「邪魔するよ」
「いらっしゃーい♪
もうじき用意できるから、座って待っててー」
バインダーから聞こえていたのと同じ声が、こちらまで届く。
「お邪魔します」
挨拶をして部屋に入る。──ほぅ、ダイニングキッチンか。隣の部屋に台所が見えて、そこから
私達がいるこちらの部屋には、オシャレなテーブルクロスをかけた食卓が中央にある。部屋の隅を見ると、それより二回り小さい食卓がある。
2人で使うには、中央の食卓は大きすぎる。たぶん部屋の隅に寄せられた食卓が、普段使っているものだろう。中央にある食卓は、今みたいな来客用かな。
モタリケさんは既に中央の食卓の席に着いている。私達の背後で、部屋に入ってこないメレオロンが待機していた。
ウラヌスはそちらを親指で差し、
「モタリケ。
悪いんだけど、肌を見られたくないヤツが1人いるんだわ。
なんとか顔を合わせずに同席させたいんだけど」
「は?
……ああ、なんかやけに顔隠してるのがいたな。
あれ、でも2人いなかったか?」
「1人はこの子だよ。
こっちも肌を見せたくないから、ちょっと隠してる」
「こんばんは……」
ウラヌスに紹介され、
「ああ、こんばんは。
確かに子供ぐらいの身長だったヤツがいたな。
もう1人の方は、なんでまた?」
「詮索するなよ。
で、どうなんだ?」
「んー……」
「モリー!
だったら仕切り、持ってきてあげれば!」
キッチンから声。って、モリー?
「あー……面倒だなぁ」
モタリケさんがぼりぼり頭をかく。
「いいから早く! でないとゴハン抜き!」
「勘弁してくれよ……
分かったよ、運んでくる」
億劫そうに立ち上がり、モタリケさんは私達が入ってきた部屋の扉から出て行く。
「モリーって……」
私がぼんやりつぶやくと、ウラヌスは沈痛な表情で首を振り、
「……モタリケとダーリンを合わせた合成語」
ぉぅ……きかなきゃよかった。
しばらくすると、ガチャガチャ音を立ててモタリケさんが戻ってきた。
ウラヌスが廊下へ顔を出し、
「あ、モタリケ。
ちょっと待て、いまセッティングするから」
そう言うと、中央のテーブルに触れ、少しずつ押し込んでいく。ずずずっとズレていくテーブル。ある程度ズラした後、隅っこのテーブルをやや引っ張り、何とか1人は座れるスペースを作った。そちらへ椅子を1つ置く。
「モタリケ、持って入ってくれ」
「おーう」
ガチャガチャとポールのような器具を運んできたモタリケさん。それを部屋の中に置き、ざっと広げる。ああ、なるほど。カーテンの仕切りか。
モタリケさんとウラヌスの2人で位置を調整し、隅っこと中央の食卓の間をカーテンで仕切る。ふむ、これならいけるか。
「そっち準備できたー?
こっちはもう支度終わったけど」
キッチンから再び声。
「いいよ。頼む」
ウラヌスが応えると、盛り付けがされた皿を両手に抱えた女性が現れる。
一目で、ビスケみたいな人だと思った。長い金髪をツインテールにした、小柄な体格。地味なブラウンの服に、今はエプロンを着けている。
てか若いな……モタリケさんとかなり歳の差ないか? え、むしろ子供みたいな見た目なんだけど? この人、盗賊団の団長じゃなかったっけ? これって──
私がウラヌスに目で尋ねると、彼は私の方から目を逸らして、
「……歳のことなら、念能力者の見た目は参考にならない」
そんなことをぼそっと言う。え? ちょっと待て。なんで私から目を逸らした?
