どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第百三十五章

 

 ウラヌスが「もう寝る!」と宣言してホントに寝てしまい、私達も明日雪山に挑戦することを踏まえ、早めに休むことにした。

 

 ああ……せっかく4人でのお泊まり会なんだし、もっとお喋りとか遊んだりしたかったのにな。ウラヌスいじりに、夢中になりすぎちゃったよ。

 

 物足りないなぁと思いつつ、眠りにつく……

 

 

 

 

 

 ふと、真夜中に目を覚ますと──

 

 隣にウラヌスがいない。布団はもぬけのカラだった。

 ……トイレかな。私も行ってこよ。

 

 

 

 やや寒い廊下を歩く。ここ、トイレが各部屋にないんだよな……

 

 そうして案内を確認しながら歩いていくと、向かいから誰かが来る気配。ウラヌスか。

 

「あれ、アイシャどうしたの?」

「あ、ちょっと……」

「……ああ、この突き当たりだよ。俺も行ってきたトコ」

 

 そう言って、すれ違うウラヌス。むぅ……

 

 

 

 用を済ませて部屋に戻ると、弱い照明だけ点けてウラヌスがコタツに籠もっていた。

 

「どうしたんです? 寝ないんですか」

「んー……

 なんか寝つけなくてさ」

 

 もぞもぞしながら返事するウラヌス。小動物だなぁ……

 そう思いつつ、私もコタツに入らせてもらう。あー、ぬくいぬくい。

 

「アイシャこそどうしたの?

 寝なくて大丈夫?」

「ちょっと冷えちゃったんで、コタツで温まってからと思いまして」

「そっか」

「……お邪魔でした?」

「ううん」

 

 薄暗い照明の下、黙ってコタツに籠もる私達。

 

「はぁー……」

「どうしました?」

 

 溜め息を吐くウラヌスに尋ねながら、私はコトンとコタツの上に缶を置く。

 

「あ。そんなの買ってきて」

 

 言って、ウラヌスも同じようにコタツの上へ缶を置いた。

 

「自分もグレープジュースとか買ってきてるじゃないですか」

「いや、疲れたからちょっとでも補給を……

 アイシャなんて、夜中にお汁粉とか重すぎるじゃないか」

「私にはこれくらいでちょうどいいんです」

 

 ウラヌスは私の胸辺りをじっと見る。

 

「ちょっと。どこ見てるんですか」

「そりゃ栄養いってそうなところをだよ」

「失礼な」

 

 くそっ。揃いも揃って同じこと言いやがる……私はちゃんと修行で消費してるよ。

 

「正直不便ですよ。

 別に大きくたって何も得しないですし。こんなにあっても邪魔なだけです」

「あ、やっぱり」

「へ?

 やっぱりって、なにがですか」

「いや、メレオロンが言ってたんだよ。

 多分アイシャは鬱陶しがってるって。そういう子もいるってさ。

 活発に動きたい人にとっちゃ、足かせになるもんね」

「……」

 

 返答に困るな……。変態の言ったことじゃなければ、素直に頷けたんだけど。でもまぁ、そういうもんか。体幹の崩れに繋がるってビスケにも指摘されたしな。ホント迷惑……

 

「ま、無いものねだりだよな。

 アイシャが男になりたい理由はよく分かんないけど、そんないいモンじゃないよ。

 俺やシームのこと、うらやましいなんて思うかい?」

「……あなたやシームを見て、うらやましいとは思いませんが……

 別にうらやましいとかそんな理由じゃありません」

「じゃあなんで? ──って聞いちゃダメか。

 俺はアイシャのこと、うらやましくて仕方ないけどなぁ」

「……無いものねだりですよ」

「かもね」

 

 ウラヌスがそう言ったっきり沈黙し、缶ジュースを開けて飲みだす。

 

 私も話が続かず、お汁粉に口をつける。……缶だからしょうがないけど、やっぱり味は薄いな。さりとて売店はもう閉まってるし、贅沢は言えないか。

 

