ようやく護衛の気配が遠退き、俺は一息吐く。
条件を満たした為、ダルツォルネは渋々といった様子で、予知能力の説明を始めた。
【天使の自動筆記/ラブリーゴーストライター】
・特質系能力
自動書記による占いの形式で予知を行う。
占いは4つか5つの4行詩から成り、その月の週ごと(週始めは日曜日)に起こることを予言している。該当する月が6週ある場合、最終週については書記されない。
占いは今月を対象とするが、月の最終日に占いを行った場合のみ、今月ではなく来月の予知を行う。対象の週が過ぎているか、今週の出来事が既に終わっている場合は、過去の出来事を書記する。
悪い予言には必ず警告が示され、その警告を守れば予言を回避できる。
眠ることに関する言葉は、病や死を暗示する。
死の予知がされた場合、その予知の次週以降の4行詩は書記されない。
<制約>
①この念能力を使用して、自分自身の未来は占えない。
②予知される対象者の直筆で、名前(ペンネーム・芸名などでも可)・生年月日・血液型を書いた紙が必要になる。その紙にしか4行詩は書き込めない。
③予知される対象者が占いの場にいるか、対象者の顔写真がなければ、予知は行えない。
④書記している時、自分自身は書いている内容を知ることができない。
⑤書記した内容を、自分自身が知ろうとしてはいけない。
<誓約>
①書記した内容を知ろうとするなど、予知の内容に自分が関わろうとした場合、該当する予知の的中率が低下する。的中率の低下は、関わろうとした度合いに応じて大きくなる。
彼女の予知能力の仔細を聞かせてもらい、俺は頭の中で
「ふぅん……
百発百中って話だったけど、やっぱ違うんだな……」
俺が小さくつぶやくと、場にいるうちの数人が怪訝な表情を浮かべる。ダルツォルネは俺の言いたいことを理解したようで、やや渋面を作った。
「悪い予言を回避できるって時点で、必ず的中することにはならないからな。
そもそも回避不可能な予知なんて意味ないし。
あくまで確実性の高い予測、それをもってどう行動するかが肝なわけだ」
「あまりお嬢様を貶めるようなことは、口にしないでいただきたい……!」
ダルツォルネが抗議してくる。……そりゃそうだわな。最上級の顧客の前でこんなこと言われりゃ。でも、こういうことはハッキリさせておいた方がいい。
「別に貶めてるわけじゃないさ。
そもそも俺は、未来予知だの100%的中だの、そういうのを一切信じてない。
現に俺が見せてもらった4行詩でも、食い違いが発生していた。
おそらくだけど、予知を見た人間が行動を変えたことで、本来の最も起こり得た流れが変わっちまうんだろう。
何が問題かって言うとだ。
そのまま予知通りになれば得をしたはずの人間が、他に予知された人間が行動を変えたばっかりに、予知通りの結果にならないケースがあるはずなんだ。
──ゆえにこの予知は、多人数に対して行えば行うほど、的中率が下がる」
十老頭が難しい顔をする。ダルツォルネは顔を青褪めさせていた。
多分ダルツォルネも、漠然とは分かっていたはずだ。俺が口にしたことで、その不安を明示されてしまったんだろう。
「……しょせん念能力だ。絶対はない」
静寂より深い沈黙が場を包む。今している話は、俺にとっても都合が悪い。だからこそ、無視できる言葉ではないと認識したハズだ。全員が。
これは尚更、言えたことじゃないが……
他に未来予知できる能力者がいた場合。
別の予知によって行動を変えれば、やはりこの占いは100%たりえないんじゃないか。
……こんな能力がポンポンあるとは思えないけどな。可能性を言いだせばキリがないし、言わないではおくが。
「ダルツォルネ。
全く余分な忠告だけど、占う相手はよくよく吟味した方がいい。
影響を与え合う可能性が高い人間を大勢占うと、いま言った危惧が現実化しやすくなる。特に裏社会の人間ほど、悪い予言になりやすいだろうしな。
予言回避を試みた人間が多いほど、的中率が下がるのはどうしようもないだろ?」
「……
そういう占いだからこそ、利点が大きいわけだからな」
避けようのない予知に意味はない。彼女の傍で占いを見続けたダルツォルネだからこそ、それは否定しようがない事実だと理解してるはずだもんな。おそらくこれまでにも危ういケースはあったはずだ。
「後から、従ったはずの占いが外れたと顧客に抗議されるより、できるだけ事前回避しておいた方が損失は小さいだろ? 占い師にとって、その手の評判は何より大事だしな。
……できれば占いの単価を上げてでも、より高い地位にある人間だけを占った方がいいかもな。それなら顧客も納得がいくだろうし。
値が張るからこそ、他に占ってもらう人間が少なくなって、的中率も上がるんだから」
「こやつ、コンサルティングまでしよるか……」
十老頭の1人がぼそっと言った声に、俺はふと我にかえった。
あれ? 俺、めっちゃ余計なこと言ってる? なんで裏社会の人間支援してんだ?
