どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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世界樹編 2000/9/10 ~ 9/11
第一章


 

 私の目の前には、果てしなく広がる雲がある。とっても真っ白。なんだかおいしそうにふわふわしていて、ゆるりゆるりと足元を流れていく。

 日の光を照り返す雲の海を、眩しげに目を細めて眺め続ける。時おり吹く緩やかな風が私の黒髪を優しく撫で、まれに吹く強い風が、長い後ろ髪を背中でポンポンと跳ね遊んでいく。

 

「んー。まーだかなー♪」

 

 ちょっと早く来すぎてしまった。でも眺めは最高だから、待つのは全然苦にならない。

 地に足を下ろしていては有り得ないファンタジックな景色を堪能しながら、私は大切な親友が訪れるのを待ちわびた。

 

 

 

 

 

 遠くから見ても分かる、もの凄く高い木の根元には、それに比べると小さいと言ってもいい町がポツンポツンとあった。

 町の規模にしては見かける人の数が多い、あちらこちらから蒸気の立ち昇る町並みの中。髪をツンツン尖らせた黒髪の少年が、物珍しそうにきょろきょろしながら1人歩いていた。

 大通りに据えられたスピーカーからは、女性の声で事務的に同じ内容を繰り返し流している。

 

 

 

「──世界樹と名づけられたこの木は、世界でも類を見ないほど空高くまで伸びた、世界最大の木です──」

 

「──頂上は雲の上まで伸び、地上からの高さは1784mもありまして──」

 

「──人類は人工の建造物で、この木を越える事が未だ出来ておりません──」

 

「──この木を登ることは禁止されていませんが、登木料と誓約書へのサインが必要です──」

 

「──500m地点まではエレベーターか階段で行けますが、そこから先は命懸けです──」

 

「──年間延べ約3000人が挑戦しますが、94%は1000mまで達せず、途中で引き返します──」

 

「──残る4%は高額なレスキュー料を払って救助を呼び、残る1%は落下して命を落とします──」

 

「──つまり頂上まで無事に登り、且つ降りてこられる強者は──」

 

「──年間延べにして、わずか30名しかいないのです──」

 

 

 

 少年は階段を急ぎ足で駆け上がり、早々に500m地点まで登ってくる。

 こじんまりした建物の中には、見るからに先へ進む為の扉があった。その扉に貼られた紙には色々書いてある。要約すると『ここから先は危険、立入禁止。登木希望者は受付で許可をもらうこと』とあった。

 

「おじさん! オレ、登木希望なんだけど」

 

 受付に座る眠たそうな男性は、声をかけた少年の方に顔を向け、

 

「んん? 坊やが登木希望?

 だめだよこの先、18歳未満は」

 

 アレ? と首を傾げる少年。この先で待ってるはずの友達も、18歳未満なんだけど。

 

「何か特別な資格か免許がないと……ん?」

 

 次の句を聞いてすぐピンと来た少年は、ポケットからカードを引っ張り出して見せる。

 それを見た男性は、(なか)ば閉じていた目を見開き、驚いた。

 

「ええっ!? プロハンター!? その年で!?

 ……いや、こりゃ失礼。どうぞどうぞ」

 

 そう言った後、男性はすぐ何か思い出したように紙を差し出す。

 

「あ、一応この書類にサインしてくれ。大統領でも書いてもらうことになってる。

 いわゆる登るにあたって、死んでも構わないって例のアレさ」

 

 

 

 

 

 おそらく何処の世界にでもいるハンターという職業。端的に言えば、狩人の(かりゅうど )ことを差す。原始的な生業(なりわい)ゆえに、むしろ無い方が珍しい。

 

 何かを狩って生活する。誰にでも出来そうだが、当然逆に狩られることもある。野蛮で危険な職業──本来であれば周囲の者から良い目で見られることは少ないだろう。

 

