第十四章
自室に軽く荷物を置いた後、お土産を持って父さんと母さんの部屋へ向かう。
よく知る扉前の護衛さんが、私に気がついた。
「おはようございます」
「おはようございます、お嬢様。ボスに御用でしょうか?」
「はい。父さんはもう起きてますか?」
「ええ、少々お待ちください。ボス、お嬢様が来られました」
『ああ、入ってくれ』
耳慣れた父さんの声。護衛さんが扉前を譲る。早い時間からご苦労様ですよ、ほんと。
「おはようございます。ただいま帰りました」
「おはよう。アイシャちゃん、お帰り。早かったわね」
「ああ、おはよう。もう少し遅くなると思っていたぞ」
父さんと母さんが出かける格好で、私に挨拶を返してくる。
「あれ?
2人とも、どこかへ出かけるんですか?」
「ああ、朝食を外で摂ろうと思ってな」
「アイシャちゃんは、もう朝は食べたの?」
「いいえ。まっすぐ帰ってきました」
そう私が答えると、父さんは少し優しげな表情で羽織ったスーツを整えながら、
「ならちょうどいい。一緒に食べに行こうか」
「はい! よろこんで」
「あら。でもアイシャちゃん、その格好はダメよ。
ちゃんと女の子らしくしなきゃ」
「あははは……」
運動着だもんねー。やっぱり怒られた。着替えてから来ればよかった……
「おいおい、めかしこまれちゃ出かけるのが遅れるだろ。
別にそのままでいい」
「あら、あなた。
私は可愛いアイシャちゃんを眺めながら朝食を楽しみたいのに。……どうせなら、もうお出かけしましょうよ。そうしましょう」
「おいおい……勝手に決めるなよ。朝食だけって約束だろう?
俺にも予定が」
……どうしよっかなー。雲行き怪しいなぁー……
「えっと、お土産! おみやげあるから!
2人ともこれ見てて。その間にパパッと着替えてきます」
私はテーブルにお土産を詰めた袋を置いて、ささーと逃げ出した。
「あら」
「おい」
無視無視! 2人だけの時に、いくらでも言い合っててくださいっ。
自室に急いで戻ってくる。化粧までする時間はないし、する気もないから、とりあえず女性服を適当に見繕う。って、出来ればいいんだけど、急かされるとかえって悩むなぁ。んー。
どうしても、このスカートが……
運動着の時は男物の下着を穿くんだけど、まさかスカートまで男物の下着ってわけにはいかないし……いや穿いてもいいけど、母さんにバレたら何言われるか。
「……」
女性として、生きていく、か。
母さんの与えた罰の重さが、今更ながらのしかかってくる。確かに母さんが言った通り、結構重い罰かもしれない。うぅ……
「アイシャのやつ、いい顔してるな……」
「ふふ。仲のいい
間違えてアイシャがおみやげに混ぜてしまった、世界樹で撮影したゴンとの2ショット写真をなごやかに見つめる2人。2人にとって、これが一番のおみやげと言えた。
戻ってきたアイシャが、それを見て悲鳴を上げるのは5分後のことだった。
レストランで、モーニングメニューを堪能中。
「……いつものことながら、朝からよくそんなに食えるな」
「元気、元気。元気がとりえなのです」
はくり、もぐもぐごくん。
「お行儀よく食べてほしいけど、元気なアイシャちゃんも好きよ」
「そう言ってくれる母さんが大好きです」
もぐもぐ。
「……。俺としては、ちと嫁の貰い手がいるのか不安になるがな」
「あら、あなた。
こういうアイシャちゃんを好きになる人も、いるに決まってるわ」
「…………」
ぐ、っふ……
吹き出すとこだった。危なー。
「いきなりそういう話するの、やめてください……父さんキライです」
「あらあら、嫌われちゃったわよアナタ」
「心配してやってるのに、これだよ」
3人で笑い合う。
……ああ、ほんと楽しいなぁ。一緒に食べるゴハンがおいしい。しあわせ……
母さんがどうしても、と言うので父さんが渋々折れて、私の服を見に行くことに。
予想通りというか、アレもいいわコッチもいいわと、母さんが私を着せ替え人形にして父さんを反応に困らせているので、珍しく私は「コレがいい」と一押ししてみた。
なんとなくウラヌスさんが妙に着こなしていたワンピースが気になってたから、白くてヒラヒラがスゴイのを選んでみた。
2人とも私が珍しくそういう服を着たいと言ったことにびっくりしたらしく、そのまま買った服を着て3人で散歩することに。
……うん。いいな、コレ。なんかひらひらさせるの楽しい。
「おいおい、あんまりはしゃぐなよ」
「アイシャちゃん、踊ってるみたいで楽しそうね。でも人にぶつかっちゃダメよ」
「はーい」
ぽかぽか陽気の中、私を優しく見守ってくれる2人へ、笑顔で応えた。
私が護衛代わりの散歩を終えて、昼食も一緒に摂る約束をしてから、私は自室に戻ってきた。白いワンピースのまま、ベッドにポスンと座り込む。
「……うん」
かん、ぺきに、わすれてた。
────話し出すきっかけが全然なぃぃぃぃっ! どうしようぅぅ……
説得以前だよ、まずどう言えばいいの?
