「すいませんでした、シーム。
具合はどうですか?」
「うん……へーき。
もう全然痛くないし」
ウラヌスに膝枕され、まったりとした表情のシーム。ほんと気持ちよさそうだな。
私の横で同じように見下ろすメレオロンは呆れた顔で、
「心配してソンした気分よ。
今からでも代わって欲しいわ」
「だーめー♪」
「こーら。動くなっつってんだろ」
「ぷにぷにー♪
あと30分ごくらくー」
「え?
……いや、あの、休憩は30分っつったけど、膝枕は……」
「ぷーにーぷーにー♪」
「おおぃ」
こりゃホントに30分解放されそうにないな。ウラヌスとも少し組手したかったんだけど、今日は無理かもな……
「メレオロン、私と組手する気はあります?」
「今ならフルボッコにされる自信はあるけど?」
「どんな自信ですか。別にイヤなら無理にとは言いませんよ」
「そう? じゃあ遠慮しとく。
やっぱり早すぎるんじゃないかって気がするし」
うぅん……
ちょっと計算違いではあったんだよな。メレオロンならもう少し上手くやれるだろうと思ってたけど、結局メレオロンがシームを怪我させる事態になってしまった。
さっきの流れを見る限り、シーム自身に落ち度はなかった。言われた通りにしてただけだしな。メレオロンが、同じ動きを反復してるうちに油断してしまったんだろう。
汗で受け損なう可能性を見落としたのは私も責任があるけど、少なくともメレオロンは気がつく機会はあっただろう。まぁ今後注意はするだろうけどね。
そんなことよりも、問題は……だ。
ウラヌスの機嫌が悪い。
どう見ても、怒ってる。私に対してかは分からないけど、怒ってる気配が見てとれる。シームがそれでも機嫌よさそうなのは、自分の為に怒ってくれてるのが分かるからだろう。
当分組手はさせてくれないかもしれないな……。予想してたよりずっと、怪我に対する反応がシビアだ。怪我したのがシームだからかもしれないけど。
その……武人としては、とてもとてもやりにくいヒトだ。自分自身にはシビアなのに、どうして他人にそこまで甘いのか。
ま、避けて通れる問題じゃ無いか。
「アタシも少し休憩していい?」
「構いませんよ」
「メレオロンも結構疲れてただろ?
無理せず、休み休みやるようにしろよ」
「……まぁ組手の時はそうするわ」
「おねーちゃん、また相手してね」
膝枕されているシームがポツリと言う。
「……アンタがしたいって言うなら、アタシは構わないけど」
「課題が浮き彫りになったのは収穫だったしな。
……アイシャ、組手のことで話があるんでしょ?」
「ええ。
…………
えっとですね……」
「……。俺から言うよ。
具体的な怪我再発防止プランが立たないなら、俺は当分この2人の組手を許可しない。
まだ早い、って俺言ったよね?」
やっぱりそう来たか……
「それは分かるんですけど、実際組手をして得られるものはあったじゃないですか」
「……2人の意見を聞こうか。
どうだった?」
『…………』
姉弟は言いにくそうにしている。そりゃそうだろうな。
「別に俺やアイシャのことは気にしなくていいさ。
今後の修行プランに関わることだし、思ったことをそのまま言ってくれればいい」
シームは姉に叩かれた顔の辺りを軽くこすり、
「ボクは、意味あったと思うよ」
私達の視線がメレオロンへと向く。
「……怪我させないように組手っていうのは、アタシ達には無理があるわ。
どれだけ気をつけても、ああいうことはあるもんだし、ヘタ打ったら怪我するくらいの動きじゃないと組手しても意味がないと思う。
組手自体に意味があったのは間違いないわ。アンタ達がどれだけ気をつけてくれてたか良く分かったし」
ウラヌスが溜め息を吐く。
「まあ、予想通りの答えだわな。
で、俺の意見は怪我を極力すべきじゃないし、組手を始めるには早すぎる。
アイシャの意見は、怪我してでも組手を早めにした方がいい」
「……ええ」
「これじゃ平行線のままだね。
さっきは俺が折れて組手させたけど、実際に怪我した以上、俺達も思慮が浅かったのは間違いないよ。
まだこの2人に組手をさせたいなら、再発防止策の提案をしてほしい」
ぐ。……まずい、思いつかない……
少なくとも今この場で思いつくようなことで、ウラヌスを納得させられる気がしない。
「……。時間、いただけますか?」
「いいよ。俺も考えるべきことだからね。
ダラダラ考えても仕方ないし、期限は……
次、ここで修行する時に。それでどう?」
ふむ。次ってことは明日のお昼くらいか。
「分かりました」