 しかしこの世界の『ハンター』は、そういった一般的な意味合いから一歩進んでいる。むしろ憧れの職業とすら言えた。

 

 何を目標とするか。目標に対し、いかなる目的を持つか。それすらも極めて多彩だ。

 

 何を探すのか。何を調べるのか。何を追うのか。何を狩らんとするのか──

 

 それらを為さんとする人々をひっくるめて、この世界では『ハンター』と呼ぶ。自らが名乗るだけでいい。そうすれば自称ハンターになれる。

 

 ただし『プロハンター』だけは別格。極々(ごくごく)限られた者にしかプロの資格は与えられない。プロの称号を求める者の多さに対して、それを得た者の数はあまりに少ない。

 

 この世界はアマチュア・プロフェッショナル含め、多くの人間が『ハンター』を生業としていた。

 そしてこの少年が持つハンターライセンスは、数多(あまた )いるハンターの中でもほんの一握りしか所有できない、まさに選ばれし者の証だった。

 

 

 

 

 

 500m地点までは転落防止の柵の内側を、階段で登ってきた。高い柵が邪魔して、あまり景色はよくなかった。

 

 立ち入り禁止の扉の向こうも、外へ繋がっていた。ただ目の前には転落防止の柵なんてない。階段もエレベーターもない。

 申し訳ない程度に差し渡された床板の向こうは、ただの空。500m上空からは、なかなかいい景色が見下ろせる。とは言え、あいにくの曇り空。薄暗くやや残念な感じでもあった。

 

 左手には木の幹。世界樹の幹がただまっすぐ空へと向かって伸びている。

 どれだけの人が登木に挑んだのか、樹皮は煤け、あちこち裂き傷だらけになっていた。

 

 ごうごうと音を立て、吹き抜ける風。幹に沿って吹く風が、少年の尖った髪をあちこち引っ張る。

 

 景色を見下ろす少年に、受付の男性が扉から出てきて声をかけた。

 

「アドバイスしとくぜ。

 先客の残したクサビや足場をアテにするなよ」

 

 少年は振り向きながら、不思議そうな顔をする。

 

「登れる奴は大概丸腰だ。

 今、頂上にいるヤツもそうだった」

 

 それを聞いて、やけに嬉しそうな顔をする少年。

 

「わかった。ありがとう!!」

 

 その少年の首には、何やら紐で括りつけたスイッチのようなものがぶら下がっていた。

 

「ま、ヤバイと思ったらすぐそれ押しな。

 ウチのレスキュー班は優秀だ。10分位しがみついてりゃ──」

 

 男性が言い終える前に、突然少年の姿が消えた。

 

「だっ!?」

 

 落ちたと思い、慌てて見下ろそうと駆け出す男性。

 

「おい!?」

 

「ハーイ」

 

 頭上から聞こえた遠い声に、見上げる男性。

 

「!?」

 

 すぐには分からなかった。ずいぶん姿の小さくなった少年が、木の幹を登ってる様子が何とか見える。

 

 ──もう、あんなトコまで!!

 

 驚く男性が見上げる中、見る見るうちに少年の姿は遠ざかっていった。

 

「……最近の子供はスゲーなぁ」

 

 

 

 険しいなどという言葉が生易しい、垂直に伸びる樹皮を僅かな手掛かりとともにひょいひょいと登り上がっていく少年。

 

 見下ろすと、曇りであることが本当に惜しまれる絶景。

 

 見上げると、まだまだ先の見えない世界樹の幹が伸びている。

 

 風が枝葉を揺らす中、少年は樹の声でも聞いているかのように、留まることなくクライミングしていく。

 

「──……」

 

 少年の耳に何か聞こえた。動きを止めて少し待つが、何も続けては聞こえてこない。

 

 木登りを再開し、しばらく進んだところで、今度は確実に声が聞こえた。

 

「助け……て……」

 

 声のした辺りを見上げると、幹から伸びる大きな葉っぱ。葉の裏から人影らしきものが透けて見える。

 急いでそちらへ登り詰めると、葉の上には若い男性が横たわっていた。怪我をしているようだ。

 

「大丈夫っ!?

