研鑽を重ね、常に整えられているはずの呼吸が、乱れる。
落ち着くように命じても、微細な喉の震えが妨げる。筋肉と神経が、痺れたように言うことを聞かない。
彼は今、何と言った? 認識がついてこない。……思考がカラ回る。
いつもと変わりない禍々しい私のオーラが。
────初めて、得体の知れない不気味な何かに映った。
「私が……私を憎んでる?」
どういうことだろう……。
そう言われても、考えたこともなかった。
「……俺にも理由は分からない。
オーラの性質は……問題ないわけじゃないけど、まだいい。
でも、キミに対して攻撃性を示してるのは、良くない感じしかしない」
「…………」
「予想でしかないけど……
キミは過去、自分自身を許せない何かがあったとか」
「────ッ!!」
ある。確かに。
もうそんな感情は、
自分自身を、このオーラを、呪わしく思っていたことがある。
……母さんを、死なせたから。
「……すまない」
ウラヌスさんが、深く腰を折って私へ謝罪してきた。
「俺が口を出すようなことじゃ、やっぱり無かった。
……こんなの、余計なお世話だ」
その言葉に私は困惑する。予想外に驚かされたことは事実だし、今も動揺が収まらない。けれど……なら話さないでほしかったかと言われれば、それは違う。私自身は知っておくべきことだ。
……彼は、何も悪くない。
「いえ……
謝らないでください、ウラヌスさん」
「でも……」
「話しづらかったでしょうに、わざわざ教えていただいてありがとうございます。
……きっと、そのことを自覚できてよかったんです」
ウラヌスさんが顔を上げてくる。私は無理に、笑みを返した。
「ホントのこと言うと……
私、ここのところ幸せなんですよ。たくさんいいことがあって。
私は、今の自分が好きなんです。
だから……」
息を大きく吸い、吐く。今度は無理なく笑う。
「自分を憎んでる私と、戦います。
そんなの間違ってるって。
私は幸せになるって、母さんと約束したんです」
ウラヌスさんは、くしゃりと顔をゆがませた。
「そっか……いいお母さんだね」
「はい。自慢の母さんです」
彼は腰に手を当て、うんうんと頷いた。
「なら、伝えてよかったよ。
キミならきっと、乗り越えられると信じてるよ」
「……あーのさ」
私達は、ぎょっと声の方を見る。
「2人の世界に籠もってるところ、申し訳ないんだけど。ひゅーひゅー、熱いねご両人。そろそろアイシャの『練』を見せてほしいんだけど。もう慣れたから」
メレオロン、いま何か変なこと言わなかった?
「あー、えと。
じゃあまず『纏』しますけど、いいですか?」
「あ、うん」
慌てて頷くウラヌスさん。
「じゃあ、いきますね」
禍々しいオーラの噴き出す勢いが増大し、私の身体へと纏わりつく。……さっきの話の後だと、やっぱりちょっと違和感あるな。
「ぅわ、濃っ……!!」
メレオロンが明らかにキツそうにしている。ウラヌスさんは予測していたものの、身を一歩退いてる感じ。シームは、さぁーっと距離を取った。
「その……
本当に、私の『練』を見せていいんでしょうか?」
……皆さん、もう完全に私の『纏』で腰引けてらっしゃいます。だいじょうぶか。
顔をしかめながらウラヌスさんは、
「認識できてたとは言え、体感すると想像以上だなコレ……
もちろんお願いする。あ、でもちょっと待って。距離取らせて」
数歩下がるウラヌスさん。メレオロンはぴょんぴょんと後ろへ飛ぶ。シームはもうどこまで行ってんだかってぐらい離れてる。
「いきますよ……
他人に全開の『練』を見せるのは、私も久しぶりです」
……ジンに見せた気がするけど、アレはノーカン。
ごぉぅッ!!
私の身体から、夜闇を吹き飛ばすような激流を伴い、禍々しいオーラが荒れ狂った。
ウラヌスさんの砕いた岩が、ガランゴロン鳴ってる。うーん……やっぱり人に見せるの抵抗あるなコレ……
「ぅわ、わわわっっ!!」
背中を向けて逃げ出すメレオロン。あ、巻いたしっぽ可愛い。
ウラヌスさんは踏みとどまってるけど、重心制御がもうかなり怪しい。桜色の髪とワンピースがバッサバサとなびいてる。
「いやいやいや、ちょっと待て!
絶対おかしいとは思ってたけど、やっぱコレおかしすぎるだろっ!?
こんなの、人間のオーラ出力じゃないぞッ!」
……失礼な。
「そんなことないと思いますよー。
能力で顕在オーラ増やせば越えられるかも」
「無茶言うなっ!
