どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第十三章

 

 研鑽を重ね、常に整えられているはずの呼吸が、乱れる。

 

 落ち着くように命じても、微細な喉の震えが妨げる。筋肉と神経が、痺れたように言うことを聞かない。

 

 彼は今、何と言った? 認識がついてこない。……思考がカラ回る。

 

 いつもと変わりない禍々しい私のオーラが。

 

 ────初めて、得体の知れない不気味な何かに映った。

 

「私が……私を憎んでる?」

 

 どういうことだろう……。

 そう言われても、考えたこともなかった。

 

「……俺にも理由は分からない。

 オーラの性質は……問題ないわけじゃないけど、まだいい。

 でも、キミに対して攻撃性を示してるのは、良くない感じしかしない」

 

「…………」

 

「予想でしかないけど……

 キミは過去、自分自身を許せない何かがあったとか」

 

「────ッ!!」

 

 ある。確かに。

 もうそんな感情は、大分(だいぶ )薄まっていたんだけれど……

 自分自身を、このオーラを、呪わしく思っていたことがある。

 

 

 

 ……母さんを、死なせたから。

 

 

 

「……すまない」

 

 ウラヌスさんが、深く腰を折って私へ謝罪してきた。

 

「俺が口を出すようなことじゃ、やっぱり無かった。

 ……こんなの、余計なお世話だ」

 

 その言葉に私は困惑する。予想外に驚かされたことは事実だし、今も動揺が収まらない。けれど……なら話さないでほしかったかと言われれば、それは違う。私自身は知っておくべきことだ。

 

 ……彼は、何も悪くない。

 

「いえ……

 謝らないでください、ウラヌスさん」

 

「でも……」

 

「話しづらかったでしょうに、わざわざ教えていただいてありがとうございます。

 ……きっと、そのことを自覚できてよかったんです」

 

 ウラヌスさんが顔を上げてくる。私は無理に、笑みを返した。

 

「ホントのこと言うと……

 私、ここのところ幸せなんですよ。たくさんいいことがあって。

 私は、今の自分が好きなんです。

 だから……」

 

 息を大きく吸い、吐く。今度は無理なく笑う。

 

「自分を憎んでる私と、戦います。

 そんなの間違ってるって。

 私は幸せになるって、母さんと約束したんです」

 

 ウラヌスさんは、くしゃりと顔をゆがませた。

 

「そっか……いいお母さんだね」

 

「はい。自慢の母さんです」

 

 彼は腰に手を当て、うんうんと頷いた。

 

「なら、伝えてよかったよ。

 キミならきっと、乗り越えられると信じてるよ」

「……あーのさ」

 

 私達は、ぎょっと声の方を見る。

 

「2人の世界に籠もってるところ、申し訳ないんだけど。ひゅーひゅー、熱いねご両人。そろそろアイシャの『練』を見せてほしいんだけど。もう慣れたから」

 

 メレオロン、いま何か変なこと言わなかった?

 

「あー、えと。

 じゃあまず『纏』しますけど、いいですか?」

「あ、うん」

 

 慌てて頷くウラヌスさん。

 

「じゃあ、いきますね」

 

 禍々しいオーラの噴き出す勢いが増大し、私の身体へと纏わりつく。……さっきの話の後だと、やっぱりちょっと違和感あるな。

 

「ぅわ、濃っ……!!」

 

 メレオロンが明らかにキツそうにしている。ウラヌスさんは予測していたものの、身を一歩退いてる感じ。シームは、さぁーっと距離を取った。

 

「その……

 本当に、私の『練』を見せていいんでしょうか?」

 

 ……皆さん、もう完全に私の『纏』で腰引けてらっしゃいます。だいじょうぶか。

 

 顔をしかめながらウラヌスさんは、

 

「認識できてたとは言え、体感すると想像以上だなコレ……

 もちろんお願いする。あ、でもちょっと待って。距離取らせて」

 

 数歩下がるウラヌスさん。メレオロンはぴょんぴょんと後ろへ飛ぶ。シームはもうどこまで行ってんだかってぐらい離れてる。

 

「いきますよ……

 他人に全開の『練』を見せるのは、私も久しぶりです」

 

 ……ジンに見せた気がするけど、アレはノーカン。

 

 ごぉぅッ!!

 

 私の身体から、夜闇を吹き飛ばすような激流を伴い、禍々しいオーラが荒れ狂った。

 ウラヌスさんの砕いた岩が、ガランゴロン鳴ってる。うーん……やっぱり人に見せるの抵抗あるなコレ……

 

「ぅわ、わわわっっ!!」

 

 背中を向けて逃げ出すメレオロン。あ、巻いたしっぽ可愛い。

 

 ウラヌスさんは踏みとどまってるけど、重心制御がもうかなり怪しい。桜色の髪とワンピースがバッサバサとなびいてる。

 

「いやいやいや、ちょっと待て!

 絶対おかしいとは思ってたけど、やっぱコレおかしすぎるだろっ!?

 こんなの、人間のオーラ出力じゃないぞッ!」

 

 ……失礼な。

 

「そんなことないと思いますよー。

 能力で顕在オーラ増やせば越えられるかも」

 

「無茶言うなっ!

