どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

113 / 300
外伝十三章

 

 本来なら9月1日出品予定だった、第一部の競売が終了し。

 第二部開始までの間、少し出歩かせてもらう。競売品の警備が大増員されて笑ったけど。どんだけ俺のこと、アテにしてたんだ。

 

 センリツがわざわざ昼食を調達に行ってくれてるので、廊下で待っている。俺の見張り、誰もいねー。いやまぁ、建前なのは分かってたけどさ。

 

「ゼンジッ!!」

「もうやめとけ!」

 

 うん? なんか揉めてんのかな。

 向こうの方で、おっさんがおっさんを一方的に殴ってる。実に見苦しい催しだ。

 ネオンさんやダルツォルネが近くにいて、オロオロしてる。ということは……

 警備員は周りに……いないな。競売品の方に駆り出されちまったか。しゃーない。

 

 ふっと歩を寄せ、更に殴ろうとしたスキンヘッドの手首をきゅっと掴む。

 

「な、なんだこのガキッ!? どっから──」

 

「事情は知らんけど、そのへんにしとけって。

 コミュニティーの警備がこっち来てるぞ。相手が反撃してないし、あんただけワルモンだぜ」

 

「あぁッ、何だコノヤロウッ!?

 このガキえらっそうにッ!! 警備と言わずオマエがやってみろやッッ!!」

 

 ほんまにしばいたろか。せんけどさ。

 

「キミ、別にいい。やめてくれ」

 

 殴られて、今も胸ぐらを掴まれてる本人が、俺の方を制止してくる。……言われんでも、手なんか出さないよ。これ以上。

 

「ゼンジも放せ」

「こんな奴相手にムキになんな。警備が来たらマズイぞ」

「くそっ! はなせ!」

 

 俺の手を振りほどき、ついでに胸ぐらを掴んでいた手も離す。

 回りの連中にも制止されたゼンジというおっさんは、乱れた服装を直し、

 

「ケッ!

 誰もテメェなんぞ認めてねェからよっ!!」

 

 歩いてったゼンジとやらが、向こうの方で置物を蹴っていってる。完璧チンピラだな。むしろ笑えてくる。

 

「パパ、血が出てる……」

「大丈夫、どうってことないさ。

 たまにあることだからな。それよりネオンに怪我がなくてよかった。

 いつも言ってるように、危ないからああいう人達に近づいてはいけないよ?」

「うん……」

「ボス、申し訳ありません……」

「いい。お前の判断は間違っていない。

 オレのことより、ネオンの護衛を厳重に頼む」

「は……」

「誰かは知らないが、キミも割って入ってくれて済まないな。

 礼を言っておく」

 

 殴られてたおっさん、いや多分ネオンさんの父親が言ってくるのに対して首を振り、

 

「ううん。

 ネオンさんが近くにいたし、身内かなと思って」

「うん?

 ネオン、彼女は?」

「パパ、この人が話してた例の人だよ。

 十老頭さん達に呼ばれてきたっていう精霊さん」

 

 うぉい、その紹介。つか、自分の占い結果知らないんじゃなかったのか。

 

「キミか……

 行方不明だった競売品を発見したハンターは」

「あ、うん……成り行きで」

 

 ダルツォルネが複雑な顔で、

 

「ボス。

 この方が、例の占いについて忠告してきた──」

「それもキミか。これはまた……

 うむ、せっかくの機会だ。少し時間を取ってもらってもいいかね?」

「ちょっとの時間なら。

 どんなに遅くても、競売の第二部が始まる前には戻るけど」

「そこまで時間は取らせない。

 ダルツォルネ。彼女と少し話してくる」

「はっ」

 

 ネオンさんやダルツォルネ達と離れて、ネオンさんの父親と立ち話を始める。近くまで戻ってきていたセンリツは事情を察したらしく、ネオンさんの方へ行った。

 

「改めて、キミには礼を言わせてもらう。

 いや、まずは謝るべきか。見苦しいものに付き合わせてすまなかった」

「ご愁傷様。

 ああやって、いつも絡まれるのかい?」

「顔を合わせると、たまにな……

 適当に流せばいいんだが、腐った罵りを受けると、つい反論してしまう。

 自分の無能をタナにあげて、オレの成功を(ねた)むヤツが多くて困ってる」

 

 娘の占いありきなのに、と思いはするが、彼女だけで荒稼ぎするのは難しかったろう。なんだかんだで、この父親にも商才はあるんだろうな。かなり危なっかしいが。

 

「そもそも他の護衛はどこ行ったんだ?