ちょっと男に戻りたいから、数ヵ月ゲームに入りたい?
……言えるわけないじゃん! 私、2人の前だと完全に娘じゃん! しあわせすぎて、娘スイッチ入りっぱじゃん!
「ぅー」
……夜かな。今日、一緒に寝たいとお願いしよう。そこで、なんとか、言ってみよう。うん。
父さん、母さん、なんて言うだろ。うぅー……
まぁアレか……説得できるっていう前提で、ゲームの中に持って入る荷物の準備はしておこう。そうそう。きっと準備しちゃえば、もう行かなきゃって気になるはず。
そんな風に思っていた時期が、私にもありました。
その晩。
父さんと母さんに挟まれて、一緒のベッドにもぐる私。じわじわと2人のあったかさが伝わってきて、2人と話している間にも少しずつ眠くなってくる。
ふふ。こうしてると明日も明後日も、一緒に寝たいなって思っちゃう。
……あれれ、ほんとに眠くなってきたぞ。
えっと、あれ、なんだっけ……
話さ、なきゃ、いけな……こと…………むにゃ……
…………
「……可愛い寝顔だと思わない? アナタ」
「ふん……
こんな歳になっても、親と一緒に寝たいってのがな。
ずいぶんと甘えてくれる」
「そんなこと言って、うれしいくせに」
「うるせぇ」
「ふふ。素直じゃないんだから……
……この子も女の子なんだから、たまには口に出して褒めてあげてね。きっと喜ぶわ」
「そう言われてもな……
見ただろう? あの写真の顔。……やっぱり元が男だからか、ヤンチャしてる時の方が楽しそうなんでな」
「男の子の友達、いっぱいいるものね。
……ちょっと無理させちゃってるかしら」
「急には変われないだろう……。まったく、重たい罰を与えたもんだ」
「そうね……
許すも許さないも、私は怒ってなんかいないんだけれど……
なにも罰がないと、この子が納得してくれそうになかったから」
「…………」
「ねぇ……
女性として生きてほしいとは言ったけど、無理はしなくていいのよ。アイシャ」
「…………はぃ……」
「なんだ、まだ起きてたのか」
「……その……ぅん……」
「アイシャちゃん、何か私達に話したいことがあるんじゃないの?」
「俺にもそんな風に見えたんだがな。
お前がどこかへ出かける準備をしてると部下が伝えてきたから、気にはしてたんだが」
ぅぅぅ。全然かなわないよっ、この2人には……
「……
えっと、その……
私の友達が最初遊びに来た日、ゲームの中へ入った時のこと、話してたでしょ……?」
「えぇ、話してたわね……
苦労したのに、男の子になれるお菓子がアイシャには意味がなかったんだっけ?」
「う、うん。
みんなは男から女に変われたのに、その、私だけ……」
「なんというか、それもむごい話だとは思ったがな」
「やめて父さん、そんな同情はしないでぇ……」
「恥ずかしがってるアイシャちゃんも可愛いわ」
「やめてぇ……」
「くっくっく。面白いな、本当にお前は。
それでお前は……その様子だと、気づいちまったみたいだな」
「え?」
父さん、それって……
「あなた、気づくって?」
「アレのことさ。グリードアイランドで手に入れたのが、例の葉書だって言ってたろ。
俺は色々試してるうちに、こいつぁいけるんじゃねぇかと思って必死でいじくってみて──
こうして夫婦の時間を取り戻せたんだ。
なら、お前の言ってたやつも、もしかしたら効くように変えられるんじゃねぇかなとは思ってたよ」
……ぅぅぅぅ。父さんスゴイよ、ほんとにっ……
「そう……
じゃあアイシャは、男の子になりたくてまたゲームの世界へ行きたいの?」
「……」
「気づいちまったなら、そういうことだろうさ。
俺が教えなかったのは、まぁ……
娘にそういうことしてほしくねぇっていうのが本音なんだが」
「そういうこと言わないでぇ……」
「あらあら……
私は別に構わないけれど」
「へっ?」
なんで? 母さんの方が、絶対イヤがると思ってたんだけど……
「女性として幸せになってほしいから、ああは言ったけれど……
アイシャの中にも、男性の気持ちが残ってるんでしょ?」
「……う、うん……」
「私は、アイシャちゃんのこと、とっても可愛い娘だと思ってるわ。
……でもね。私はアイシャのことを、娘だから愛してるんじゃないのよ。
私達の大切な子供だから……愛してるのよ」
「……。
ふっ……ぅ……」
かあ、さん……それはずるいよ……
母さんの指が、震える私の涙をそっとぬぐってくれた。
「だから……
母さんは構わないのよ。
……まあ、ちょっと気になることはあるけれど」
「え? なに?」
「アイシャちゃんは、ずっと男の子になりたいわけじゃないのよね?」
「う、うん……その……
言ってたお菓子は、少しの間だけ変われるものだから……」
「ふふ。
じゃあ、相手の人はどうするのかなって、思ったんだけど」
ぐさっ!
