幼女極東戦記   作:信濃氷海

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毎度遅くなって申し訳ありません。今後は不定期ではありますが少しずつ投稿していこうと思うので、よろしくお願いします。


第四十四話 大転換点 ——2——

統一暦1927年6月5日 08時35分

皇国第一航空艦隊旗艦 空母『赤城』

 

 

「敵機直上!急降下——」

 

 艦橋の見張り員が絶叫する。そこからの光景は、南斗提督の目には全てがスローモーションのようであった。転舵を叫ぶ艦長、耐衝撃姿勢をとる甲板乗組員、頭上で引き起こし体勢に入る3機の敵爆撃機、そして——

 

 不気味な風切り音と共に迫る、黒い徹甲爆弾。

 

 1発目——僅かに逸れた。

 

 2発目——これも至近弾

 

 

 ——だが、最後の1発は

 

 

 ……ズドォォォォン!!!!

 

 

 一拍の沈黙の後、中央エレベータから轟音と共に火焔が噴き上がった。続けて不気味な鳴動が数回続く。……が、その後揺れは鎮まり、後には上空へ立ち昇る膨大な黒煙のみが残った。

 

「被害状況は」

 

「艦中央部に命中した模様です。ですが艦内に何もなかった事が不幸中の幸いでしたな」

 

 汗を拭きつつ、ひどい顔色で艦長が答える。しかし確かに彼の言う通り、直撃はすれども誘爆は防がれた。

 

 五航戦攻撃さるの報がもたらされておよそ3時間。既に多くの搭載機が五航戦救援および真珠湾への偵察のため出撃しており、艦隊直掩の零戦を残してほぼ一航戦及び二航戦は空の状態だったのだ。攻撃隊出撃時には格納庫内に散乱していた爆弾や魚雷などもとっくの昔に片付けられており、甲板に大穴が開き、格納庫内が爆風でめちゃくちゃになった以外は特にこれといった被害はなかった。

 

 ——が、他の空母ではそうはいかなかった。

 

 空母加賀は高空より突如出現した数十機の爆撃機の集中攻撃を受け、回避行動を取るも爆弾4発が命中。不運なことに命中箇所の至近に居た航空機用給油タンク車へ引火。大爆発を起こしたことで艦橋が艦長以下幕僚もろとも根こそぎ消滅してしまい、その後の復旧活動が制限されてしまっていた。

 

 空母蒼龍では、加賀ほどではないものの10機以上の敵機が襲来し、3発をまともに食らって機関部が粉砕された。そもそも防御力に難があった空母であり、僅か20分程で全電源喪失の上消火装置も沈黙し、手がつけられなくなってしまう。

 

 ここまで一航艦が隙をつかれたのには理由がある。この爆撃の少し前に鈍足の雷撃機が低空から接近。上空に待機していた直掩機は釣られるように低空へ向かいこれを迎撃していたのだ。これにより合州国雷撃隊は全滅したものの、それを代償に彼らが得たものは莫大な戦果であった。

 

 結局加賀及び蒼龍は大炎上ののち放棄され、一航艦は一挙に戦力の半分を喪ってしまった。

 

 目を血走らせ、血が滲むほど唇を噛む南斗提督。しかし、赤城にまともな艦載機がない以上防御に徹する他なく、東進する五航戦との合流を命じた。一航艦始まって以来の屈辱に震えながら……

 

 ——だが、それでも出来る限りの手は打っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同年 09時40分

ハワイ諸島北北西 合州国機動部隊上空

 

 

 一航艦が大損害を被っていた頃、対する合州国機動部隊側も強力な空襲に耐えていた。

 

 既に真珠湾攻撃隊はレーダーも併用した皇国側の邀撃機により撃退されており、今や陸上機も含めたハワイ島基地航空隊の攻撃に晒されていたのだ。また手持ちの艦載機はもはや出し尽くしてしまい、攻撃隊の直掩機を排除するのも一苦労といった状況であった。

 

 そして、必死の対空砲火も虚しく09時30分ごろサラトガが沈没。元々雷撃された時の損傷が回復しきっておらず、戦う前から満身創痍の状態であった事もあり、これはむしろ良く耐えた方と言ってもいい大健闘だった。

 

 ——他方、無傷であった他の2空母、ホーネットとヨークタウンも限界に近く、機動部隊壊滅の可能性も濃厚になりつつあった。

 

 しかも、彼らの困難はそれだけではなかった。09時40分、空母飛龍より発艦した攻撃隊がその姿を現したのだった。

 

 無論数は多くない。が、なんとか基地航空隊の猛攻を切り抜けようとしていた矢先に現れた新たな敵は、ホーネットとヨークタウンの乗組員らを絶望させるに十分であったといえよう。

 

 ……結局、1時間以上に及んだ大航空戦の末に、ホーネット撃沈、ヨークタウンは航行不能となり漂流後、キングストン弁を開き自沈した。

 

