大通りから脇に逸れ、少し歩いた道の先に、再び大きな通りがあった。
雪像イベント開催中の通りに比べれば幾分狭いけど、それでも充分な広さの道に、既にたくさんの氷像が並んでいる。
「ほー。これはなかなかのもんね」
感嘆の声をあげるメレオロン。雪像と比較するまでもなく小ぶりな氷像ばかりだけど、精緻さは段違いだ。氷の透明感も手伝って芸術的だな。
モミの木や羽根を広げた鳥、珍しいところでシャチホコなんかもある。
でも……さっきほど大掛かりな作業は必要ないにしても、これ作るの簡単か?
「これに参加するつもりなんですよね?」
「そうだよ」
「どれぐらいかかるもんなんです?
手間とか時間とか」
「うーん。何作るかによって全然違うけど」
「あまり労力のかかる物は作らないでくださいね」
「……えーと、そうすると優勝しにくくなるし、時間つぶしにもならない──」
「あなたのおてて、たっぷり『診て』あげましょうか?」
「手短にやるよ」
ったく。ほんっとに、油断も隙も無いな。
「アイシャは、ウラヌスのこと心配してるんだよね?」
「え? ええ、まぁ」
シームの純粋な目がちょっとツライ。もちろん心配はしてるよ? うん……
「これに参加するのはいいけど、もう少し休憩しようよ。
温かいモノでも飲んでさ」
「お、いいこと言うじゃない。
アタシも身体冷えてきたし、なんかポカポカする飲み物ほしいわー」
うん、姉弟の言う通りだよ。一服もせず、慌ててイベントやっても仕方ないじゃないか。
私が笑顔で頷いてみせると、ウラヌスはバツが悪そうにマフラーで口許を隠しながら、
「ごめん……そりゃそうだよな。
せっかくの冬観光なんだし、のんびり楽しんでこうか。
近くに良いお店があるよ」
ふふ。そうそう、観光も兼ねてるんだからしっかり楽しまないとね。
このグリードアイランドは、必要な物をカードで手軽に持ち運び、いつでも取り出せる──と思いがちだが、意外なところに抜けがある。
料理がその1つだろう。料理に限った話ではなく、飲食物のカードはそれほど多くない。あっても、イベント絡みだったりする。
おそらく理由はこれだ。──カード化していても、状態を維持できない。
冷えた物を冷えたまま、熱い物を熱いままにしておくことはできないらしく、飲食物の鮮度も時間経過で落ちていく。私達がよくゲインしてるペットボトルも、大体飲む頃には常温の液体である。
念能力絡みのアイテムなら状態が維持されるようだが、普通のアイテムはカード化する以上の特殊性は持たないということだろう。
ゆえに温かい物が即席に欲しいなら、大抵は購入してすぐ飲み食いするしかない。……といったわけで、ホットドリンクを提供する露店の前で、私達は温かい飲み物を注文してそれを堪能していた。
「あー……ぬくいわぁ」
「寒いときにこういうの、いいよねぇ」
ホットレモネードを美味しそうに口にするメレオロン。ホットココアをほんわかと飲むシーム。2人ともカップを両手で抱え込んで、ちびちびやってる。
「はぁー……ホントになぁ」
にゃんこが、小動物よろしくまったり顔で口にしてるのはコーンスープだ。私もそれにしようか悩んだよ。
私が選んだのはつぶ餡のお汁粉である。このお店、なかなか品揃えがいい。お汁粉って大体こし餡だもんね。入ってるお餅も悪くない。もちもち。
「この美少女、なんか1人重たいモン食ってるわね」
「なに言ってるんですか。お汁粉は飲み物です」
「お箸で餅つつきながら言うセリフじゃないかなぁ……」
まったり顔のまま、ツッコミを入れてくるウラヌス。自分だって飲み物と言い切るには微妙じゃないか。スプーンでコーン食べてるし。
大体入ってるのは餅だけじゃないぞ。つぶ餡サイコー。
「夏の街でも思ったんだけどさぁ。
こういう熱いのとか冷たいのとか、カードでそのまま持ち運べたら楽なのにね」
「うんうん」
姉の言葉に同意するシーム。ココアをふーふーしてる姿が可愛らしい。
「残念だけど無理だろうね。
カード化してても、すぐぬるくなっちゃうし」
少し真面目な顔でウラヌスがそう言う。メレオロンが小首を傾げ、
「ゲームなのに、なんでかそのへん不便よね?
