「あぁー、くそっ!!」
ダンッ! と机を叩き、頭をバリバリ掻くミルキ。モニターを憎々しげに睨み付けた後、「はぁー……」と息を吐く。
風間流合気柔術本部道場内にある、ミルキの自室。資金に物を言わせて機器を増やし、通信回線も大量増設したコンピュータルーム。設置した複数のモニターに自動処理結果が刻一刻と表示されていく。
ここの設備は長年カスタマイズを重ねたゾルティックの実家に比べれば流石に劣るが、それでも可能な限り最新かつ最高級の状態にまで整えている。リィーナの助力もあって、短期間で揃えるという前提ではこれ以上望めないほどの設備に仕上がった。
それらを駆使してネット
────そこまでしても、アイシャの行方は依然として知れなかった。
次に打つ手が思いつかず、椅子の背もたれに体重を預け、ギッギッと苛立たしげに音を鳴らすミルキ。
ノックもなく、背後のドアが開いた。
「おい、兄貴」
「なんだ、キル。
ノックぐらいしろよ。見ての通りオレは忙しいんだ」
「どうせ気づいてただろーが。
そうやって引き籠もってると、またブクブクに太っちまうぜ。
たまには運動しろよ」
「ハッ、修行相手なら他にいくらでもいるだろ。
オレはお前に構ってるヒマはねぇんだよ」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が続く。身体ごと椅子を回し、ようやく後ろのキルアに目を向けるミルキ。
「忙しいって言っただろう。
用があるならさっさと言え、キル」
「……そんなに根詰めんなよ。
簡単に見つからないんだから、どうしようもないだろ?
緊急性もなさそうだし、もうちょっと気長に探せよ」
「お前は心配じゃないのか、アイシャのことが」
「心配なんかしてねーよ。
オレの方が付き合い長ぇんだから、心配する必要なんかないって知ってんだよ」
「つっても、今日で12日だぞ?
旅行はいいにしても、連絡1つよこさないってのはどういうことだ」
言葉に焦燥をにじませるミルキ。キルアは腕を組み、嘆息する。
「兄貴、世界樹へ行ってた分まで勘定するなよ。
消息不明になってからだと9日だろ」
「……充分だ。
それだけ行方知れずなら探したくもなる」
「そうやって無闇に心配するのが分かってっから、アイシャもゴンに
キメラアントのことがあったばっかだし、今回のはそういうんじゃないって。
つか、あんなレベルのことがバカスカ起こってたまるかよ」
「……アイシャは確かに強いが、無敵じゃない。
オレ達と一緒ならともかく、1人で動いてるなら尚更じゃないか。
ゼッタイ大丈夫なんて、キル、お前に保証できるのか?」
「オレが保証したって意味ねーだろ、何言ってんだ兄貴。
もうちょっと冷静になれよ。探すのは別にいいけど、そんなんじゃ手掛かりがあっても見落としちまうぞ」
「フン。
……お前に言われるようじゃ、よっぽどだな」
雰囲気を和らげた兄の様子に、息を吐くキルア。近くの椅子を引き寄せ、ドカッと座る。
「いくら1人で気張ったって、限界あると思うぜ?
ちったぁアテにしろよ」
「……手伝いたいって言うのか?
お前はアイシャのことを心配してないんじゃないのか」
「それとこれとは話が別だよ。
探すのを手伝わないなんて言ってないだろ。
なんなら、オレが目ぼしい場所まで直接探しに行っても構わないぜ。
レオリオに頼めば、どっからでもすぐ帰ってこれるしな」
「……今のところ、探すようなアテはない。
あったらオレが行ってる」
「へいへい」
「……個人所有の飛行船で、発着履歴を残さないようにされちゃ調べようがないってのが現状だ。
お前が直接探しに行くくらいなら、ゴンから少しでも情報を引き出した方がマシだよ」
キルアは目を閉じて、手をぱたぱた振り、
「あームリムリ。
もう何聞いても、知らないの一点張り。寄ってたかって、しつこく聞きすぎたしな。
リィーナさん相手でも口割らねーんだから、無理だってあんなの」
「……そっちも期待できそうにないな。
オレの方もハッカーハンターに目を付けられたから、派手に探せなくなった。
クソ! 言われるまでもなく、気長に探さなきゃ無理そうだな」
「なら兄貴、気分転換にオレの修行相手してくれよ。
ちょっとは運動しねーと、また太っちまったら愛しのアイシャに嫌われんぞ」
「うるせぇッ!
なんでお前にそんなこと心配されなきゃいけないんだ!」
「ハハッ。
……やっぱ痩せたのはそういう理由かよ」
「テッ、テメー!
