常日頃から秋の色に染まるオータニアを発ち、いちおう警戒して迂回コースを取りつつ、修行場にしている林の広場を目指す。なんだかんだで、修行場に向かうこの時間は好きである。アームストルで、自宅から道場へ向かう時も似たような気分だ。
「結局あいつらって、そんなに強くなさそうね」
メレオロンがぽつりと言う。うーん。
「私の目から見ても、取り立てて出来る動きではなかったですね」
一番の判断材料は草野球で走った時の足運びだが、筋肉のつき方諸々でも武術に長けた人間には見えなかった。ジートさんは体つきのワリにイマイチな感じ、プーハットさんは以前の件もあるからね。あの監督やってた人は動きをあまり見てないので分からないけど。無論、念がどの程度使えるかはサッパリだ。
ということで、その辺りが得意なウラヌスへ目を向けて意見を促す。
「俺の目だと、あいつらの潜在オーラはまぁ……
2000だな。特別、警戒には値しない」
そんなもんか。『発』が怖いけど、それは念能力相手なら誰だって同じだしな。
「なんでボンヤリ2000って感じなの?」
メレオロンが不思議がる。ふむ。彼ならもう少し正確に分かりそうではあるけどね。
「あいつらイナゴ退治やってから草野球してたんだろ?
それなりに消耗してただろうし、俺がさっき見た時がMAXじゃないよ、多分。
……あと、アベンガネが自信ないんだよな」
「どうしてです?」
彼の目でも測りきれない何かがあるんだろうか? だとすれば知っておきたいな。
「えっとね。
アベンガネの生命力をオーラ量で換算すると、大体1000あったんだよ。
でも精神力は、30000くらいあった」
うわ。……めちゃくちゃバランス悪いな。
「ウラヌスの言う精神力30000が念能力者として少ない数値とは思えないんですけど、それでも潜在オーラの見立ては2000なんですか?」
「うーん……
アイシャなら分かると思うけど、顕在オーラ量って生命エネルギーをどれだけ精神集中して練り上げたかで変わってくるじゃん?」
「ええ」
精神的に不安定だと顕在オーラに悪影響が生じる。それは間違いない。ウラヌスの言う通り、オーラが生命力と精神力双方からなる産物なら、色々と腑に落ちることは多い。
「生命力が多い場合はそこまで問題じゃないんだけど、精神力だけ有り余るケースが厄介でね。
純粋にオーラを練っても、精神エネルギーだけじゃオーラに変化しづらくて、そのまま顕在オーラとして出せないことも多いんだ。イメージとしては、やる気はあるけど身体がついていかないみたいな感じ。だからそれを絞りだすには、何かキッカケが必要だったりする」
ふむ。……ということはだ。
「つまり『発』ですか?」
「うん。
アレだけ極端だと、精神力に傾倒した固有能力を身につけてる可能性が高い。
直接的な戦闘能力は低いはずだけど、発動させる能力には注意した方がいいだろうね」
なるほどね……かなり特殊な能力だろうし、確かにそれは警戒した方がよさそうだ。
修行場にしている広場へ到着し、いつも重しにしているベストとバンドを掘り返して、各自それを装着していく。
さて、ウェイトをどうするかな。考えてなかったよ。
……私はこのままでいいか。250キロのベストに、両手足それぞれ50キロのリストバンド。それでも負荷が足りないなら、1つ200キロのダンベルを使えばいい。
メレオロンはどうしようか。……いま合計105キロだったな。ベストを5キロくらい重くしようか。日に日に成長してるから、サボらせるわけにもいかない。
シームは……難しいな。イナゴで消耗してるから、純粋なウェイトトレーニングはさせづらい。重くしても動けなくなるだけだろう。昨日と同じようにバンド4つの計40キロに慣れさせた方がいいか。
その辺りの指示を出す。メレオロンが不満そうだったけど、それだけの資質を持ってるのに甘やかす意味がないからな。みっちり鍛えてもらうぞ。ふふ。
自身の肉体鍛錬を
メレオロンはベスト70キロ、バンド10キロ4つでも動きが鈍らないな。やはり日に日に強くなってる。というかオーラ量は充分あるんだから、本来なら余裕で熟せる潜在能力を有しているはず。だから後は、特質系が苦手とするオーラで肉体強化する技量をどれだけ養えるかだ。もちろん基礎身体能力も伸ばさないとな。