どうとでもなりそうなもんなのに」
「……おねーちゃん、まだここがゲームの中だと思ってるの?」
「へ?」
シームが神妙な顔で私達を見てくる。思わず顔を見合わせる私とウラヌス。
「そうなんでしょ、2人とも。ここって現実じゃないの?」
へぇー……ずいぶん確信持って言うもんだな。何か気づく理由があったんだろうか。
「なんでそう思うんだ?」
「だってウラヌス、全然疑ってないじゃん。
いつもなら、ゲームか現実か絶対確かめようとするでしょ?」
きょとんとするウラヌス。私は思わずお汁粉吹き出しかけた。あっはっは、くっく……そんな気づき方アリかぁ?
「シーム、お前そんなモノの見方すんなよ……
まぁ確かに、ここへ初めて来た時にすぐ調べ始めたけどさ」
「ほら、やっぱり。
で、現実なんでしょ?」
「……まぁな」
「えー。ホントにぃ?
そんなの、どうやって確かめたのよ?」
当然聞いてくるメレオロン。ウラヌスは思案顔でコーンスープを一口含んでから、
「長話になりそうだし、後にしないか?
カード化してるはずのアイテムが常温になる理由とか、話してたらイベントやる時間が減っちゃうよ」
「じゃあ温泉へ行ってからにしましょう。
いいですよね、2人とも?」
「うん、いいけど」
「そうねぇ。わざわざ寒い思いして立ち話ってのもなんだし?
ぬくぬくしながら、そのへんのことお伺いしましょうか」
姉弟はあっさり引き下がったけど、ウラヌスがちょっと嫌そうにしてる。……アレだな、ホントは温泉の時じゃなくて、夜にしたかったんだろう。結局は他のイベントをする時間、削られるから。
ウラヌスはこの街に長居したくないから急いでるんだろうけど、私個人はなかなか気に入ってる。あんまりバタバタしたくないんだよね。温泉も楽しみだし。ふふ。
「ま、いいけどさ。
とりあえず氷像イベントやっちゃわないとな」
「今度は何作るか決めてるんですか?」
ウラヌスが「うーん」と唸りながら、私を見返してくる。
「決めかねてる、けど……アテはある。
多分これなら大丈夫だろうってヤツは」
ほぅ。やっぱりそっちも審査基準とかあるんだろうか。自信ありげだな。
「氷像も審査基準知ってるんですか?
それで手短にクリアできるならいいんですけど」
「うーん……
雪像イベントの終了が午後0時で、氷像が午後1時なんだよ。だから一緒に調べた。
手短にするしかないなら一択かな……」
「じゃあ選択の余地はありませんね」
「……別にいいけど」
そう言いつつ悩ましげな顔を見せるウラヌス。んー、なんだろ。妙に意味深だな。
一時の暖を取り終えた私達は、氷像イベント開催中の大通りに戻ってくる。
ツヤツヤした氷像が並ぶ中、ウラヌスは改めて遠目に辺りを一瞥し、
「プレイヤーは参加してないみたいだね」
ふむ。少なくともこの通りに私達以外のプレイヤーはいないな。今は、だけど。あまり価値がないアイテムなんだろうか。
「そもそもこれに勝ったら、何が貰えるの?」
尋ねるシームに、ウラヌスは肩をすくめ、
「武器だけど、使いにくいんだよね。
だから実質換金アイテム。そりゃみんな、他の指定ポケットカード取りに行くわな」
あ、そっか。そもそもこのスノーフレイって、他にも指定ポケットカードあるんだよな。
「で、いくらで売れるの?」
「んーと。30万か40万。
軽く引っかけて取れたら儲けモンだな」
メレオロンの質問に答えるウラヌス。なるほど、ちょうど微妙なラインだ。
「雪像イベントと同じで、近くの公園に受付があって、そっから氷を持ってくる。
さくっと始めようか」
ポンと、ウラヌスは両手を打ち合わせた。
イベントの受付を済ませて、1m級の氷1つを2回運ぶウラヌス。いっぺんに運ぼうとしたので、諫めて2回に分けさせた。危なっかしい……
用心の為に、今回も私は『周』をしてもらってるけど、どんな事態でも対処できるわけじゃないからな。無駄にリスキーなのはご勘弁願いたい。
『P1』と書かれた立て札がある空き地に設置した、氷2つ。氷ブロックの上にペットボトルの水を撒き、その上にもう1つの氷ブロックを乗せる。くっつける作業だな。
氷像部分が出来たので、今度は周囲に足場を用意する。今度はその辺の雪をかき集めて、ちょっとした台を作るだけだ。四方に作るからそれなりに手間だけど。
そういう作業はウラヌス以外が担当し、彼はその間に休憩。籠手を消して何事か考えている。まぁ氷像のことに決まってるか。
足場の作成も終え、ウラヌスが氷の前に立つ。
