「桜散る──
「ちょっとバショウ。俳句なんてどうでもいいから。
桜散るとか不吉なこと言わないの」
「お、おい。どうでもいいってなんだよ。
一句ぐらい詠ませろよ」
バショウとセンリツのよく分からないやりとりを、微妙な顔で見守る面々。
「そんなことより。
彼女、アームストル出身じゃないの? コーザファミリーってそこをナワバリにしてるらしいし。なのにジャポン
「おお?
俺にそんなこと言われてもな」
「……前にアイシャ、ジャポンに住んでたって言ってたよね?」
「ええ。でも、出身じゃないって」
シームとメレオロンがそう話し、ベルはますます首を傾げる。
「じゃあ、やっぱりアームストル出身じゃないの?
後でジャポンに移住したとか」
センリツの言葉に、バショウは閃いた顔をし、
「おお、そうだ思い出したぜ。
あの嬢ちゃん、ひょっとして風間流じゃねぇのか? かなりの実力者らしいしな。
ジャポンが、風間流柔術発祥の地なんだけどよ。確かアームストルに、風間流の本部があったはずだ。その関係で行き来したとかじゃねぇか?」
「あ、うん。
確かにアイシャは風間流らしいけど」
メレオロンがそう首肯する。
「ああいう訛りは、ちょっとやそっとじゃ付かねぇからな。
小さい頃、ジャポンに住んでたとかじゃねぇの? だったら有り得るぜ」
そんなようなことを話していると、ウラヌス達が戻ってきた。
「アイシャ達、まだ話してるのか……
お前ら、なに話してたの?」
「内緒話♪」
「えー……」
「なによ、あんたが最初に始めたんじゃないの」
「う、うーん。まぁな」
そうベルがあしらい、バショウが話を続ける。
「あんたがジャポン出身じゃねえかって話してたんだよ」
「うん?
……まぁそうだけど。別に隠してなんかいないさ。
あ、バショウもジャポン出身か」
「おうよ。
同じ島国生まれ、気が合いそうじゃねぇか」
「……あんまり関係ない気もするけど」
ダルツォルネが、まだ距離を開けたままの2人を見やり、
「ヴェーゼは一体なぜ離れているんだ?」
「どうも彼女に聞きたいことがあったらしくて。
……もう戻ってくるわ」
センリツが耳を利かせて、そう告げる。会話内容はこっちでも話していたせいであまり分からなかったが、なんとなくセンリツは予想がついていた。
アイシャとヴェーゼの2人もこちらへ戻ってくる。
「お待たせしてすいません。
ウラヌス、お話は済みました?」
「うん、こっちは終わったよ。
……そういやネオンさん達、なんでアイアイに居たの?」
「え?
ああ、この街って結構買い物し甲斐があるんですよ。
恋愛都市って言うだけあって、そういう系統のファッションが多くて。
お化粧品とかもたくさんありますし、目移りしちゃうんですよね」
そうなのか……うん。私には縁が無いな。ないったらない。
「それよ!」
ベルさんがパチっと指を鳴らす。それ?
「あんた達! なんで恋愛イベントに乗り気じゃないかって、やっぱりその服よ!
そんな野暮ったい格好じゃ、恋したくてもできないじゃない!」
えー……。ベルさん、何かヤなこと言い出したぞ。
交互に指差された私とウラヌスが、気持ち身を引いてると、
「あー、なるほど。そういうのはあるかも。
服装は心の鏡。着替えは外出前に気持ちを整える、大切な儀式です。
……お2人ともお化粧1つしてませんね。素材がいいのにもったいない……」
なんかネオンさんまで乗っかって、変なこと言い出したぞ……
姉弟や護衛さん達が巻き込まれまいと距離を置く中、ウラヌスは手をあわあわさせ、
「ちょ、ベルおまえ余計なこと言うな!
ネオンさんも。……俺が男だって分かってます……?」
「ええ。あのあと知って驚きましたよ。
改めて拝見して、素でそこまで女性らしいのに、なぜ後1歩踏み込まないのか不思議で仕方ありません」
「そうよ。アンタその気になったら、ガチ女の子のフリ出来るってば。
アイシャも、あなた本当は割とイケるクチでしょ? わざと野暮ったい格好してる気がするわ」
「それはいけませんね。女性が身だしなみをおろそかにするなんて、もってのほか。
まして恋愛都市に来てるのに──」
やべぇ。この2人、めっちゃ意気投合しそうな気配する。付き合わされたら絶対やばいパターンだ。私には分かる。
「……ウラヌス」
「うん。──ニゲロ」
ウラヌスが後ろ歩きで、すぅっと人ごみに紛れ込んだ。私も隠形を駆使して、作られた雑踏の中に身を紛れさせる。
「ああっ!? 逃げやがった!」
「あれ、2人ともどこ行ったの? もう見えないんだけど」
「お嬢様、闇雲に1人で追うのはおやめください!
