力を蓄えさせることを条件を出す。
やっぱり、オタク女でも独歩の仇討ちは出来ませんでした。