 ダルツォルネ以外、見かけなかったけど」

「ああ……ちょうど落札した競売品を引き取りにな。

 こちらが手薄になったのを見て、絡んできたのかもしれん」

 

 なるほどね。落札品の受け渡しは各部終了ごとになってる。いつ競売が終わるか分からないのに、落札した側も競売の最後まで待ってられないだろうからな。コミュニティーとしても早く渡しちまいたいんだろう。その後どうなっても知らんフリできるから。

 父親はゴシゴシと顔をこすっている。

 

「……やっぱ痛そうだな。すぐ治療した方がいいよ」

「いや、どうということはない」

「少しじっとしててくれ」

 

 ん? という顔をする父親。周囲にバレないよう、傷ついた顔にヒュッと指を走らせる。簡易治療だ。ついでに出血も拭っておいた。近くのテーブルから紙を取り、指先に付いた血を拭く。

 

「もういいよ」

「……? なにをしたんだ?」

 

 父親は顔に手を当て、不思議そうにしている。多分、痛みもほとんど消えてるはずだ。治るのはそれなりにかかるけどな。

 

「1時間ぐらいしたら、腫れは引くと思う。

 数時間で跡形もなくなるよ」

「まさかっ! (なお)──」

 

 指で唇を押さえて遮る。

 

「大声で言わないでくれ。秘密にしてんだから」

「……っ。

 ああ、あぁ……すまない」

 

 俺も迂闊だとは思ってるけどな。どこから洩れるか知れたもんじゃない。

 

「ま、お近づきの印さ。基本隠してるからアテにはしないでくれ。

 つっても、裏社会に関わるつもりはないんだけど」

「もう、どっぷり浸かってるじゃないか……」

「これっきりだよ。十老頭にもそう言うつもりさ。

 俺は忙しいんだ」

「……十老頭が、キミのことを精霊と呼んでいるらしいな。

 どうもその呼び名で広まっているらしいが」

「あのオヤジども……!」

 

 完全に不思議ちゃん扱いじゃねーか。遺憾の意を表する!

 

 ──ついでに言うと、もう十老頭にネオンよりファンがついてたりする。本人の知らぬところで色々手遅れである。

 

「キミが忠告したという、占いの人数を減らした方がいいという件。

 なかなか興味深かったよ。もし今より占いの単価を上げても十老頭全員が顧客になってくれるというなら、ずいぶんと嬉しい誤算だ」

「それはまぁ、都合のいいようにすればと思うけど……

 そういや、あんた自身や護衛の占いはしないのか?」

「ああ。

 ネオンは、あまり占いをさせられるのが好きではなくてな。できれば数を絞りたい。

 それに、近しい人間を占うと外れる気がすると本人も言っている」

「まぁ……そうだな。

 近しい人間だと、本人の耳に知らず入る可能性もあるしな」

 

 じゃなかったら、占ってもらうに決まってるもんな。そっか、あの子嫌々やってたのか。

 だからこそ、娘が競売に参加するのも止められなかったと。難儀なことで。

 ふと気づくと、父親は妙に険しい表情を見せ、

 

「キミは、未来予知を信じていないらしいな」

 

「うん? ああ、まぁ。

 確実性の高い予測までなら、不可能じゃないと思うけど。現に競売品を発見できたのは、彼女の予知のおかげだしな。

 いや、放っといても見つかりはしたか。別に未来を変えたわけじゃないしな。でも発見できる前提で地下競売をスムーズに行えたのは、予知のおかげと言っていいんだろう」

 

「うむ。悪い予言ではなかった場合でも、予言の内容に従いながら行動を最適化できるという面はある。今回はまさにそのケースだ」

 

「そういう使い方もできるなら、確かに予知って強力だな……

 ただ仮に念能力でも、100%の予知は無理だよ。

 少なくとも俺はアテにする気にはならないし、占ってもらいたいとも思わないね」

 

「……だが、あの子の占いは外れたことがないぞ。

 無論、警告に従った場合は悪い未来を回避できるが。

 十老頭も今回の予知に関しては、大手柄だと絶賛してくれている」

 

「……

 未来予知の確実性は議論しないにしても。

 他に、予知能力者がいたらどうなる?」

 

「な──にッ!?」

 

「他に予知能力者がいて、悪い未来を回避する為に行動した場合。

 彼女の予知が外れることは有り得るんじゃないか?」

 

「まさか……

 娘の他にいると言うのかっ!?」

 

「……さあね。

 でも、念能力者自体はいくらでもいるしな。現にあんたの娘さんは使えるわけじゃん。今はいなくても、これからさき現れる可能性は充分ある。あんたやネオンさんのやり方を見て、同じような商売を始めるヤツが出てきたって不思議はないさ」