どんだけ制約と誓約重くすりゃ出来んだ、こんなもんッ!!」
ぅへー。ぼろくそですわ。
「まぁオーラ量には自信あります。
……【天使のヴェール】無しなら、一日中『堅』してたってヘッチャラです」
「恐ろしいことをヘッチャラとか可愛く言うなッ!!」
なら、どうしろと。
これ以上続けても意味がなさそうなので、私は【天使のヴェール】を発動した。ともにオーラも抑える。
「……ふー。
あのオーラの質と量だと、近くにいるだけで削られるな……」
そう言ってウラヌスさんが歩いてくる。メレオロンとシームはどこいったの……?
ウラヌスさんは肩をすくめてみせ、
「あー、うん。ごめん……
正直キミのこと、見誤ってた。
ハンターサイトでキミのこと軽く調べた時、何か色々おかしなことが書いてあって……
ネテロを病院送りにしたとか、幻影旅団を壊滅させたとか、巨大キメラアントを1人で狩りに行ったとか……」
「……」
おかしなことなんだろうなぁ、ソレ……
ていうか、アレ? なんで幻影旅団の件、バレてんの?
「話半分に受け取ってたけど、こりゃまいった。
────『話の方が半分』て何だよ。
実物とんでもねぇわ」
えぇー……なにその言われかたー。
「そんなー。
これでも14歳の乙女なんですけど?」
「……今なら140歳って言われたって疑わないよ」
ぎく。……前世込みなら大体あってるし。
「おーい。アンタ達、もう終わったー?」
シームの手を引っ張って、メレオロンがこちらへ歩いてきた。
「もう終わりにしましょうよ。充分でしょ?」
私はウラヌスさんの方を見る。
「あーうん。
……えっと、アイシャさん。
ぶっちゃけ1ヵ月の『絶』とか安い買い物なんで、ぜひ協力お願いします。
あ、でも移動スペル無効はやっぱキツイけどね」
ですよねー。
「あははは……
両親の許可がもらえたら、こちらこそよろしくです」
「そうだったね。
じゃあ家まで送るよ。実家でいいの? 家どこ?」
うーん。……いっか。お言葉に甘えよう。
「アームストルってご存知ですか?」
「へぇ、アームストルなんだ?
もちろん。仕事で何度も行ったことあるよ。
飛行船で直接行こうか」
ウラヌスさんが飛行船へ向かって歩き出したので、私達もついていく。
「……あの飛行船って、もしかして」
「ああ、アレ?
いちおう個人所有だよ。
小型のスタンダードタイプを、中古で人から譲ってもらった。そこそこ航続距離あるし、不便はないかな。
維持コストがアレだし、荒天だと飛べないけど」
人から買った中古か。……じゃあ買った値段聞いても、相場の参考にしづらいな。
「どれぐらいコストかかるもんなんですか?」
「んー。
使わなきゃ大したことないんだけど、飛ばすと結構もってかれるなー。
ある程度使ってたら、諸々で年間1000万は軽く越える。飛ばしまくったら数千万」
「うわー」
交通費じゃ済まないな。思ったより手が掛かりそうだし。
「定期点検レベルのメンテでも、安くて1回数十万だからなぁ……」
父さんも個人で飛行船所有してるけど、結構するのかアレ……
買えなくはなさそうだけど、維持費がバカにならないのなら、お金を稼ぐアテがないとちょっとなぁ。
どうしよ。迷うなぁ……
一度飛行船発着場へ戻って、燃料を充填。近場で食料の買い込みやシャワーを済ませる。そして私達を乗せ、再び飛行船は夜空へと舞い上がる。
窓から、スワルダニシティの綺麗な夜景を眺める。
やっぱりこういう景色は好きだな。世界樹の星と月の光を散りばめた雲海も素敵だったけど、こういうのも悪くない。
メレオロンとシームも、別の窓から夜景を見下ろしてる。楽しそうだな。……楽しんでほしいな。
「アームストルまではワリと距離あるから、適当なところで寝てくれよ」
飛行船を操縦しながら、ウラヌスさんがそう言ってくる。飛行船の中には数人分の簡易寝台が設置されている。
「ウラヌスさんは寝ないんですか?」
「んー。
高々度安定飛行に入ったら自動操縦に切り替えて仮眠するけど、ほとんど起きてるかな。
まぁ操縦席から離れることはないよ」
「大変そうですね……」
「パイロットまで雇うと、高いからね……
特に今回は、赤の他人を関わらせたくないし。たとえハンターでも」
操縦か。……考えてなかった。飛行船所有、意外とハードル高いぞ。
──夜中、目が覚める。飛行船の揺れを心地よく感じるけど、どことなく落ち着かない。それはそれとして、少し用を……
あれ? シーム、まだ起きてるな。メレオロンは寝てる。ウラヌスさんは……うとうとしてる。
シームは飛行船の窓から、また景色を見下ろしていた。私は後ろから近づいていき、
「どうしたんです? 眠れないんですか?」
「あ……アイシャさん」
私も景色をちらりと見たけど、今はほとんど何も見えない。人工の明かりがない自然の土地なんだろう。
「初めての飛行船は楽しいかもしれませんが、休める時に休んだ方がいいですよ」
「……
初めてじゃない気がして」
「あ、乗ったことあるんですね」
「……それも分からなくて」
おや、どういうことだろ?