「結局、俺の診断結果ってどうだったの?」

「あ。

 あー、えっとですね」

「ちょっと。

 まさか、ちゃんと診てないとか……」

「いえいえ、ちゃんと診ましたとも。

 急に聞かれたんで、どうだったっけなーと思いまして。えー。

 ……温泉の時と結論はそう変わりませんね。

 どこが悪い、というわけではありませんが、全体的に弱ってる感じがします」

「そっか。やっぱり疲労かなぁ」

「いえ……

 あなたの元の状態を知らないので比較で判断できませんが、かなり衰弱してませんか?

 あなたが発揮している運動能力からは想像できないくらい、身体機能が低すぎるように思えるんですが」

「……。

 前に話した通りだし、その通りだよ。

 俺自身、次に衰弱したらどれぐらいマズイ状態になるか予想できないし。

 今のところは何とか動けてるけどね」

「本当に大丈夫なんですか?」

「今のところ。

 ヤバそうなら事前に相談するよ」

「……約束してくれますか?」

「うん、約束する」

 

 ふむ。……いや。

 

「なーんか、いまひとつ信用できないんですよねぇ……

 定期的に診断した方がいい気もするんですが」

「後生だから勘弁して……

 ホントに、ほんっっとにキツイんだから」

「……えぇっと」

「マッサージだって、どんだけ恥ずかしかったと思ってるの!

 俺の身体、あっちこっちムチャクチャして!」

 

 ひ、人聞き悪いな。

 

「どうどうどう、興奮せずお静かに。

 寝床の2人を起こしちゃいますから」

「……」

 

 ほっぺた膨らませて無言の抗議をしてくる。これはヤブヘビだったか。

 

「やりすぎだったのは認めます。ごめんなさい。

 ……その、泣くほど嫌がるとは思わなかったんで」

「だから、くすぐったいのはダメなんだってばぁ……

 アイシャだって、あんなマッサージされたら嫌だろ?」

 

 あ、うん。それはまぁ。

 

「丁重にお断りしますね……」

「なら、なんでそれを俺にするのさ?」

「……思ったより酷いことしちゃったみたいですね。

 申し訳ないです……」

「俺も本気で泣かされるなんて思わなかったよ。

 とんだ生き恥さらしたよ、っとにもぅ……」

 

 私も本気で泣かれるなんて思わなかったさ。罪悪感すごかったぞ。

 

「でも、マッサージ自体は効きませんでしたか?

 私、結構自信あったんですけど」

「……。

 マッサージ自体は良かったと思う。実際コンディションは良くなった気もするし」

「じゃあ──」

「気分は最悪だけどね。

 二度とゴメンです」

「あのその、謝りますから。すいませんでした。

 しっかりマッサージしたのがお気に召さなかったんなら、今度は軽めにしますから」

「いやさ、なんでそうまでしてマッサージしたがるの?」

「そりゃもう……

 ぷにぷにしてますし? ……触ってもあんまり怒んないですし」

「……

 なぁんか俺、昔っから色んな人にスキンシップされるから、おっかしーなぁと思ってたんだけど……そんなことが理由だったのか」

 

 カリカリ不機嫌に頭をかくウラヌス。自覚なかったのか……

 

「いいじゃないですか、プニプニにゃんことか最高ですよ?」

「いい加減、俺と桜を同一視すんのヤメテくんない?

 あんなの呼ばなきゃよかったぁ……恥ずかしすぎるんだけど」

 

 ウラヌスは力なく顔を手で覆い、

 

「なんかさー。

 このゲームに入ってから、俺ずっと恥ばっかりかいてる気がする……」

「それは私もですよ。

 オーラがないからっていうのが大きいですけど、全然思い通りにいかなくて」

「うんうん。

 ……俺、誰かとこんなにべったり行動するの、家族以外じゃ初めてなんだよね。

 隠し事できないから、みっともなくジタバタしてるトコ見られまくってるよ……」

「あなたはよくやってくれてます。

 それは保証しますよ」

「……もうちょっと上手くやりたいけどねぇ」

 

 ふぅ、と嘆息するウラヌス。これは話題を変えた方がよさそうだな。

 

「そう言えば、あのことはモタリケさん達と話しました?」

「ん? なんのこと?