 

「……今のところ、そんなヤツの話は聞いたこともないが」

 

「ネオンさんとは逆に、自分や身内の未来予知しかせず、秘匿してるケースも考えられる。

 だから、他にいないとか、外れることは有り得ないだなんて、決めつけない方がいい。

 情報収集だけはしっかりと。それくらいしておいてもソンはないだろ?」

 

「う、……む。

 ……覚えておこう」

 

 大体、まだ謎が残ってるんだよな……

 幻影旅団を捕縛するほどの実力者が、なぜヨークシンへ居合わせたか。

 別に、オークションが開催されているこの時期、たまたま訪れていたということがないとは言えない。

 

 でも。ヨークシンシティは大都市だ。オークションも星の数とまでは言わないが、山のように点在する。

 たまたま訪れていたにしては──あまりにも初動が速すぎる。

 まるで幻影旅団の襲撃を察知したかの如く、即座に鎮圧してみせている。

 事前に知っていた、ではない。知っていたなら未然に防ごうとしただろう。けど初日の競売は惨劇に見舞われている。

 

 つまり──いきなり察知したような動きだ。まるで何らかの予知をして。

 

 その結果……ネオンさんの予知が、大きく変化した可能性もある。

 ネオンさんの占い結果を見て僅かに予知を回避する行動をしただけなのに、旅団が壊滅するほどの変化が起こったとは考えにくい。肝心の陰獣は全く歯が立たなかったんだし。

 

 プロハンターらしき子供がいたことといい、どうにも奇妙なんだよな……

 

 

 

 ────堕天使の翼の羽ばたきが、総ての暦を剥いでゆく、か。

 

 

 

 改めて脳裏を過ぎる、詩の凄絶さに身震いする。

 

 

 

 第二部の競売が開始し、そちらは何事もなく終了。

 センリツと駄弁りながら第三部の競売も進んでいき、その部最後の競売品『緋の眼』を7億でネオンさんが落札した。ぶっ放すなぁ……

 モノがモノなので、俺もちょっと間近で見物させてもらった。

 

 世界7大美色と謳われるだけあって、言葉にできないほど美しい緋色に彩られていた。

 

 けど……

 

 その瞳からは、峻烈な(しゅんれつ )までの憤怒が滲み出ていた。数年経って尚、これほどの精神力がこびりついている。……眺めていても、いたたまれない気持ちにしかなれなかった。

 

 

 

 そして第四部、俳優ソン・リマーチの使用済みティッシュとかいう謎アイテムを600万で──高いのか安いのか、完全に感覚が麻痺する値でネオンさんが落札し。

 

 全ての競売品が、滞りなく落札された。

 

『これにて、今年のオークションは終了となりますっ!!

 皆様、長い時間お付き合いいただき、まことにありがとうございましたっ!!

 来年のオークションも、ぜひお楽しみにーッ!!』

 

 会場が拍手に包まれる中、ようやく深く息を吐いて俺も拍手に付き合う。

 

 ……まぁ、なんだな。別にめでたくはないんだが。

 

 ホントはこの地下競売、成功させちゃいけないんだろうけど。破格の真っ黒さだったし。落札総額数千億、ヘタすりゃ兆いってたんじゃねーか? 後が詰まってるからか、進行がめっちゃ速くて勢いすごかったしな。

 この金が巡り巡って、来年以降も地下競売が行われて、潤った裏社会の犯罪を促進するわけだ。……もう知らん。面倒見切れん。

 

 ホールから雑談と席を立つ音が響く中、

 

「じゃ、センリツ。

 俺は呼ばれてるし、もう行くよ。

 闇のソナタ、もし俺の方で情報が入ったら必ず伝える」

「ええ、期待しているわ。また会いましょうね」

 

 センリツと握手して、俺は立ち上がる。

 

「おい、待ってくれ!」

 

 舞台上から戻ってきた、後ろ髪を縛った男が走ってくる。

 

「まだ名乗ってなかったな。

 オレは競売最高責任者を務めるビーンだ。

 ……オマエのおかげで、オレは命拾いした。礼を言わせてくれ。ありがとう」

 

 握手を求められたので、俺は素直に応じる。

 

「あんたが助かったなら来てよかったよ。

 今年は大変だったな」

「まったくだ……

 銃なんて突きつけて悪かった。許してくれ」

「はは。

 覚えてないね、そんなこと。

 じゃあ俺は、十老頭と一緒にメシ食ってから帰るよ。

 せっかく命拾いしたんだし、長生きしなよ」

 

 そう投げかけて俺が振り向くと、やたらニコニコしながらセンリツが見ていた。

 

「……なに?」

「いえ。

 あなたの心音、とても優しいメロディーよ。聴いてるだけで癒されるわ」

 

 ……今度は癒し系かい。俺をなんだと思ってるんだ。

 

 

 

 そして、十老頭の円卓。

 俺が混ざってるせいで11人着く、何ともすっきりしないテーブルで。

 口傷のおっちゃんが乾杯前の口上を長々と垂れ、ようやくシメにかかる。

 

「──ともあれ、競売自体は無事に済んで何よりだった!