……それはもっとおやめください! こんなことで貴重な移動スペルを──」
何か色々混乱させたようだけど、ほとぼりが冷めるまで離れておこう。多分ウラヌスもそのつもりだろうし。と言っても見失うわけにもいかないから、尾行はしないとな。やれやれ、どうしてこうなった……
ベルは後ろ頭をポリポリ掻き、
「まーったく……この状況ほっぽりだして逃げるかぁ、普通。
とんだ恋愛ポンコツどもね」
「あの2人、意外とお似合いじゃないですか?
今みたいに息ピッタリですし、男らしい格好と女らしい格好してましたし」
「あ、アナタもそう思う?
そうなのよ♪ 素の性格も、実際の性別と真逆な感じだしさ。
わたしも付き合い長いわけじゃないんだけど、意外と──」
元盗賊団の頭とマフィアのボスが、他人の色恋沙汰に花を咲かせている。
それを面倒に思いながら、姉弟と護衛団の面々はお互い困ったように顔を見合わせた。
まいったな……
人ごみの向こうからバレないように様子を窺ってるけど、どうも約2名のお喋りが盛り上がってるようで、戻るキッカケが掴めない。いま戻るのはおそらく自殺行為だろう……
ネオンさん達が去ってくれれば大丈夫だと思うけど、姉弟の近くに私もウラヌスも不在状態が続くのはマズイ。
「──アイシャ」
声の方へ目を向けず、軽く頷く。ウラヌスが私に合流してきた。向こうに気取られたくないので、自然体は崩さない。
「どうする?
思わず離れちゃったけど、このままってわけにもいかないし」
「ええ、でも……
いま戻ったら、あの2人の餌食になる未来しか見えませんが」
「うん。
俺にも同じ未来が見える」
それは勘弁願いたいので、もうしばらく様子を見続ける。
私達の周囲を、NPCのカップルが楽しげに行き交い、お喋りしている。
……。
いらいら。
「……アイシャ。
気持ちは分かるけど、もうちょっと気配消して」
「わ、わかってます……」
「……
でもまぁ……これは持久戦かな。
アイシャ。少し話してもいい?」
「ええ」
そうでもしないと気が紛れないしな。周囲から意識を逸らしたい。私とウラヌスの隠形なら、向こうに気づかれないよう周囲のカップルみたく会話できるだろう。……うん?
「俺、あのネオンさんと……
ノストラードファミリーとは、ヨークシンで知り合ったんだ」
「そうでしたか」
「うん。例のオークションの時にね。
色々あって、旅団の護送が終わった後、またヨークシンへ戻ったんだよ」
「……」
理由は分からないけど、ヨークシンで色々調べたであろうことは分かる。
私達は旅団をネテロに引き渡した後、マフィアに狙われることなくヨークシンを
つまり、私達が旅団討伐に関わったことは、マフィア側には多分バレていない。バレていたら、父さんがその情報を私にくれただろう。……クラピカは後でバレただろうけど。
「マフィアンコミュニティーが、旅団を血眼になって探してたのは知ってる?」
「まぁ……」
それは当然だろう。父さんもあれだけ怒り狂っていた。許せるはずがない。
「でも、マフィアンコミュニティーは終戦宣言を出した。
……もう旅団のことは追ってない」
「どうしてですか?」
父さんからそういった話は聞いてない。……いや、話す必要がないからだとは思うけど。
「旅団が流星街の出身だと分かったから。
マフィアは、流星街と敵対するリスクを避けたんだ。まぁ政治的判断だね。
クラピカのところにも、マフィアの手は及んでないだろ?」
「……、ええ。
私の知る限り、彼はマフィアに狙われてはいません」
もしかしたら接触ぐらいはしてるかもしれないけど。緋の眼を集める為にも、裏社会と関わらないわけにはいかないだろうしな……
現に、クラピカが持っている中で一番信憑性が高いのは、父さんが調べた情報のはずだ。緋の眼の情報は電脳ページをめくればいくらでも出てくるけど、在り処の情報になると嘘ばっかりみたいだしな。ハンターサイトを調べまくれば、お金もかかるし……
にしても、流星街の出身だから……か。私にとっては複雑な気分だよ。
私が思索にふけっていると、ウラヌスは気遣わしげにしながらも、
「アイシャは──
やっぱり、コーザファミリーなの?」
「……
隠しても無駄でしょうから、伝えておきます。
ファミリーのボスである、ドミニク=コーザは私の父です。
……ですが、私自身は一度
父とは和解しましたけど、私はマフィアでもなんでもありません」
「……。
世間はそう見てくれないんじゃない?