 ……どうしたの? レスキューは呼んだ?」

「ぁ……す、スイッチ……

 落とし……」

 

 どうやら登木(なか)ばで転落し、葉に引っかかったまでは良かったが、負傷で降りることができなくなり、スイッチもなくした為に助けを呼べなかったようだ。

 

 少年は迷わず自分のボタンスイッチを押し込む。カチっと音。

 

 葉の上に乗ると重みに耐えかねて男性が滑り落ちかねないので、やむなくそばの樹皮にしがみついたまま、助けが来るのを一緒に待つ。

 

「すまなぃ……助かっ……」

「無理して喋らなくていいよ。

 もう少ししたら助けが来るからがんばって」

 

 本当は先に進みたかったが、実際に助けが来るかどうか分からない。もしレスキューが来なかった場合、一緒に降りることも考えなければいけないので、少年はここで待つしかなかった。

 

 

 

 10分ほど待つと、プロペラを回した乗り物が下から飛んできた。

 少年は軽く降りて、下から葉を指差す。すぐに意図を察したレスキューが、そろそろと樹皮から遠ざかりながら、慎重に大きな葉へと近づいていく。

 

 

 

 迅速な手際で男性が救助されるのを見届けた後、急ピッチで登り始める。約束の時刻はとうに過ぎている──急がないと。

 

 視界が急激に白く霞がかる。どうやら雲の中へ入ったようだ。

 ぬるぬるとして、今にも滑り落ちそうだ。触れた指から伝わってくる木の手応えだけを頼りに、力強く登り続ける。

 

 視界が晴れてきた。ペースを上げるといよいよ木の幹が細くなり、澄んだ青空の向こうから頂上が近づいてきた。

 

 もう少し……

 

 ──? てっぺんが変だぞ。

 

 少年が訝しむ。なぜか木の先端が、お椀状になっている。

 

 近くまで来ると、やけにデコボコしていた。枝や葉を集めた何かの巣のようで、かなり頑強な造りだ。慎重に巣の外側を登っていき……

 

 フチに両手をかけ、視線を巣上に出す。

 

「?」

 

 なにやら、大きく白くて丸いものがいくつも転がっている。タマゴ?

 

 5つほど転がる巨大タマゴの向こうに、すらりと伸びる足が見えた。

 

 そこには動きやすそうな衣服──運動着のポケットに両手を突っ込み、長い黒髪を風になびかせる少女の姿。

 

 満面の笑みを浮かべ、彼女は少年の名を呼んだ。

 

「待っていましたよ、ゴン」

 

「アイシャ……!」

 

 

 

 それなりに足の置き場がある巣のフチに立ったまま、少年と少女は気持ち距離を開けて話をする。

 

「500m地点からここまで何分かかりましたか?」

「えと、……20分くらいかな」

「ふむ。あなたにしては時間がかかりましたね」

 

 う、と声を詰まらせるゴン。

 

 早速の先制攻撃に顔を曇らせる少年へ、苦笑してみせる少女。

 

「……いいんですよ、ゴン。そういう時は言い訳しても」

 

 更に困った顔をする少年に、ふふっと笑うアイシャ。

 

「あなたなら初めてでも、5分かそこらで来れたでしょう。曇っていたから大して景色もよくありませんでしたし。

 多分そのつもりだったから、約束の時間に遅れたんでしょう?」

 

 ゴンは少女の笑顔に、小さく苦笑して返す。

 

「……アイシャ、全部分かってて言ってるんだよね?」

「そうですよ?

