Re:ゼロから始める転生生活   作:夜はねこ

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白鯨攻略戦

 星々が夜空から見守る中ーーーー。定刻通りに携帯電話のアラームが鳴り響き、静かな風が吹く宵闇の野に白鯨が現れる報を告げた。

 およそ一分前後――その間に奴が現れる。問題はその時間と場所が、秒単位や座標単位で確定できているわけではない点にあった。

 視線をめぐらせ、神経を研ぎ澄まし、その瞬間を待ち構える。

 ーーーー最も緊張が高ぶる瞬間だ。別段、この討伐に限る話ではないのは当たり前だろう。人生何事も大きな事を成そうと始める直前と、そして終局へ届く直前を緊張無しでは語れない。

 同時にそれは心地よく感じる。気分を害する緊張では無く、自分が生きていると実感できる胸の高まりである。今はまさにその時である。

 だが、魔獣攻略開始を目の前に他の兵とは違い、精神状態が平時に近い者が二人いる。

 スバルに全てを預けているレムとーーーーそしてクルシュの少し前に立つ黒髪の女。

 

 

「何か聞こえないか」

 

 夜色の髪に金色の瞳、レイラ・ジゼル・グラディス。クルシュ自体、彼女とあまり関わったことがないので、実力の底は未だ見えないがーーーこの場の誰よりも強い。少なくともクルシュはそう見ている。かの剣鬼をすら、彼女は容易く凌駕しているだろう。

 

「なんだと?…いや、私は聞こえないが。フェリス、何か聞こえるか」

「……特に聞こえにゃいですよ?」

 

 隣に立つフェリスも耳を澄ますが、彼は知覚できなかったと言う。フェリスは耳は先祖返りによるものではあるが、それは決して飾りではない。

 が、そのフェリスを一刀両断するかのように否定する。

 

「違う」

 

 一向に現れない魔獣。一団も騒めき始めるが、その時。

 

「上かッ!」

 

 フェリスの耳も、その何かを捉える。同時にジゼルは天を仰ぐと───

 

「ーーーー」

「あれが……!」

 

 討伐隊のジゼルの声に反応して上を見る。その瞬間、誰もが息を止めた。恐れ慄くあまり呼吸を忘れるとはまさにこの事なのだろう。傑物たるクルシュ・カルステンですらそうだったのだから。

 

 ーーー白鯨が天を泳ぐ魔獣と言われていることは、決して比喩ではない。その鯨は水ではなく空を掻き、体から霧を吹き出しそれを泳ぐ。

 そしてその霧は只の霧に非ず。触れようものなら、存在ごとこの世から掻き消える。恐ろしいことに、他者の記憶にも残らない。

 故に『霧の魔獣』。この四百年で幾人も忘れ去られ、存在を呑み込まれ、消されたのだ。

 

 

「ーーーー」

 

 夜の野に響く嫌悪感に溢れた鳴き声。精神そして頭に直接影響を与えるかのようだった。

 

 そして、月明かりが雲に遮られたと思った瞬間、その雲があまりに大きな存在の下腹であることを理解し、スバルは自身の記憶の成就を見届ける。

 映し出された白鯨の射影は彼らの足を竦ませる。

 影の大きさだけで理解出来た。これが、先代・剣聖すら屠った魔獣なのだと。

 

「ーーーー」

 

 白鯨はまだこちらに気付いていないようだった。ゆっくりと天を游泳する魔獣に奇襲するなら今がベストだ。

 にも関わらず、討伐隊の誰もが足を動かしていない。それは致命的な差と言える。

 彼らが足を止めている理由が何であれ、例え命令を待っているのだとしても。白鯨に攻撃を察知されようものなら、それは確実に生死の境目となる。

 それを分かっていて尚。白鯨がこの場に現れることを事前に把握していて尚。誰も。

 動揺の気配が広がり始めるのと合わせて、手筈通りの一斉攻撃の呼び声がかかるのを全員が待った。

 が、クルシュが息を呑んだ瞬間より、ほんの半瞬ではあるがスバルたちの方が早い。

 

「――ぶちかませぇッ!!」

 

「――アルヒューマ!!」

 

 クルシュが声を発するよりも早く、スバルが叫んだ。それに合わせる様に白鯨の下腹へ飛ぶ巨大な氷の柱と遅れて射出された閃光。しかしそれは見えない速度で氷の柱を追い越した。

 