「ん。どっちにしても、今日は2人に組手させる気はないし、この後は普通に身体鍛えるくらいかな。シームも今日は、全身運動は控えて手や足を部分的に鍛える運動だけ」
「わかった」
「アタシはどうすればいい?」
「好きにすればいいよ。
アイシャとメレオロンが組手するのまで、別に止めはしないし。オーラ有りでやりたいなら『周』はするよ」
「アタシはさっき断ったのよね。まだちょっと怖いから」
「私も今日は、誰とも組手はしません」
そんな気になれないしな……
私やメレオロンが身体能力を鍛える修行をする中、膝枕で寝息を立ててウラヌスに髪を撫でられてるシーム。
「あーもう。イチャコラと」
私に聞こえるよう言ってくる変態。いいから黙って走ってなさい。あっちは別空間だ。住んでる世界が違う。見えない見えない。
30分なんてとっくに経ったはず。だけど……
シームはすっかりウラヌスの膝枕で、すぴょぴょと熟睡してる。おいおい。
「ウラヌス、起こさなくていいんですか?」
近づきながら声をかける。ウラヌスも分かってはいるはずだけど。
「別にいいよ。
ちゃんと『絶』はできてるし、少しでもオーラを回復させた方がいいだろうから」
うぅむ。普段なら貴重な修行時間に居眠りさせたりしないんだけど、今日は言いづらい。休憩と強弁されたら、反論できないしな。
「怪我の具合はどうですか?」
「そっちは完治してるね。元々そこまでの……いや」
「誤魔化さなくていいですよ。
私も怪我の程度は大体分かってましたから」
複雑な表情で私を見上げるウラヌス。
「……アイシャは俺のこと、過保護だと思ってる?」
「ええ、思ってますよ。
シームに対してだけじゃないですけどね」
ウラヌスは視線を落とす。
「修行に関して、慎重になりすぎてる自覚はあるよ。ゲームの進め方もだけど。
……こんな調子で、ホントにゲームクリアできるのか不安もある」
それぐらい、気づいてないワケ無いか……
私も時間的に猶予があるなら、彼の慎重論に票を入れたいんだけど。私達は複数の時限爆弾を抱えた状態だ。私の仲間達が妨害に来るかもしれない、ウラヌスが身体を壊すかもしれない、メレオロン達の追っ手が来るかも……。仲違いだって有り得ないとは言えない。
どれがいつ爆発してしまうか分からない。……不安材料が多すぎるんだよな。
「アレもコレもやろうとしてる弊害だね。
成果が出るまでに時間がかかる。
どれか無理をすると、全部が崩れちゃうよ。だからこそ慎重にやりたいと思ってる」
「それは分かるんですが……」
私が言おうとするのを、彼は苦笑でやんわり妨げた。
「建前だよ。
……俺は今、楽しいからさ。無理をして壊したくないんだ」
……。
そんなこと言われたら、もう何も言えないじゃないか……
「アイシャ。
キミには悪いんだけど、1つワガママ言っていいかい?」
「……なんです?」
また珍しいことを。このタイミングで何を言うつもりだろう。
「明日はオータニアで修行するの、中止しない?」
「へ?」
今日ごたごたしたから、明日は修行を休みたいってことだろうか。
「覚えてる? 明日はどこへ行くか」
「それはもちろん……あ、えっと名前は……
スノーフレイ、でしたっけ?」
「うん。白雪都市。
別に明日は修行しないって意味じゃないんだ。
スノーフレイは結構色んなイベントがあってね。半日いたぐらいじゃとても片付かないんだ。
冬装備をがっつり買い込む必要があるし、その装備が荷物になるのも嫌だから、一気にスノーフレイを攻略しようかなって。
ハードなイベントもあるから、2人の修行にもなると思うし。どう?」
なるほど、そういうことか。
「明日1日、ゲーム攻略に集中したいということですね」
「そ。
多分泊まりもスノーフレイになるかな。ぬくぬくしながら、あったかいお鍋つつきたくない?」
ぐ。食べ物で釣りに来たか。……つ、釣られるわけじゃないけど、ゲームクリアの為に動くのを邪魔する気はないしな。修行にもなるなら尚更だ。……エサに釣られたわけじゃないぞ。
「ゲーム攻略なら反対する理由なんてありませんよ。
……もしかして、始めからそのつもりでした?」
「と言うと?」
「……
さっき、組手で怪我しない対策を考える期限を『次、ここで修行する時』って」
「あー、バレた? その通りだよ。
俺も明日までに思いつく自信はないからね。だから、それの期限は明後日。
スノーフレイのイベント攻略じゃ2人にも動いてもらうから、それを見て今後どう修行させるべきか参考にしたいのもあるかな」
……私より、よっぽど2人の修行のことキチンと考えてるよ。
あ。……そっか、分かった……
「ウラヌス。
シームの怪我は、あなたの責任じゃありませんよ」
