「誰か、またクルシュさんに会いにきてる感じですか?」
問いかけは、ヴィルヘルムの傍らに停車している2台の竜車を見てのものだ。
豪奢な飾りつけが目立つ車両を引くのは、これまた毛並み――ではなく、硬質な肌がどこか艶めいて見える気品のある黒い地竜と金の地竜であった。
馬のように血統などがあるのか不明だが、少なくともこれまでに見てきた地竜とは一線を画する風格が備わっている。
御者台に座る御者たちも礼服を折り目正しく着込み、こちらに目礼した以上は無駄口ひとつ叩く素振りも見せない。
スバルの問いかけと視線の意味を察し、ヴィルヘルムは顎を引くと、
「ええ、そうです。王選の参加が表明されて以降、クルシュ様に謁見を求められる方があとを絶えません。もっとも、クルシュ様の方から招かれる方もおられますが」
「未来の王様かもしんない相手にゴマすっておこうって連中なわけね。まぁ、そのあたりは色々と苦労もあんだろうな」
口さがなく事実を端的に表現すると、ヴィルヘルムは苦笑を浮かべる。
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ラッセル・フェローが去った後、門扉の向こう――玄関の扉を開けたクルシュ邸の方から、黒髪の女性が歩いてくるのが見えた。
「……グラディス。」
レイラ・ジゼル・グラディス。ヴィルヘルムが言うところのクルシュに謁見を求めるにんげではなく、クルシュの方から招いた客なのだろう。
ジゼルは、そんなスバルの呟きを気にもせずに、ヴィルヘルムに駆け寄った。スバルが見たこともない笑顔で、
「ヴィルヘルム殿。残念だが急遽予定が入ってしまった為、奥様のお話は後日お願いします。」
「ええ、構いません。貴女も忙しいでしょう。」
「ありがとうございます。ではーーー」
どうやら彼女はヴィルヘルムの惚気話を聞くのが好きらしい。スバルのほうを一瞥もせずに、竜車に乗り込もうとするジゼルを見てスバルは、
「待ってくれ。」
と声をかけた。その言葉を聞いても尚、ジゼルは振り返らない。
「グラディスに聞きたいことがある。」
「……なんだ。」
振り返らない。
「俺はグラディスに何かしたか?」
そのとき、ようやくジゼルがスバルのほうを向いた。
「それに答えるならば…、それは『否』であり『是』だ。」
「どう…いう…?」
ジゼルには先程までヴィルヘルムに対して浮かべていた笑みはない。無表情で無機質。何の感情が含まれているのかさえ、わからない。
「まどろこしい、簡潔に聞け。お前が聞きたいのは『なぜ君は俺を嫌っているのか』だろう。」
「…そうだ。……グラディスも騎士だし、王都の事が原因なら…」
「そんなことはどうでも良い。」
ジゼルは騎士の在り方についてどうでも良いと言い切った。
「はっきり言うが、私はお前が嫌いだ。」
「理由は」
「お前の存在が嫌いだ。お前のことが不愉快で、うっとうしくて、忌まわしくて、疎ましくて、厭わしい。」
「な……んッ」
スバルは勿論、レムも顔を顰める。ヴィルヘルムはジゼルの普段の姿を知っているが故に、驚き目を見開いている。
「不愉快極まりないし、正直視界にも入れたくない。」
その言葉に顔を下に背ける。スバルの思考が怒りに染まり、それと同時に、どうしようもない悲しみが込み上げる。
全て言い切ったと、地竜に乗り込んだジゼルが窓から、
「ただ…お前がエミリア様を思う気持ちだけは痛いほど伝わった。一人の人をあれほど思えるのは、すごいと思う。…それは私にはできないことで、正直妬ましい。」
その言葉に驚き、顔をあげる。ジゼルの視線は完全に前を向いており、スバルとは視線が合わない。
しかし、
「まぁ、肝心なエミリア様や周りのやつらには伝わってなかったがな。」
ようやく視線が交わったと思ったら、皮肉げにそう言われる。
「っ……。」
「出せ。」
そう言うと満足したのか、御者に声をかけ……レムのことを一瞥してからさっさと帰ってしまった。それをしばらく無言で見つめていたが、時間が経ってからスバルに気遣うように、
「……今日の訪問者も彼女で終わりでしょう。中に入るとしますが……スバル殿、なにかあるのでは?」
ヴィルヘルムの問いかけに、ジゼルのことから頭を切り替えて、スバルは頭を掻いて唇を曲げる。
あまりに物分かりがよすぎるのも、先読みされているようで面白くない。もっとも、話が通るのが早いと思えば悪いことなどなにもない。
スバルはそう考えると、ヴィルヘルムの前で背筋を伸ばし、顔を真面目なものへと引き締め直してから、
「悪いけど、今日の最後の訪問者は俺だ。クルシュさんと話がしたい。議題は、俺に力を貸してくれないか的なことでな。…本当はグラディスにも頼みたかったんだが…あれじゃ無理だな。」