 荷物を預けるって話以外──」

「アレですよ。

 お2人を外に連れ出す件」

「げっ!?

 ……あ、いやいや。時間的にムリムリ、全然足んなかった。

 預ける話だって結構揉めたのに、その話までしてたら桜が消える前に戻れなかったよ」

「……そういえばそうでしたね」

「俺も時間ヤバイなぁと思って焦ってたから、すっかり忘れてた。

 でもまぁアイツラとはこれから何度も会うし、余裕ある時でいいよ。

 ……俺だってあの2人は帰してやりたいもん」

「ええ、そうですね……」

 

 

 

 コタツの上にまだ置いてあったミカンを食べたり、飲み物を口にしながら雑談を続ける私達。

 

「さて、そろそろ寝ないといけないんだけど……」

 

 薄暗い照明を頼りに壁時計を見ると、午前2時を指している。

 

「寝れそうですか?」

「……それが、目が冴えちゃってる。どうしよっかなぁ」

「私もなんですよねー」

 

 コタツでちょっと寝たのもマズかったかな。……いや、なーんか物足りないんだよな。せっかく4人で遊びたかったのに。

 

 んー……

 

「この時間でも温泉って入れます?」

「……入れるけど。

 24時間だよ、ここの温泉は」

「じゃあ、軽く入りません?」

 

 怪訝な顔をするウラヌス。

 

「1人で入るって解釈していい?」

「……いえ。

 指定ポケットカード、挑戦しないですか?

 もう日が変わったんで、混浴に入ったらイベント発生するかも」

「……それなら俺1人で混浴に入るよ。

 アイシャは女湯に入ればいいじゃん」

「どうせなら2人で入りましょうよ」

「言ってる意味、分かってる?」

 

 すごく疑わしげな顔をするウラヌス。なんかめっちゃ警戒されてるな。

 

「気分転換を兼ねて、ちょっと入るだけですって。

 イベントが発生するか確認するのがメインですし。

 別に何もしませんよ」

「……。

 ちょっと考えさせて」

 

 ウラヌスは目を閉じて、黙り込む。

 

 ぶっちゃけ警戒するに値しないって分かっちゃったからな。……私よりウラヌスの方が恥ずかしがりだし。私はいい加減慣れてきたけど。

 

「んー……

 ……。

 はぁー……

 わかった。ホントにちょっとだけだよ?

 2人一緒の方が、安全っちゃ安全だからね……

 それにいま入ってイベント発生しなかったら、次泊まるのを別の温泉宿にできるし。

 理には適ってますよ、っと」

 

 コタツから出て、立ち上がるウラヌス。私はその表情を見上げながら、

 

「ずいぶん不服そうじゃないですか。

 こんな美少女と2人きりで混浴なのに」

「自分で言ってりゃ世話ないよ」

 

 そう言って、可愛い顔した彼はおかしそうに笑った。

 

 

 

 着替えやタオルをごそごそやると寝ている2人を起こしてしまいそうなので、身一つで私達は脱衣所に向かう。

 自販機でタオルやバスタオルを購入。軽く入るだけだし、これで充分だよね。

 

 で、いま脱衣所なんだけど……

 

 ……む、むだに緊張するな。……向こうもそうなのか、脱いでる気配がしない。

 

 うぅん……ノリで言っちゃったけど、いざとなると踏ん切りがつかないぞ。別になんかあるわけないし、緊張する必要なんてないはず……うん。

 