彼の表情に険しいものが混じる。
「そういうのはいいよ。……どう考えたって、怪我しないように取り計らうべきなのは俺だったんだし」
「いえ。あの組手は私が強行させたんですから、責められるべきは私です」
「許可したのは俺だよ。自分が治療できるってことを理由にしてね。
君が十全なら防げたかもしれないけど、俺は気づくだけの力を持っていて──」
「待ってください。
……そうではなく。
あなたが治療をできようとできまいと、私は怪我する可能性も込みで、組手を提案していましたよ。そもそも強くなる、鍛える過程で怪我をしないなんてことは有り得ません。
分かっていたんです。そんなことは。
けれど、それを理由に対策をおざなりなままにしたのは私の責任です」
「……俺だって、分かってたよ」
ウラヌスの声が、震える。
「絶対怪我しないように組手をするなんて、出来っこない。
出来たとしても、そんな組手じゃ実りは少ない。
だから……怪我しても仕方ない、……って思ってた。
けど……」
ああ、やっぱり──
「実際に、メレオロンがシームを怪我させちゃって……
お、俺……」
姉弟が組手で傷つけ、傷つくのを目の当たりにして。
おそらくは当人達よりも、彼はショックを受け。
「おれが、わるいんだよ……」
その状況を軽んじていた、自分自身に怒ってたんだ……
遂には小さく泣き声をあげる彼に、私は言葉もなかった。
──武人としての私は、ウラヌスをなんて甘い人間なんだろうと思ってる。そんなことじゃ強くなれない。誰も強くできはしない。
──けど。母さんの教えを受けた私は、彼のことをなんて慈しみ深いヒトなんだろうと思ってる。他人の痛みを感じ取り、それを防げなかった自分自身を責めている。
どちらが正しいかは、私にも分からない。
けれど……彼の気持ちは、分かってあげるべきだった。
ウラヌスにとって、私達は初めての友達だ。
友達が傷ついて、彼がそれをどう思うか……私は分かってあげられなかった。
涙が伝うウラヌスの頬に、ひたりと手が触れた。
「ウラヌス……泣かなくていいよ」
膝枕の上で目を覚ましたシームが、手を伸ばして彼に言葉をかけている。
「おねーちゃんも言ってたでしょ?
……ぼく、痛いのはそれなりに慣れてるから」
「でも……」
「痛いのはイヤだけど……
ぼく、弱くて何もできないのは、もっとイヤ。
強くなれるんだったら、こんなの全然痛くないよ。……だから、気にしないで」
「うぅぅぅぅっっ……!!」
泣きじゃくるウラヌス。困ったように微笑むシーム。
シームは……彼の気持ちを、よく分かってるな。ウラヌスのことが、ほんとに好きなんだろう。
……それだけに。シームに重ね重ね苦痛を──実験を繰り返したらしいその集団に対し、強い怒りを覚える。今の状況を幸福と感じるほど、シームを絶望の淵に追いやっていたのだろう。
こんな子供達に教えられるなんて、私もまだまだ未熟だな……
「ウラヌス。
……あなたの気持ち、分かってあげられなくてごめんなさい」
「いいよぉ、そんなのぉっ……!」
苦しそうに言葉を返してくる。世話の焼ける子だよ、ほんとに……
ポンと。三本指の手が、彼の頭に乗る。
「私達のこと、気にかけすぎでしょアンタは。
怪我したりさせたりしたくらいで、恨んだりするわけないじゃない」
「メレオロン……」
「心配しないで。
私達は、あなたに感謝しかしてないわ。
……アイシャにもね。だから、気にしすぎちゃダメよ?」
「……。はい」
めそめそするウラヌスが落ち着いてきても、私達は誰1人動かないままだった。
シームは相変わらず膝枕されてるし、メレオロンは重しを脱ぎもせずソコに立ち続けている。
これは……私が切り出さないとダメだな。
「ウラヌス。
落ち着いたようですし、相談したいことがあるんですが」
「……なに?」
「再発防止策の件で。
話の流れで了承してしまいましたが……いったん白紙に戻させてください。
1人で対策を考えるのは違う気がして。それについては全員で話し合いませんか?」
「いいこと言うじゃない!」
メレオロンが大声で賛同してくる。
「そもそも何でアタシ達に、もっと話聞かないのよ。
そりゃアンタ達には絶対敵わないけど、組手をするのはアタシ達なのよ?」
「ぼくもどうしたらいいか、一緒に考えたいな」
姉弟の言葉に、ぐっとこらえる気配を見せた後、ウラヌスは困ったように苦笑した。
「……ごめん。俺がどうかしてたよ。
みんなで相談すべきだったね、最初から」
そして穏やかな空気の中、相談が始まったのだが……
──メレオロンとシームじゃオーラ量の差がありすぎて──