「ん? なんで歳の話なんかしてんの?」
皿を置いた後、腰に手を当て、不機嫌そうに尋ねてくる女性。ええっと……
「いえ、その……
モタリケさんのお嫁さんにしては、その、若いなぁって」
女性が目をぱちくりさせるのと対照的に、視界の端のモタリケさんがなんとも言えない顔でそっぽ向く。
「あー。なるほど、そっかー。
残念ながら見たまんまの年齢じゃないのよねー」
何だか機嫌よさそうにキッチンへ引き返す女性。食卓には、彼女の置いていった料理がある。
よくある家庭料理の類だ。でも、こういうのもちょっと食べたかったんだよね。お店で提供される料理と違って、盛り付けの雰囲気が柔らかい。てか、おなかすいたなぁ。焼肉おいしそう。
「モリー、料理運ぶの手伝ってよぉ」
「はいはい」
モタリケさんもキッチンへ消える。
何となく気まずくて、誰も食卓に座らない。ウラヌスは料理を眺めながら、
「メレオロン、もうちょっと待っててくれ。
料理が揃ったら、皿に取り分けて手前の小さい食卓に置くよ。
用意できたら呼ぶから、その食卓で食べてくれ。窮屈だろうけど」
「……分かったわ」
「ウラヌス。
ぼくも、おねーちゃんと一緒に食べちゃダメ?」
「うーん……
様子見てからかな。どっちが都合いいか、現時点で判断つかないし。
とりあえずシームも俺達に付き合ってくれ」
「うん……」
ふーむ。せめて食事が終わればいいんだけど、食べてる時だけは隠しようがないからな……
そうこうしてるうちにどんどん料理が運ばれて、ウラヌスはそれを皿に取り分けて隅の食卓にも並べていく。
呼ばれたメレオロンはこそこそとダイニングに入り、カーテン向こうの食卓へ移動した。
料理が食卓に並び、ようやく準備が整った。……とは言っても、全員立ったままで席に着いてなかったりする。
エプロンを後ろ手に外した女性は、パンと手を叩き、
「さ、自己紹介くらいしておきましょうか。
わたしはベル。モタリケの嫁やってまーす♪」
うん……改めて言われると違和感ものすごい。よくもまぁ……いや、何も言うまい。
ベルさんは隣に立つモタリケさんを肘でつつき、
「ほら、モリーも」
「おまえ、いまオレの名前一緒に言ったじゃないか……
……モタリケだよ。これでいいか?」
「もちろん。
で、そちらもよければ聞かせてくれる?」
「ん? 俺は関係ないよな。
2人とも知ってるだろ」
「ノリが悪い。ちゃんと付き合いなさい」
「んだよ、それ……
ウラヌスだよ。これでいいよな?」
完全にベルさんのペースっすわ。こういう押しの強いヒト苦手なんだろうな、ウラヌス。
「えっと、アイシャです。お2人ともよろしく」
「シームです」
「……メレオロンよ」
カーテンの向こうからきっちり名乗るメレオロン。
満足気にベルさんはうんうん頷き、
「アイシャ、シーム、メレオロンね。
3人ともよろしく♪」
「おい、俺は仲間はずれかよ」
「えー、そんなわけないでしょ。
あんたはもう、わたしとよろしくしてんじゃん♪」
額をかくウラヌス。あはは……ほんと苦手そうだ。
「じゃあみんな、席に着いて。冷めないうちに召し上がれ♪」
ベルさんの手料理は、見た目はところどころ野趣なのに味は絶妙だった。料理をマメにしてる人のそれだ。私みたいに、たまにしか料理しないと味が濃くなりやすいんだよね。久しぶりだと加減が分からなくなる。家で料理しようとすると、母さんが『花嫁修業?』とかつっついてきて、父さんもそれに反応するからやりづらいんだよな……
「お料理上手ですね」
「そう?
ありがとうー。お世辞でも嬉し♪」
「いえ、ホントに美味しいですよ」
「それそれ♪
モリーってば、毎日美味しい料理ふるまってるのに、お礼の1つも言わなくてさー」
「お前も、働いてるオレに礼なんか言わないだろ……」
嫌そうにモタリケさん。何となくこういう時の顔に、人生の墓場感が漂う。
「……つうかさ。
俺らも暇じゃないんだから、用件あるなら言ってくれよ。
別に本気でメシ招待したかったわけじゃないだろ?」
ウラヌスが疑わしげに尋ねると、フォークをくわえたベルさんが、
「うん?
いや、ご馳走したかったのは本当よ。
ほらほら、アレ。モリーになんか、お金いっぱいくれたでしょ?
あの時のせめてものお礼に」
「はぁ?
お前が言ったんだろ、稼ぎが悪いとかモタリケのやつに」
「それよ、それ。
夫婦なんだから、その手の喧嘩なんてしょっちゅうしてるに決まってるじゃない。
そんでモリーが真に受けて、まさかあんたに金の無心するなんて思わなかったからさ。知ってたらヤメさせたわよ」
「……モタリケ。
お前、俺からの依頼だって言わなかったんだな」
モタリケさんは、自分の皿に取り分けたレタスをフォークで刺しつつ、
「……。
お前からだって言ったら、金受け取るなって騒ぐの分かってたからな」
「あったりまえでしょ!