 向こうで衣ずれの音。あっちが早かったか。私も浴衣の帯を解く。……あ、ブラすんの忘れてた……まぁいっか。冬着でごちゃごちゃしてたから、着けるつもりだったブラまで一緒に洗濯へ出しちゃったんだろう。

 

 ワンピースと靴下だけだからか、ウラヌスはさっさと脱ぎ終えた気配。ガラリ、と戸が開く音とともに「さむっ!?」と聞こえてきた。

 バスタオルを胴にくるくると巻きつけ、上げた髪をタオルでまとめる。

 そして曇りガラスの戸を開け、

 

「さぁっぶ!?」

 

 寒風が吹き付け、思わず叫んだ。予想を遙かに上回る冷気だ。湯船から「アハハッ」と聞こえてくる。

 雪が景気よく降っていた。温泉の熱気のおかげで積もってはいないけど、解けて足元が滑りやすそうだ。

 気を付けながら急ぎ足で湯船へ向かい、ほとんど飛び込む勢いでザブンと浸かった。

 

「はふぅー……」

 

 あぁったけー。肩まで浸かり、存分に温泉を満喫する。ウラヌスも似たような感じだ。

 

「寒いねぇー」

「ホントそうですねぇ……

 夜中になると、かなり冷え込むんですね」

「白雪都市だからね」

 

 そうでした。宿の廊下も気温が下がってる感じはしたけど、油断してたよ。

 

「そういえば、イベントが発生するのってタイミングあるんですか?」

「湯船に浸かって5分くらいかな。

 のんびり構えてたらいいよ。先に判定が入るの俺だから、イベントも俺がやるし」

 

 ……なるほど。それで先に湯船へ浸かってたのか。

 

「でもそうすると、ウラヌスの後に私もイベント発生しちゃうんですかね?」

「うーん、どうだろ。

 多分パーティー判定になってて、俺の分しか発生しないんじゃないかな。

 このイベントって、1日1回しか挑戦できないし」

 

 雪の降る中、そんな会話をする。

 

『……』

 

 不意に沈黙する私達。……冷静になると、やっぱりこの状況はアレだな……うん。

 なんか話して気を紛らわせないと。えー……

 

「ウラヌスって、なんで女の子になりたいんですか?」

 

 ──ん?

 

 あ、ちょっと待て。なんてこと聞いてんだ私。ピンポイントすぎだし、重すぎるだろ。

 ウラヌスは顔をやや赤くして、

 

「……なんでそんなこと聞くの?」

 

 ぅ、うぐ。恥ずかしそうに聞いてくるなぁ……えと。

 

「き。……気になって?」

 

 かろうじてそう返す。多分、私も顔赤いな……

 ウラヌスは私から視線を少し逸らし、

 

「でも、アイシャだって教えてくれないんでしょ?

 その……男の子になりたい理由」

 

 あ、あはー。そうですよねー……それを話さないとフェアじゃないですよねぇ。

 

 でも無理ぜったい話せません。

 

「すいません……」

「やっぱり。

 でも俺、前にも言ったじゃん。性同一性障害だって。それで納得してくれないの?」

「……

 なんとなくは理解できるんですけど、説明としてはふわっとしてるじゃないですか。

 あなたならもう少し詳しく自己分析できてるんじゃないかなって」

「…………」

「いえ、すいません。

 話したくないならいいです……」

 

 思いっきり気まずい空気になる。やらかしたなぁ……

 

「……。

 俺にホルモンクッキーがいちおう効くって話は、前にしたじゃん?」

「ええ……」

「アイシャと違って、俺は女になること自体はできたわけだけど。

 それでも俺は、納得できなかった。

 なんて言うんだろ……無理やりすぎるって言うのかな。力技で女になっただけだったよ。外科手術で女になるのとそこまで大差なかったと思う。

 俺が求めてたのはこれじゃないなって」

「……」

「強引に性転換して女になるんじゃなくて、ちゃんと女になりたい。

 でも、ずっと女だと色々不都合なのも分かってるから……

 好きな時に好きなだけ、目的に合わせて好きな性別に変われるアイテム。そういうのを作りたいんだ」

 

 ──っ!

