「でもアレなら優勝間違いなしだよね!」
無邪気なシームの言葉に、『うるせーバーカ』と返さなかった私は心が広い。「やめろ、シーム」とウラヌスが青褪めながら叱ってるけど、叱られるべきはあなただと思うよ?
いらんことしくさって、にゃんこは大変お疲れのようなので、今は温泉宿へと移動中だ。時々ヒトの顔色窺ってくるから、薄く笑い返すと毎度視線を逸らしやがる。失礼だなぁ。
はぁ、と分かりやすい溜め息を吐くメレオロン。
「ウラヌスも、ああいうの作るなら本人の許可取りなさいよ。
いきなりやられたら怒るに決まってるじゃない」
気まずそうにするウラヌス。本人にしてみればほんの軽い悪戯のつもりだったんだろう。結果、私を激怒させたわけだが。ほんっと腹が立つ。
メレオロンは私の方も怪訝そうに見て、
「アンタも、怒ってるならちゃんと理由言わなきゃダメよ?
ただ怒ったって、何にも解決しないでしょうに。アンタ仕返しだけするつもりなの?」
ぅ……
そ、そんなこと言われたって、私もなんでこんなムカついてるのか分かんないんだもん。色々……そう、色々だ。恥ずかしいじゃないか、あんなの……
「……。アイシャ、ごめん」
「謝っても赦しません」
「もぉー……」
うんざりそうにするメレオロン。だって、こんな誠意のない謝り方されたって赦す気になれないよ。今からでもこのバカにゃんこ、ギタギタに伸してやりたい。
「……アイシャ。
そんなに怒ってるなら、壊してきていいよ」
力なさげに言うウラヌス。あーもぅ! そんなことはもっと早く言え。また大通りまで戻って、自分の氷像壊すとかバカバカしすぎるだろ。私はさっさと温泉入りたいんだよ!
「今更そんなことしても仕方ないじゃないですか……
この分は、あなたの身体でキッチリ払っていただきますからね」
「うっひゃー。アイシャ、だいたーん」
思わず変態に向かって『あぁん?』と言いかけるが、こらえる。……いや待て、私いま変なこと口走ったか?
なぜか顔真っ赤にしてるにゃんこに、シームが声をかける。
「ウラヌス、謝るならちゃんと謝らないとダメだよ?」
「う、うん……
でもあんなに怒ると思ってなかったから、どう謝ればいいのか……」
「そもそもどうしてアイシャの氷像を作ったのか、説明しないとダメなんじゃない?」
「えぇぇ……
そりゃ説明できるけど、火に油注ぎそうだし」
「怒ってる理由も、分かんないなら聞かないと。
ほっといたら余計アイシャ怒ると思うよ?」
……。それを私に聞こえるように話すのはどーなんだ、シーム。
まぁ……ずっと怒ってるわけにもいかないけどさ。温泉で仕切り直せればいいんだけど。
さて、楽しみにしていた温泉だけど。
温泉宿はスノーフレイに数多く点在するそうだが、混浴可能な温泉がある宿は限られるらしい。この都市の東西南北それぞれと中央に1件ずつ。
混浴できる宿が5件もあるのは、発生がランダムなイベント──指定ポケットカードの為だろう。入手難度もBだし、戦闘が発生しない諸々含めて妥当な難度かな。
問題は、だ。
指定ポケットを求める、他のプレイヤーと混浴で鉢合わせになる可能性だ。それは正直ゴメンこうむる。にゃんこをいたぶ──じゃない、ウラヌスの診断の邪魔はされたくない。
そうすると都市入口に近い南部の宿と、人が行き交う中央の宿は避けたいところだ。
というわけで、ウラヌスに連れられ、街の案内を兼ねて東・北・西の宿を順繰りに見て回る。もちろん中には入らず、外から眺めるだけだ。
「人がいなさそうなところがいいなら、まぁ西の宿かな。
街の北東に雪山があって、そこに指定ポケットのイベントがあるから、近い宿を拠点にするプレイヤーもいるし。確率の問題でしかないけど」
まぁそうだろうな。ランダムに発生するイベントが混浴可能な温泉宿にある以上、捜し求めるプレイヤーと遭遇する可能性はゼロにはならない。オータニアみたいな比較的安全地帯がレアなんだろう。
「じゃあ、ここでいいじゃない。
アタシ、もークタクタよ」
「ぼくもー」
「ここなぁ。俺は別にいいけど……」
「……」
ちょうど目の前にあるのが西の混浴温泉宿である。その名も『雪ん子の宿』。
外から眺めただけでも、なかなかに大きい温泉旅館だ。色んな温泉があって、その中に混浴温泉もあるらしい。レジャー施設に近い感じだな。
別にここへ宿泊することに不満はない、けど。
「その……
アイシャは、いい? ここでも」
「…………」
私は腕を組んだまま返事しない。顔色窺ってくる彼の態度に、無性にイライラしてくるのが不思議で仕方ない。なんで私、こんなに怒ってるんだ……
「ほぉら、アイシャ。
団体行動してるんだから、こういう時はちゃんとする!」
メレオロンが耳の痛い正論をぶつけてきたので、ムシャクシャしつつも、
「……私もここで構いません。
ただ、0時になったらイベント結果を確認しに行かないとですし、お昼はどこで食べるとか色々考えてたんですよ。
その辺、考えてます?」
気持ち低い声で尋ねる私に、多少ビクつきながらもウラヌスは、
「あー、もちろん考えてるよ?