……あ、うん。モノの流れ、モノの流れ。しゃーない。
口傷のおっちゃんが、ポンと俺の肩に傷だらけの手を乗せ、
「つまりだ。
オレ達十老頭全員が顧客になって、占い結果を共有しあった方がいいってわけだな?
どうだ?」
「……う、うーん。
まあ、そうだな……
それならお互いの予言を知って、悪い予言が出た人間が回避の為にどう動くかまで知ることができる。予言が外れた先の予測もしやすいだろう。情報量も相当だしな。
でもアンタ達、そこまでの協力関係を結べるのか? かなり信頼し合わないと、上手くいかない気がするけど」
「その辺りは課題だろうが、お前が心配するようなことじゃないさ」
……。心配するなとか言われちゃったよ。
「えっと。
話が逸れまくったけど、今ある占い結果について話そうか。
ダルツォルネ。あんたは見たことあるだろうけど、テーブルの上にある予言詩について質問に答えてくれ」
「……了解した」
そうして、やっと現在の問題に戻ってきた。
それぞれの予言詩を書いた紙に分かりやすく、占った相手、占った日時、そして占った内容がどの週を指すかを追記していく。
①競売の客4人(占い日時8月31日朝)
-9月初週-
何もかもが値上がりする地下室
そこがあなたの寝床となってしまう
上がっていない階段を降りてはいけない
他人と数字を競ってもいけない
②十老頭リーダー格(占い日時9月1日昼)
-9月初週-
黒い宴を愉しみにして
高みの見物を決め込んではいけない
暗い波間に身を潜めれば
音もなくあなたは寝床に就く
③十老頭のうち1人(占い日時9月2日昼)
-9月初週-
夜空に輝く霜月が獣の影を踏み躙り
堕天使の翼の羽ばたきが
総ての暦を剥いでゆく
港に沈んだ月達は仏の御手に託される
-9月2週-
時期外れに乱れ咲いた
桜の精霊が沈み往く月達を見送る
精霊の調べに身を委ねなさい
床に臥す黒い商品がやがては目を覚ますから
うん……やっぱタイミングだな。
①と②を占ったのは初日の競売開始前。つまり、予言回避の行動を採っていない状態の占いだ。
③は、②の予言を回避した結果だろう。会合を持つ予定だった十老頭の1人が暗殺されそうだったなら、十老頭全員に同じ結末が訪れた可能性がある。①と同じように。
にも関わらず、③の十老頭に死の予知はなく、更に2週目以降の詩が存在する。事件があった9月1日、②の予言を回避した後の占いだった為、それを反映した占い結果が出たわけだ。
にしても……
③の9月初週『夜空に──』から始まる占いは、他と比べても異様だな。
まるで頂上決戦を吟じた詩みたくなってて、圧巻なんだけど。ホント何があったんだ。
……。
頭の中で整理して湧いてきた疑問を、ダルツォルネにぶつける。
「8月31日の時点で、アンタはこの占い結果を知ってたんだよな?
地下競売の客に、死の予知が出てるって」
「……ああ、その通りだ。
お嬢様が顧客の予知を行った後、私の方で占いの内容を確認し、もし死に関する暗示があった場合は、占い結果と合わせて顧客へ警告をする。
全く同じ死の予知が4人の顧客に対して出て、かつ4人とも今年の地下競売へ参加予定だったことも調査して分かった」
ダルツォルネの言葉に、俺は眉をひそめ、
「それが分かっていて、なぜアンタ達はこんな危険な場所にいるんだ?