 

「いいじゃないですかっ!

 そうですよ、それ! 私もそういうのが欲しいんです!」

「う、うん。

 やっぱりそうだよね。分かったから落ち着いて。ね?」

 

 思わず詰め寄っていたので、スススと距離を置く。ビンゴすぎて興奮しちゃったよ……分かってるなぁ、ウラヌスは。そうだよ、そういうのじゃないと不便に決まってる。

 

 でもアレだな。元々ホルモンクッキーの用途って、メレオロンの予想が当たってるかもしれないな。たった24時間だし……。興味本位とか異性に対する憧れとかあるかもだけど、一番最初にそれが目的に来そうだもんな。人間だもんね。

 

 ……はて、ウラヌスはどうなんだろうか。ちゃんとした女に、ってのは分かるんだけど、そこまでして何を求めてるんだろう。

 気になるな……。もしかしたら、もしかするかもしれないしな。ダメ元で探りを入れておくか。

 

「ウラヌスは……

 女の子になって、したいこととかやりたいことってあるんですか?」

 

 尋ねると、ウラヌスの視線があちこち彷徨った。あはは、キョドってるなー。

 

「……色々だよ。

 でも、何かしたいと言うより、俺の場合は男がイヤって感じかな」

 

 ほぅ。確かにそんなようなこと言ってたね。

 

「男の自分が嫌い、でしたっけ?」

「そ。……もうちょっと言えば、他人でも男は嫌いかな」

「そうなんですか?

 別にシームのこと、嫌ってるようには見えませんでしたが」

 

 ウラヌスは落ち込んだように視線を下げる。

 

「……

 男だから嫌いとか、そういうわけじゃないんだ。

 少なくともシームやゴンみたいに、無邪気なタイプは嫌いじゃないよ。

 でも、なんて言うんだろ……

 女を女として見る目って言うのかな。男が女をそういう目で見る感覚、がすごく嫌い。

 ……俺の中にも少しはあって、その感情が耐え難い。

 だから、アイシャのことそういう目で見てる時は、申し訳ないと思ってるし、自己嫌悪してる」

「……」

 

 あ、うん……

 要約するとアレか。……このヒト、エッチぃのは苦手なんだ。

 マッサージしてた時、めっちゃ泣いてたもんな……そっか。そういうヒトなのか。

 

 ……男に戻りたいと思ってる私も、今はその辺の感覚と縁遠いからなぁ。分かるような分からないような。

 男性とも女性ともつかないような表情で俯いていたウラヌスは、私に目を向け、

 

「……

 ごめん、変なこと言って。忘れてくれると嬉しい。

 ……俺にばっかり言わせてるけど、実際のところアイシャはどうなの?

 男なんかになって、したいこととかあるわけ?」

「え?

 えっと……」

 

 マズイ。正直に話された後だから、誤魔化しにくいぞコレは。しかもおそろしく核心に近づいてる。えぇっと……

 

「別にアイシャって、女の自分が嫌いってわけじゃないんでしょ?

 でもホルモンクッキーは長期間使いたがってるみたいだし……

 色々したいことがあるのかなって思ってるんだけど」

「そ……

 そうです、その通りです。色々ありすぎて、なんて言えばいいか分からなくて」

「ふぅん。そっか」

 

 よかったー、上手く流せたよ。あっぶね……

 ……でもアレだな。言われてみれば、その通りか。

 母さんと父さんに悪いから、今さら女をやめるわけにはいかないし、ちょっとだけ男になれても困る。……好きになった人と恋愛もしたいからね。

 最終目標だけ済ませようとしたら、それこそ母さんに軽蔑されかねない……そんなのは耐えられない。私だってイヤだ。

 ウラヌスは……そういうのに嫌悪感を持ってるみたいだし、対象にはできないかもな。私も友達に嫌われたくないし。

 