もうすぐ11時だし、すぐ温泉に入ると0時のイベントが気になっちゃうから、この宿にチェックインしたら、中をうろつくなり一服するなりしよう。
0時になる前にここを出て、雪像イベントの結果を確認したら、そのまま外で昼食。
のんびりお昼したら、氷像イベントの結果も確認してこの宿に戻ってくる。それから、ゆっくり温泉に浸かろう。
……って、考えてるんだけど」
んー。
温泉を先延ばしにしてる感はあるけど、他に段取りよく運ぶプランもないしな。お昼にしろ温泉にしろ、のんびりゆっくりというのは望むところだ。
「異論はありません、が。
今日はこの宿に泊まるつもりですか?」
「あー……
多分そうなるかな。
今日1日だけでイベント強行軍なんて、みんなしたくないだろ?」
「みんな、ではなく。
あなたは自分の身体を心配してください」
「はぃ……
えっと、無理はよくないし、少なくとも2日かけてイベント挑戦しようと思ってる」
「さんせーい」
「アタシも賛成に一票」
できるだけ明るく振る舞おうと努める姉弟に免じて、私は口調を和らげる。
「そうですね。私も構いませんよ。
部屋はどうします? いつもみたいに二人部屋にします?」
「それなんだけどさ」
メレオロンが軽く手を上げる。
「あれば、だけど。
今日は四人で一部屋に泊まらない?」
ほぉん。……私は別にいいけど、なんでまた急に?
「……そりゃ寝起きぐらいしか俺達バラけてないし、支障はないと思うけど。
どうして四人部屋がいいんだ?」
「気紛れよ。たまにはいいじゃない」
ウラヌスが何事か考えてる。なんだろな……妙に私とウラヌスが仲悪いの気にしてるし、その辺が関係あるんだろうか。四人でお泊まり会は歓迎するけどね。防衛面で考えても、その方が好都合だし。
そうすると、私とシームでサクラの取り合いになりそうなのが、懸念といえば懸念か。……仕方ない、そうなったら私が折れよう。本来ならサクラはシームへのご褒美だもんな。
「……まぁ部屋があれば、そうしてもいいよ。
けど、寝てる俺やアイシャに変なことするなよ?」
「起きてる時ならいいの?」
「1回触れる度に、関節を1つずつ外しますからね?」
「アハハー。
だいじょうぶだいじょうぶ。変なことしませーん」
ホントか? 正直寝てる間に【神の不在証明】使われたら、私はお手上げなんだけどな……まず触られる前に気付けない。ヘタすれば触られた後もだ。確かめる気にもなれないけど。
さーて、気を取り直して。待ちに待った、冬の温泉宿へ突入だ!
宿の入口を開けた途端、中の空気がぬくいぬくい。
外観通りのジャポン風な廊下の向こうから、早速ゲームキャラがやってくる。
「ようこそ、雪ん子の宿へ。
何名様でしょうか?」
「四人で。
一緒に四人部屋へ泊まりたいんだけど、ある?」
「はい、空いてございます。
どうぞお上がりください」
お決まりのやりとりの後、玄関口で靴を脱ぎ始める。今日初めて履いた靴だから、それなりに脱ぐのに手こずるな。特に姉弟はわたわたしてる。
「慌てなくていいぞ。チェックインは俺がやっとくから」
ゲームキャラに付いていくウラヌス。慣れてる人間がいると楽だな、ホント。にしても、あったけー。
チェックインを終えて待っていたウラヌスと合流し、私達は泊まる部屋へと案内される。
4人で寝るには少々広いかな? それぐらいの大きさな和室だ。あ……ていうか2部屋連結なのか。寝室と居間が分かれてる。思ったより広いな。
盛大な息を吐きながらリュックを下ろす姉弟。メレオロンはすぐさま、居間のコタツへ入り込んで寝転がる。はぇーよ。
「食事は朝食だけで、部屋まで運んできてくれるよ。
宿の中には色々あるから、常識的な範囲で楽しんでくれればいいけど……」
含みを持たせるウラヌス。
「正直言うと、冬装備と宿代で財布の中身が乏しくてね。
お昼食べるぐらいは問題ないけど、あんまり贅沢すると変なタイミングでお金下ろしてこないといけなくなる」
「へ?