 どんだけ制約と誓約重くすりゃ出来んだ、こんなもんッ!!」

 

 ぅへー。ぼろくそですわ。

 

「まぁオーラ量には自信あります。

 ……【天使のヴェール】無しなら、一日中『堅』してたってヘッチャラです」

 

「恐ろしいことをヘッチャラとか可愛く言うなッ!!」

 

 なら、どうしろと。

 

 

 

 これ以上続けても意味がなさそうなので、私は【天使のヴェール】を発動した。ともにオーラも抑える。

 

「……ふー。

 あのオーラの質と量だと、近くにいるだけで削られるな……」

 

 そう言ってウラヌスさんが歩いてくる。メレオロンとシームはどこいったの……?

 

 ウラヌスさんは肩をすくめてみせ、

 

「あー、うん。ごめん……

 正直キミのこと、見誤ってた。

 ハンターサイトでキミのこと軽く調べた時、何か色々おかしなことが書いてあって……

 ネテロを病院送りにしたとか、幻影旅団を壊滅させたとか、巨大キメラアントを1人で狩りに行ったとか……」

 

「……」

 

 おかしなことなんだろうなぁ、ソレ……

 ていうか、アレ? なんで幻影旅団の件、バレてんの?

 

 

 

「話半分に受け取ってたけど、こりゃまいった。

 

 ────『話の方が半分』て何だよ。

 

 実物とんでもねぇわ」

 

 

 

 えぇー……なにその言われかたー。

 

「そんなー。

 これでも14歳の乙女なんですけど?」

 

「……今なら140歳って言われたって疑わないよ」

 

 ぎく。……前世込みなら大体あってるし。

 

「おーい。アンタ達、もう終わったー?」

 

 シームの手を引っ張って、メレオロンがこちらへ歩いてきた。

 

「もう終わりにしましょうよ。充分でしょ?」

 

 私はウラヌスさんの方を見る。

 

「あーうん。

 ……えっと、アイシャさん。

 ぶっちゃけ1ヵ月の『絶』とか安い買い物なんで、ぜひ協力お願いします。

 あ、でも移動スペル無効はやっぱキツイけどね」

 

 ですよねー。

 

「あははは……

 両親の許可がもらえたら、こちらこそよろしくです」

「そうだったね。

 じゃあ家まで送るよ。実家でいいの? 家どこ?」

 

 うーん。……いっか。お言葉に甘えよう。

 

「アームストルってご存知ですか?」

「へぇ、アームストルなんだ?

 もちろん。仕事で何度も行ったことあるよ。

 飛行船で直接行こうか」

 

 ウラヌスさんが飛行船へ向かって歩き出したので、私達もついていく。

 

「……あの飛行船って、もしかして」

「ああ、アレ?

 いちおう個人所有だよ。

 小型のスタンダードタイプを、中古で人から譲ってもらった。そこそこ航続距離あるし、不便はないかな。

 維持コストがアレだし、荒天だと飛べないけど」

 

 人から買った中古か。……じゃあ買った値段聞いても、相場の参考にしづらいな。

 

「どれぐらいコストかかるもんなんですか?」

「んー。

 使わなきゃ大したことないんだけど、飛ばすと結構もってかれるなー。

 ある程度使ってたら、諸々で年間1000万は軽く越える。飛ばしまくったら数千万」

「うわー」

 

 交通費じゃ済まないな。思ったより手が掛かりそうだし。

 

「定期点検レベルのメンテでも、安くて1回数十万だからなぁ……」

 

 父さんも個人で飛行船所有してるけど、結構するのかアレ……

 買えなくはなさそうだけど、維持費がバカにならないのなら、お金を稼ぐアテがないとちょっとなぁ。

 どうしよ。迷うなぁ……

 

 

 

 一度飛行船発着場へ戻って、燃料を充填。近場で食料の買い込みやシャワーを済ませる。そして私達を乗せ、再び飛行船は夜空へと舞い上がる。

 

 窓から、スワルダニシティの綺麗な夜景を眺める。

 やっぱりこういう景色は好きだな。世界樹の星と月の光を散りばめた雲海も素敵だったけど、こういうのも悪くない。

 メレオロンとシームも、別の窓から夜景を見下ろしてる。楽しそうだな。……楽しんでほしいな。

 

「アームストルまではワリと距離あるから、適当なところで寝てくれよ」

 

 飛行船を操縦しながら、ウラヌスさんがそう言ってくる。飛行船の中には数人分の簡易寝台が設置されている。

 

「ウラヌスさんは寝ないんですか?」

「んー。

 高々度安定飛行に入ったら自動操縦に切り替えて仮眠するけど、ほとんど起きてるかな。

 まぁ操縦席から離れることはないよ」

「大変そうですね……」

「パイロットまで雇うと、高いからね……

 特に今回は、赤の他人を関わらせたくないし。たとえハンターでも」

 

 操縦か。……考えてなかった。飛行船所有、意外とハードル高いぞ。

 

 

 