「少し前まで居た町……」
「スワルダニシティですね」
「ぼく、前はNGLにいたから……
多分スワルダニって町まで、こういう飛行船で運ばれたんじゃないかなって」
ふーむ。NGLのキメラアントの巣から、飛行船でスワルダニに運ばれたってことか? でも、瀕死だった私を速やかに病院まで搬送した人の能力があれば、そんな必要ないと思うんだけどな。私もその人を詳しく知るわけじゃないから、何とも言えないけど……
「……確証はないんですよね?」
「はい……
目隠しと耳栓されてたんで……。なんとなく、この揺れ方に覚えがあるだけです」
じゃあ、何かの証明にはならないな。……どうしてシームが実験施設に居たのか、知る手掛かりが欲しいんだけど。
……おっと、用があるんだった。
「身体を壊さないように、早く休んでくださいね」
「はい」
素直にシームは窓から離れ、寝台へと歩いていく。さーて、私もさっさと用を済ませて寝直そっと。
ウラヌスさんが夜通し飛行船を飛ばしてくれたおかげで、朝起きた時には、もうアームストルの飛行船発着場に着いていた。
飛行船から降りた私を見送りに来たウラヌスさんが、大きなあくびをしている。
「ふあーぁ……
んじゃアイシャさん、首尾よく行くよう祈ってるよ。
俺もアームストルにしばらく滞在するから、結果出たら連絡よろしく」
「はい、ありがとうございます。
携帯でいいんですか?」
「うん。メールでも電話でも。
時間かかりそうなら、それも連絡して。
どうしてもあの2人をうまいこと隠さなきゃいけないから、長居するなら考えたいし。
まぁ2人とも『絶』はかなりのもんだから、いくらかは粘れるけど」
……メレオロンとシームは追われる身だからなぁ。確かに大変そうだ。
「分かりました。
私の方が行けるとなったら、すぐにグリードアイランドへ出発ですか?」
「そのつもりだよ。
いちおう支度はしてあるんだ。
アイシャさんも、ゲーム内に持ち込む物の準備はしておいてね」
目をこすりながらムニャムニャしてるウラヌスさんに、私は笑いかけた。
「了解です。リーダー」
「んー?
リーダーって……いや、俺よりキミの方が」
「いえいえ。
主導権を握っていただいた方が、私は安心できます」
「んー……
そんなもんか。……了解。じゃあリーダー命令。がんばって両親説得してきて」
「はい」
そう言って、私は眠そうにしてる彼に背を向け、歩き始めた。
……実のところ、あんまり自信なかったりする。
ヨルビアン大陸にある、アームストル。
ここには、私にとって二つの帰るべき家がある。
一つは、風間流合気柔術本部道場。
前世で多くの想いを重ねて建立した、ジャポン風の大道場。
後をリィーナに託し、リュウショウとしての生涯を終えた私にとっては、直接の関係はない。それを言えば、今の私は風間流であるともいえない。……自分の部屋はあるけど。
それでも私の記憶には、絶え間ない修行を、長い研鑽を積み重ねた地として、深く刻み込まれている。
そして前世がリュウショウであると明かした今は、私がよく知る愛しい仲間達とともに、ここで腕を磨き続けている。
もう一つは、コーザファミリーの……マフィアのアジト。遠目にも分かる、大きな白い屋敷だ。
父ドミニク=コーザと、母ミシャ=コーザの、娘として生を受けた私の──
本来であれば、生家だった場所。
……色々あって、私がここへ足を踏み入れたのは、生まれてから13年も経った後だったけれど。
私は様々な想いを籠めて、朝日に映える白い屋敷を見上げる。
……それでもここは、私の家だ。
思い出の地ではない、今の私が『ただいま』と言える場所。
インターホンを、細い指できゅっと押した。
すぐに声が返ってくる。
『お嬢様、お帰りなさいませ』
違和感がなくなってしまったその響きに、なぜかクスッとしてしまった。
そっと声を吹き込む。
「……ただいま」