 では、我々を救った精霊の調べに──乾杯ッ!!」

 

『かんぱーい!』

 

「おぉい……」

 

 俺1人抗議するが、完璧無視されて互いにグラスを打ち合わせている。嘆息しながら、やらかしてくれたおっちゃんと俺もグラスを打ち合う。俺のはただのジュースだけどな。

 ……ま、いいや。

 腹へってるし、めっちゃご馳走並んでるし、大人しく御相伴にあずかろう。

 目につくジャポン食の皿を寄せ、食べる分を取り皿に乗せていると、

 

「しかし、お前も付き合いがいいな。

 後で聞いた話だが、このビルを探し当てた時、入口から銃を突きつけられたそうだが」

 

 おっちゃんが今更なことを言ってくる。

 

「……むしろ、そうならない方がおかしいだろ?

 俺、正確な場所も知らされずに、厳重警戒されてる中に入ってきたわけで。

 ヘタすりゃビル近づく前に撃たれてるじゃん」

「ああ。

 電話で詳細を伝えるわけにもいかなかったからな」

「まぁそれは分かるんだけど。

 結局どうしたって、不審者扱いされるしかないじゃないか」

「いちおう客人が来たら、オレ達のところへ丁重に案内しろと伝えていたんだが……

 怒ってお前が引き返していたら、ビーンの野郎に制裁を下していたところだ」

「丁重ではあったよ。

 銃口向けながら、地獄にでもご案内いただけるのかと思った」

 

 はっはっは、と俺の話を聞いていた数人が笑う。別にンな面白くねーよ。

 

「しかしあの、ビーンだっけ?

 競売の最高責任者らしいけど、あの人も散々だな。

 幻影旅団から何から振り回されっぱなしで、あげく役職名通り責任だけは取らされそうだったんだろ?」

「……もし競売品も見つからなかったら、ヤツは確実に断罪の対象だった」

 

 離れた十老頭が怖いことを言ってくる。

 

「じゃあ俺と似た者同士だな……

 俺もここに来なかったら報復対象にされてて、発見するのをしくじってもやっぱり巻き添い食らってたわけだ。ったく、ワリに合わないねぇ」

「ビーンの野郎に、その責任を取らせるつもりなんてなかったがな。オレは、だが。

 情報が錯綜(さくそう)してオレ達が混乱する中、現場近くで陣頭指揮を執ったのはヤツだからな。相手が蜘蛛でさえなけりゃ、ケリをつけてただろう」

「……あんたらが断罪しなくてもだ。

 無理やり終戦宣言を出してたら、誰かにキュッとシメられただろうさ。

 んな目立つことしてたら、お前のせいだって責任とらせようとする連中も出てくる」

「そいつは……どうしようもねーな。

 たらればを言えばキリがねぇ」

「確かにな」

 

 一度話を切り、食事を進める。味はいいけど、やっぱ食いづらいな……こんなコワモテぞろいだと。いや、むしろ俺が浮きすぎなんだが。

 

 メインの謎肉……多分、羊かな? 風変わりな食感と薫りを楽しんでいると、

 

「しかし、存外あっさり終戦宣言は受け入れられたな。

 いくらなんでも、もう少し荒れることを想定していたんだが。

 お前が考えたスピーチの内容をほとんどそのまま使わせてもらったが、ああもキレイにハマるとは思わなかったぜ」

 

 口傷のおっちゃんがそう言ってくる。うーん、その話か……

 俺とこの人が喋ってる内容、全員きっちり耳を傾けてるからな。雑談じゃ済まないから困る。

 