「ぁ、う、そのっ……」
「アイシャちゃんが男の子になって、それで誰かを好きになるのよね?
……でも、アイシャちゃんが女の子に戻った後、相手の人……
その女の子の方はどうするのかなぁって」
あ、なんだろ。母さんちょっと怒ってる感じがする、あぅぅ。
「ふふ。困らせてごめんなさいね、アイシャちゃん。
でも……男の子になれたら、それはきちんと考えてね」
「は……はぃぃ」
「……。
あなた、ごめんなさい。
もうそろそろ時間みたい……」
「……ああ、ちょっと間が悪かったな。少し待っててくれ」
母さんの姿が消えていく。そっか……24時間経ったんだ。
ふわり、と。母さんの眠っていた毛布が沈み込んだ。
「すまないな……ちょっと待っててくれ。すぐ」
毛布を下げて、上半身を起こす父さん。私もむくりと起き上がり。
なぜか……
父さんの、寝巻の裾をつかんでいた。
「……どうした?」
「えっと……」
なんでだろ。どうして私は……
「父さんと……2人で話したいことが、あって」
頭が回らないまま、口が動く。
うん……きっとそうだ。母さんがいると、しづらい話……
「……ふん……
まぁいい。
こうして2人だけで話すのも久しぶりか。なんだ?」
「その……
父さんは、どうなの? 私が、その……」
「……さっき言った通りさ。
だが罰を与えたミシャがいいって言ってるのに、俺だけぐずぐず言ってんのはみっともねぇだろ。好きにすればいいさ」
「いや……
なんだよね? その、父さんは」
「……
ミシャによく似たお前が、一時的にでも男になるってのは、まぁ、な」
「うぅ……」
「嫌かどうかと聞くから、そう答えただけだ。お前の好きにしろ。
……どうせ上手くいくかどうかも分からないんだろ?」
「うん……
詳しい人に調べてもらうんだけど、そんなに成功率は高くなさそうだった」
父さんは「ふぅー……」と息をつき、
「まぁ俺が幸運だったんだろうなぁ……
調べてダメだったらどうするんだ?」
「……その時はスッパリ諦めるよ。どうしようもないし……」
天井を見上げて、父さんは何事か考えている。
「……グリードアイランドに入ったら、しばらく戻ってこれないんだろ?」
「うん……携帯も使えなくなる」
「そっちの方が、俺にしてみりゃキツイかな……
お前にはまだまだ念の稽古をつけてもらわなきゃいけねぇし」
「あ、それは、その……
ちゃんとどう修行したらいいか、メモにまとめておくから」
父さんはフフッと軽く笑い、
「……方便だよ。分かってくれないかねぇ」
え? う……
「…………」
「…………」
話が続かない。えっと、アレ? こういう話じゃなくて……
「もう、話したいことはないのか?」
「ぁ、うー……」
なにか、なにかあったはず。なんだろう、出てこない。
「ふー……
ミシャがいるとしづらい話、か。
……一つ、お前に聞いてみてもいいか?」
「ん。なに、父さん?」
「……。お前……
なんで、お前を捨てた俺を、恨んでねぇんだ?」
……うつむくしかなかった。だって、それは……
「私は……
ほんとに、恨んでなんかいません。私に父さんを恨む資格なんて……」
父さんは難しい顔で腕を組む。
「なんか食い違ってんだよな、俺とお前は……
ミシャのやつが何でもかんでも許しちまうから、それに流されちまうんだが……」
「……」
「なぁ。
お前は別に、ミシャを殺したかったわけじゃないんだろ?」
「……。
…………はい」
「俺も勢いで、ミシャを殺しただの何だの喚いちまったが……
殺したのと、死なせちまったんじゃ天と地ほどに差がある。
捨てた俺のことを恨んでないとか言ってるお前が……殺したはずがねぇんだよな」
「でも……私、母さんを……」
「ミシャのやつは、いいって言ってたろ。
アイツは、お前が結果的に生まれてくれたなら本望だったろうさ」
……うん。母さんはそう言ってくれたし、そうだと思うけど……
「でも……私は父さんから、母さんを……」
「……まあ、そうだな。
俺はお前に、最愛の妻を奪われちまった。
そして、お前が殺したものだと思い、お前を捨てた」
「……当然です」
「後悔しなかったと思うか?」
「え……?」
父さんは、強く目を瞑っている。何かに耐えるように。
「……お前を捨てたこと、俺が後悔しなかったと思うか?」
「え、そ……」
「俺は、お前を捨ててから何年か後に、流星街を部下に調べさせたことがある。
結果は空振りだったが……」
……。……
「あんな捨て方をしたんだ。とうに死んだものと諦めていた、がな……
そしたら、ある日だ。
愛した女の面影があるヤツが訪ねてきたんだ。娘だと、言ってな。
ずいぶんとまぁ、ミシャによく似て、美人に育ちやがって……
捨てた俺のことを恨んでねぇ、とか……よ」
とう……さん……
「俺の命を救ったお前に、俺はなんて言った?