 はぁ。……とりあえず確認できたし、今は良しとするか。

 

 

 

 話すこともなくなり、お互いをただ見合う。

 う、うむ……気まずいな。さっきまでしてた話題もアレだったし。なんか……

 

 ──脱衣所の方に気配が出現した。これは。

 

「来た! アイシャ、イベント発生した!」

「じゃあ……」

「ゲームキャラが入ってくる」

 

 曇りガラスの向こうに人影が見え、ガラリと開いた。

 

 

 

 現れたのは若い女性キャラだった。

 寒さを感じないのだろう、平然とした様子で掛け湯をして、ゆるりと湯船へと近づいてくる。それとなく目を逸らすウラヌス。

 湯船に浸かり、目を閉じたままこちらが居ないかのように奥の方へ進んでいく。

 こちらに背を向けた状態で、湯船の奥で動きを止めた。

 

 ウラヌスがスススと私に近寄り、小声でささやく。

 

「これで話しかければイベントがスタートする。

 けど、同性が話しかけてもダメらしい。すぐ会話が終わる。

 イベント判定は異性に対してだけで、この場合は俺じゃないとイベントが進まない」

「混浴イベントですもんね」

 

 つまりアイアイでやってた、ああいうイベントってことだな。……彼に任せられるなら大助かりだよ。自信ありそうだし。

 

「じゃ、さっさと片づけてくる」

 

 ウラヌスはゲームキャラの方へ近づき、

 

「ちょっといい?」

「……。なんでしょうか?」

 

 ウラヌスの軽い調子で、会話イベントがスタートした。

 

 

 

 浮き沈みする会話のキャッチボールを続ける、ゲームキャラとウラヌス。

 聞いてる感じ、この女性は俳優らしい。自信をなくして逃げるようにこの温泉宿へ辿り着いたとか。何で混浴に来たかというと、落ち込んでる理由が同輩の女性俳優に絡むことなので、今は同性に近づきたくないそうだ。

 それで混浴、と。……強引だなぁ。ヒトのこと言えないけどさ。

 

「どうしても、あのピリピリする空気がツラくって……

 変なことがあるたびに、嫌がらせされてるんじゃないかと疑心暗鬼になるのも耐えられなくて」

「同輩なんだし、できれば仲良くしたいもんね。

 お互いに高めあうのであれば、問題ないのにね」

「そうなんです……

 誰かを貶めて、自分が上だと誇示することなんてしたくないんです」

「分かる分かる。

 ……結局、本人同士の問題だしさ。

 勇気を出して、本音で話し合うしかないんじゃない?」

「それができればそうするんですが……」

 

 ……。

 落ち込む女性を、励まし続けるウラヌス。軽いけれど優しい口調で話してるのを、私はじっと眺めてる。

 んー……

 別に気にすることなんて何もないはずだけど、もやっとする。どこかスッキリしない。

 なんでだろ……温泉に長く浸かってるせいかな……

 

 

 

「──ありがとうございます。こちらはお礼です」

 

 ふと気がつくと、ウラヌスが卵のようなものを受け取るところだった。

 ボンッ! とカード化する。

 

「それでは、私はこれで」

 

 女性が湯船を移動し、上がろうとする。カードを手にしたウラヌスが視線を逸らす気配。

 俳優という設定だけあって、他のゲームキャラに比べると美人でスタイルもいい。ま、そりゃそうかという気はする。

 曇りガラスの戸が開き、閉まる。

 

「ブック」

 

 振り向くと、カードをバインダーに収めたウラヌスがこちらへ近づいてきた。

 

「お待たせ。カード見る?」

「ええ」

 

 

 

『44:大俳優の卵』

 ランクB カード化限度枚数30

 手の中で毎日3時間温めることで

 1~10年後に現実となって孵る卵

 温める時に願う気持ちが強い程 早く孵化する

 