 ゴンが途中で怪我して動けない人のそばで、レスキューが来るまで待っててあげたから遅れたんですよね。

 ……私もここから気づいたんですけど、ゴンが近くまで登ってきてたんで任せちゃおうかなって。ご苦労様でした」

「ずるいなぁ、もう」

 

 言いながら笑顔を見せるゴンに、楽しげな顔のままアイシャはポケットから両手を抜き、辺りへ広げる。

 

「どうです、この雲の海。いい景色だと思いません?」

「うん……! そうだね」

 

 

 

 世界樹の頂上は、雲海に囲まれたまさに絶景を見せていた。飛行船にでも乗らなければ、普通こんな景色は眺められないだろう。まして肉眼で見ることなど山にでも登らなければ有り得ない。

 

 なんとはなしに、並んだタマゴの群れを見る2人。いずれも感じられるオーラは、やや強い。脈動は早く、2~3日のうちに孵るのではないかと思えた。

 

 アイシャがポケットから取り出したクリームパンをゴンも1つ分けてもらい、2人ともあぐらをかいてもぐもぐと口にする。

 

「アイシャはさ」

「ん?」

 

 ゴンの問いかけに、パンから顔を上げる少女。

 

「どうしてオレをここに呼んだの?」

「んー?

 まあ、この景色を見せたかったから、ですけど……」

 

 疑わしげな視線のゴンに、アイシャはチロっと舌を出し、口の回りのクリームをなめる。

 

「うっそぴょーん。

 実は私も、さっき初めて登りましたー」

 

 額に手を当て、「やー。絶景かなー絶景かなー」と周囲を見回す少女。

 はぐらかされてブスっとするゴンに、アイシャは残ったパンを全部ほうばり、咀嚼。

 

「ん、ぐ。

 じょーだん、冗談。ごめんなさい。

 ……ホントはね。大事な話をする為に、ゴンだけに来てもらったんです」

 

 少年は真面目な顔をする。どことなく気楽そうにしている少女は、

 

「覚えてる?

 前に話した、私の正体のこと」

 

 複雑な表情を見せつつもゴンは、

 

「うん……

 アイシャは、前世ではリュウショウ=カザマで、その記憶を持ったまま生まれてきたんだよね」

「そうです。

 私は、前世の記憶と強さを持ったまま、この世界に再び生まれ落ちました。

 ……母さんの命を犠牲にして」

 

 遠くを見つめる少女。横顔を見ていた少年も、釣られて同じ方へと視線を向ける。

 

「わざわざその話をする為に、ここへ呼んだの?

 まだ何か話してなかったとか?」

「ええ……

 もちろんあの時に話したことは、全て本当のことです。

 ……ただ私も、あなた達に真実を伝えるのが怖くて、簡潔にしか話せませんでした。

 だから、一度キチンとお話ししておこうと思いまして」

 

 アイシャは、ゴン達に自分の正体を語った後、自分の父と母にも事実を伝えた。時間をかけて、より詳しく。本当は墓まで持っていくつもりだった、くだらないことまで話してしまった。

 

 無論、そのくだらないことを伝える気は、全く一切金輪際ない。ただ、もう少し詳しくゴン達にも話しておけばよかったと、ふつふつ後悔が湧いてきた。

 

 でも、みんなの前でその話をする勇気もない。だから、ぜったい周りに誰もおらず盗み聞きされないココへ、一番話しやすそうなゴンにだけ来てもらったのだ。後のみんなにも必ず話す。……話すけど、それは時機を見てだ。世界樹を選んだのは、単に観光を兼ねてだが。

 

 この少年は、自分に対して一番理解を示してくれる。その直感が、彼女の唇を開かせた。

 

「今から話すのは、前世のリュウショウ=カザマについてです」

「……アイシャ。

 記憶があるって言ってたけど、それって完璧に全部覚えてるってこと?」

 

 ゴンの質問に、少し困った顔を返すアイシャ。

 