娘だと、認めない? ……どの口が言うんだよ……
そんな出来た娘が、どこにいるんだよっ……!」
父さんっ……!
「──なんでお前は、俺を恨まねぇんだっ!!」
「だって……! 私、父さんから幸せを奪ったんだもん!!
捨てられたって……」
「……違う! そうじゃないっ!!
それはお前が、ミシャを死なせた自分を許せねぇからだ!!」
「……っ!!」
「俺だって同じだ……!!
お前を捨てた俺が、許せねぇんだよ!! 自分で自分の家族を捨てたんだぞ、俺はッ!!」
「……うぅー、ぐぅぅぅ……。だってぇ……」
「お前が、俺を恨んでくれなきゃ……
俺はどうやって、自分を許せばいいんだよ……」
「だって、恨めないよぉ……
父さんは、母さんを殺した私が憎いんでしょ……!」
「────憎んでるよッ!!
でも、それ以上に愛しちゃいけねぇってのかッ!?」
「ふぅっ……!?」
「お前は……俺とミシャの子供だろうがよ……」
「うん……」
「俺は、お前を許すも何もねぇンだよ……
家族は、そろったんだ。
ミシャは、こんな形でも帰ってきたんだ。とっくにそれは、済んだ話なんだ……」
「……、ぅ……」
「……
アイシャ……今すぐでなくて、いい。
いつか……自分のことを、許してやれ。
許せたら……俺に言いにこい。
よくも、私のことを捨てやがったな、ってな……寂しい思いさせたなって……
好きなだけ、恨んで、憎め。
そしたら俺は……お前に謝るよ。ようやくお前に、あやまれる……
アイシャに許してもらえなくても、何年でも……あやまる」
「とうさんん……ずるいよ、そんなのぉ……」
「くっく……お互いヒデェツラだな。
ミシャのやつが見たら、キレちまうぜ……」
「ぐす……父さん……
今日だけ……ふたりで寝たい……」
「ミシャのやつ、抜きでか? 悪い娘だな……」
「だって、見られたくない……」
「まぁな……
お前に憎いだのなんだの言って泣かせたとか、ミシャのやつ、土下座したって許しちゃくれねぇだろうしな……」
「とうさん……ほんとうに、わたしのこと……
愛してくれてるの……?」
「……
くっく。全く……
ミシャ以外の女に、こんなこと言う日が来るとはな……」
「……」
「……アイシャ。
お前は、俺の…………大切な娘だ。
……愛してるよ」
「あああ、とうさんっ……
……わたしも……、わたしも、愛してるっ……!」
……蛇足かな、と思いつつも。このコーザ親子について少し。
生まれの因果から、複雑な関係になってしまった、父ドミニクと娘のアイシャ。
お互い不器用極まる性格な為、母ミシャが間を取り持つことで、ようやく円満な家庭を取り戻しました。
ただ、ミシャの包容力があまりに振り切れすぎている為か、ドミニクとアイシャはわだかまりを解消できないままでもいました。
もしこの2人が、わだかまりを解消できるとすれば……
2人だけで、腹を割って話すしかないんだろうな、というイメージが浮かびました。
本来なら、こういうのは想像の余地として残しておくのが花なんでしょうけど……
見えたイメージを文章に起こさない、という選択肢は、私にはありませんでした。
アイシャが、女性として生きていこうという考えに今ひとつなれない理由の一つが……
父からの愛をきちんと受け止めていない、というのもあるんだろうなと。
……母からの愛は溢れかえっちゃってて、なんというかバランスも悪かったんでしょう。
ミシャありきの父娘であるのは、疑う余地もありません。
目にしていただき、少しでも共感していただけるものがあれば、私にとって幸いです。
────某日、「君の知らない物語」を聴きながら。
サークルらぶそんぐ たいらんと
あ。お話はまだ続きますです。はい……