なんでよりによってウラヌスなのよ!」
「こいつぐらいしか、金を融通してくれそうなお人好し居ねーよ……」
「オッマエ、俺さんざん嫌がったじゃねぇか。
むかつくなー」
可愛い2人にフルボッコにされるモタリケさん。……むしろ、この状況を恐れてたから言わなかったんじゃなかろうか。
「まあまあ、2人とも……
実際には仕事の報酬としてお渡ししたものですし、もういいじゃないですか」
「にしたって、額が多すぎるかなー。
あんたも妥当な額にしとけばいいのに」
「だから、お前が……
モタリケがちょっと贅沢できるぐらい欲しいっつったからだよ」
「それは聞いたけど。
ゲーム攻略にお金いるんでしょ? なんでそんな余計なことしてくれるの」
「……
真実の剣ソッコーで売ったから、いくらか余裕あんだよ。
だからモタリケのアホが、恵んでくれって声かけてきたんじゃねーか……
じゃなかったら、流石にくれてやらねーよ」
「あっきれた。相変わらず。
そんなことしてるから、クリア逃しちゃうんでしょうが」
「うっせーな。
俺がどうこうってのと、クリアできなかったのは直接関係ねーよ。どうせ無理だったさ、そこまでクリア乗り気じゃなかったんだし」
あ、やっぱりそうなんだ。もし前回本気でクリアする気だったら、私達とどこかで接点あっただろうしな。
……いや、ホントに接点ないのか? 私が動いてたわけじゃないから分からないけど、もしかして私達のうちの誰かと接触あったんじゃないだろうか。
「メシぐらい、静かに食ってくれよ……」
うんざりそうにモタリケさん。あー、それは言わない方が……
「っせーよ。
暇じゃねーから、メシ食いながら話してんだろが」
「モリーが変に隠し事するから、こうやって機会作ってるのに!
ゴハン食べながらのお喋り、邪魔しないで!」
そうそう。女性は結構食べながらお喋りするの好きなんだよ。なぜか私の知り合いには、あまりそういう方はいらっしゃいませんが……やたら静かだったり食いまくったり。ミトさんや母さんはよく喋ってたけど。
「あーもう、好きに喋っててくれ……」
「モリー。先に食べ終わっても、席立たないでね。
お話しする為にみんな呼んでるんだから」
モタリケさん、機先を制されるの巻。完全に思考読まれてるな。尻に敷かれた典型です。
「で、本題はなんだよ?」
プチトマトを頬張りつつ尋ねるウラヌス。
「本当はお金返したいけど、あれでしょ?
ぜったい受け取らないでしょ」
「よく分かってんじゃねーか。
一度くれてやったからな。仕事の対価でもあるし、返されても困る」
「だから♪
なんか協力してあげたいわけよ」
あーなるほど、そういうことか。この人はこの人で借りを返したいんだ。
それを聞いたウラヌスは困り顔で、
「協力っつってもなぁ。
俺達もバタバタしてるから、なんか協力したいとか言われてもやりづらいんだけど」
「もちろん邪魔してまで、協力の押し売りなんてしないわよ。
お金の援助はまぁ、モリーの稼ぎじゃキツイけど」
「いや、お前も稼げばいいだろ」
「イヤよ!
わたしはモリーのお嫁さんになったんだから、ぬくぬく家で嫁生活したいのよ!」
「ぬくぬくって言いやがったよ……」
「ずっと憧れだったの!
別に好きで団長なんてやってないわよ!
お母さんの跡継ぎがわたししか居なかったから、仕方なく!
姉も妹もお嫁に行っちゃったから、わたしだけ!」
世襲制の盗賊団長って……なんかよく分からん世界だ。
ウラヌスは額を痛そうに揉みつつ、
「だからってお前、いくら行き遅れが怖いっつっても、モタリケはないだろ……」
「それは流石に聞き捨てならないぞ」
「行き遅れとか言うなぁぁッ!!
別にモリーと無理やり結婚したわけじゃないんだからね!」
う、うん……ちょっとゴハン食べづらいな。食卓バラけた、メレオロンがうらやましい。
「わーったよ、俺が悪かった。ごめん。
……でも、そこそこ年齢いってて焦りがあったのも事実じゃないのか?」
指摘され「ぐぐっ」と呻くベルさん。実際、何歳なんだろ。
「そ、そんなことないし」
「へぇ。今、おいくつでしたっけ?」
ウラヌスのダイレクトな問いかけに、ベルさんの目が泳ぐ。
「……
に、二十代よ」
「へぇ。アラサー?」
「……」
あらさーってなんだろ……。時々耳にするけど、何となく不穏な単語ではある。
「……そんな話、どうでもいいじゃない。
で、協力よ、協力。なんかない?」
「俺に聞くのか?
別に思いつかないよ。今ンとこ順調だしな」
「ホントに?
モリーにバインダー空けてほしいとか頼んでたじゃない」
「まあ、あの時はな。
んー……」
「ウラヌス! バインダーのプレイヤー」
メレオロンが、カーテンの向こうから声をかける。あ、そっか。忘れてた。ウラヌスも明らかにいま気づいた顔で、
「思い出した。
モタリケ、バインダーに登録されてるプレイヤーを見たいんだけど」
「あ?
そんなの、どうするんだ?」
「探してるプレイヤーがいるんだ。
そいつと接触したことがあるか調べさせてほしい」
「ああ、そういうことか。
別に構わないけど、今すぐがいいのか?」
「後でいいよ。
別に急ぎじゃないけど、忘れないうちに確認はしたい」
よかった、よかった。これで丸く収まりそうだな。遠慮なく食事を続けさせてもらおう。分厚いベーコンをナイフで切り分け、レタスと一緒に口へ運ぶ。もぐもぐ。