──オーラ無しで組手をしても効果はほとんど期待できませんし──
──すぐフラつくから狙いにくくて──
──当たっても大丈夫なようにするとか──
──それだと攻撃を防ぐ修行にならないです──
──これって護身術の修行なの? アタシてっきり──
──だから防御の修行だって言ったじゃないですか──
──むしろこれって『練』を実戦的に維持する訓練だから──
──ぼくもうほとんどオーラ出せないんだけど──
──やっぱり早すぎたんじゃない?──
──そうは言っても修行できる期間が後どれぐらいあるか──
──充分な下積みがなかったから今回の怪我に繋がったわけで──
──やり方を工夫すれば上手い方法が──
──でも思いつかないしさ──
──いっぺんにやろうとしすぎなのよ──
──別に怪我してもぼくはいいけど──
──ダメだちゃんと気をつけろ──
──シームのオーラ量考えたら詰め込みすぎだと思うけどね──
……。
はぁぁー。……フンだ、分かりましたよ。
パンと手を叩き、注目を集める。
「……おっしゃる通りでした。
私も焦りすぎていたようです。2人の組手は、当分やめておきましょう」
そう告げると、明らかにほっとするウラヌスとメレオロン。慌てたのはシームだ。
「アイシャ、ぼく頑張るから──」
「シーム。あなたのせいではありませんよ。
今の段階では充分な効果を望めない、と判断しただけです。
もっと基礎体力を付けてから、効率よく組手をしましょう。
それに、組手自体をしないわけではありませんよ? 私やウラヌスが、あなた達が怪我しないよう充分注意してお相手しますから」
膝枕に寝そべったまま、複雑な顔で姉を見上げるシーム。
「シーム、残念だけど今はお預けだって」
「……。
分かった」
ウラヌスの膝に顔を埋めるシーム。拗ねちゃったか。やっぱり悔しいんだろうな。
慰めるようにシームの髪を撫でながらウラヌスは、
「大して先の話じゃないさ。2人とも無茶苦茶な速さで強くなってるからな。
シームは技術的な基礎や身体が全然できてなかったから、手こずってるだけだよ」
「そこはメレオロンも同じですね。
念能力者として最も重要なオーラ量が抜きん出ていたから、一歩先をいっていますが」
現状だけを言えば、メレオロンがこの中でトップだしな。オーラ量だけなら。
「はぁー。アタシの場合、宝の持ち腐れ感がすごいけどね」
「それを持ち腐れのままにしないよう、いま頑張ってるんじゃないですか」
「……」
それこそがキメラアントの怖さでもある。一から鍛え上げていない分、能力が不安定でチグハグなのは否めないが、基礎修行を充分に積めばどれほどの高みに到るか。おそらく並の念能力者では、まず太刀打ちできない存在になるだろう。
「いいよいいよ。どうせボクなんて弱っちぃもん……」
「こーら。シーム、俺の膝で顔こするな」
「ぷにー」
「くすぐったいからやめろっての」
嫌がってるんだか喜んでるんだか分かりゃしないな。イチャイチャと楽しそうに。
……まぁいいや。私も気が抜けちゃったよ。
「今日はもう修行を切り上げましょうか」
そう言うと、信じられないモノを見るような目を向ける3人。
「えぇぇっ!? アイシャあんたどうしたのっ!?」
「どうしてッ!? 具合でも悪いのッ!?」
「えーと……
また何の気まぐれ? 調子悪そうには見えないけど」
……うん、これぐらいの反応なら許容だな。誰かさん達とはエライ違いだよチキショウ。
「そんな大層な理由はありませんよ。
明日の為に、気力体力を充実させた方がいいかと思いまして。
ですよね? ウラヌス」
「うぅん……まぁそうだね。
途中でスタミナ切れ起こすとマズイのは確かだよ」
「ウラヌス、明日って?」
「あー、明日行くって言ってたトコの話?
スノーなんとかが寒いのは分かるけど、そんな大変なの?」
「1日でイベント全部はキツイかな。
できるだけ攻略は進めたいけど、体力と時間に折り合いつけて、途中で切り上げようと思ってる。
いずれにしても、今日の疲れを残すのは得策じゃないかな」
「でしたら、なおさら修行を続ける理由はありませんね。
キチンと休養を取って明日に備えましょう」
「なら、もう宿に行っちゃおうか。
たまにはのんびり休んだり遊んだりしてもいいかな」
「ひゃっほーいッッ!!」
「アイシャもウラヌスも太っ腹ー!」
姉弟がめっちゃハシャイでる。どんだけ修行イヤがってんだコイツラ。……まぁイヤに決まってるか。別に好きで強くなってるわけじゃないだろうしな。
「2人ともそんなに喜ぶなよ。アイシャに悪いだろ?」
そういう気の使われ方も不服なんですけど? むぅ。