シームは昨日より動きがよくなってる。おそらくイナゴ退治の消耗がやや抑えられてるからだろう。余力さえあれば修行の効率もよくなる。さすが強化系、いい傾向だ。日々の鍛練の成果は、きっとイザという時の助けになるだろう。
ウラヌスは今日もやらかしたので休憩中だ。うむ、このヒトほんと修行どころじゃない。何とかならないのか。……ならないだろうな。
軽くセットメニューを終え、ウラヌスの前に腰を下ろす。
「お疲れ。飲み物とタオルいる?」
「まだそんなに疲れてないんで、別にいいです。
……組手をどうしようか相談しようと思って」
「組手かぁ」
ウラヌスが組手に消極的なのは百も承知だ。体力や筋力トレーニングに比べて、怪我をする確率は格段に高い。
けれど、スタミナやパワーばかり付けても、突発的な事態に対処できないのも事実だ。他プレイヤーとの接触が増えてきたことだし、将来の話とタカを括るのは危険だろう。
私やウラヌスはともかく、メレオロンとシームには絶対的に不足しているものでもある。2人に基本的な体術を身に付けさせないと、バトルイベントにも参加しづらい。
といった話をして、ウラヌスを説得してみる。
「……。
ここで俺がまだ早いって言っても、堂々巡りだからね……
充分に気をつけて少しずつ、ってことなら賛成する」
「と言うと?」
「いずれにしても、効率を求めて慌てていっぺんにやらない方がいいと思うんだ。
バトルイベントをしやすいように、なんてのは後でいいと思う。そういうイベントは、アイシャのオーラが復活してから本格的にやればいいんだし。
でも他のプレイヤーに襲撃された時の防衛は……確かに軽視できないかな。
だから、やるならまず守りに寄せた体術だね。そっちのが怪我しにくいだろうし」
「護身術ですね」
「そうだね。
逃げることも加味しつつ、怪我しないよう立ち回ってくれれば、俺達でカバーしきれるだろうから。……ホントはアイシャも守勢に回って欲しいけど、しないだろうし」
視線を逸らしておく。だって、何とかなるなら目の前の相手
ウラヌスが小声でぼそぼそと、
「アイシャってお嬢様なのに、なんでそんな感じなんだろうね」
ぐ、ぅ。……今それをつつかないでくれるかな。答えようもないし。
「ウラヌスって男の子なのに、なんでそんな感じなんですか」
思わぬ反撃だったか、面食らった顔をするウラヌス。ふふ、どうだ。
「……。
ごめん、俺の失言だった」
え。
……軽口で応酬したつもりだったのに、そんな深刻に受け止められても。
「すいません……私も軽率でした」
メレオロンに注意されたところなのに、またやっちゃったよ……このヒトまんまヘコむんだった。
「えっと、話戻すよ?
護身術はいいとしても、具体的に組手の内容をどうするかだね」
「あ、はい。
それなんですけど──」
「シーム、メレオロン。ちょっといいか?」
相談が終わり、ウラヌスが鍛錬中の2人に声をかける。
「ハァッ、ハァ……
なぁに? ウラヌス」
「はぁぁー……
アンタ達、もうデート終わり? もっとイチャついてていいのに」
変態がなんか言ってるけど、スルー。
「重しを外して休憩して構いませんので、こちらに来てもらえます?」
「うん」
「へいへい。嫌な予感しかしないけど」
メレオロン、さっきから妙に……ああ、今日も重量増やしたの根に持ってるのか。
不機嫌そうに、リストバンドとベストをどすどす落とす彼女を見ながら、
「そんなに重たかったですか?」
「……何倍も重たいの着けてるアンタには敵わないわよ」
ああ、うん。正面から文句言いにくそうにしてるのは、そういうことだよね。
「2人には今から組手をしてもらおうと思いまして」
「組手? ボクも?」
「ええ、2人ともです」
「……それって、カードを奪い合うとかそういうのじゃなく?」
「ええ。昨日あなたとやった、ああいう普通の組手です」
「……。
もしかして、ボク達だけで組手するの?」
「よく分かりましたね。
あまり私達を意識しすぎると動きが片寄ってしまいますから、2人で組手をしてほしいんですよ」
姉弟が顔を見合わせる。
「……予想はしてたけど」
「思ったより早かったわね……」
おや、意外。2人とも予想してたんだ。こういうことさせられるって。
「シームは組手の経験ありますか?」
「……普通の組手だよね?