「ちょっと違いますね。前世の私は、130年もの歳月を過ごしました。

 そのほとんどを修行に費やした、長い長い月日。前世の時点でも、日々の瑣末なことはもちろん、少年時代のことなんてほとんど断片的にしか思い出せませんでした。

 それは今も同じ。覚えてるといっても、まぁ大体はといった感じです」

 

 今は、新しいことをたくさん覚えなくてはいけなくて大変だ。前世の記憶のうちでも、大事なことだけは忘れないよう、何度も反復で思い返さなければいけない。おもに武術についてだが。

 

「アイシャ……」

 

 心配そうな目を向ける少年に、目を閉じて首を振る少女。

 

「もちろん分かっています。

 昔は昔、今は今。……私はあの言葉にどれだけ救われたか。

 でも、です。

 今の私は、長い月日を経たリュウショウ=カザマがあってこそ、なんです。

 でなければ私は、今とは全く違う新たな人生を歩んでいたことでしょう」

 

 そう。みんなは言ってくれる。

 前世は前世。アイシャはアイシャ。

 いまを、生きればいいんだと。

 もちろんそれはその通りだと思うし、そうするつもりでいる。

 

 ──でも。

 

「でも……私は確かに、リュウショウ=カザマとして生きた記憶、そして力をもって再び生を受けました。その事実が消えることはありませんし、消すつもりもありません。

 仮に念能力で前世の記憶を消せると言われても、私はNOと答えるでしょう」

 

 そう。この忌まわしい、今も絶え間なく身を包む禍々しいオーラを消せると言われても、だ。

 

 やや強い瞳を、白雲の広がりへと向ける少女。

 

 アイシャの場合、特に問題だったのは前世と今世の性別が異なっていた点だ。

 男性の記憶を持ったまま女性として生を受け、女性として育てられた為、性別の意識がちぐはぐになってしまったのだ。明らかに女性らしい肉体を持った状態で。

 

 

 

 

 

 ────性同一性障害という言葉がある。

 

 簡単に説明すると、『肉体の性』と『意識の性』が逆転したままいつまでも一致せず、違和感を持ち続ける現象だ。一貫して、『意識の性』に『肉体の性』を近づけようと行動する状態である。

 

 ただアイシャの場合、それとも事情が異なる。

 

 完全に男性として生きた記憶を持ったまま、女性として生を受け、女性として扱われてしまったのだ。一つの人格の中に、男に戻ろうとする自分と、女でなければとする自分の、両方が存在してしまっている。それは身体機能にまで影響を及ぼすほどだった。

 

 でも少女は、その状態を是正しようとはもう考えていない。

 

 ありのままを生きよう。昔は昔、今は今。別にどちらかを切り捨てる必要なんてない、と思うようになった。

 

 記憶は薄れていく。放っておけば、アイシャの意識は女性へと変わっていくだろう。

 

 ……まぁ散々悩まされはしたものの、性別うんぬんはさておき、前世がリュウショウ=カザマであった事実だけは認識しておこうと思っていた。

 

 

 

 

 

「なので、私の友達だけでも、キチンと前世の私のことを知っておいてもらおうと思って。

 ……いちおう誤解のないよう伝えておくと、やむをえない事情で私の前世を詳しく知る人達は他にも何人かいます。まぁ大体お気づきでしょうけど。

 前世から風間流でともに修行を積んだリィーナ。

 生涯唯一の好敵手だった、心源流拳法師範ネテロ。

 ネテロとともに心源流の師範として、流派を越えた付き合いをしたビスケ。

 後は、私の父さんと母さんですね」

 

「……なんかそうやって聞くと、ホントにアイシャって雲の上の人なんだなって思う」

 

 ゴンが白い雲の流れに目を向けながら、寂しそうな顔をする。少女はくすりとしてみせ、

 

「気にしないでください。所詮は前世の話です。

 私は私。ただのアイシャですよ?」

「そうだけど……

 アイシャはアイシャでスゴイじゃんか」

「ふふ。

 そう言ってもらえるとくすぐったいんですけど、友達同士で遠慮は無用です」

「分かってる」

 