カマかけやがったな!」
「ブタが恋して木に登ってんじゃねーよ。
あーあ。なんなら兄貴なんて、まんまる太るまで放っといた方が面白かったかな?」
ガタッと椅子から立ち上がるミルキ。
「キル……
上等だ。軽い運動ついでに、久々に兄貴への口の利き方ってヤツを思い出させてやる」
ガチャン! と椅子を倒しながら飛び上がり立ち、不敵な笑みを浮かべ相対するキルア。
「面白ぇ……
ブタくんに、そろそろどっちが上か分からせてやろうと思ってたトコなんだよ」
キルアのオーラに呼応したか、複数の電子機器がヂヂッとイヤな音を立てる。
「表に出ろ、キルッッ!!
二度とブタなんて呼べないようにしてやるッ!!」
「やってみろや兄貴ッ!!
病院のベッドでたっぷりリバウンドさせてやんよッ!!」
────とまぁ、道場の2人が恒例の兄弟喧嘩をしていた一方その頃。
愛しの何とやらは、木登りならぬ山登りの真っ最中だった。
疾駆する銀色の胴体に靴で触れ、地面スレスレに蹴り飛ばす。後ろに隠れていた銀狐に直撃し、2匹まとめてカード化した。
気配が消え、再び静かな白い世界に戻る。
「これで終わりですね」
「うん、今ので6匹だから戦闘終了。
集団で出現するタイプは、これで全部遭遇したかな」
メレオロンとシームを守る必要があるから、集団戦は私も強制参加だ。ウラヌスと連携して、競うように怪物を狩るのはなかなか楽しい。シームも時々うらやましそうに見てるしな。実力が付けば、いくらでも参加してもらおう。
「あ、いちおうカード拾っといて。
捨てるかもだけど、こいつら2000ジェニーちょいで売れるから」
「わっ!」
慌てて拾いに行く。……そういうことは早く言ってよ。どうせ安いだろうと思ったから全然拾わなかったのに。
『546:シルバーフォックス』
ランクE カード化限度枚数107
銀狐 集団で襲ってきて
味方をめくらましに使うなど 手強い連携をとる
ランクEか。思ったより高いな。私は集団なのを逆手に取ったけど、実際雪上で巧みに連携されたら厄介だろうな。
ある程度戦ってみて分かったことだが、雪上での戦いはどうしても足場に悩まされる。滑りにくい分マシなのは分かってるけど、雪の固さで踏み応えが度々変わるのは如何ともしがたい。普通の地面と違って、見た目で予測がつかないからな。どうしても行動がワンテンポ遅れる。
「どうしたの?」
バインダーを出したまま考えごとをしていたからか、ウラヌスから声をかけられた。
「あ、いえ。ブック。
……なかなか雪の足場に慣れないなと思いまして」
「あー、そうだろうね。靴に仕込んだ神字もそこまで万能じゃないから……
普通に歩くくらいならともかく、戦闘機動だと結構引っかかるよね。
足回りをアイシャのオーラで制御できないし、今は仕方ないよ」
別にウラヌスの神字が悪いとは私も思ってない。ウラヌスが問題なく戦えてるところを見ると、やっぱりオーラが復活しないうちは無い物ねだりかもな。
やや下り勾配を進んでいたところ、行く手の雪が一箇所かすかに膨らんだ。少し離れたところで雪が大きく盛り上がり、大男を模した雪像が起き上がる。
「俺が」
私へ手袋を外した手の平を向け、疾走するウラヌス。私が目を付けた箇所と狙い違わず、雪の中へと腕を突き刺した。
引き抜いたウラヌスの手が、雪を巻き上げ何かを掴み取っていた。
「うっきょー!?」
ジタバタと例の面白ネズミが騒いでいる。ボンッ! と煙になった。
『713:ホワイトラット』
ランクH カード化限度枚数790
念能力で雪を操って身を守る操作系ネズミの寒冷地適応種
とても臆病で よく雪の中にコソコソ隠れている
雪を掘って逃げてしまうので注意
「これってアレよね?