 

 

 まぁ予想通りだな。……ふぅ。

 

「どうしたのアイシャ? 元気ないけど。

 もしかして、のぼせた?」

「いえ、なんでもありません……

 私達もそろそろ上がりましょうか」

「うん……

 じゃあ先に上がって」

 

 そう言って、後ろを向くウラヌス。

 私は何も言わずに湯船を上がり、身体に巻いていたバスタオルを歩きながら力なく外し、力一杯絞った。思いきりお湯が出てプチプチ切れる音がしたので、慌てて力を抜く。

 うーん……調子狂うなぁ。

 

 

 

 脱衣所で着替え終え、ウラヌスを待たず、そのまま歩いていく。

 すぐそこの自販機の前へ行き、気分転換に何か飲もうとぼんやり考える。

 ……。うー。なんなんだ、この感じ。

 すっきりしない胸元をゴシゴシ擦る。ちゃんと拭けばよかった……汗がにじんで気持ち悪い。

 とりあえず適当に飲み物を買う。

 

「アイシャ……

 え? なんで、そんないっぱい買ってるの?」

 

 歩いてきたウラヌスが尋ねてくる。

 言われて視線を落とすと、取り出し口にカードが溜まっていた。お釣りボタンを押し、

 

「あー、いえ……

 うっかり買いすぎました。ぼんやりしてて」

「ホントに大丈夫?

 なんだか熱っぽい感じだけど」

 

 ぐ……そうだった。この人の目だとある程度分かるんだよな、そういうの。

 

「やっぱり、少しのぼせてるのかもしれません。

 早く部屋に戻って休みます」

「うん。しんどかったら言ってね?」

 

 はぁ。その言葉、そっくりそのまま返したいよ。

 普段飲み物はすぐゲインするんだけど、こんなには飲みきれないし持ちきれないから、買ったカードをいったん収める。お釣りのお金も収め、「ブック」でバインダーを消す。

 

 そして2人で何も話すことなく、気まずい雰囲気で部屋に戻った。

 

 静かに戸を開けようとして、「ん?」と声を出すウラヌス。

 部屋の中から、声が聴こえる。2人とも起きてるのか。……ん? 泣き声?

 私達が音を立てて部屋に入ると、中の2人もこちらに気づいた。寝室の戸が開く。

 

「やっぱり。

 アンタ達、混浴にでも入ってたんでしょ?」

 

 顔を覗かせたメレオロンの確信めいた質問に「う、うん」と頷くウラヌス。……なんでバレたし。

 

「ほら、だから言ったじゃない。

 そのうち帰ってくるって」

「だ、だってぇ……」

 

 泣き声のシーム。どうして泣いてるんだろ。メレオロンが泣かせた、感じじゃないしな。

 ひとまず部屋の戸を閉め、シーム達の方へ。

 私達を見て、ぼろぼろ涙をこぼすシーム。

 

「どうしたんです、シーム?」

「シーム、なんかあったのか?」

「ぅー」

 

 顔をぐしぐし擦るだけで、シームは理由を話さない。

 私達はメレオロンの方を見て、

 

「えぇと……

 シーム。アタシから話していい?」

「ダメェ!」

 

 な、なんだろ。緊急事態というわけでもなさそうだけど……

 メレオロンは困った顔をして、シームの顔をティッシュで拭いてあげてる。

 ウラヌスは、シームの前に膝をついてぺたりと座り、

 

「ホントにどうしたんだ、シーム?