「……どんなの作っても、文句言わないでね」
背中越しに言ってくるウラヌス。……ん? どういう意味だ。そしていま誰に向かって言った? うーん……深く考えすぎか? 雪像の時も変なロボット作ってたしな。
ウラヌスが手を動かし、音を立てて氷を削り出した。
今度は雪像に比べて氷像が小さなサイズということもあって、かなりスピーディーだ。あっという間に氷が成形されていき、人を模していることが分かる形状になっていく。
「ねぇ、シーム……」
「……なに、おねーちゃん」
「アタシ、あの形にすっごい見覚えあるんだけど」
「そうだね。ぼくも見覚えあるよ」
へぇ、2人とも心当たりあるんだ。なんだろ……私も記憶には引っかかるんだけどな。
ウラヌスは氷の削り屑を激しく撒き散らすほどの速さで成形しながら、時折り『円』も展開している──メレオロンが言うには。念入りだな……周りに気配もないし、そこまで警戒する意味はなさそうだけど。
近距離で見物してるけど、見事な作業ぶりだ。その気になれば、彫刻家にでもなれるんじゃないかな。多分神字を刻んだりするのが昂じてなんだろうけど。
「──……」
氷像はほぼ完成に近い。私はイライラしながら、それをぶっ壊してやろうか酷く迷っていた。
「どうどうどう、アイシャ落ち着きなさい」
「アイシャ、深呼吸深呼吸」
「……」
氷像を守るような位置で私を宥めてくる姉弟。ウラヌスが汗をダラダラ流してるのは、激しい運動ばかりが理由ではあるまい。
「ふぅー……
できた! かんせーいッ!!」
ウラヌスが大声を上げた。今すぐぶっ壊そうかと思ったが、姉弟が必死にブロックしてくる。
そうこうしてるうちに審査員が走ってきた。
「それではP1の審査を行います」
クリップボード片手に、氷像を熱心に凝視してカリカリ書き込んでる審査員。
「ぐぅぅぅ……!」
フリと分かっていても、審査される恥ずかしさと怒りで思わず声が洩れる。ウラヌスは絶対こっち見ようとしない。
わ……
────私の氷像なんか作るなァァァァァァァッッ!! ぎゃあああああぁぁぁッッッ!!
「ただいまP1の審査を終了いたしました。
午後1時すぎに本大会の優勝者を発表いたしますので、この大通りにお越しください」
審査員がスタスタ立ち去っていく。
「……じゃ、いいですね。もうぶっ壊しても」
「あー。アイシャ、別にいいじゃない。このままにしといても」
「よくありません」
「すごい出来いいじゃん。壊すなんてもったいないよ、飾っとこう」
「……どうせいずれ溶けるでしょう。もう審査終わったんだから壊しても問題ありません。
ですよね? ウラヌス」
ウラヌスは氷像を眺めつつ、
「いやー。我ながら良い出来だなー。
そっくりだと思わない?」
「だよね。アイシャそっくりだよ」
「ホンット美人ってすごいわぁ。氷像のモデルにしたら改めて分かっちゃうわねぇ。
こんなの壊すなんてとんでもない!」
……。
よくできてますよ? ええ。
今の、じゃなく運動着姿の私を模した実物大の氷像。……よく観察してなきゃ作れないだろう。特に胸とかな! 寸分違わないんじゃないかな! スリーサイズ絶対分かってるよねチクショウ!
そうか、『円』を度々してたのはこれの為かクソォォォッ!!
「にしても、氷だから全身スケスケで何かエロイわねー」
──ぃやめろぉぉぉぉッッ!! んなこた分かってんだよ言うなぁぁぁぁぁッッッ!!
メレオロンの言葉に思わずしゃがみこみ、顔を覆う。わああぁッ、もうやだぁぁぁ!
「ビックリするくらいそっくりだよね。
アイシャの髪型なんて完璧見たまんまだしさ」
「だろ? それも苦労したんだよ。
長い髪もそうだけど、このアホ毛がなかなか厄介でね」
ん? アホ毛ってなんだ。
「アホ毛ってコレ? この、頭からぴょんって跳ねてるヤツ」
「そうそう。コレがないとアイシャらしくないなぁって」
「なんでアホ毛って言うの? アホっぽいから?」
「いやー……
いくらセットしても言うこと聞かない毛を、アホ毛って言ったりする。
アホっぽいかどうかは知らん」
……ほぉん。母さん譲りのこの髪、バカにしたね? 本気で怒っちゃおうかな?
ゆらりと立ち上がり。氷像製作者の元へと、静かに歩いていく。シームが慌てて逃げ、ウラヌスがこれ以上ないくらい顔を引きつらせていた。
私は笑顔で、
「ウラヌス。このあとの『診・断』、楽しみにしててくださいね?」
柔らかく肩を叩くと、にゃんこがブルルッと震え上がった。ふふ、風邪かな?