話してた、あの可愛いネズミの」
「リモコンラットの雪国版だな。
ただ、のんびりしてると初期位置から逃げちまうから、コイツのが面倒だけどな」
「最初に少し出現の予兆があるおかげで、私でも発見できますね」
リモコンラット相手だと、居そうな場所を探れはしてもオーラを辿って見つけられないからな。このネズミの方が私との相性はいい。
「多分やむを得ないんだろうね。
雪を下から掘り返して薄くしないと、操作するオーラが雪を貫通しないんだと思う」
なるほど、なるほど。逆にのんびりしてるとそこから逃げちゃって、発見が困難になるわけか。
「速攻が有効なのは間違いないから、これからはアイシャがやってたみたいに踏み倒していいよ。
こいつのカードは1枚あれば充分だし」
「踏み倒すなんて言わないでくださいよ。……でも分かりました」
その方が楽だもんな。雪の中へ手を突っ込むのは、なかなか冷えそうだ。
「ウラヌス、手はだいじょうぶ?」
「うん?
まぁ軽く冷えたけど大丈夫だよ。凍傷にはなってない」
心配そうにしながら、ウラヌスの手を取ってモミプニするシーム。あ、いいな。
「結構冷えてるじゃん。ちゃんと温めないと……」
「……なかなか気持ちいいな。マッサージ上手くなってるよ」
「ホントに?」
「イチャイチャしたいなら、休憩でも取ったら?」
「いや、そんなつもりはないけど……
でもまぁ、ここの下り坂を降り切ったら、また休憩しようか。
怪物カード集めは今のところ順調だけど、温泉はサッパリだな。まだ先は長いかもね」
下り坂を降り切って、平坦な道が続く場所でどこか休めそうな場所がないか探す。
よさげな岩場を見つけたが、同時に水晶玉の怪物に遭遇。ウラヌスが秒殺し、ようやく私達は一息吐いた。
座りやすそうな岩に積もった雪を、パッパッと払いながらウラヌスは、
「おにぎり食べよっか。シーム、お茶お願いできる?」
「うん!」
リュックからカチャカチャとカップを出してくるシーム。ふふ、やっぱりこういうのは楽しいな。
「シーム、私も手伝いますね」
「うん!」
「アタシ、手持ちぶーさたー」
「休んでていいよ。なんだかんだで寒いんだろ?」
「……まぁね」
『10679:お手製おにぎり』
ランクH カード化限度枚数∞
お手製の 小玉鮭おにぎり弁当
お茶のカップ片手に、ゲインした鮭おにぎりを頬張る。流石に冷めてしまってるけど、まだほんのり温かい。何よりこの雪景色を眺めながら、というのがいい。
小さいので、ぺろりと食べ終わってしまう。むぅ。
「……1個しか食べちゃダメなんですよね」
「物足りないと思うけど、後で休憩した時に食べる分がなくなっちゃうからね。
長丁場になるかもしれないし、1つずつにしといた方がいいと思うよ」
模範解答が返ってきた。理屈では分かってるんだけど、物足りないなぁ。やっぱり。
「美味しいよねー♪ このおにぎり。
でもカチカチになってるかなって思ったのに、あんまり冷めてないよね?」
「カードで持ち運ぶ利点の1つだな。
荷物に入れて運んでたらこの気温で冷え切ってたかもしれないけど、カード化状態だと常温保存されるおかげでまだちょっと温かい」
うん。こういう場合は、常温でもありがたいな。
「こういうの、ピクニックみたいで楽しいけど、寒くて怪物が出るのがアレよね」
「あー、分かります。
ちょっともったいないですよね」
「アイシャの場合、食べ足りない、じゃないの?」
「シーム、言ってくれますね……
けどまぁ、お弁当をたっぷり持ってこれなかったのは残念です」
ウラヌスは「あははっ」と笑った後、
「じゃあ、別の日にピクニック行こっか。
こんな寒いトコじゃなくて、ぽかぽか暖かい高原にお弁当持ってさ」
「いいですね、それ。
どこかアテがあるんですか?」
「ピクニックと言えば、牧農都市ハイループかな。
のどかでいいところだよ。まぁ指定ポケットを狙うと忙しいけどね」
しばしピクニック気分を楽しんだ後、探索を再開。平坦な道が終わり、私達は緩やかな登り坂を進んでいく。
タカ・キツネ・ウサギ・モグラと既出のモンスターと交戦し、下り坂に入ったところで。
先頭を進むウラヌスが、右手を横に伸ばして私達を制止した。
──何も見えない。けれど、空気が一段冷えている。気のせいでなければ。
「見える?」
「私は見えません。ほんの少し気配は感じますが」
「ボク、ちょっとだけ見えるけど……すっごいぼんやりしてる」