 俺達がいない間に、泣くようなことがあったのか? ……落ち着いてくれよ」

「うっ、うぅ」

 

 マッサージの時と立場が逆だな……嫌な予感がするけど。

 

「あ、飲み物買ってきたんで、ちょっとそれ飲んで落ち着きましょう。

 ブック」

 

 バインダーを出し、飲み物のカードを外す。

 シームとウラヌスの横に並べ、

 

「この中から好きなの取ってください」

「なんでアンタ、こんないっぱい買ってきたの?」

「あ、その……

 つい、うっかり」

「……アンタ達、混浴でヘンなことしてたんじゃないでしょうね?」

「してませんよ!」

「してねぇよ! ……なに言ってんだ」

「そうですよ。

 イベントが発生するかもと思って、2人で確認してきただけです」

「……そうなの?」

 

 シームが掠れ声で尋ねてくる。

 

「そうだよ。でなきゃこんな夜中に入ったりしないさ。

 ほら、なんか飲んで一服しな」

「うん……」

 

 それぞれカードを取って、みんな「ゲイン」していく。私も1枚を残してバインダーに収め、残したカードを「ゲイン」でアイテム化した。

 

「だからアタシの言った通りだったでしょ?」

「う、うん……」

 

 よく分からない姉弟の会話。メレオロンの言った通りが、私達が混浴に入ってたことを指してるのは分かるんだけど……

 

「シーム。

 落ち着いたらでいいから、なんで泣いてたか教えてくれ。な?」

「……」

 

 今は泣きこそしてないけど、目と顔を真っ赤にしてシームは黙り込む。ウラヌスと私を交互に見た後、ぐびぐびと缶ジュースを呷り、そばに置く。

 

「いま話す……

 ……

 ボクが起きた時、いつの間にかウラヌスもアイシャも布団からいなくなってて……

 待ってても全然戻ってこないから、おねーちゃんを起こしたの。

 どこいったんだろ、トイレにしては長すぎるしって言ったら、混浴じゃないの? って。

 でもウラヌス、混浴入るの嫌がってたし、マッサージの時も怒ってたから……

 黙ってどっか……いっちゃったんじゃないか……って。

 帰って……こないかも……」

 

 ……ぁー……

 

 発想が飛躍してるけど、絶対ないとは言い切れないからなぁ……

 つまり? ……また私のせいか。

 

「ごめんなさい、シーム。夜中にこっそり離れたりして。

 私がウラヌスを混浴に誘ったんです。不安にさせて、すいませんでした……」

「……バカだな。

 俺達が黙ってどっか消えるわけないだろ?」

「でも……!」

 

 ウラヌスは、シームの頭をふわりと胸に抱いた。

 

「不安なのはむしろ俺の方だよ。

 ……いつか2人が、黙ってどっか行っちまうんじゃないかって」

 

 シームが身じろぎする。私がメレオロンを窺うと、彼女は困った顔を見せた。

 ウラヌスは、シームの髪を撫でてあげながら、

 

「怒ったぐらいで、見捨てたりしないよ。

 少なくとも、何も言わずに消えたりしないさ。よっぽどのことがなきゃな。

 ……だから2人も、絶対黙ってどっか行くなよ。

 そっちの方がよっぽど迷惑だからな。……こうやって心配するだろ?」

「うん……うん」

「メレオロンも約束してくれ」

「……。

 はぁー……

 分かったわよ。……黙って消えたりしない。約束するわ」

「どっちかっつーと、俺はオマエの方が不安だからな。

 絶対、弟置いて消えたりすんなよ?

 この様子じゃ、いなくなったらずっと探し続けるって分かっただろ?」

「……。わかった」

「ぅぅー……」

 

 ……。

 

 黙っていなくなる常習犯の私には、どうにも居心地が悪い。改めて、みんなにどれだけ心配かけたか分かっちゃうな……

 

「……ウラヌス」

「うん……

 みんな夜更かししてるから、明日は出発を遅らせよう。

 朝から急いで準備しなくていいよ。気持ちに余裕を持って雪山に行こう」

「……ええ。分かったわ」

「シーム。

 だからゆっくり寝な。

 ……いなくなったりしないって約束するから、安心して休め」

「ぅぁぁー……!」

 

 

 

 

 

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