 ──夜中、目が覚める。飛行船の揺れを心地よく感じるけど、どことなく落ち着かない。それはそれとして、少し用を……

 

 あれ? シーム、まだ起きてるな。メレオロンは寝てる。ウラヌスさんは……うとうとしてる。

 

 シームは飛行船の窓から、また景色を見下ろしていた。私は後ろから近づいていき、

 

「どうしたんです? 眠れないんですか?」

「あ……アイシャさん」

 

 私も景色をちらりと見たけど、今はほとんど何も見えない。人工の明かりがない自然の土地なんだろう。

 

「初めての飛行船は楽しいかもしれませんが、休める時に休んだ方がいいですよ」

「……

 初めてじゃない気がして」

「あ、乗ったことあるんですね」

「……それも分からなくて」

 

 おや、どういうことだろ?

 

「少し前まで居た町……」

「スワルダニシティですね」

「ぼく、前はNGLにいたから……

 多分スワルダニって町まで、こういう飛行船で運ばれたんじゃないかなって」

 

 ふーむ。NGLのキメラアントの巣から、飛行船でスワルダニに運ばれたってことか? でも、瀕死だった私を速やかに病院まで搬送した人の能力があれば、そんな必要ないと思うんだけどな。私もその人を詳しく知るわけじゃないから、何とも言えないけど……

 

「……確証はないんですよね?」

「はい……

 目隠しと耳栓されてたんで……。なんとなく、この揺れ方に覚えがあるだけです」

 

 じゃあ、何かの証明にはならないな。……どうしてシームが実験施設に居たのか、知る手掛かりが欲しいんだけど。

 

 ……おっと、用があるんだった。

 

「身体を壊さないように、早く休んでくださいね」

「はい」

 

 素直にシームは窓から離れ、寝台へと歩いていく。さーて、私もさっさと用を済ませて寝直そっと。

 

 

 

 ウラヌスさんが夜通し飛行船を飛ばしてくれたおかげで、朝起きた時には、もうアームストルの飛行船発着場に着いていた。

 

 飛行船から降りた私を見送りに来たウラヌスさんが、大きなあくびをしている。

 

「ふあーぁ……

 んじゃアイシャさん、首尾よく行くよう祈ってるよ。

 俺もアームストルにしばらく滞在するから、結果出たら連絡よろしく」

「はい、ありがとうございます。

 携帯でいいんですか?」

「うん。メールでも電話でも。

 時間かかりそうなら、それも連絡して。

 どうしてもあの2人をうまいこと隠さなきゃいけないから、長居するなら考えたいし。

 まぁ2人とも『絶』はかなりのもんだから、いくらかは粘れるけど」

 

 ……メレオロンとシームは追われる身だからなぁ。確かに大変そうだ。

 

「分かりました。

 私の方が行けるとなったら、すぐにグリードアイランドへ出発ですか?」

「そのつもりだよ。

 いちおう支度はしてあるんだ。

 アイシャさんも、ゲーム内に持ち込む物の準備はしておいてね」

 

 目をこすりながらムニャムニャしてるウラヌスさんに、私は笑いかけた。

 

「了解です。リーダー」

 

「んー?

 リーダーって……いや、俺よりキミの方が」

「いえいえ。

 主導権を握っていただいた方が、私は安心できます」

「んー……

 そんなもんか。……了解。じゃあリーダー命令。がんばって両親説得してきて」

「はい」

 

 そう言って、私は眠そうにしてる彼に背を向け、歩き始めた。

 

 ……実のところ、あんまり自信なかったりする。

 

 

 

 ヨルビアン大陸にある、アームストル。

 

 ここには、私にとって二つの帰るべき家がある。

 

 

 

 一つは、風間流合気柔術本部道場。

 前世で多くの想いを重ねて建立した、ジャポン風の大道場。

 後をリィーナに託し、リュウショウとしての生涯を終えた私にとっては、直接の関係はない。それを言えば、今の私は風間流であるともいえない。……自分の部屋はあるけど。

 それでも私の記憶には、絶え間ない修行を、長い研鑽を積み重ねた地として、深く刻み込まれている。

 そして前世がリュウショウであると明かした今は、私がよく知る愛しい仲間達とともに、ここで腕を磨き続けている。

 

 

 

 もう一つは、コーザファミリーの……マフィアのアジト。遠目にも分かる、大きな白い屋敷だ。

 父ドミニク=コーザと、母ミシャ=コーザの、娘として生を受けた私の──

 本来であれば、生家だった場所。

 ……色々あって、私がここへ足を踏み入れたのは、生まれてから13年も経った後だったけれど。

 

 

 

 私は様々な想いを籠めて、朝日に映える白い屋敷を見上げる。

 

 ……それでもここは、私の家だ。

 

 思い出の地ではない、今の私が『ただいま』と言える場所。

 

 インターホンを、細い指できゅっと押した。

 すぐに声が返ってくる。

 

『お嬢様、お帰りなさいませ』

 

 違和感がなくなってしまったその響きに、なぜかクスッとしてしまった。

 

 そっと声を吹き込む。

 

「……ただいま」

 

 

 

 

 

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