「ーーーー」

「ふん。聞くに堪えない鳴き声だ」

 

 

 スバルの叫びに呼応して、レムがすでに練り始めていたマナに詠唱による指向性を与えた。生み出される四本の長大な氷槍は大木を束ねたような凶悪さを誇り、それが風を穿つ勢いで巨体の胴体へと突き込まれる。

 氷柱の先端が固いものに押し潰される音が響き、しかし砕き切られる直前に先端が魔獣の腹にわずかに埋まり、傷口を押し広げて内部へ穿孔――血をぶちまける。

 

 一方でジゼルはこの時に合わせて事前に自分の周囲に浮遊する光の玉を作成していた。この玉を随伴させる事により、特定の光属性攻撃を無駄な詠唱なく放つ事が出来るのだ。そして魔獣の姿を確認するや否や即座に収束した光のエネルギーを矢の形に変えて撃ち出したのだ。

 

 この魔獣は四百年の中で、異物が体の中を通り抜けられる痛みを味わったことがあるだろうか。例えあったとしてもそれは少ない。魔獣は痛みからか、体を大きく畝らせる。白鯨の絶叫が平原に轟き渡り、鼓膜を痺れさせるような大気の震えを味わいながら、スバルとレムが乗る地竜が一気に駆け出していた。

 

 

 ――明言しておくのであれば、決してこれはスバルたちが早まったわけではない。

 

 あの瞬間に動けていなければ、コンマでも動きが遅れていたのであれば、この先制攻撃は白鯨に悟られてしまっていたはずだ。

 あの刹那の間こそが分水嶺。そして、そのほんのわずかな躊躇いが生死を分けるとわかっていながら、クルシュほどの傑物でも白鯨の威容の前には息を呑んだのだ。

 

 くるものと、半ば確信的に考えていたとしても、事実が起きれば人の心には波紋が生まれる。波紋はささやかでも思考に歪みを生み、歪みは停滞を、そして停滞は敗北を招き寄せる――戦端は危うく、こちら不利で始まる寸前だった。

 

 それでもなお、レムとスバルがそこに間に合ったのは一言でいえば『愛の力』である。

 魔法器の存在とその機能への信頼性――クルシュたちの判断がコンマ遅れた点には、その部分への確実とまではいえない不信感が原因であった。姿を見せない魔獣に対する焦れもあり、その判断にささやかな陰りを差し込んだのも無理はない。

 だが、レムはスバルの言葉を、白鯨がこの瞬間に現れるという発言を、一点の曇りもなく、欠片も疑っていなかった。故に彼女はスバルが提示した時間に合わせ、自らが持てる最大火力の魔法を練り、白鯨の出現を確認したと同時に発することができた。

 

 これをレムの愛と言わずして、なんと呼べるだろうか。

 

「とか分析すると超恥ずかしい――ッ!」

 

「スバルくん、もっとしっかりしがみついてください。振り落とされます!」

 

 戦端の切り方を自分なりに分析するスバルに対し、地竜の手綱を握るレムがそう叫ぶ。彼女の言葉は作戦の一部――先制攻撃炸裂後の、第二段階を示していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 クルシュが前を見れば地竜に相乗りするスバルとレムが既に駆け出している。レムの腰に抱きついているスバルがこちらを見ながらガッツポーズをしていた。

 

「ーーーーー」

 

 そして次に、矢の発射地点であるジゼルをフェリスと二人して驚きの表情で見ると、

 

「ん?…ああ、すまない。あの男に遅れを取るのは些か癪だったものでな。一発撃たせてもらったよ」

 

 彼女は腰の剣に手を這わせることもなく、薄い笑みをこちらに向けていた。

 

 先陣を切った二人とジゼルの放った一閃に討伐隊が動揺。

 

 対してクルシュはというと、笑っていた。極めて好戦的な笑みを浮かべながら。

 

「全員――あの馬鹿共に続け!!」

 

 彼らに後れを取らない為に先程の自分を振り払い、息を大きく吸って叫んだ。白鯨を狩るには先手を打つ必要がある。

 

「オオオオォォォオオオォオ!!」

 

 『霧の魔獣』を地に落としにかかるべく討伐隊の誰もが、号令に応じて攻撃を開始。大量の土埃が巻き上がり、その向こうで白鯨の絶叫が再度高らかにリーファウス街道の夜空へ木霊する。

 

 今ここに、白鯨討伐の火蓋が切られたーーーーーー。


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