無いに決まってるじゃん」
「まぁ普通は無いわよねぇ。学校で武術の授業なんて無いし」
奇妙そうに私を見てくるメレオロン。ぅぐ……
「組手は構わないけど、アンタやウラヌス相手に組手するだけじゃ不足ってこと?」
「不足とまでは言いませんが、やはり同じ相手だと思考が固定されてしまいますからね。少しでも変化をつける為に、あなた達同士でも組手をしてほしいんですよ。
ただ問題なのは、私達が相手する時に気をつけてる『怪我しないように』って配慮が、あなた達だと難しいんじゃないかって」
「アイシャがやらせたがってて、俺は反対してるんだ。
大怪我しないとも限らないし、もう少し後でもいいんじゃないかって」
「私としては、いくら時間があっても足りないことなので、少しでも早く始めてほしいんです」
「……つまり、アタシ達に決めろってこと?」
「俺とアイシャの意見は平行線だし、なら本人達に決めてもらおうってね。
メリットとデメリット、並べてみようか?」
「いいわよ、別に。
何となく分かるし」
「怪我するのはイヤだけど……
組手もやらないと、後が怖いんだよね?」
「そうだな。
俺とアイシャの意見がまとまらないのも、そこそこ高い怪我する確率か、低いけど死ぬかもしれない確率か、どっちも無視できないからだし」
「いくら低いと言っても、死ぬ可能性と怪我じゃ天秤に乗りませんよ」
「……
でもアイシャは、怪我したら俺が治療するのをアテこんでるんだろ?」
「……。まぁ」
「怪我の程度によっちゃすぐには治らないし、俺の消耗も大きい。
後遺症が長引けば、ゲーム攻略だけじゃなく今後の修行にも悪影響が出る。それだって軽視できないさ。
……俺は言いたくないんだよ。ほれ言わんこっちゃないって」
「でも──」
「あーもう、アンタ達だけで相談しない。平行線だったんでしょ?」
『はい……』
私とウラヌスは揃って力ない返事をする。
「じゃあ、こっちで判断するしかないじゃない。……シーム、どうする?」
「おねーちゃんが決めていいよ。
2人の言いたいことも分かるしさ」
「アタシだって分かってるわよ。
そうねぇ……んー。
……とりあえずお試しで、本当に軽く組手するぐらいならいいんじゃない?
問題なさそうなら、ちょっとずつ強めにしていく。どう?」
軽めの組手ねぇ。……まぁ何事も慣らしは必要か。いきなり成果を求めるのもよくない。
「それなら俺は反対しないよ。
アイシャは?」
「私もそれで構いません。
2人とも、充分に気をつけてくださいね?」
「うん!」
「その前に、きっちり休憩させてもらっていいわよね?
クタクタの状態じゃ、それこそ怪我しそうだし」
む。……やむをえないか。サボる口実を与えた気もするけど、組手はしてほしいしな。
「いいでしょう、15分休憩してください。水分と栄養補給もしてもらって構いません。
その代わり、休憩が終わったら──」
「分かってるって。
あー、つかれたぁー」
地面にゴロつくメレオロン。苦笑いするシーム。……まあいいか。2人が休んでる間に、私は自分の修行に集中しよう。どうもこの面々だと私も修行がスローペースな気がする。私は私のペースで鍛えないとな。
休憩していた姉弟が立ち上がり、広場中央へと歩き出す。
入れ替わるように私はウラヌスの元へ歩き、腰を下ろした。
「お疲れ。タオルと水」
「ありがとうございます。
……さて、いよいよですね」
「組手の内容、指示出すんだよね?」
「ええ、もちろん。
あなたからは何かあります?」
「護身術的な組手をさせるんなら、今のところ俺からは何も」
「では、私の方から基本指示します」
向き合うメレオロンとシーム。2人が私に視線を向ける。私はすぐ腰を上げ、
「まずは軽く、ということでしたね。
では攻守を決めて、交代制でいきましょうか。
1人はひたすら攻撃する。1人はひたすら防御する。オーラは有りで」
そう伝えると、メレオロンが首を傾げ、
「防御するの?