じゃあ、結局そのうち取りに行かないといけないの? 面倒ねぇ」
コタツの中からメレオロン。潜るなとは言わないが、せめてそのもこもこした服を脱げ。破けたらどうするんだ。
「氷像イベントで優勝できなかったら、そうなるな。
優勝賞品を売れば、その手間はなくなる」
ふーん。ふーん……アレが優勝とか腹立たしいけど、優勝逃すのはもっとイヤだな。
「アイシャ、勝てるといいね♪」
「……シーム。私は別に何もしてませんからね?」
モデルになったつもりなんてないからな。無断で氷像作るとかビスケの撮影よりタチが悪い。ミルキの撮影は……無断でなければ別によかったんだけどな。
予算うんぬんでクギを刺されてしまい、まだ温泉に入るゆとりもないので、満場一致で『部屋の中でぬくぬくする』ことになった。お昼まで小休止だ。
インナーだけになり、コタツに入り込む。うーん……これこそ冬の幸せだなぁ。
「ちょっとお姉ちゃん。
そんなに占領しないでよ、邪魔じゃん」
「ぇー。
いいでしょ、これぐらーい」
「ぼく少ししか入れてないんだから、寝ないでよ。もうちょっと除けて」
姉弟がコタツの入り方で揉める傍ら、薄着になったウラヌスが、私のいるコタツの左側から入る。「ふぅー」と息を吐き、
「シーム。
あの話の続き、しなくていいのか?」
「え?
……あー、ここが現実って言ってたやつ?
説明してくれるなら聞きたいけど」
「あ、それはアタシもちょー興味あるわ」
むくりと起き上がる現金なメレオロン。
「アイシャも現実だって知ってたんでしょ?」
「へ?」
シームが私に話を振ってくる。……まぁそうだけどね。
「なんで私が知ってると思うんです?
ウラヌスなら、いかにも知ってそうですけど」
「アイシャが、ウラヌスに全然聞かないから。
分かんなかったら、知ってそうなウラヌスに聞くでしょ?
でも全然聞こうともしてなかったし、始めから現実だって知ってるんだろうなって」
う……そんな風に思われてるのか。彼に色々質問してる自覚はあるけど、なんだかなぁ。
さて、現実だと知ってた理由か。
ミルキから現実にある島だと聞かされて、原作でもそうだったと思い出したんだよな。ただ理由が思い出せない……。ミルキは調べれば分かると言ってたけど、結局調査はしてないはずだし。
「私の場合は知ってると言っても、自分で調べて現実だと分かったわけじゃないです。
グリードアイランドの情報を集めていた時、友達から教えてもらっただけなんで」
そう言って、視線をウラヌスに向ける。
「えーと……
俺は最初から、すっごい疑ってたんだよ。このゲームのこと。
実際命の危険があるって触れ込みだけど、どういう理屈で命を奪われるのかって」
肩を揺らしてもぞもぞした後、ウラヌスは鼻から息を吐き、
「ゲームって、普通にやってたら結構死ぬだろ?
たとえばドカ○ンで、HPがゼロになる度にプレイヤーが死んでたらシャレにならないじゃん」
うーむ……たとえがアレすぎるけど、そりゃそうだな。うなずいておく。
「逆に言えば、わざわざゲームで死んだからって実際に死なせる必要もない。
まともに考えれば、ゲーム世界に見せかけた現実世界なのかなって。それなら、死ねば終わりって当然の理屈だしさ」
メレオロンは首を傾げ、
「……分からなくはないけど、理屈が強引すぎない?」
「俺も後でそう思ったけど、単に疑うキッカケはそれだったってだけだよ。
で、他人がグリードアイランドへ入る時に、ゲーム機の前から身体ごと消えたのを見て、あーコレただの移動だなって。何も特殊なことしてなかったから。
いわゆる現実からゲームの世界へ飛び込むなら、もっと特殊なことするだろうって予想してたし」
ふむ。言いたいことは分かるけど、まだ証明としては弱いかな。
「でも、それで現実だと確証を得たわけじゃないですよね?」
「もちろん。だからゲームの中でも調べた。
まぁ空見たら一発だったけどね」
「……太陽ですか」
「うん。
時計の示す時間と太陽の位置関係。あと、夜空の星で大体の位置は分かった。
ざっくり言うと、この島はヨルビアン大陸の東にある」
「うーん……
ヨルビアン大陸の東と言っても、結構範囲が広いですけど……」
「正確に言うと、ゲームへ入る直前にアムリタ港へ行ったじゃん? あそこはヨルビアン大陸の東海岸沿いにあるんだけど、あの港から真東へ約2500㎞進んだ地点にこの島はある」
おぉ、具体的な位置が出てきたな。つか近ぇよ。そんなトコにあったのか。……うん? いや、レオリオさんに島から脱出させてもらった時、確かにそこまで長距離は移動してなかったかもな。抱きかかえられてるから、よく分かんなかったけど……
島の所在地を聞いても、まだシームは不満そうな顔で、
「でもそれ、多分そこだって予想しただけだよね?
本当にそこにあるか、確かめたの?」
尋ねられたウラヌスは、ニヤリと笑ってみせた。お?
「──シーム。俺が、実際に確かめないと思うか?」