「あんたのカリスマあってこそだよ。

 会場にあんたの声が響いた途端、ホールに集まった裏社会の大物達が揃いも揃って緊張してたぜ」

「そう言ってもらえると嬉しいがな。

 その実、子供の書いた筋書きを、渡りに船と読み上げてんだからシマらねぇよ」

「はは、俺に言われても困る。

 ……まぁ真面目な話をすれば。

 決着がつくまでにかかった時間が功を奏したんだと思う」

「ほぅ?」

「1日から10日まで、1週間以上も膠着し(こうちゃく )たせいで、最初仲間を殺された連中もいくらか怒りが風化してきてたんだろう。今後のことも考えなきゃだしな。

 そもそも報復も何も、因果な商売で他人を同じ目に遭わせてんだから、自分の番が来たからって文句は言えないさ」

「……また耳が痛ぇな。

 だがやらかした相手にケジメとらせんのは、マフィアの仕事の一環だぜ」

「さいですか。

 殺人者を殺そうとするのは俺も理解できるけど、原因になったヤツ以外に報復すんのは、見せしめを建前にした八つ当たりだろうと思ってるけどな。

 いずれにしろ、旅団は捕まって、競売も行われて、困ってたら援助の相談に乗るとまで言ってるんだ。終戦宣言が受け入れられる条件は揃ってるさ」

「普段に比べりゃ大盤振る舞いだからな……

 功労者のお前が援助を提案したんじゃなけりゃ、ちょっと乗れねぇよ」

 

 口傷のおっちゃんが肩をすくめる。まぁ殺ったり殺られたりは、マフィアの日常だろうからな。そんなことでガタつく組の面倒を見るのが大盤振る舞いだっていうのは分かる。

 

「俺が言うのもなんだけど……

 旅団相手に兵隊を大量に殺られた組は、ちゃんとケアしてやってくれよ。大概武闘派のファミリーだろうから、戦力大幅減となればコミュニティーに所属してない組にあっさり潰されちまうだろうし。

 少なくとも態勢を立て直せるまで膠着状態に持ち込める程度には補強してやらないと、組を潰されてコミュニティーの勢力圏が狭まっちまったら面白くないだろ?」

「……お前、よくそんなこと気づくな。顧問として、ウチに来る気はねぇか?」

「ごめんこうむる」

 

 俺の返答に苦笑いするおっちゃん。ワリと本気で言ってたな、今の……

 

「実際、旅団と交戦して逃げた連中にしてみたら、報復の為にもう一度戦うなんて絶対嫌だったと思う。大勢で武装してもダメ、陰獣でもダメ、どうすりゃいいんだって話だし」

「……それなんだがな。

 困ったことに、名乗り出てくれねぇんだよ。直接闘り合ったヤツラが。

 だからどの程度強かったのか、なかなか情報が入ってこなくてな」

「そりゃ敵前逃亡しました、なんて言いづらいさ。特に兵隊はな。

 おまけに念能力者の強さは、念を修めてない人間には理解の外だろう。火器が効かないなんて説明程度じゃどうしようもない。

 撤退を認めないから情報戦で負けるんだよ」

「うーむ……

 だが安易に撤退を認めると、みんな揃って尻込みしやがる」

「そりゃそうさ。

 無法者をまとめてドンパチさせたいなら、指示徹底、アメムチで上手くやるしかない。

 だから旅団相手に、虎の子の陰獣も活かせなかったわけで。本来なら全滅を避けられる程度には善戦できたと思うしさ」

「……

 オレ達は戦争屋じゃないんでな。そうそう上手くはいかないさ。……確かに指示系統の甘さは、今回痛感されられたが。

 それに腕のいい念能力者は必ずと言っていいほど高くつきやがる。雇うにしろ育てるにしろな。陰獣が全滅しちまってオレ達も大損害だ。

 どのファミリーも、厳しい台所事情をやりくりしてるんだろう」

 

 念能力者を育てる……か。才能ある人間を見出してじっくり育てるならともかく、兵隊欲しさに速成教育なんてしたら普通に死人が出るしな。裏社会でも手を焼くに決まってる。そこまでくれば、軍事費で賄う(まかな )国家規模の事業だろう。

 

「マフィアに限らず、念能力者を使ったビジネスはどこも人件費で泣いてるさ。

 プロハンターなんて、一案件で数千万ざらに取るしな」

「おぉ、(こえ)ぇ。

 今回いくら毟られんのか、身が(すく)んじまうよ」

 

 あ、今の値上げ交渉と取られたか。別にそんなつもりなかったんだけどな。

 

「つってもゾルディックを雇ったぐらいだから、それなりに潤ってるんじゃないのか?」

「また痛ぇトコ突きやがるぜ……

 メンツを保つ為には金を惜しめねぇのさ。

 特にあの時は、旅団が競売品を隠し持ってる可能性を視野に入れてたしな」

「……

 そういう意味じゃ、プロハンターが旅団を掻っ攫ったのは痛かったな。情報収集すら、ロクに出来なくなったわけだから。

 まぁ競売品は無事に見つかったんだし、彼女の占い様々(さまさま)だとは思うよ」

 

 そう言って、スープを静かにすする。最近うまいもんばっか食ってる気がするな。あーうま。ゲームの中だと、なかなか贅沢できないからな……

 

 

 

 しばらく全員が黙ったまま、食事が進む。誰か話してくれればいいのに。俺が邪魔なんだろうけど……

 沈黙に耐えられず、結局俺が口を開く。

 

「そういや、旅団のせいで倒れたビルとか、あれどうするんだ?