避けるとかせずに?」
「ええ。相手から距離を取らず、攻撃を受けてください。
避けるのは戦いにおいて重要な技術ですが、避けそこなえば怪我をしやすいですから。あなた達は移動中に荷物を背負ってますし、素早い攻撃はおそらく避けられないでしょう。
まずは相手の攻撃を無傷で受け止めることに注力してください。互いに適切なオーラを籠めていれば、怪我をすることもさせることもないはずです」
「なんか、こうすればってある?」
助言を求めるシーム。それを考えるのも修行だけど、渋って怪我させてもよくないので、今回は教えることにする。
「まずは、攻撃される時に目をつぶらないことです。
相手の攻撃を見る。相手の動きを見る。とにかく観察することに慣れてください。
それと、最後まで気を抜かずに。『纏』が乱れれば防御力は大きく下がります。身体の力を抜いてもです。怪我をするのはそういう時ですから」
言葉を切る。ひとまずそれくらいか。後は2人の組手を見てみないとな。
「では、始めてください。1分で攻守交替です。
どちらから攻撃します?」
姉弟が顔を見合わせる。
「ジャンケンする?」
「いやよ、負けるの分かりきってるじゃない。縁起悪い。
アンタから攻撃してきなさい」
「うん、分かった」
互いにそれっぽい構えを取る2人。
シームは──動かない。
両の拳を握りしめたまま、脚が固まっている。
「……。
シーム。あんたが本気でやったって、ちゃんと防いであげるから。
遠慮しないで来なさい」
「うん……」
実際、2人のオーラ量の差は歴然である。如何に特質系と強化系であっても、2人ほど差があれば技術なんて全くなくても防げるだろう。
ためらい続けたシームが、踏み込んだ。
まっすぐに打ち込んだ拳を、メレオロンが腕で正面から受け止める。
「シーム、どんどん打ちなさい」
「う、うん!」
シームが恐々と、拳を続けて打ち出す。それを丁寧に止めるメレオロン。
この程度の速さでは、組手とは到底言えない。上半身、それも腕だけで攻撃してるしな。威力のない手打ちになってしまっている。それでも圧倒的に練度が足りない2人にとって、この攻防は意味があるだろう。スピードは徐々に上げればいい。
その動きを反復しているうちに1分ほどが経つ。
「2人とも1分経ったよ。交代して」
ウラヌスが声をかけると、シームが手を止め、「ふー」と息を吐く。
対し、メレオロンは顔を強張らせる。
怪我の心配をするなら、シームがメレオロンを傷つける可能性は低いだろう。オーラはもちろん、技術にも差がある。
だからあるとすれば、メレオロンがシームを傷つけるケースだ。……さて。
「……シーム。両腕を上げて、しっかり身を守りなさい」
「うん」
メレオロンがそう指示する。少し考える素振りを見せ、
「腰が引けすぎてるわよ。
もうちょっと前に構えて。そのままじゃ、攻撃を受けた後に姿勢が崩れるから」
「う、うん」
シームが言われた通りに構えを修正する。
「……じゃ、いくわよ」
メレオロンは、拳を解いた。
そのまま手の平で、パンッとシームの腕を叩く。繰り返し、張り手を打つメレオロン。
ゆっくりとだが、それでも力は籠もっている。シームが踏ん張らないと、後ろに倒れてしまう程度には。
何度も受けているうちに、シームの体勢が崩れた。メレオロンが手を止める。
体勢を整え直すのを見てから、再び手を伸ばしてシームの腕を叩く。
「──1分経った。2人とも一息いれて」
ウラヌスが声をかける。メレオロンが、ほっとした様子で距離を置く。
『ふー』
私とウラヌスが溜め息を吐いた後、顔を見合わせる。全く、見てるこっちが緊張するな。
「……アンタ達、いっつもこんな難しいことやってたのね」
メレオロンが私達を見て、しみじみとそんなことを言ってくる。
彼女にも理解できたのだろう。相手を怪我させないよう配慮して組手をするのが、どれだけ難しいか。
怪我だけ注意するなら、そこまで大変じゃない。けど効果的な組手にならないんだよな、それだと。今の2人のやりとりじゃ、有効な組手だったとは言い難い。
「メレオロンのオーラ量だと、『纏』だけでシームの『堅』を上回るからな。
力加減で調整しないといけないし、やりづらいわな」
「そうなのよね……」
ウラヌスの困った顔に、首を垂れるメレオロン。
いかにシームが強化系でも、全く修行が足りない今の状態では、強化率100%には程遠いだろう。まして潜在オーラの猶予も差がありすぎて、顕在オーラも普段より差があるはず。
「んー……やっぱり早くない?
シームのオーラ量が、2人で組手するのに適正なレベルに達してないよ。
せめてあと一週間ぐらいは先延ばしした方がいいと思うけど」
眉をひそめて指摘してくるウラヌスに、私も答えかねる。うぅん……
「……。
現状で足りないなら、どうやって不足を補うか考えるのも修行の一環ですよ。
危機に陥った時、オーラ量が充分に残ってるとは限らないわけで」
「それは分かるけどさ。
あれじゃ工夫したって、オーラも身体も技術も鍛えられないよ?