 うなずく少年に、アイシャも首肯を返す。

 

「では、お話ししようと思います。

 少し長くなってしまいますけど、構いませんか?」

「うん。オレも聞きたい」

 

 そう言ってくれると、本当に心が安らぐ。

 聞き終えた少年がどういう反応をしてくれるか想像をふくらませながら、少女は修行に明け暮れた生涯について語り始めた。

 

 

 

 

 

 実は、自分が異世界からこの世界へ飛ばされてきた、という事実は誰にも話す気はない。たとえ掛け替えのない父母であっても。

 

 信じてもらえないだろう。元の世界で『漫画』として知り得たこの世界の未来、そして数多の知識。それが異世界から流されてきた結果、得たものだ──などと。

 

 自分にとってこの世界は現実に他ならない。息づき、喜び、泣き、笑い、悲しみ、戦い……

 

 長きに亘る艱難辛苦の末、今は心の底から、自分は幸せになれたと言える。それを自ら否定することはできない。

 

 もしこの世界は『漫画』だったなどと口にすれば、それは自分をも含めたこの世界全てへの侮辱だと思えた。

 

 結局、実際にはどうかなんて分からないのだ。今さら元の世界に戻ろうとも思わない。他に自分のような転生者や漂流者がいて出会えたならまた話は違ってきたかもしれないが、ついぞ発見することはなかった。

 

 いずれにしろ、前世について語るとすれば、念能力に目覚めた辺りからとなる。

 

 

 

 

 

「──ある時、私は念能力を得る為に瞑想を始めました。

 瞑想を毎日欠かさず続け、約6年を経て念能力に目覚めました」

 

「えぇっ!? 6年!?」

 

 ゴンが驚くのも当然だろう。記憶違いでなければ、ゴンやキルア、クラピカやレオリオさんは遥かに短期間で目覚めるか、それに匹敵する才能を持っている。

 

 瞑想をして一週間。

 

 天才甚だしい、嫉妬するしかないほどの短期間で念能力に目覚めた。クラピカも、私が念能力に目覚める為、多くの時間を費やしたことに驚いていた。

 

「……どうかしましたか?」

 

 あえてそう返してみる。風が強く吹き、黒髪が派手に揺さぶれる。

 

 風が吹きぬけた後、

 

「だって……

 アイシャでしょ?

 ……前世のリュウショウ=カザマって……」

 

 ふぅ。と息を吐き、

 

「私がものすごい才能の持ち主だと思っていましたか?

 ……逆です。

 私はあなた達のように、優れた念の才も、肉体も、持ち合わせてはいなかったんです」

「じゃあ……」

「修行です。手間取ったのは瞑想だけではありません。

 ありとあらゆる戦いの分野において、私は修行を人よりも多く積み重ねて、不足を補うしかなかったのです。

 ……世間で言われてるような、才覚に満ち溢れた武神などでは決して無い。

 ただの、一般人だったんですよ……」

 

 無理やり努力を続ける為に、念能力で自分を強制操作したことは語るまい。強引に修行大好き人間に染まった結果、その人生の末期に大変な後悔をするハメになった。このうえない茶番だ……

 

 ゴンの方を見やると、少年はぞくぞくと身体を震わせた。

 

「すっげぇ……」

 

 んなこと言われても、ちっとも嬉しくない。割に合わないどころじゃない、生涯を棒に振るような大ドンデン返しが最後に待っていたのだ。もし転生できていなかったら、さぞ凶悪な死者の念を遺したことだろう。

 

 ……ん?