 これにより、合州国はその保有空母のほぼ全てを喪うという大損害を出した。——だが、それは敗北を意味しない。

 

 ほぼ全て、であって全てにあらず。そもそもこの海戦の、合州国側の目的は何か——

 

 

 空母エンタープライズの、救出である。

 

 

 そして、それは

 

 

『——“こちらエンタープライズ、アリューシャン列島に到達せり。敵影なし、脱出に成功”』

 

 

 完遂された。五航戦及び一航艦艦載機群の猛攻を受けながらも、漂流する戦艦ワシントンを殿に空母エンタープライズ及び戦艦ノースカロライナは甚大な損傷を負いつつ追撃を逃れ合州国本土沿岸部へ脱出することに成功したのだった。   

 

 結果として、皇国は戦闘に参加した空母6隻のうち2隻(加賀、蒼龍)が大破のち撃沈処分、2隻が大破(翔鶴、瑞鶴)、1隻が中破(赤城)し、戦艦2隻を喪失(金剛、比叡)、その他いくつかの艦艇を喪失ないし損耗するという開戦以来最大の損害を出した。

 

 これに対し、合州国は空母3隻を喪失(サラトガ、ホーネット、ヨークタウン)、1隻大破(エンタープライズ)し、戦艦1隻を喪失(ワシントン)、1隻が大破(ノースカロライナ)、その他艦艇被害多数という結果であった。

 

 失った艦の数では皇国が優勢。しかし、ミッドウェー島攻略という第一目的は果たせたもののエンタープライズを取り逃し、貴重な空母艦載機搭乗員の多くを喪ったのもまた事実であった。

 

 それだけではない。この戦いは、開戦以来全作戦を完遂してきた皇国にとって初めて瑕疵が残る結果に終わり、その後の戦争計画に大いなる影を落とす事となったのだ。——だが、人々はそれに気づかない。敵機動部隊壊滅という大戦果に浮かれ、裏に潜む危険な兆候を見ようともしない。

 

 統一暦1927年。皇国と帝国が世界を動かす盟主となった輝かしき黄金の時代は——

 

 

 折り返しへと、差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日 夕刻

オアフ島 真珠湾

 

 

「……酷いな」

 

 エンタープライズ追撃をついに断念し、真珠湾へ到着した皇国艦隊。無論その一部である白銀丸も埠頭へ接岸し、ターニャたちは数日振りの陸地へ降り立っていた。

 

 他の乗組員らが疲れと安堵の入り混じった表情で休める場所を探しに行く中、一人ターニャは複雑そうに真珠湾の港湾施設を眺めていた。

 

 効果的な邀撃が出来たとはいえ、それでも無傷とはいかなかった。未だ港湾の一部では煙が立ち上り、ボロボロの艦隊とあわせて酷い有様であった。

 

 今回のような戦いは、良くない。全く良くなかった。全て後手に回ったのもさることながら、損害が出過ぎた。国力で圧倒的に合州国に劣る皇国にとって、このような不毛な消耗戦は御法度だ。合州国に勝利する唯一の手段が、僅かな犠牲で圧倒的勝利を重ね、敵を講和のテーブルに引き摺り出す事である以上それは自明のことであった。

 

 ……そもそも、皇国の余力的にも今年中には戦争を終わらせねばならないのだが、果たしてその事に気付いている者が皇国に何人居るのだろうか。

 

「おや、大佐こちらでしたか」

 

 と、暗すぎる先の展望を憎々しげに思っていたターニャへ声がかけられた。振り向くと、藻塁副長が何故か苦笑いしつつ立っていた。

 

「どうした副長、真珠湾のドックで白銀丸の修理が終わるまでは休息とした筈だが」

 

「いやぁ……その筈だったんですがね、司令部の命令で直ちに出港し本土へ帰還せよとの御達しです」

 

 何……?ああ、成る程そういうことか。一瞬戸惑ったものの、港湾の状況がチラリと目に入りすぐに理解する。……納得は、出来なかったが。

 

「ドックの補修能力が限界と言いたいのだな。自力で動ける艦は本土に帰ってから修理しろと」

 

「まぁ、端的に言えばそうみたいですな」

 

「……チッ、しかし命令ならばやむを得ん。直ちに乗組員を全て艦へ集めろ!」

 

 藻塁にそう怒鳴り、ターニャは嘆息した。本土だって戦時建造に手一杯で補修の余裕など僅かしか無かろうに。国力不足でやる戦争ほど苛立つものは無い……全くどうしてこうなった、存在Xに災いあれ!

 

 心中で存在Xを罵倒しつつ、港湾を一瞥して彼女は白銀丸へと戻る。やれやれ、帰ったらどんな理不尽な命令が下されることやら……

 

 

 

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