肝心な部分が鍛えられないんじゃ、非効率すぎないかな」
「……かもしれませんけど、すぐには結論を出さず、もう少しだけ様子を見ましょう。
まだ2人とも続ける気ですし」
「うーん……」
姉弟は姉弟で、何か相談している。続けて効果があるかは分からないが、無意味ということもないだろう。ただ非効率な気配は、私も感じてるけど。
何度目かの、メレオロンの攻撃手番。お互い慣れてきたおかげで、攻撃の威力も速度もそれなりになっている。
破けないようツナギの袖をめくり、鱗の生えた腕で攻撃を受けるシーム。
ずるり、と。
鱗と汗でヌメったか、メレオロンの攻撃が腕で止まらず──
がつッ!
シームの顔に、掌底がクリーンヒットした。ガタついた足腰が持つはずもなく、腰から崩れるシーム。
悲鳴をあげてシームの上半身を抱き起こすメレオロン。ウラヌスも迅速に歩み寄る。
「大丈夫っ!?」
「あいたぁー……
え? え? いま、どうなったの?」
「汗で滑っちまったな。
……まぁそのうちこうなるとは思ってたよ」
私も3人へと歩き近づくが、誰もこちらに目を向けてこない。
「……ウラヌス。治療しますか?」
「もちろん。
怪我したのを放っておいたりしないよ。
今から治療するけど、この後シームは組手中止。激しい運動もなしで」
「そんなにヒドイの……?」
不安そうに尋ねるメレオロン。
「念の為だよ。
ヘタに動くと傷が悪化するかもしれないし、いちおう頭部だから。
アイシャもいいね?」
「……。はい」
そう言われれば、反論の余地もない。正直、怪我する可能性があるくらいじゃないと、組手の効果も期待できなかったしな。問題は今後どうするかだけど……
メレオロンに抱えられたシームの容態を診るウラヌス。私も傍で立ち止まり、触れないままシームを診る。
打たれた顔は、やや赤く腫れている。多少の鼻血、鼻と頬に打撲と擦過傷がある。首を痛めたかどうかは分からない。倒れた際に手や足腰を痛めては……いないな。少なくとも骨や筋肉に異常はなさそうだ。
「メレオロン、動かさないでね。シームもじっとして」
言って、ウラヌスはシームの顔に指を走らせた。
シームの顔から鼻血が消える。走らせた指先をタオルで拭うウラヌス。
「たいしたことなくて良かったよ……
完治に30分かな。それまでシームは休憩。メレオロン、代わって」
「は、はい」
シームを抱いていた役を、ウラヌスに委ねるメレオロン。そのままお姫様抱っこで持ち上げるウラヌス。
「わ、わっ」
抱えられて慌てた様子のシームに、ウラヌスは何も言わず、広場の端へ運び歩いていく。
シームを地面に横たえるウラヌス。首筋に負担をかけないよう気をつけながら、改めてシームを膝枕で寝かせた。
「わーい♪」
「コラ、じっとしてろ。
暴れるなら地面に寝かすぞ」
「はーい」
顔を見合わせる私とメレオロン。
「……そんな顔しないでよ。アタシが悪いんだから」
「え?
そんな顔ってなんですか?」
「……
あんた、いま自分がなんて顔してるか分かんないの?」
「……」
頭の中がごちゃごちゃしてて、正直よく分からない……。あの、膝枕とか。うん。
「あんたが悩まなくたって、次やる時はアタシがもうちょっと注意すればいいだけよ。
あの子達が許してくれれば、だけど」
「……いえ。私がきちんと指導していれば──」
「あのね。アイシャ」
メレオロンが私の耳元に口を寄せ、
「怪我をすることが問題なんじゃないの。シームだって痛いのにはそれなりに慣れてるし。
……アタシが気にしてるのは。
こういうことが積み重なって嫌な雰囲気にならないかってこと。せっかく居心地いいんだから、必要以上に考えすぎないで。……ウラヌスもだけど」
身を翻し、シーム達のところへ歩いていくメレオロン。
はぁ……。考えすぎ、か。
それはウラヌスの方だろう。私はどちらかと言うと、彼に考えさせられてる側だよ。
ただ修行のことになると、どうしても彼と意見の相違が出て、いつも以上に悩まされるのも事実だ。私が本調子に程遠いから、仕方ないんだけど……
修行に関する見解が衝突するのは避けようがない。私と彼では重視してる部分のズレが大きいからな。今のところ譲歩しあって、何とかすり合わせできてるけど。
ひとまず、現状のまま続けていくしかないとは思うんだけどね。……でもメレオロンの言いたいことも分かるんだ。私達はどこか危うい綱渡りをしてる雰囲気がある。このままだと、誰かがパンクしてしまうかもしれない。
だから……問題のケアを逐一していくしかないんだろう。
ようやく考えがまとまり、私はシームに謝罪するべく、そちらへ歩いていった。