 ぶっちゃけ、被害額シャレになってないと思うが」

「うん?

 ……さいわい損壊物は、大半が市の所有物件でな。

 オレらの懐は痛まねぇのさ。賄うのはヨークシン市民の税金よ」

「あーらら。ひっでぇ」

「毎年オークションで動いた多額の納税で潤ってやがんだ。

 オレ達も、警備に手を貸してやってる。それぐらいケツモチしてもらわねぇとな」

 

 十老頭の数人が暗く笑う。ほんと黒いな、そのへんは……

 

「オレも気になってたことがあるんだが、旅団が処刑されるってのは本当か?

 もしシャバに出てきたら面倒極まりねぇんだが」

 

 まぁ気になるわな。いくらなんでも釈放されることはないと思うけど……

 

「発覚してる罪状を見る限り、死刑か超長期刑は確定だよ。

 ただ絶対脱獄しないとは言いきれないし、いつ死刑が執行されるかも政治判断だからな。流石にそれはハンター協会でも制御できないよ」

「ふむ……

 改めて手を出すなと通達した方がよさそうだな。

 ヘタにちょっかい掛けて、脱獄されようもんならシャレにならねぇ」

 

 おーコワ。全くだ。……副会長の野郎がやらかさないよう、ネテロに厳重警戒促しとこ。

 

 

 

 あらかたテーブルの皿から食べ物が消え、全員にデザートと飲み物が給仕される。

 あー……良い豆使ってんな、この珈琲。薫りだけで酔いそうだ。

 隣のおっちゃんが美味そうに珈琲を口にしてるのを傍目に、俺も一口含む。

 

「……にしてもさ。

 よく俺と直接会おうと思ったよな、あんた達。

 危ないと思わなかったのか?」

「無論、意見が分かれた。

 ……強行したのはソヤツだ」

 

 他の十老頭の言葉に、片目を開いてカップを皿に戻すおっちゃん。

 

「精霊の調べってフレーズが気になってな。

 調べに歌の解釈がある以上、直接会話して声を聞く必要があるんじゃないかと思ったんだよ。

 かと言って電話で済ますわけにもいかねぇ。

 ゾルディックを退けるほどの使い手だ。お前がその気だったら、オレ達が殺られるのは分かっちゃいたがな。

 だから、あらかじめ素性は調べさせてもらった」

「……

 俺に報復するかどうか、決める為にも必要だもんな」

「そう言ってくれるな。

 直接顔を合わせたのは、どうしても引き受けてもらいたかったのもあるんだが……

 一目拝んでおきたかったのさ。

 数年前、プロハンター試験に合格したっていう天才少年とやらをな。

 ……どんなヤツが来るかと思ったら、エラい見た目のが来たわけだが」

「おぉい、どういう意味だよ」

 

 もう何度目か分からない笑い声が上がる。お前ら、どんだけ俺を笑い者にしたいんだ。

 

「つかあんた達、やっぱ俺が男だって知ってたんだな……」

「はっはっは。

 16歳の少年って前情報がなけりゃ、流石に見抜けなかったさ」

 

 褒めてんだか、何なんだか分かりゃしねーな。くそ。

 円卓向こうに座る十老頭が、口の端を釣り上げ、

 

 

 

「そうして化けるのは得意だろうに……

 

 ──のぅ? 月隠れのシノビよ」

 

 

 

 果物を刺そうとした、フォークが止まる。

 

 しん、と静まる円卓。

 カチャリと、フォークを皿に置く。

 

「そこまで調べてたか……

 なら、俺の血縁を報復対象に出来ないのも知ってたわけだ」

 

「無理じゃろうな……

 ゾルディックを敵に回すのと同等に危険と言ってもいい。

 ジャポンの忍びの里は、裏でも名のある使い手揃いだ。

 ワシはお前の姉に、何度か仕事を依頼している……」

 

「……ああ、そう。

 そこまで知ってて、よく俺と直接会おうなんて思ったもんだ」

 

「弟を探していると言っておってな……

 いくらか情報は持っていた」

 