俺から見ても、アイシャはマフィアのボスのお嬢様なんだけど」
……。そんなこと言われても、どうしようもないしな。
そう思われるのが嫌だからという理由程度で、コーザ姓を捨てるつもりはない。ただのアイシャとして生きていくなんて、今の私には耐えられそうもない……
「……いや、ゴメン。変なこと聞いた。
生まれは選べないからね……」
ウラヌスの声には、悲感がにじんでいた。
そうだな……確かに生まれは選べない。
生んでくれる親を選ぶことはできないし、生まれてくる子を選ぶこともできない。
……私はまだいい。本当に色々あったけど、今は幸せだから。生まれの不幸を嘆くのは、もう終わりにしたんだ。
ウラヌスは、まだ不幸の真っ只中だ。……その果てに幸福があるのかも分からない。
「で、あなた達から見てどうなの?
あの2人の関係」
『えっ』
アイシャとウラヌスに要らぬ世話を焼こうと、あーした方が、イヤでもこうした方が、と話していたベルとネオン。一同がうんざりと聞き流していたところで、突然これだ。
姉弟が顔を見合わせ、ベルの質問に対する回答を即席に考えてみる。
「……友達かなぁ」
シームの回答。ネオンは「あちゃー」と小声で、ベルは難しい顔を示す。
「あれでもまだマシなのよね……
アイシャはともかく、ウラヌスって今まで友達もいなかったぐらいだし」
メレオロンの言葉に、一同が『うわー……』という顔をする。ベルが腕を組み、
「そうだったみたいね……
アイツ、恋愛ポンコツなだけじゃなく、友達ポンコツでもあるのよね」
あんまりな言われように、シームも流石に抗議しようと思ったが、言葉が出てこない。なんせ、事実すぎる。ゴンがいなければ、今でもそうだったかもしれない。
「……戻ってこないわね、あいつら」
ぼそっと言うベル。──話してればそのうち戻ってくるだろうと思っていたが、この分だと話してるうちは戻ってこないかもしれない。まさかこの姉弟をほっぽりだして遠くに逃げるはずがないし、近くで様子を窺ってるとは思うのだが……少なくとも『円』で探知できる範囲には居なさそうだ。
「ふぅー。……仕方のない子達ね」
「あなたは──」
私の声を遮って、ボウンと煙とともにバインダーが出現。んんっ、これ私の方かっ!?
「──他プレイヤーがあなたに対して『交信』を使いました──」
「げっ!?」
ウラヌスが呻く。そうか、しまった!
「うわっ!? あんな近くにいた!」
向こうから声。やられた……もう少し離れておくべきだったか。
全員こちらに意識を向けているが、あちらから近づいてくる気配はない。私達も一旦は動かない。ヘタに追ってくれば私達も逃げるだけだしな。
『おーい。早く戻ってきなさい』
「やだよ、お前らのオモチャにされてたまるか」
『しないってば、そんなこと』
ウラヌスが怪訝な顔を私に見せる。……うん。信用できないよね。
「ほとぼりが冷めるまで、俺達戻らないからな」
『え? じゃあ何?
わたし達が解散するまで、戻ってこないつもり?』
……まぁそうなるな。少なくともベルさんとネオンさんが一緒にいるうちは危険だし。
ウラヌスが沈黙していると、
『ちょっといいか。
……ウラヌス。オレもキミと話したいことがある。
戻ってきてもらわないと困るんだが』
「えー……
そんなん言われたら戻らざるを得ないじゃん。
ダルツォルネ、お前それ嘘だったら許さないぞ」
あっ、そうか。普段なら見抜けるけど、目の前にいない相手だと嘘を見抜けないんだ。私も声だけじゃ流石に無理だしな。
『今後のことについての相談だ。嘘でもなければ、軽い話でもない。
お嬢様とお前の連れに関しては……
まあオレは関知しない』
「ネオンさんぐらい、なんとかしてくれよ……」
『無理だ』
『ダルツォルネさん?』
向こうは向こうで不穏だな。ネオンさん、わがままお嬢様って感じだもんな。即答するダルツォルネさんもアレだけど。
「ふぅー……
どうする、アイシャ?」
「大切な用件みたいですし、戻るしかありませんね。
ベルさん、ネオンさん。
お2人とも、私達を着せ替え人形にしないと約束してください。でないと戻りません」
『んー……
分かったわよ。約束する』
『残念ですね……
あたしもお約束します』
ウラヌスが肩をすくめる。私が約束させなかったら、多分その気まんまんだったな……
みんなのいる方へ歩いていく。ウラヌスが私をちらりと見て、
「同じお嬢様でも、エライ違いだよ……」
う、うーん? そりゃ私は、あんな風に育てられてませんもん。今更マフィアのお嬢様らしく、なんて言われてもどうすればいいのか。