 

 なんかいま、ひっかかったような……

 

 もどかしいけれど、いまひとつ出てくる気がしない。あまり待たせてもいけないので、考えるのをやめて話を続ける。

 

「……今も話した通り、私はとても長い時間をかけて、力を……武を培ってきました。

 幸運なことに、非力な我が身でも学ぶことができる風間流と出会い、今も尊敬する師に戦う術を、何よりも大切な風間流の基礎を、語りつくせないほどに多くを学びました」

 

 目を閉じれば、今でも生涯の師、風間流合気柔術開祖リュウゼン=カザマの御姿が瞼の裏に浮かびあがる。

 

 そう……全てはあの出会いあらばこそ。私はリュウショウであった過去を切り捨てようとは、決して思わないのだ。

 

 風間流を捨てることなど、ありえはしない。

 

「オレもアイシャに教えてもらったこと、アイシャのこと、絶対忘れないよ」

 

「……」

 

 ゴンは私が何を考えていたか、すぐ分かってくれた。よかった……彼に伝えて、本当によかった。

 言葉を返せば、きっと泣いてしまう。

 潤みかけた目をぎゅっとつぶって誤魔化し、話を続ける。

 

「……敬愛する師が亡くなった後。

 私は風間流道場を出て、恩義ある師の教えをより世界へ広めんとする旅に出ました。

 道場建立の為の金策に奔走し、そんな(おり)にリィーナと出会いました。

 私は彼女の協力も得て、新たな風間流道場を建て、風間流の発展に尽力しました。……もちろん修行を欠かすことも一切ありません。

 そんな時です。私の道場にネテロが現れたのは」

 

 目をぱちくりさせるゴン。突然降って湧いたネテロの名前に、きょとんとしている。

 

 ホント降って湧いたに等しいからな。いきなり現れて、危うく殺されるところだったぞ。

 あー思い出したらムカムカしてきた。道場破りの時もボール遊びの時も、いきなり百式観音ぶちかまされたんだった。あのジジイ、まじで殺すぞ……

 

「あのジ……ネテロは、あちこちを道場破りと称して力試ししていたそうです。

 初めて相まみえた時には、お互い老齢の域。そこで私達は……

 まぁ互角の戦いを繰り広げました」

「へぇー」

 

 ……そう言っておこう。今ではリュウショウとネテロは双璧であったとも語られている。最後に勝ち逃げしたのと、心源流と肩を並べるほど風間流が大きくなったことで、印象をガラリと変えたらしい。実際は、勝率でも戦いの内容でもネテロが上だったと言わざるを得ないけど、昔の話だ。ちくしょう……

 

「それから私はネテロを好敵手と定め、幾度となく拳を交えました。

 リィーナも、ネテロが連れ立ってきたビスケと腕を競うようになり、私達は長らく切磋琢磨を続けました。

 修行以外を無用と切り捨て、ひたすら、ただひたすら修行に打ち込む日々。

 それでも……

 武を極めんとする道(なか)ばで、私は自らの命が尽きてしまうことを悟りました」

 

 真剣な表情で私の話に耳を傾けるゴン。うぅ、心がいたひ。真実全てじゃないんだよぅ……

 

 ありのままを話すことは、前世における最大の恥辱でしかないので、多少どころか結構脚色して話すしかない。許してね、ゴン……

 

 私が話を続ける前に、

 

「それでアイシャは……ううん。

 リュウショウは、転生をしようと思ったの?」

「ええ、そうですね……

 生涯の目的を果たせずに人生が終わる、その無念に私は耐えられなかったのです」

 

 うん。これは嘘を言ってない。うん。生涯の目的がもう色々アレですけども!

 

「すごいね、アイ……リュウショウは。

 子供とか家族もいなかったんでしょ?」

「……ええ、そうですね。

 余力あらば、全て修行へと費やしましたから」

 

 表情を変えずにしれっと答えはしたけど、背中にヒヤーっと汗が。。

 ゴンすっごい、無自覚にサラっと核心かすめてったよ。こ、わっ! なんて恐ろしい子……!