「……なら、知ってるんだろ。

 俺は忍じゃない。……忍の訓練なんざ受けてない。確かに月隠れの生まれだけどな。

 この際はっきり言っとくが、俺が裏社会と関わるのはこれっきりだ。

 以降、どんな依頼を持って来ても受ける気はない」

 

「お前の姉がこう言っておったよ……

 まるで忍として相応しくない、甘えた性格だとな。

 口は悪いが、ヒト1人殺すこともできない腑抜(ふ ぬ )けと聞いた……」

 

「……っせぇな。

 別にいいだろ、殺すかどうかは俺が決める。誰が仕事なんかで殺るか。

 大体エラソーに抜かしてる姉貴より、俺のが(つえ)ぇんだよ」

 

「ほぅ……? あのトビカトウよりもか?」

 

「今度姉貴に会ったら、俺がこう言ってたって伝えとけ。

 雑魚の暗殺こなしたぐらいで俺より強くなったつもりか、このへっぽこ『くノ(いち)』が。ってな」

 

「……よかろう。伝えておこう」

 

「はっ!

 アイツの前でリピートして、せいぜいアンタが殺られないようにな」

 

 吐き捨てながらフォークを手に取り、果物に突き刺す。思ったよりも(やわ)い感触。

 

 口傷のおっちゃんが難しい顔で、

 

「残念だな。

 オレとしちゃ、お前と懇意にしたかったんだが……」

 

 もごもごと口を満たす甘露な果肉を嚥下(えんか )した後、

 

「おあいにく様。

 俺は裏社会と関わるのが嫌で、里を抜けたんだ。

 今回の件、報酬はそれにしてくれ。もう今後、俺に依頼を持ってくるな」

 

「……なるほど、高くつくな。

 やむを得ん」

 

 残念そうに息を吐くおっちゃん。そこまで気にいってくれてるのは悪い気はしないが、正直この世界は肌に合わないからな。

 向こうの十老頭が俺を鋭く見据え、

 

「忍とは元来、敵を欺き(あざむ )、惑わすもの。

 敵の思考を遮り、迷わせ、裏をかく──」

 

「……」

 

 それ、俺が姉貴に戦術指南で言ったんだけど。あいつ、俺の受け売りを堂々と語るなよ。……まぁ俺も、どっかで聞き齧ったことを言っただけなんだけどな。

 

「お前のその性格やナリは、擬態かと警戒していたんだがな……」

 

「……んなつもりカケラもねーよ。だから忍扱いすんなっての」

 

「お前はかつて『男魔女/ウォーロック』とも呼ばれていたのだろう?

 くノ一にとって、色香は術の基本とも聞いたが」

 

「うるせぇぇぇッ!!」

 

 今度こそ全員に大声で笑われる。んがーっ!! バカ姉貴、次会ったらぶっ飛ばすッ!!

 

 

 

 十老頭との会食を終え、おっちゃんの熱烈な抱擁(ハ グ )を受けながら別れを告げた後。

 

 ビルから出て、しばらくのんびりと歩く。

 

 月は、マヌケな俺を笑うかのように欠けていた。

 

 この辺りはまだ検問が解除されておらず、静かなもんだ。ようやく決着がついて、早々(はやばや)引き上げる組、のんびり観光する組、明日帰る予定で今日は泊まりの組、色々いるだろう。少なくともこの時間に帰ろうとする連中はあまりいない。

 

 ……憂鬱だなぁ。

 

 まだやることがある。帰って報告だ。なんて言やいいのか。報告書は出さなくてもいいだろうが、少なくともネテロに口頭の説明はいるだろう。メンドくせぇぇぇ。

 何より憂鬱な作業がその前にあるけど……

 

 検問を飛び越える為、身体能力を引き上げ、一気に加速した。

 

 

 

 迷わずヨークシン郊外の雑居ビルまで一直線に進んでいく。屋上から屋上へ、オーラは充分余ってるので、遠慮なく消費する。

 

 三日前と同じように、見覚えのある黒スーツ姿が雑居ビルの上にある。

 思わず笑みを浮かべて、俺は一気に跳び移った。

 タン、と着地し。

 

「よ、ノヴ。待たせてゴメン」

 

「謝る必要はない。早く片付いた方だろう。

 食事は済ませているか?」

 

「うん。ノヴは?」

 

「私も済ませている。

 長居は無用だ。ひとまずスワルダニへ戻ろう」

 

「うん、頼むよ」

 

 トプン。と水へ沈むように俺達は消えた。

 

 

 

 スワルダニシティにある、協会本部にそこそこ近い喫茶店。

 とっくに営業時間は終わってるが、ノヴのライセンスでそこを貸し切る。

 店内の照明を点けるわけにはいかないので、外明かり任せで薄暗い。テーブルを挟み、ノヴと向かい合わせで座る。

 外で買った缶コーヒーを、ノヴと打ち合わせた。こいん♪ と面白い音が鳴る。

 

「かんぱーい♪」

 

 ノヴの苦笑を眺めながら、甘ったるい珈琲を口にする。

 

「……はぁーっ。おつかれ!