「え。アタシ何にも見えないんだけど」
「メレオロン、こういう時はすぐに『凝』を」
「ああああ、うん見えた見えた。
って、なんか霞がかって見えづらいんだけど」
「俺の目にはハッキリ見えてる。
まぁそういう敵だね」
ウラヌスが一歩半踏み込み、虚空へ掌打を放つ。ボンッ! と煙が生まれた。
『758:アイスファントム』
ランクF カード化限度枚数154
雪山で遭難して死んだ 真っ白な幽霊
オーラでしかダメージを与えられない
ウラヌスのバインダーでカードを見させてもらってるけど、書いてある情報が少ないな……。見えづらいってかなり厄介なのに、攻略法ないのか。岩石地帯の幽霊はそんな特性なかったのにな。『凝』さえ使えばうっすら見えると言っても、攻撃される前に気づけるかは別問題だ。ウラヌスが察知してくれるだろうけど、不意打ちには要警戒、だな。
穏やかな隆起の続く雪道を進んでいく。怪物も何度か遭遇しているが、初見でなければさほど警戒を要するモンスターもいない。
突如行く手の雪が大きく盛り上がり、ドサーッと滑り落ちた。
「うわ、デカッ!」
メレオロンが思わず呻く。雪の中から現れたのは、長い白毛で全身覆われた狼。しかしサイズが普通じゃない。大型犬どころか大きな虎くらいのサイズだ。
「左右にバラけて!」
声を上げながら間合いを詰め、掬いあげるような蹴りを放つウラヌス。食らった狼は、身体ごとアゴを大きく仰け反らせ──即座に距離を取って体勢を立て直す。
ウラヌスを除く私達3人は、左右に散っていた。この狼は口から強い冷気を吐くらしく、正面に立つな、とのこと。
狼が口を開いて──鋭い牙の並ぶ赤黒い口内から霧状のモノを吐き出した。白い輝きが撒き散らされ、充分に距離を取って左にいた私のところまで湿った冷気が届く。
狼の正面に構えていたウラヌスは、それより一手早く跳躍した。狼の身体を飛び越え、向こう側に着地する。
躊躇する狼。背後のウラヌスか、前方左右の私達か──視線を泳がせ、2人で固まったメレオロンとシームを注視。
私が駆け寄ろうとした瞬間、狼の全身が浮き上がる。尾を掴み上げたウラヌスの姿。
バシャアッ!! と雪上に叩きつけられる狼。立ち上がろうとしたところへ、背骨に踵を叩き落とすウラヌス。
「オオオォーーン……!」
狼が吠えた。悲鳴にも聞こえなくはないが、これは──
雪景色の向こうから、重量のある巨体が走ってくる音。仲間を呼んだか!
走ってくる狼を見据えながら、ウラヌスは拳を落とし、倒れた狼を仕留めた。
カード化する煙の中、ウラヌスの気配が近づく狼の方へ向かう。
煙が薄れた向こう側──襲いかかる狼に、鼻先へ手刀を振るうウラヌスの姿が見えた。
『538:ダイアーウルフ』
ランクD カード化限度枚数63
ウルフと名は付いているが 冷気から生まれたとされる 魔の氷犬
冷気を滋養とし 爪や牙にかけたものを氷結させる性質を持つ
口からは霧の冷気を放つ
「わざとですか?」
「うん、わざとだよ」
「? なにが?」
私の問いかけに笑顔で頷くウラヌス。メレオロンが首を傾げる。
「ダイアーウルフを追い詰めて、仲間を呼ばせたんだよ。
コイツがそういうことするって覚えといてほしかったのと、後は金稼ぎ。
つっても、面倒だからもうやらないけどね」
わざわざ一撃で倒せるのに粘ってたわけだから、そっちの方が面倒なのは当然だろうな。
「さっさと倒してしまった方が安全でしょうね」
「うん……
ソロプレイだと気付かなかったけど、オーラ量が少ないプレイヤーを狙うモンスター、結構多いみたいだし。
シームとメレオロンの心配しなくちゃいけないから」
「あー、やっぱりそうなんだ……」
「……ぼく、一緒に来ない方がいい?」
「シーム、そういう話じゃありませんよ。
そもそもオーラ量うんぬんの話であれば、本来は私が狙われるはずですから。
ウラヌスに負担をかけてるのは私も同じですよ」
「いいってば、そういう話も……
俺も昔に比べりゃ弱くなってるから、無理しないで行こうってだけだよ」
「そうですね……
この辺でまた休憩取りましょうか?」
「うん、俺もそのつもりだった。
ちょうど休めそうな場所もあるし、そこで休もう」
「あ、じゃあボクお茶いれるね」
「おにぎりも食べていいよ。みんな、ちゃんと一服しよう」
マメに休憩取ってくれて助かるよ。……私も道中で2回『周』してもらってるし、休憩できる時に休んでもらわないとな。