 ともすれば顔にも噴き出しそうな汗を必死で自制しつつ、私は話を締めにかかる。

 

「そして前世の記憶を残しての転生に成功した私は、前世で培ったオーラを上回る強大な力を持ったまま、母さんの身体に宿りました。

 その結果……

 母さんは私のオーラを大量に浴びてしまい、無理やり念能力に目覚めてしまいました。

 そのオーラを抑えることも敵わず……

 母さんは衰弱して、亡くなりました。

 その亡くなった母さんのお腹から、赤ん坊の私は無事に摘出されたのです」

 

 少年の表情は、やや沈んだように固まっている。

 

 そうか……

 この子は、母親が分からないんだった。

 くじら島のミトさんは育ての親。父親のジンが、どこかから連れてきたのがゴンだった……

 

 この後は、もう前世のことではない。この辺り、これ以降はゴンも知っていることだ。父さんに捨てられた私がどんなふうに今まで生きてきたか、改めて話す気にもなれない。

 

 

 

 しばらくの間、私達の身体は強風に晒される。ただ、上から雲を見下ろす。

 

 やがて穏やかな風へと変わり。

 

 長く沈黙を続けた私は、話を終える。

 

「私の前世についての話は、これで全てです。

 ゴン……ごめんなさい。

 ありがとう。最後まで聞いてくれて」

 

 悲しげな目を私に向けるゴン。

 

「アイシャ、なんで謝るの?」

 

 思わず顔を背けたくなる。……ごめんね、そんな悲しい顔をさせて。

 

 きっと、私も悲しい顔してるんだろうな。……今は鏡を見たくないよ。

 

「そうね……なんでだろ。

 ……なんて、誤魔化しちゃダメだよね。

 ゴン。……あなたに、嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい。

 でも、改めて言わせて?

 私の前世、リュウショウ=カザマの話、最後まで聞いてくれてありがとう」

 

 ゴンは顔をくしゃりとさせる。

 袖で目をごしごしさせながら、「うぅー……」と唸り始める。

 

 ごめんね……ゴン。

 

 あなたは、アイシャのままでいいって言ってくれたのに。

 あまりに重くて仕方がない、過去の私を教えてしまって。

 

 ゴン……ありがとう。

 

 私は、あなたに拒絶されたとしても、ずっと親友だと思ってるよ……

 

 

 

 再び強い風が吹き、私と親友から離れた雫が、雲の海へと散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 第一章の開幕に当たり、皆様が疑問に思われるだろう点について、何点か補足説明を。



・今作第一章は「どうしてこうなった?」(※以後、無印と呼称)後日談その8の続きから、つまり13代会長総選挙終了後からとなります



・表題である「どうしてこうなった? アイシャIF」の「IF」が何を意味するかは、ひとまずノーコメントで



・ゴンとジンは、無印作中において会長総選挙時に出会わなかった為、世界樹でも会っていません



・今作第一章でゴンとアイシャが世界樹に登った日時と、原作中でゴンとジンが世界樹に登った時期には微妙なズレがあります
 巨大キメラアントは原作に比べ無印の方が遙かに早く掃討されましたが、ネテロ存命の影響で会長総選挙の時期が原作と同時期までズレこんだ為、世界樹に登った時期も微妙なズレ程度で済んでいます



・原作で樹上にヒナがいた場所に、今作で卵があるのは時期が微妙にズレた結果です
 今作第一章は、原作の世界樹より後の時期となります(前のヒナ達が巣立ち、次の卵がある)



・原作の世界樹で両腕骨折した人と、今作でスイッチを落としてしまった人は別人です



・ネテロ存命の影響で、ビヨンドはまだ動けず、カキン王位継承戦も始まっていません。よって暗黒大陸の存在も、いまだ人間世界に流布していません(無印→今作において)
 余談ですが、暗黒大陸について世間一般に広く知らしめる行為は、この世界の国際法に触れるものと思われます






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