一体いつからヨークシンに滞在している?」
「……、8月31日だ。
その予知を行う前に、お嬢様は地下競売に自ら参加予定だった」
「なるほど、そりゃキモが冷えたろうな。
彼女は自分を占えないし、他人の占い結果を知ってもいけない。
なのに、明らかに危険な予知が出ている地下競売へ参加しようとしたわけだ」
俺がそこまで言うと、ものっそ複雑な顔をするダルツォルネ。
「……お嬢様を説得し、我々護衛団のうち3人が代理で競売に参加する予定だった。
お嬢様が欲しがっていた品は、あらかじめ把握していたからな」
「その、参加した3人は?」
「……。
2人は殉職した。先ほどいたヴェーゼだけが生き残った」
「……そっか。
いちおう確認するけど、ノストラードファミリーとして、幻影旅団に報復するつもりはあるか?」
「……ない。
この③の詩にある『霜月が獣の影を踏み躙った』現場に、我々は居合わせた。
その場で、我々の戦力で倒すことは不可能だと判断した……
マフィアンコミュニティーが報復することを再決定すれば、我々も尽力はするが」
「うん。
……いや、あんた達はやめときな。
戦力うんぬんじゃなく、彼女の護衛に専念した方が誰にとってもいいはずだ。
結構狙われるんだろ、あの子? あんた達に何かあったら、当然彼女にも危険が及ぶ。マフィアンコミュニティーとしても、そちらの方が損失が大きいだろう」
口傷のおっちゃんが1つ頷き、
「……なるほどな。ダルツォルネ。
そういうことなら、マフィアンコミュニティーに所属するマフィアが、一方的に彼女を狙っていたらオレに直接連絡しろ。即座にやめさせる。
所属しない連中に狙われて戦力が不足するようなら、こっちから充当してやってもいい。
あと、今回の件で報復が採択されたとしても、お前達の参加は強制しない」
「あ……
ありがとうございます!」
「なに、礼には及ばん。
あの嬢ちゃんの占いで命拾いしたからな。安いもんさ」
……。俺、また余計なこと言った気がするな。マフィア、どんどん強化されてく件。
それ言ったら、俺この件に関わらずにほっといた方がよかったんだろうけどなー。……つっても、裏社会のパワーバランス崩れるとかえって争いが起きやすくなるし、よりけりだけど。
「ああ、報復うんぬんで思い出した。
そもそもゾルディックへの暗殺依頼は取り消してるじゃん?
あれって、幻影旅団が流星街出身だって分かったからじゃないのか?
だとしたら、そもそも報復なんて選択肢は消えるはずなんだけど」
口傷のおっちゃんは、俺へ難しい顔を向け、
「お前がゾルディックに伝えた、その件だが。
ヤツラを1人でも捕らえるなり殺すなりしていれば、調べることもできたんだがな。
国際人民データ機構で照合しようにも、連中が『居ない』ことを立証するのは難しい。
居るのなら調べようもあるが、流星街出身であることを示す情報はないからな」
「……確かに。そっちの線で調べるのは困難だな。
ハンター協会の方でそれを調べたとしても、その結果をあんた達が信用しないなら同じことだ」
「その通りだ。
だが、お前が連中を流星街出身だとする根拠はこっちだろ?
『クルタ族虐殺事件』と『31自爆テロ事件』。その現場に残された共通のメッセージ、『我々は何ものも拒まない。だから我々から何も奪うな』……
違うか?」
「うん、それだよ。
けれどアンタ達も、流星街に問い合わせしたくても出来ないんだろ? あの幻影旅団と流星街は関係あるのか、なんて。こじれたくないもんな、持ちつ持たれつなんだし。
断定できなくても、可能性があるってだけで手打ちにせざるを得ないと思うが」
「簡単に言ってくれるな……
断定できないからこそ、いま報復するかしないかで揺れてるんだ。
相手が悪いというのは『31自爆テロ事件』を調べて、理解はしている。
だが、競売品が見つからない今、メンツを何ひとつ保てないのはマズイんだよ」
「大変だねぇ、ヤーさんも。
競売品が見つかって、地下競売を行えれば報復はやめるのか?」
「それが最低条件だな……
とはいえ、流星街のみならずハンター協会まで敵に回すのは、分が悪すぎるとは考えている」
「うん、実に賢明だな。
協会に介入の口実なんて与えない方がいいぜ? あっちは各国政府とも繋がりがあるんだし。
ドンパチやってカタギに迷惑かけないでくれ」
「耳が
それも精霊の調べってことなら、無視できないから困る」
「俺を不思議ちゃんみたいな扱いすんのヤメテ。
それはともかく、あんた達が焦ってたトコを見ると、地下競売を行うタイムリミットを気にしてるんじゃないのか?」
「もちろんそうだ。
ヨークシンで開催される全てのオークションは、9月10日で幕を引く。
よって地下競売を内密に行えるのは、明日の夜が限界だ」
「それを過ぎたら、帰るファミリーも多いだろうしな……
急いで来て良かったよ。ま、やるだけやってみるか」
「ああ、頼む。できるだけ急いでくれ。
あと必要な情報はなんだ?」
「競売品を運んでた梟とやらの能力と、そいつの殺害現場かな。
ま、倒れたビル周辺で間違いないんだろうけど」
「梟の死体、というか残骸は、クレーターに埋もれる形で発見された。
無論、周辺は調べさせたが競売品のカケラも発見できていない」
「俺以外の念能力者に、捜索を依頼したか?」
「……あまり大っぴらにはできないんでな。
内々は別にしても、外部に頼むのはお前が初めてだ」
「オッケ。しゃーないわな。
じゃあ梟の能力を教えてくれ」