 悪いなノヴ。連絡もできなくて」

「元々そんなつもりはなかった。

 盗み聞きされる危険性を考えれば、連絡は期待できないからな」

 

 なんだよな。いざって時に頼りたいのに、途中で連絡なんかして仲間がいるってバレるわけにはいかない。

 

「もう1個。

 依頼は片付けたけど、報酬は断ったんだよ。

 厳密には金品を受け取らずに、もう俺には関わるなって口約束にした。

 だからノヴも、タダ働きになっちまった……」

「どうせ私は何もしていないからな。

 キミのせいで、今回も働き甲斐がなかった」

「悪かったよ……

 でも、ノヴがバックアップしてくれるだけでずいぶん助かるんだって。

 現にこうして行き来できるだけでも、すっげー楽できてるし」

 

 俺がそう言っても、ノヴは仏頂面のまま、

 

「よく言う。

 どうせ危機に陥っても、私を頼る気はなかったんだろう」

 

 え? ……なんでバレたし。

 

「いやいや、そんなことないよ。

 なんでンなこと言うんだ?」

「キミが危機に陥った時、救出しようと思えば。

 近くに出入口を作っておく必要がある。

 だが、キミはその指示を怠った。……それが答えだ」

 

 ……。あっちゃー、確かにそうだ。

 ノヴの能力は移動型の御多分(ご た ぶん)に洩れず、行ったことある場所限定だからな。マーカーとして設置した出入口しか往来できない。

 だから離れた場所にいるノヴが救出に駆けつける為には、近くに出入口が要る。確かにその通りだ。

 その気がなかったせいで、指示出すの忘れてた……

 

「──ん? ちょっと待てノヴ。

 それに気づいてたってことは……」

「……。

 キミらしくもない。本当に気づいていなかったんだな」

 

 ……

 こいつ、俺をストーキングしてやがった。ずっと見てたのか……

 くしゃりと頭をかく。

 

「監視してる連中が多すぎて、気づかなかったよ……

 近くに居てくれたんだな。……ごめん」

 

 ノヴは眼鏡を上げ、

 

「謝ることはない。私が勝手にしたことだ。

 嫌がってたワリに、ずいぶんと活躍したようじゃないか。

 地下競売は結局行われたようだしな」

「今回だけだよ……

 もう関わるのはこりごりだ。……俺の素性もバレてたしな」

「ほおぅ。

 マフィアの情報網も侮れないな」

「十老頭の1人が、俺の姉貴の顧客だったらしくて。そこから洩れた。

 月隠れの忍じゃないかって、疑われたよ」

「そうか……

 それは嫌な思いをしたな」

 

 俺は嘆息する。そこまで気遣ってくれたら、もう満足だよ。

 

「この後ネテロにも報告しないとだし、メンドくせぇなあ……

 とんだタダ働きだよ」

「──では二度手間だけでも省こうかの」

 

 声にぎょっとする。

 突然、化粧室の扉が開き、ネテロが店内を歩いてきた。

 

「……なにサプライズしてんだ、このジジイ。

 盗み聞きしやがって」

「ほっほっほ。

 またデートの邪魔をしてすまんかったのぅ」

「人間同士の会話に妖怪が割って入るとか、マジで外道か」

「……せめて人間扱いはせんか」

 

 抗議してくる妖怪ジジイ。っせーよ、いちいちムカつくこと言いやがって。

 

「ま、手間が省けて助かるけどな……

 じゃあ口頭で報告だけして今回の件終わりにすっけど、それでいいよな?」

「構わんぞ。

 お主の武勇伝、聞かせてもらおうかの」

 

 (かぶ)くように着物をはためかせ、ノヴの隣に颯爽(さっそう)と座るネテロ。けっ、格好つけやがって。

 

「ネテロ、俺からも問い(ただ)したいことがある。

 今度こそ吐いてもらうからな?」

 

「ほっほ。

 猪口才(ちょこ ざい)なヒヨコめが。吐かせられるモンなら吐かせてみぃ?」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべてくる。

 裏社会の海千山千の猛者どもより、よっぽどタチが悪い妖怪。相手にとって不足なしだ。

 

 

 

 ────俺のスリリングな夜は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。